これは、2022年のウクライナ侵攻後からロシアの教育現場で行われている愛国教育の実態を記録した映像をまとめたドキュメンタリー。
ロシア人教師パヴェル・タランキンが、自ら撮影した映像を、アメリカ人ドキュメンタリー作家デヴィッド・ボレンスタインと共同でまとめ上げた。
本作は、2025年アカデミー賞で、長編ドキュメンタリー賞を受賞している。
ロシア・ウラル山脈の東側にある小さな町・カラバシュ……ソ連時代から行われた銅の採掘と精錬で汚染された“世界で最も汚い町”と呼ばれ、公害により平均年齢は38歳だと言う。
そんな町の唯一の学校であるカラバシュ初等・中等学校でイベント企画・撮影担当の教員、パヴェル・タランキンは、生徒たちから公私共に慕われる人気者だ。
だが、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を機に、彼らの日常は一変する。プーチン大統領は、戦争を賛美し参加するよう「愛国教育」の導入を新たな国家方針として発令。和やかだった学校の雰囲気は変わり、生徒らは戦時教育に染まって行く、そして次々と戦地へ送られる卒業生……そんな現実をタランキンのカメラは記録する……
本作の共同監督にして撮影、そして事実上の主演のパヴェル・タランキンは、見た目から判る温和な人物で、生徒たちからは“先生”ではなく、愛称の“パーシャ”と呼ばれる、信頼できる兄貴分のような存在。撮影機材室を兼ねた執務室は生徒だけでなく同僚教師までが息抜きに集まる溜まり場になっている……映画は、そんなタランキンの日常に始まり、公害で有名なカラバシュを自嘲交じりに紹介して行く。
だが、ウクライナへの「特別軍事作戦」が開始されてから、そんな日常は一変する――愛国的な、そして戦争を肯定するような教育が強要され、タランキンには、そんな授業を撮影し、地方政府へ提出するよう命令されるのだ。
面白いのは、その提出する映像を編集する事がタランキンにしか出来ないが故に、校内での彼の権力が増し、校内・校外共、彼は何でも撮影出来る立場を手に入れる……そうして誕生したのがこの映画なのだ。
政府と指導者を称える思想教育の強制に始まった「愛国教育」は、軍隊的な国旗掲揚セレモニーの導入、慰問の為の手紙の執筆、挙句には軍事教練が行われるに至るのだ。
自由が制限され、戦争協力に邁進するに連れて、どんどん表情が失われて行くタランキンのような教員がいれば、活き活きとしてスターリン時代を語り、スターリンの腹心として粛清を進めたベリヤと彼の配下で処刑や拷問を行ったKGB職員を尊敬する、と言う歴史教師のような教員もいる……これが現実、と言うものだろう。
生徒たちは無垢な心に、そんな教育を沁み込ませて行き、卒業生らは、“根性試し”のようなノリで徴兵に応じて行く……軍と戦争の実態を知るまでは。
そんな現実に絶望したタランキンは教員を辞めようとするが、本作製作に繋がるチャンスを得て、本心を隠しながら教員生活を続け、約2年もの間、現代の戦時下ロシアの貴重な映像を撮り続けて行くのだ。
タランキンは言う。
「国を愛すると言う事は、『問題がある』と言える事」
「愛国」を唱える者たちが言う、国民への「献身と服従」の強制とは、正に正反対の主張であり、完全に正論だ――だが、それが通らないのが現実であり、現在のロシアなのだ。だからこそ、本作はロシアでは上映禁止であり、映画製作の為、国外に脱出したタランキンは、国家反逆者とされ、国に戻れば処刑されてしまうだろう。
だが、本作が描くこれは決して他人事ではない。声高に安全保障を叫び、国民生活を圧迫してまで防衛費を倍増させる我が国だって、何時こうなるか判ったものではないのだから。
その意味で、本作は“今”を生きる人々にとって、「国家」と「教育」を考える為の重要な1本であろう、と思う。
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