これは、カンヌ映画祭で新人監督賞ノミネート、サンダンス映画祭でも話題となった、名匠ロジャー・ドナルドソンの娘、インディア・ドナルドソン監督、初の長編映画。
出演は、本作で映画初主演を果たしたリリー・コリアス。
17歳の少女サムは、大学入学前の夏休みに、父で映画監督のクリスと、父の旧友で落ち目の俳優マットと共に、ニューヨーク州キャッツキル山地へ2泊3日のマウンテントレイルに出かける。
予定では、サムと同世代のマットの息子も参加のはずが、ドタキャンされて、結局、3人でのトレイルとなった。
若くて女性のサムは、2人の男性の聞き役や世話役を全面的に引き受ける事になるが……
グッドワンとは日本語で言うと”いい子”と言うような意味だろうか。サムはその言葉通り、ずっといい子でいた。夏休みだって友人と遊びに行く事もなく、父親に付き合って、しかもトレイル中も、水汲みから食事の支度、後片付けを文句も言わずに行うのだから。
そんなサムの人物像には、インディア・ドナルドソン監督、本人が投影されている、と言う……劇中のクリスが映画監督である事も含め、これはインディア・ドナルドソン本人が経験した事が元になっているのだろう、と思う。
そうした背景を含め、これは男性にとって、相当に居心地の悪い映画だ――女性が身の回りの世話を焼いてくれるのは当たり前、年を重ねれば、それに更に細かい事は若い者がやるものだ、と言う意識も重なる。
そうした心理が生み出す無意識のハラスメント……パワハラにセクハラ、そして重要なのは、そうした問題行為について、男性は殆ど無意識である、と言う事――本作でも、一線を越えたマットに耐えられずに父・クリスに相談するのだが、答えは「よくある事だ、気にするな」。これが、サムが、大人と男性に対する信頼を、決定的に損なう要因となる……だが、そこに至るまでの2人の男性の”困ったもの”な部分を、サムの表情だけで語らせる、その演出には舌を巻く。これが決して他人事ではなく、自分事だからこそ出来る表現でもあるのだろうが……
これは、”Me Too運動”に共鳴する事無く、”悪しき男性性”と対峙する事を決めた女性の物語であり、これでサムは”いい子”でいる事を止めた。
そして、”Me Too運動”が広がった今となっては、男性はもう”いい子”を期待出来ない世の中になってしまった事を思い知るべきだろう。そして、それは決して”理不尽”な事ではなく、自業自得でしかないのだ……そこに、この映画の居心地の悪さがあるように感じた。
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