これは、中絶が違法だった1960年代のアメリカで、女性の選択の権利としての妊娠中絶を描いた実話に基づくドラマ。
監督は、「キャロル」の脚本を手掛けたフィリス・ナジー。主演は、「ピッチ・パーフェクト」シリーズのエリザベス・バンクス、共演にシガニ―・ウィーバー。
1968年、アメリカ・シカゴ。裕福な家の主婦として何不自由ない暮らしを送っていたジョイは、2人目の子供の妊娠後、心臓の病気で倒れてしまう。このまま出産したら命が危ないと告げられジョイは中絶を申し出るが、病院の幹部である男性医師は、法を守るためには母体の犠牲はやむを得ない、と拒否されてしまう。
そんな中、ジョイは街で偶然、「妊娠?助けが必要?ジェーンに電話を」という貼り紙を見つける。ジェーンとは、違法だが安全な中絶手術を提供するアンダーグラウンドな団体だった……
この映画、アメリカ映画としては低予算のものと思うが、細部まで徹底的にリアル――フィルムによる撮影もそうだし、街並みから服装、女性の立場に至るまで作られていて、その作り込みが、当時の人工妊娠中絶手術(日本では今も行われているが、アメリカでは野蛮であるとして廃れた掻把式)の過程や、堕胎に臨む女性たちの心境までも切実に描き出す……本作は、製作も出演も女性中心であるし、これを作り上げてしまうのがアメリカ映画の底力と言うものか……
物語としては、上流階級で社会と接点を持たずに暮らしていた主婦――それを“恵まれた”ととるか社会から隔離された“不幸な立場に置かれた”と見るかは意見が分かれるだろうが――「法を犯さなければ死ぬ」と言う状況に突き落とされて、そこで初めて、アメリカ社会の実態を知る、と言うものなのだが、そんなシリアスな物語と、リアルな描写でありながら、映画は何とも軽妙で、時にコメディに近接する。それは、これが、あくまでも過去の物語である(映画製作は2022年)と言う前提があっての事だろう。
だが、現実には、現在、アメリカでは保守派の州が次々と妊娠中絶を違法とし、更に、2022年6月には、本作がハッピーエンドを迎えるに至った妊娠中絶の権利を認める「ロー対ウェイド」判決が連邦最高裁で覆され、憲法で認める権利ではなくなってしまったのだ。
そんなアメリカでは、“コール・ジェーン”が復活し、中絶を望む女性を助ける活動が始まっているのだと言う……そんな現実を目の当たりにすれば、本作はもっとシリアスなものとなっただろう。正に、そんな信じられない、時代に逆行する事が起きているのが現在のアメリカだ、と言う事に言葉を失う。
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