これは、「甲子園:フィールド・オブ・ドリームス」の山崎エマ監督が、日本の公立小学校に15か月、撮影日だけでも150日と言う長期に渡って撮影したドキュメンタリー。
日本式教育が海外で注目を集める中で公開された本作は、海外で高い評価をされているそうだ。
英国人の父と日本人の母の下に生まれ、今はニューヨークに暮らす山崎エマ監督は、自身の”自分らしさ”と日本人としての価値観は、かつて学んだ日本の小学校で身についたのでは?と気づき、“6歳児は世界のどこでも同じようだけれど、12歳になる頃には、日本の子供は「日本人」になっている。それは、小学校が鍵になっているということではないか”との思いを抱くようになる。
そして、彼女は、東京都の小学校で、前代未聞の長期撮影を敢行“今、日本人に伝えたい、大事なこと”を捉える。
この映画の原題は「The Making of a Japanes」で、直訳すれば「日本人の作り方」――つまり日本人は、学校と言う″模擬社会”で、集団生活における協調性や、集団を維持するための役割分担を身につけている、と言う事を意味している……そして、本作は、海外の学校ではあまり見られない、勉強以外の生活習慣や人間性まで形作ろうとする、日本式教育の実態を記録しているのだ。
異例の長期取材、とは言え、撮影期間は約1年(その前に準備期間が約3か月)と言う事で、小学校生活の全てを記録する事は無論出来ず、新入学の1年生と、卒業して行く6年生にスポットを当て、入学に始まり、卒業で終わる構成となっている。
私自身が小学生だったのは、もう50年近く前なので、記憶も薄れているし、学校の在り方も変化しているのだろう……映画が映し出す現在日本の小学校のあり様は、少なくない違和感を覚えた。
勿論、撮影がコロナ禍の最中、と言うのもあるのだろうし、私に子供がいないせいもあり、卒業以降、学校と言うものにリアルに接していないせいもあるのだろうが……
ただし、集団生活を送る為の人間教育と言う点では納得もしたし、大いに感心もした――その点では、取材対象の小学校は、相当にレベルが高いのだろう。そして、それが「公立」である事が、日本の教育水準の高さを示しているようにも思う。
また、映画としても対照としての見せ方が上手い。1年生と6年生を映すのだが、1年生はベテランの安定した指導力を見せる教諭、6年生はまだ若く、熱意はあるが時に行き過ぎを感じさせる教諭として、生徒だけでなく、先生もまた対照させているのだ。
印象に残るのは、本作から短編映画「Instruments of a Beating Heart」として切り取られる事にもなった、1年生による新入生歓迎演奏の様子。泣き虫の女児が、厳しく、そして優しく指導されながら立派に役割を果たすまでの描写は多くの人の目頭を熱くさせるのではないだろうか。
あと、私的に印象的だったのは6年生の放送係の男子で、手慣れた様子でアナウンスをする彼が、コロナ禍による隔日登校で、コンビを組む女子が自宅学習となった途端に放送機材の電源すら入れられずにおろおろするシーン……恐らく、子細は全部女子に任せていたのだろうけど、まだ11歳なのになんで君はそんな「昭和の男」なのだ?と問い詰めてみたくなったり……
本作はドキュメンタリー映画としては不親切な部分もあり、解説や説明は最小限となっており、ナレーションも一切ない。そのせいか一部に内容を酷評する声もあったが、映画を観て思うのは、それはかなり偏った見方によるものだ、と思う。
本作は原題通りの“日本人の作り方”として、我々がどのように社会と向き合うべきが、集団に帰属するべきかを、学んで来た場を記録したものであり、それは自分の中にも確かにあるものだろう。それを酷評し、「恐怖」とするのは理解に苦しむ、と言わざるを得ない。
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