これは、ジェームズ・ガン監督による「スーパーマン」にも登場した、スーパーマンの従妹・カーラが“スーパーガール”となるまでを描くもので、新たな“DCユニバース”の1作となる映画。
出演は「ハウス・オブ・ザ・ドラゴン」のミリー・オールコック。「アクアマン」のジェイソン・モモアが別役で登場している、と言う事は旧シリーズとは完全に決別した、と言う事だろう。
監督は「アイ,トーニャ」、「クルエラ」のクレイグ・ギレスピー。
故郷クリプトン星を失った後、脱出した人々の悲劇を目の当たりにしたカーラ・ゾー=エルは、その悲劇を知らないカル=エルことスーパーマンとは異なり深いトラウマを抱え、愛犬クリプトと共にスーパーパワーを消す赤い太陽の下で酒浸りの日々を過ごしていた。
だが、そこに現れたクレムら一味に宇宙船を奪われ、しかも、クリプトが毒矢に射られ瀕死となってしまう。解毒剤を求めるカーラは、同じくクレムに家族を奪われた少女ルーシーと共に、クレムを倒し、解毒剤を手に入れるべく旅立つ――残された時間は3日間。果たして、カーラはクリプトを救えるのか……
これは故郷も家族も失い、絶望していた少女が、スーパーヒーローになる物語……スーパーマンことカル=エルが、故郷の滅亡を実感していないのに対し、カーラは滅びゆく同胞を葬り続けて来た。その差が、彼女をスーパーヒーローではなく、飲んだくれとしたのだし、そのメンタリティがクリプトをあんな風にしたのだ、と納得させる、この設定は巧い。
原作となるのは2021年に発表された「スーパーガール:ウーマン・オブ・トゥモロー」だと言うが、なるほど、これは現代の物語だと思わせる。
物語は、全て失ったカーラを辛うじて生に繋ぎとめていた愛犬・クリプトを失う危機に直面して動き出す――これは、まるで「ジョン・ウィック」ではないか?と思ったり……
カーラを演じるミリー・オールコックは、何事にもひるまない不遜な表情がよく、その決して飾らないファッションも生活も、逆の意味で魅力的に見える、なかなかの逸材だ――だが、困った事にこの映画、そんな彼女をヒロインに据えて、これがなかなか面白くならないのだ。
本作のヴィランであるクレムとその一味は、「マッドマックス」の悪党のようなイメージで、若い女性を性交の為の“花嫁”として各地から攫い集めている、と言うのも「マッドマックス 怒りのデスロード」を思わせる設定であり、この辺り、実録作品で女性の生き辛さを描いて来たクレイグ・ギレスピー監督なら、カーラの生き方を変えるような展開にも出来そうなのだが、中盤ではそんな“花嫁”のひとりをむざむざ殺されてしまい、終盤の救出劇もとってつけたようなもの、とどうにも中途半端なのだ。
また、ルーシーの復讐を認めず、殺す事を思い止まらせるのも納得出来ず、ロボの扱いにも不満が残る。
中途半端、と言う点では、本作の活劇としての魅力も同様で、妙に長い回想シーンがテンポを削ぐし、本筋の方も、あちこちでひっかかり、そして停滞し、どうにもかったるい……スーパーガールならではの無双っぷりも限られていてどうにも痛快さに欠ける。
クレイグ・ギレスピー監督に対し、ジェームズ・ガンは、「スーパーマン」を意識せずにやっていい、と言ったと言うが……それでも、実録ものなど人間ドラマを得意とし、SFや活劇の経験に乏しいクレイグ・ギレスピー監督の面倒をちゃんと見て欲しかったような……「スーパーマン」の見事さとは対照的なぐだぐだっぷりがどうにも残念な映画だった。
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