これは、歌舞伎の世界を舞台にした吉田修一の同題小説を李相日が映画化――「悪人」、「怒り」に続いて三度目のタッグを組んで生み出した、美しくも壮絶な物語。
出演は「ぼくが生きてる、ふたつの世界」の吉沢亮、「正体」の横浜流星。
立花喜久雄は、福岡の任侠の一門に生まれた。抗争で父を亡くした後、生来の女形役者の才を買われ、上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎に引き取られ、歌舞伎の世界へ入る事になった。
そこで喜久雄は、花井家の跡取息子として、将来を約束された俊介と出会う――名門の血筋を受け継ぐ俊介と、天性の才能を持つ喜久雄は、同門のライバルとして互いに高め合い、人気歌舞伎俳優となって行く。
だが、ある公演を前に、半二郎が事故で出演出来なくなった時、代役に選んだのは、息子の俊介ではなく、喜久雄だった――
これは力作だと思う。ここまでのものになっているとは、予想以上だった。
主演の吉沢亮、そして共演、と言うか事実上のW主演の横浜流星が見せる歌舞伎はなかなかのもので、じっくり時間をかけて作られたのが判る。
また、女形の人間国宝の小野川万菊を演じた田中泯の存在感も素晴らしい。
この映画は、歌舞伎の世界を舞台にした“芸道もの”映画であり、主人公の少年時代から最晩年までを描く一代記でもある。
さらに本作は、そこに「血筋」と「才能」の対決、と言う、スポ根ものとしては最早定番の対立軸を持ち込んでいるが……これはいささか陳腐だったかも知れない。
映画は、冒頭の喜久雄の少年時代から、俊介と出会い、人気歌舞伎俳優となるまでをいいテンポで見せ、「曽根崎心中」で“才能が血筋を凌駕する”と言う喜久雄のひとつのピークを見せるのだが、その後、物語から俊介が一時退場し、半二郎も亡くなって、喜久雄一人になると、物語の推進力が失われたかのようになってしまうのが残念だった。
春江や彰子と言う、喜久雄を巡る女性たちの描かれ方も物足りず、彼女たちの物語を紡げていないのも気になる所だ。
それでも、喜久雄が再び歌舞伎の舞台に戻り、俊介と再び舞台に立つようになると物語は勢いつく――これが、事実上、本作が吉沢亮と横浜流星のW主演だ、と思う所以だ。その後の、俊介のお初、喜久雄の徳兵衛で演じる「曾根崎心中」が後半の見せ場にして最大のクライマックスとなる。
ここは、2人の歌舞伎の枠に収まらない熱演が見ものなのだが、ここで気になるのが、クローズアップの多用――確かに、クローズアップは映画ならではの手法ではあるのだが、映しているのは舞台劇なので、基本、客席から見る視線において全体を見せて欲しかった、と思う。
(舞台劇と言うのは、身体表現も併せての演技だろう)
クローズアップは、ここぞ、と言う所に使うようにして欲しかったのだが……
映画は終盤になって、田中泯が前半で舞った「鷺娘」を、今度は吉沢亮が舞う、と言う形で伝統芸としての歌舞伎を描かんとするが、これは吉沢亮もよくやった、と思わざるを得ない。
映画を通して、俳優陣の頑張りが目立ち、映画ならではの視点で見せる歌舞伎もまた一見の価値あるものと思う。
しかしながら、1本の映画としては、上下巻で800ページを超える大長編の原作を描くのには3時間でも到底足りず、人間ドラマの方はダイジェスト感がある、と言うよりも端折った感が強く、展開にも唐突さを拭えない。いささかバランスの悪いものになっているように思う。
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