話題の本作、金曜日の公開初日に観て来た。
一応、ネタバレ警告。
これは、宮崎駿が、2013年の「風立ちぬ」以来、10年ぶりに監督を手がける長編アニメーション。
タイトルは、宮崎監督が少年時代に読んで感動した吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」から引用されているが、物語はジョン・コナリーによるファンタジー小説「失われたものたちの本」をモチーフとした、宮崎駿のオリジナル・ストーリーとなっている。
昭和18年、眞人は最愛の母を火災で亡くす。翌昭和19年、東京にも空襲の危機が迫り、眞人は、郊外の母の実家に疎開、父の再婚相手である母の妹のなつ子と暮らす事になる。
母の実家の屋敷の裏手には謎めいた塔があり、そこに棲まうアオサギから、眞人は不思議な誘いを受ける――「母に会いたければ自分について来い」と……
映画公開初日に観賞。
それまでに知っていた情報は、「宮崎駿の新作映画」と言う事と、ポスタービジュアル1枚のみで、正に、何を見せられるのかわくわくしての観賞となった。
内容としては、宮崎アニメの集大成、と言う印象が強い。
主人公は少年で、少女と共に、西洋的なファンタジー世界での冒険を繰り広げる様は、宮崎アニメとして既視感があるし、実際、「ラピュタ」や「コナン」、「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」、「ハウルの動く城」などを連想してしまう部分も多い。
落下と上昇と言う、宮崎駿ならではの展開も、最早定番と言っていいだろう。
また、「少女」、「鳥」、「魚」と言う存在に、別の意味を重ねるダブルミーニングは押井守のようだし、ビジュアルや展開に、新海誠的な部分を感じたりもするが……そこは、パクリと言うよりも、齢80を過ぎて尚、新たな表現に取り組む積極性、と見たい所だ。
そして宮崎駿、本作では自身の物語を語っているようにも思える。
母親への偏愛と、父親への憎悪にも近い嫌悪――本作における父親像もまた酷いものだ――しかも、自分もまた、憎むべき「父親」なのだ、と言うのを自覚しているのが痛々しい……母親を愛してはいるのだけど、憎むべき父の子を孕んだ事実は受入れ難く、それが、主人公・眞人が、叔母で、父の再婚相手のなつ子へ抱く複雑な感情の理由となっており、終盤には、父の子を孕む前の少女の母親と共に冒険する、と言う展開に、宮崎駿と言う人間の願望が見え隠れするように思う。
その意味では、本作は宮崎駿の私小説的な物語――押井守的に言えば「裸踊り」であるように思う。
丁寧な手書きによる作画、宮崎アニメならではの、自在なメタモルフォーゼ、自在に動くカメラと、それにより描き出されるアニメーション世界……と、老いても尚、そのアニメ世界には圧倒されるが、一方で、その老いを感じたのは物語の方……元々、宮崎駿のストーリー展開と脚本は程度が悪かったが、本作は目立って粗い。場面展開も唐突だし、主人公の眞人が寡黙なせいもあって状況を把握するのには、それなりのスキルが必要になるのではないだろうか?(絵としての情報量が多いので、読み取り方次第か……)
決して判り易い話ではなく、面白さはあるが決して笑えるようなものでもないので、決して、エンターテイメント作品でなければ、子供向けでもない……映画に娯楽要素を求める人には向かず、賛否が分かれると言うのにも納得出来る。
それでも、宮崎駿の、ひょっとしたら最期の映画になってしまうかもしれない作品として、これは一見の価値ありだと思う。
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