これは、江戸時代の伝奇小説「南総里見八犬伝」を、作者である滝沢馬琴と葛飾北斎の逸話と「八犬伝」の内容とを織り交ぜて描いた山田風太郎の小説を映画化したもの。
滝沢馬琴を役所広司、葛飾北斎を内野聖陽が演じている。
監督は、「鋼の錬金術師」シリーズや「ピンポン」を手がけてきた曽利文彦。
江戸の人気作家・滝沢馬琴は、構想中である「八犬伝」の物語について、友人でもある人気絵師・葛飾北斎に語り、挿絵を描いてくれと相談する――馬琴が語ったのは、里見家の呪いを解くため、八つの珠を持つ若き八人の剣士たちが運命に引き寄せられるように集まり、壮絶な戦いに臨むと言う物語だった。
壮大な物語は巷の人々を魅了し、二十年を超える異例の長期連載となるが、終盤に差し掛かって馬琴は、最愛の息子・鎮五郎が他界、更に失明……現実に打ちのめされる馬琴の筆は、「八犬伝」を完結させる事無く止まってしまい……
映画で「八犬伝」と言うと、鎌田敏夫の原作を深作欣二が監督して描いた角川映画の「里見八犬伝」が印象に残っているが、この映画が原作とするのは滝沢馬琴のオリジナルではなく、山田風太郎の小説の方。
そして、この映画は、これまで小規模作品の多かった木下グループによるもので、木下グループ製作の映画としては、異例な程の大スケールで力の入ったものとなる。
時代劇はどうしても金がかかるものだが、美術から特撮までかなりの規模だし、見せ場のひとつである天守閣上での戦いは、日本映画らしからぬスケールの大きさ、空間の広さを感じさせるダイナミックな映像に息を呑んだ――ここは、VFXの使い手として名を馳せた曽利文彦らしい所だ。
一方の物語は、「八犬伝」の活劇の合間に、馬琴と北斎の、ちょっとおかしみのある物語が挟まれる構成が、テンポを崩すとか、緊張感を削ぐなど、批判的な評も多いが、この物語は、馬琴が直面する「虚(物語世界)」と「実(現実世界)」を描くもので、この構成こそが肝なのであり、それを意欲的に描いている事を評価したいと思う。
「虚」と「実」……これは、クリエイターの抱える最大の課題であり、馬琴も、己の生み出す「虚」の意味を、人生を賭して問い続けるのだ――これもまた、最近多い“クリエイター賛美”の映画であり、だからこそ、歌舞伎「忠臣蔵外伝 四谷怪談」での鶴屋南北との対峙が中盤のクライマックス足り得るのだ。そして、そこで打ちのめされた馬琴が最後に辿り着いた境地が、その答えとなる――惜しいのは、この終盤のクライマックスの盛り上がりが、もっと欲しかった所だ。馬琴を演じた役所広司だけでなく、その場面での黒木華には、それが出来るであろうと思えただけに残念だ。
現実世界の馬琴と北斎を演じた、役所広司、内野聖陽は、その存在感、二十八年と言う歳月を感じる壮年から老齢にかけての演じ分けともに文句なし。
それに比べると、「八犬伝」の物語世界を演じた若手俳優の演技の軽さが気になるし、R指定避けでもあるのだろうが、流血さえない、まるでTV時代劇のような斬り合いシーンも物足りない。
また、“家族”を物語の軸とするいささか古風な内容には、曽利文彦監督も年を取ったのだなぁ、と思ったりもした。
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