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2025年12月11日00:08

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「みんな、おしゃべり!」感想

 これは、聾者とクルド人、と言うマイノリティ同士を題材とし、コミュニケーションについて考えさせられる社会派コメディ。
 出演者は、聾者・クルド人共当事者で、主演の毛塚和義は、聾者で日暮里のラーメン店主だと言う。監督は、自身もCODAである河合健。

 小さな電器店を営む聾者の父と弟、聴者の夏海の古賀家。同じくその町に暮らすクルド人とその仲間たちが、些細なすれ違いから対立してしまう。
 日本手話とクルド語では、勿論対話は成り立たず、夏海と、クルド人らの中で唯一日本語が達者なヒワが、双方の間に立って通訳を行う事にはなったが、通訳の二人の間には信頼関係が生まれたものの、両家の対立は深まるばかり。
 そんなある日、夏海の弟の駿が描いた謎の文字が、町を巻き込む騒動を呼んで……

 この映画、日本語の他に、10を超える様々な言語が飛び交う、異言語ディスコミュニケーション映画。
 冒頭から暫くは、言語の違いが如何にして、人々のコミュニティ同士を断絶するのか、と言うのをいささかカリカチュアライズして描いて行く。だが、この映画が痛烈なのは、一見同じコミュニティに属していながら、その中でも言語が通じない、が起きる、と言う事――主人公ら、聾者仲間にもアメリカ手話を使う者がいるし、駿の通う聾学校では、聴者の先生は日本語対応手話を使い、駿の日本手話とは異なるし、生徒の多くを占める難聴者は補聴器をつければ普通に聞こえて、喋れるのだ。
 そのように、日本人同士でも、使う言葉が違い、クルド人の方も、祖国のトルコで禁じられていたクルド語には馴染がなく、トルコ語の方が判り易い、と言う者もいれば、シリア出身なので、家に帰れば祖母はアラビア語しか喋れないなど、グラディエーションがあるのだ。

 物語は、そんな聾者とクルド人の中で、親しくなる夏海とヒワの関係と、そして駿が独自に生み出した、新たな文字が生む騒動を描く。
 思いが伝えられず、両者の間で板挟みとなった夏海とヒワが、「どうせ伝わらないなら」と滅茶苦茶な言葉を喋り出すのはちょいとした皮肉だし、駿の新文字が、陰謀論と結びついて……となるのは、今や社会問題にもなっている外国人とのディスコミュニケーションが生む軋轢が生じる瞬間、と言うものをまざまざと見せつける……こうやって書くと、社会派の堅い映画のように思うかもしれないが、それでもこれはコメディ映画。演出としては、松竹が得意とするような、下町の人情喜劇になっている。

 映画は、「みんな、おしゃべり!」と言いながら、終盤のクライマックスに向け、どんどん言葉が削ぎ落されて行くのが面白い。それでいて、コミュニケーションがむしろ濃密になり、人と人を繋ぐのは、結局は言葉ではなく、心であり、真摯に想いを伝えたい、判って欲しい、と言う気持ちなのだ、と言う感動的な結末に辿り着く。
 そんな映画は、最後、思いもよらぬ形の大団円となり、そして、そこからもうひとひねり、驚きのクライマックスを迎えるのだ。
 このぶっ飛び具合には、引いてしまう人もいるかも知れないが、これはこれで作品テーマ的にも納得のラストシーンではあった、と思う。
 これは面白い映画だった。
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