火曜は、午後、浜松町に外出。その後、新宿に行って、「デリカテッセン」を観よう、と思っていたのだけど、ちょっと仕事のキリが悪く、映画を断念して、家に戻り、まずは仕事を片付けた。
その後、U−NEXTで、ケスさんお勧めの、
「美しい都市(まち)」
これは、「英雄の証明」のアスガー・ファルハディ監督が、2004年に撮影した映画で、日本では劇場未公開。
16歳の時、恋人と心中を図って彼女のみを死なせてしまい、殺人の罪を科せられた少年、アクバルは18歳になり、何時死刑が執行されるか判らない状態となる。
少年院でアクバルの親友だったアーラは、少年院を出所後、アクバルの姉フィルゼーと一緒に、アクバルが死なせた少女の父親、アボルガセムに赦しを求め、死刑嘆願を引き下げて貰おうとするのだが、アボルガセムは意固地になって娘の報復としての死刑に固執して……
この映画は、「愛」と「正義」を対立させて描く物語――人は「愛」故に、固執し、孤立し、そして道を誤る。その一方で「正義」だけでは生きられないのも人である、と
……中心となるアーラとフィルゼーの「正義」による自己犠牲がふたりの間に生まれた「愛」で揺らいで行く辺り、これは確かに巧い。
また、ペルシャ帝国の末裔であり、中東の大国でもあるイランが、(映画は2004年製作だが)未だ引きずる前時代的な法や社会についても描写される。
アクバルの死刑を求めるアボルガセムに、判事が、男と女では価値が違うので、女ひとりが殺されただけでは死刑に出来ない、死刑を望むなら加害者遺族に賠償金を払え、と言うのには、さすがに呆れた。
最後、アーラとフィルゼーのふたりは自身の「正義」を貫いた、となるのだろうか……そこを観客に委ねる、正に考え込まされるラストだった。
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