これは、「マリウポリの20日間」のミスティスラフ・チェルノフ監督が、再びウクライナに戻り、今度はウクライナ軍によるロシア軍占領地域奪還作戦を記録したドキュメンタリー。
2023年、ウクライナ軍第3強襲旅団の歩兵小隊に同行したチェルノフ監督は、ロシア軍に占領されたアンドリーウカ村の奪還作戦を記録。
監督は、兵士たちと行動を共にしながら戦場へ身を置く。映像の多くは、兵士たちのヘルメットカメラやドローンによって撮影されており、観客は彼らとともに、アンドリーウカ村までの最後の2000メートルを記録して行く。
これは、2022年2月24日、ロシアのウクライナ侵攻後の翌2023年のウクライナ軍反転攻勢を記録したものだ。
当時、西側諸国の支援が届き、国際世論の後押しもあってロシア軍撃退と和平を望む声の中、遅々として進まないウクライナの反撃にやきもきさせられたものだが、映画は、その最前線で何が起きていたのかを描く。
これで判るのは、守勢に回った際のロシア軍の強かさで、これは歴史的にも定評がある――対戦車障害物と地雷で大部隊の前進を止め、進攻するには、この映画で描かれたような“森”など僅かな隙を突くしかないのだが、そこにもロシア軍は陣地構築して待ち受けているのだ。
ロシア兵が穴穂って籠ったら砲撃では追い出せない、陣地ひとつひとつを歩兵が潰して行くしかない、と言う戦いで、これ自体は第一次大戦時に生まれた浸透作戦による進攻なのだが、これでは前進出来ない訳だ、と納得をした。
そして、既にこの映画でも萌芽が捉えられているが、今やこうした戦場はドローンが飛び交う更に殺伐としたものとなっている。
ドローンの投入によって、攻撃するウクライナ軍の死傷者は減った、と言うが、ロシア側は変わらない……何故なら、「占領」とは人間が、そこに居なければならないからだ。
「占領」を示す為、そして殺される為にそこに居る、それが現在の兵士の役割、と言う事だ。
殺伐とした映画だが、その中でも心打つ印象的な言葉がある。
「どんなに変わり果て荒廃しても自分たちの国なら立て直せる。ロシアにとられたら何も出来ない」
それはその通りだろう、とは思う。だが、同時に疑問も感じる――僅かな土地の為に、これだけの破壊と殺戮を繰り返す、そこにどのような意味があるのか、と。
ウクライナの戦場で放出される二酸化炭素は、欧州全域が削減した二酸化炭素量に匹敵し、ロシアが、アンモニアをウクライナで使用する火薬に使ってしまった為、世界中の肥料供給量が減少し、アフリカでは飢餓が進んでいる。
世界は、そして人類は、何時までこうした破壊と殺戮を繰り返すのだろうか?
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