これはディズニーの名作アニメ「ライオン・キング」を、リアルなCGで再構築した超実写版の第二弾。
シンバの父・ムファサと、スカーの出会いと若き日を描く前日譚となる。
監督は「ムーンライト」のバリー・ジェイキンズ。
野生の王国プライドランドの王・シンバの娘キアラは、母ノラの出産の為、ひとり留守番をする間に、シンバの父であり偉大なる王ムファサの伝説を聞かされる――洪水で両親とはぐれ、ひとりぼっちだったムファサを仲間に受け入れたライオンの王子タカ。血のつながりを超えて兄弟の絆で結ばれた彼らは、冷酷な流浪のホワイトライオンのキロスによって故郷から追われ、新天地を目指す旅に出るのだが……
これは、最近よくある“エピソード0”、つまり前日譚で、内容は貴種流離譚……まぁ、よくあると言えばよくある話ではあるのですが、監督のバリー・ジェイキンズだけに、これを「よくある」では終わらせてはいない。
人気のホワイトライオンを悪役――「白い」方が悪……これはつまり、アフリカを支配しようとする白人の比喩だろう――とし、その支配に対し、「力を合わせて戦おう」と言う、弱者の団結を呼びかける……黒人問題や、現代にも残る南北格差、そして、ウクライナ戦争にも通じるテーマを突っ込んで来る辺り、ディズニーとしてはかなり頑張ってる感がある。
また、一部実写の自然描写の中に、実写と見まごうばかりのCGの動物を動かす、と言う超実写版の描写や動きにも不自然さはなく、確かな進歩を感じた。
しかし、アフリカの動物たちと言う、正に野生ど真ん中の話なのに、寝ない・食わない・セックスもしない、と言う本能からくる欲求を全て無視、流血も性器(動物なので、本来丸見え)も描かない綺麗ごとの映像は、リアルにやればやるだけウソっぽくなり、これは皮肉にも超実写版の限界を自ら示した、と言えるのではないか?
また、流血と共に排除されたのが「死」で、この映画は、そこもはっきり描かないので、キロスの息子をシンバが殺してしまう、と言うのがキロスがシンバを執拗に追う動機になるのだが、その動機そのものの「死」を描かないのでは……
テーマはともかくとして、物語の構成は穴だらけだし、レイティングとポリティカル・コレクトに縛られた描写は、ドラマから力強さを奪っているように思う。
そもそも、ライオン王が何を食べているのかさえまともに描けない「ライオン・キング」と言う物語には、リアリティに限界があり、超実写版など元々いらなかったのだ、と言うのが結論のように思う。
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