土曜、午前中、自宅のヘーベルハウスの担当が変わった、と言う事で、挨拶に来た。
今度の担当は、若い女性で……そいや、若い女性が家の中にいる、などこれまでなかったような気がする。何だか変な感じ。
その後、水槽の水替えをしてから出かける。
横浜駅で、カツカレーを掻き込み、シネマジャック&ベティへ。
今日の1本目は、
「裸のムラ」。
これは、「はりぼて」の共同監督・五百旗頭幸男が、石川テレビ放送で制作したドキュメンタリー番組「裸のムラ」、「日本国男村」を基にした劇場版ドキュメンタリー。
石川県知事の谷本正憲は現職最長である7期27年目を迎える。長すぎる権力集中の為、仕える者は忖度の度合いを強め、為政者は傍若無人になっていく……
カメラは市井の生活者にも向けられ、同調圧力の強い社会で暮らすムスリム一家や、車で移動しながら生活や仕事をするバンライファーの家族を取材。私たちが暮らす社会に偏在する家父長制(パターナリズム)と、それが生み出す、ローカルルールと忖度が横行する”ムラ社会”を描いていく……
五百旗頭幸男は、「はりぼて」の製作後、「組織ジャーナリズム」の限界から富山・チューリップテレビを辞職、石川テレビ放送に転職後に手掛けたものとなる。
富山市議会の政務活動費不正を追った「はりぼて」は、その内容や取材のやり方も、かなりエグいものがあったが、本作では政治に対しての踏み込みは抑え、地方政治に限らず、日本の根強く残る家父長制が生み出す様々な事象を捉えるものとなっている。
五百旗頭監督は相変わらず目の付け所がよく、県議会の谷本知事席には、氷入りのお茶が置かれ、そのボトルについた結露水を係りの女性が丁寧に拭く……そうした無意味な仕事や、知事当選後の記者会見で質疑の記者が何れも「当選おめでとうございます」から入る異様さなど、日本社会で見過ごされそうな、支配するものの傍若無人ぶりと、周囲の忖度にあらためて気づかされる。
また、自由な暮らしを求めて車上生活する家族の父親が娘に対して高圧的に振る舞う事、ムスリム一家では、イスラム教では守られるべきものとされる一家の母が、日本社会の不寛容さを訴えながら、夫や子供たちに対して不寛容で高圧的な態度をとる……などなど、思わず考えさせられる描写も多い。 ただ、ユーモアと鋭いツッコミのバランスがよく、面白く観られた「はりぼて」に対し、取材対象や内容を広げた事で、やや散漫な印象となったのは残念な所だ。
その後、横浜に戻り、T−JOY横浜で、
「線は、僕を描く」。
これは、砥上裕將の同題の青春小説を、「ちはやふる」シリーズの小泉徳宏監督の製作チームが映画化したもの。
主演は、「アキラとあきら」の横浜流星。
大学生の青山霜介はアルバイト先の絵画展設営現場で、水墨画と出会い、思わず涙する――それが、喪失の悲しみを抱え、生きる意味を見失っていた霜介の世界を変える事になった。
水墨画の巨匠・篠田湖山に声をかけられ、霜介は水墨画を学び始める。やがて、霜介の止まっていた時間が動き出す……
この映画、日本を代表する水墨画家・小林東雲が水墨画監修を担当し、スクリーンに、その世界を鮮やかに映し出している。
2度描かれる、即興での水墨画製作シーンは、静謐なイメージのある水墨画をダイナミックなものと魅力的に見せるし、巧妙な撮影で、絵を描く三浦友和や江口洋介が本物の達人に見せるのにも感心した。
また、硯で墨をする事に始まり、筆の中に濃淡を作ると言う技術や、描くテーマなど、水墨画の基礎を解説しながら見せ、しかもそれを物語に織り込んで行くのも巧みだ。
喪失の悲しみに苦しむ主人公と、あと一歩、自分の道を踏み出せずにいるヒロイン、と言うふたつの成長譚を重ねた物語もいいのだが、霜介の過去については、早いうちに予測がついてしまう(と言うか予告編で見せてしまっているのはネタバレが過ぎる)ので、いささか引っ張り過ぎにも思え、むしろ、その後の展開に、もう少し尺を取ってもよかったのではないか、と思ってしまった。
また、表現を生み出す事の意味を問う物語は、多くの表現者を目指す者の心を捉えるものだと思う。これはいい映画だ。
映画の後、夕食は、ジョイナス地下の「千里馬 辣鼎風」で酸辣湯麺セット。
旨いんだな、コレ……酸辣湯麺の辛みと酸味のバランスが絶妙で、何度食べても飽きない。
食べると汗びっしょりになるけど、それもまたよし。
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