5月連休7日目。
昨日、トイレのドアの動きが渋いのが気になり、今日は5時に起きて、あれこれ対策を調べ始めてしまう。
朝食後、ドアを外して、建て付け調整。これで軽く閉まるようになった。
で、今日は、久々に父親と共にクルマで出掛ける事に。
コロナ禍になってから、とんと出掛けてない。父親は、ここ数年、病院より遠くには出掛けていないハズだ。
季節もいいので、オープンドライブ。富士を見て、新緑を愛でに行く事にしよう。
そんな訳で、東名で御殿場まで行き、そこから246をのんびりドライブ。
丹沢湖と富士山。
森林浴、と言う事にはならないのだろうが、新緑の木々の中をオープンで走るのは気持ちのいいものだ。
昼には一旦帰宅。
蕎麦を茹でて、昼食。
午後は映画を観に行く。
まずは、ブルク13で、
「マイスモールランド」。
これは、日本で育ったクルド人少女を描き、ベルリン国際映画祭アムネスティ国際映画賞・特別表彰を授与された人間ドラマ。
監督は、自身も英国人とのミックスで、是枝裕和監督率いる映像制作者集団・分福に所属する川和田恵真。
17歳のサーリャは、幼い頃、クルド人の家族と共に生活していた地を逃れて来日。今では父・マズルム、日本で生まれた妹と弟のロビンの4人で暮らし、埼玉の高校に通っている。
だが、サーリャたち家族の難民申請がまたしても不認定となった。在留資格を失うと、居住区である埼玉から出られず、働くこともできなくなる。
そして、生活の為に働いていた父が、不法就労で入管の施設に収容されてしまう……
これは、日本におけるクルド人難民の苦境を描く映画。先日公開された「東京クルド」でも取り上げられた問題を取り上げたもので、こちらはフィクションのドラマではあるものの、確かなリサーチで、ずしりと来る映画に仕上げている。
主人公のサーリャを演じるのは、イラン人の父を持ち、5つ国のマルチルーツを持つモデルの嵐莉菜。クルド人ではないが、実際にクルド難民を俳優に起用する訳にはいかない(不法就労になってしまう)ので、PC的にもやむを得ない、と言う所か。
サーリャの父と妹弟を演じるのは、嵐莉菜の本物の父と妹弟で、何れも演技未経験であったのに、それでも様になっているのは、本物の家族故の事だろう。
映画は、難民、そして、クルド人であるが故に、日本社会に受入れられない苦悩と、クルド人としてのアイデンティティに悩む姿を描いている……特に後者について切実さを感じさせるのは、監督の川和田恵真、そして嵐莉菜共に、ミックス故の人種的アイデンティティに悩んだ事があるからだろう。
映画冒頭、高校生活を送るサーリャは、ウェーブのかかった髪にヘアアイロンを当て、直毛に修正した髪をまとめて、日本人らしく装っているが、自身のアイデンティティに悩んだ末、髪を下ろし、ウェーブのかかった髪をそのままにするようになる。それにより、“飛びきりかわいい日本の女子高生”から“日本の女子高生の制服を着たクルドの少女”になって行くのを見せるのは、女性らしい繊細な描写と思った。
クルド人である事に苦しみ、父のクルドの祈りに反発していたサーリャも、映画最後にはクルドの祈りをする――だが、そこに救いはない。事実、日本では2000年以降クルド人の難民申請が認められたのは皆無なのだ。映画とは言え、そこに安易な救いを用意しなかったのは、好感が持てるが、実際、そうとしか描きようもない現実には暗澹たる気持ちにさせられる。
しかし、国を持たない民であるクルドの人々は、そんな事ではくじけない――我らが国は、クルドの民それぞれの心の中にある。そのちっぽけな、でも誰にも奪われない、その小さな国<スモールランド>を抱いて、クルド人は生きる。祈りは、そうした生き方をする決意として、己を奮い立たせる為に行うのだ――「それでも、生きて行く」と。
ラストシーン、祈りを捧げた後、サーリャの瞳が見据える先にあるのは、日本と、日本人である事を忘れてはならないだろう。
そして、もう1本。
こちらは、Kinoシネマみなとみらいで、
「オードリー・ヘプバーン」。
これは、「ローマの休日」でアカデミー賞に輝いたハリウッド黄金期の映画スター、オードリー・ヘプバーンの真実の姿を描くドキュメンタリー。
オードリーは1929年にベルギーで生まれ、6歳の時、両親が離婚。第二次世界大戦中にはナチス・ドイツが占領するオランダで飢えにあえぐ生活を強いられた。父に捨てられた、と言う思い、戦争や飢餓で苦しんだことは、その後の人生に大きな影響を与えた。
1953年、ウィリアム・ワイラー監督の「ローマの休日」で、オードリー・へプバーンは初主演作でアカデミー賞主演女優賞を受賞、伝説的ファッション・アイコンとなる。
1967年の「暗くなるまで待って」以降は映画出演を控えたオードリー。出演作は全24本と決して多くはない映画女優が、没後30年を経た今でも世界中の人に愛される理由を探る。
この映画、ドキュメンタリー映画としては極めて真っ当な作り。
オードリー・ヘプバーンの、その誕生から最期までを時系列順に語り、見せて行くものとなっている。
映画史上に燦然と輝く美人女優が、自身の魅力に自信を持てなかった、と言う劣等感の持ち主であったのは意外と言えば意外だし、世界中から愛されたのに、愛される実感を得る事が出来なかった、と言う人生だったのにも考えさせられる。
また、私生活において、結婚に2度も失敗したのは、彼女が「闘う人」だったから、と言うのも意外。
これは私生活ではないが、「ティファニーで朝食を」の試写の際、「ムーン・リバー」を弾き語るシーンが、テンポを損ねる、と映画会社がカットを指示したのに対しオードリーは激高、「死んでも切らせない」と踏ん張ったのだと言う……結果、歴史に残るあの名曲が生まれたのだが、このエピソードでも判るように信じるものに対しては譲らない人物であったそうだ。
そして、その晩年、ユニセフの活動に注力するようになったのは、幼少期、オランダでの飢餓体験だと言う。戦後、解放されたオランダに到着したユニセフの救難物資に入っていたチョコレートの味を彼女は生涯忘れなかった、と言うのには感動した。
尚、オードリーがユニセフで活動した5年間だけで、ユニセフの活動資金は倍増した、と言う――実際、米国議会に乗り込んで1時間で、6000万ドルを支出する法案を可決させた、と言うのだから、その影響力は半端ではない。
オードリーの活動期間は短く、晩年の姿を見る機会はこれまで少なかったのだが、最後まで戦い抜いたその人生は確かに輝かしいものだった――戦う女の姿は美しい……愛と信念を貫いた、その生き様こそが、未だに愛される理由だと言う事に、納得。
映画の後、夕食は横浜駅地下で、カオマンガイ。

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