月曜は、休暇を取って(……って、それどころではない状況なのだが)、映画3本。
1本目は、109シネマズ川崎で、
「82年生まれ キム・ジヨン」。
これは、韓国女性の生き辛さを映し出し韓国で社会現象を巻き起こした同題のベストセラー小説を映画化したもの。
出演は、「トガニ 幼き瞳の告発」、「新感染 ファイナル・エクスプレス」でも共演したチョン・ユミとコン・ユチョン・ユミとコン・ユ。
監督は、本作が長編デビュー作となるキム・ドヨン。
キム・ジヨンは結婚を機に退職。夫、デヒョンの稼ぎはよく、専業主婦として暮らして行けるが、育児と家事に追われ、常に誰かの母であり妻であり、閉じ込められているような感覚に陥ることがあった。
そんな閉塞感がジヨンの精神を蝕んでいく――ジヨンは、時にまるで彼女の母親が乗り移ったような言動をするようになる。ジヨンにはその間の記憶はなく、悩んだデヒョンは精神科医に相談に行くのだが……
未だ男性社会における韓国における典型的な女性の生活と、著者自身の経験を織り込んだ原作小説に対し、この映画版は若干甘口、と言う所だろうか?
キム・ジヨンと言う韓国女性としてありふれた名前の主人公は、正に、何処にでもいる「誰か」であり、それ故に「みんな」の物語であった原作……’82年生まれ、と年代を記す事で世代と時代を明確にし、幼少期から学生時代、会社員時代とその時々の社会背景を盛り込み、更に母親の物語を加える事で、韓国社会における女性の生き辛さを描き、最後に、そんな彼女が壊れてしまう事で、社会の重圧を描いた。
それに比べると、映画は判り易くしようとしたせいか、義母を悪者とし、理解ある夫を白馬の騎士に見立てる事も出来る、映画内の善悪をはっきりさせた作り。物語としても、時代背景を語らず、主人公を取り巻く環境を主に描く事で、「みんな」の物語を、「彼女」の物語としてしまったような印象を受けた。
勿論、それでも尚、社会派として見るべき部分を残しており、社会におけるジェンダー・バランスを考えさせられるものになっているのは確か。
それでいて、決して一方的に男性を糾弾する事をせず、幅広い観客層を意識するなど、映画としての完成度は高い、と思うものの、やはり、挑戦的とさえ言え、それ故に多くの人の心を動かした原作に対し、いささかこじんまりとまとめた感があるのは仕方のないことなのだろうか。
映画の後、郵便局に行って記帳したり(ゆうちょ口座であれこれ問題あったので不安で……)、銀行に行ったりと用を済ませていると……ヤバい時間がない。
シネマジャック&ベティの最寄り駅、黄金町着は上映15分前、駅前の立ち食いで大急ぎで蕎麦を手繰り、劇場に駆け込む。
そんな、本日2本目は、シネマジャック&ベティで、
「マーティン・エデン」。
これは、「野生の呼び声」で知られるアメリカの作家、ジャック・ロンドンの自伝的小説「マーティン・イーデン」を、イタリアを舞台に蘇らせたヒューマンドラマ。
監督は「失われた美」のピエトロ・マルチェッロ。
主人公マーティンを演じるルカ・マリネッリは、本作でヴェネツィア国際映画祭主演男優賞を受賞。
ナポリの労働者地区で生まれ育った貧しい船乗りのマーティン。ある日、港でブルジョワの青年を救い、お礼にと家に招かれたマーティンは、そこでエレナに出会い、恋をする。そして、エレナの家で手にした詩集の言葉によって、文学の世界に引き込まれるのだった。
マーティンは、エレナに近づく為に、教養を身につけたいと思うが、小学校もまともに出ていないマーティンには、基礎が欠落していた。学校に入り直す事も出来ず、独学で作家を志すマーティンだったが、生活は困窮し、エレンの理解も得られない。
だが、ある事をきっかけに、彼の運命は一変する……
ジャック・ロンドンの自伝的小説である原作の舞台を、20世紀当初のアメリカから、第二次大戦後のイタリアに置き換えると言う大胆な脚色で生まれた本作。
社会格差や、教育と才能、と言う、現代に通じるテーマを盛り込み、見事な映画としている。
16mmフィルムで撮影して拡大したと言う’70年代映画を思わせるような映像、当時の記録映像や映画フィルムを繋ぎに使う、編集の巧みさなど見所も多いが、これはちょっとピンと来なかったなぁ……
映画の後、先ほどはゆっくり食事出来なかったので、いきなりステーキへ。
とりあえず、サーロインの200g。
夕方、本日の3本目は、ブルク13で、
「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」。
これは、2019年サンダンス映画祭で監督賞と審査員特別賞をW受賞したヒューマンドラマ。
監督のジョー・タルボットは、幼なじみで本作の主人公を演じるジミー・フェイルズの実体験を基に自身初の長編作品として作り上げた。
近未来のサンフランシスコ。ここ生まれ育ったジミーは、祖父が建て、かつて家族と暮らした思い出の宿るヴィクトリアン様式の美しい家を愛していた。
ある日、その家の現在の家主が、相続の問題で手放し、空き家となった事を知ったジミーは、叔母に預けていた家具を運び込んで、無断で住み始める、そんなジミーを、友人モントは、静かに支えていたが……
海と丘陵と言う変化に富んだ地形が生んだ美しい街、サンフランシスコ――これは、そんな街を舞台に、変わり行く街と、変われない男を描く物語。
変われない男、と言うのは勿論ジミー・フェイルズの事。家族の最も幸せな時間……美しい家、大工仕事の好きな祖父、スケートボードと仲間たち。ジミーは、何時まで経ってもそこから抜け出せない。祖父と同じ綿シャツを着て、スケートボードを抱え、今は他人の家となった元の家を訪ねては無断で家の手入れをするのだ。
でも、それはジミーが記憶の中で美化された過去で、決して取り戻せないもの。
映画は、ジミーがそれに気づいて、過去を振り返るのを止め、未来に向かうまでを描く……物語としては、拍子抜けするようなものなのだが、素晴らしく気品に満ちた映像と、散文詩的な語り口に魅力があって飽きさせない。
ただ、これを面白がれるのは、かなりの映画好きで、単館でアート系作品を観るような層ではないか、と思う……まぁ、そうした所も、A24作品らしいと言えばそうなのだが。
映画の後、帰宅。
今日夜は、LNG産消会議にエントリーしているので間に合うように帰らないと……と言う事で、時間もなかったので、横浜駅で崎陽軒のシウマイ弁当を買って帰る。(これ好き)
LNG産消会議を聴いていたのだが、疲れがあったのか、最後30分で寝入ってしまい、気づいたら23時……面倒なので、そのまま、寝た。
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