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2023年10月15日23:24

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「月」感想

 これは、辺見庸による同題小説を「茜色に焼かれる」の石井裕也監督が映画化。
 出演は、宮沢りえ、磯村勇斗、二階堂ふみ、オダギリジョー。

 元・作家の堂島洋子は、彼女を“師匠”と呼ぶアニメ作家の夫・昌平とともに慎ましく暮らしている。
 生活の為、重度障害者施設で働く事になった洋子は、施設職員の同僚で作家を目指す坪内陽子や、絵の好きな青年“さとくん”らと出会う。
 洋子は職員による入所者への心ない扱いや暴力を目の当たりにするが、それを訴えても聞き入れては貰えない。そんな理不尽と日々向き合う“さとくん”の中では、徐々にある想いが膨れ上がって行き……

 この映画、2016年に起きた植村聖による相模原の障害者施設「やまゆり園」殺傷事件を題材とした映画であり、いくら原作ありとは言え、実在の事件の映画化には抵抗のある日本においては、大きな覚悟を必要としたものだと思う。 
 原作小説は、事件を、殺人を犯す加害者と殺される障害者の双方の視点から描くものだと言うが、映画は、それを大きく改変。障害のある子供を死なせた夫婦を主にしたものとなっている。
 その夫婦を、宮沢りえとオダギリジョーと言う実力派俳優が演じる事で、確かにドラマは作りやすく、また判り易くもなったのだろうが、「殺す者」と「殺される者」と言う明確な対立が曖昧となり、時に双方が「殺す者」になる、と言う構成上の弱さが、テーマをぼやかしてしまっているように思えてしまうのが残念――だが、同時に、その物語の中心で、観客の感情移入の対象となる主人公が、「殺す者」ともなる事で、観客に対しても、己の内なる“植村聖”に気づかされる、と言う効果を生んでいるのだが。
 実際、臭い・汚いものに対する嫌悪感、そして、意思疎通が出来ない存在に対する不安や恐れ……それらは生理的なものであり、多くの人が抱く、当たり前の反応だろう。その上で、それを“何か”により抑えるのが人間であり、それこそが人間性……この作品が問う“心”なのだろう。
 そこに至る物語は判るし、それもまた語る価値のあるものだと言うのは理解出来るのだが、これは、原作小説が描こうとしたものとはいささか方向が違うのでは、と言う疑問は残る。

 また、本作で気になったのは、映画中に登場する障害者収容施設の描かれ方、そして、登場する障害者たち。
 障害者には芝居がつけられる事はなかった(暴行など“演じる”必要があるシーンに登場する障害者は、健常者の俳優が演じている)と言うが、それはつまり、障害者を、映画にリアリティを持たせる為の“小道具”として使った、と言う事ではないのだろうか?
 障害者を人間ではなく、モノ扱いしてしまう、と言う辺りに、本作製作者もまた、己の内なる“植村聖”を露呈しているように思え、何とも複雑な想いにさせられた。
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