日曜は午後、ブルク13で、
「オッペンハイマー」。
これは、「原爆の父」と称される物理学者オッペンハイマーの半生をまとめたガイ・バードとマーティン・シャーウィンによる同題の伝記小説を、「TENET テネット」のクリストファー・ノーラン監督が映画化したもの。
主演は、キリアン・マーフィー。
今年度の米アカデミー賞には、作品賞を始め7冠に輝いている。
1942年、アメリカ政府による極秘プロジェクト“マンハッタン計画”で、ロスアラモス研究所の所長に就任したオッペンハイマーは、3年後に原子爆弾を完成させ、人類に核エネルギーと言う“禁断の火”をもたらす事になる。
だが、戦後、赤狩りの嵐の中で、オッペンハイマーは弟や妻が元共産党員であった事から告発され、1954年に公職追放されてしまう……
この映画、1954年の原子力委員会の公聴会と、それに先立つ事前審査、そのふたつのシーンを交互に描きながら、それに出席したいたオッペンハイマーの供述と回想により、大学時代から原爆開発成功までを描いて行く、と言う、如何にもノーランらしい、時間軸が交錯する複雑な構成となっている。
そんな構成と、数多い登場人物、そして、核物理学の専門用語の羅列と言う内容から、これを「難解」と評する人も多く、私も身構えて鑑賞に臨んだのだが、意外にもこれは判り易く思えた。
時間軸としては一番新しい公聴会パートだけがモノクロとなっていて、他のパートとは一目瞭然だし、回想シーンは、回想した人物のモノローグから入るので判り易い。
しかも、終盤にはデヴィッド・ヒルの台詞で、オッペンハイマーの告発が、ルイス・ストローズの私怨によるものと説明されてしまうのだ。
また、事前審査の中で、妻のキャサリンが同席しているのに、ジーンとの浮気が明らかにされ「丸裸にされた気分だ」と言うのを表すのに、実際に全裸でになってジーンとのカラミを見せるなどに至っては、いささかやりすぎで、観客の理解力を信用していないようにも思えてしまった。
映画内容としては、原爆を“作ってしまった”男の物語であり、オッペンハイマーが、科学者でありながら、計算も実験も苦手、と言うゼネラリスト型であるのは、似たタイプの自分と重なる部分があり、ここは、感情移入して観てしまったところ。
理屈だけが先に立ち、「誰かが先にそれをしてしまう事」を恐れて原爆を作ってしまったのだが、使う事を考えていなかった、と言うのは科学者だけでなく、多くの人、そして物事でそうであろう、と思う――禁断の扉は、それを開けるまで判らないものなのだ。
この内容は、原作小説の原題が「アメリカのプロメテウス」と言う事からもはっきりする……プロメテウス同様、オッペンハイマーも、原子の炎を手にした後に、さらし者となって内臓をえぐられる事になったのだから……
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