土曜日。
父親の検査結果を聞いたが、自分より症状は軽く、肺炎までには至っていなかった、とのこと。今日も診て貰ったのだが、既に快方に向かっており、抗生剤も処方されなかった、と言う事で一安心だ。
あと、今日は。午前中に、年末寝込んでいたので出来なかった水槽の水替えなどを済ませ、午後、チネチッタで、
「コンクリート・ユートピア」。
これは、イ・ビョンホン主演のパニックサスペンス。
世界各地で同時に発生した地殻変動による大災害により、廃墟と化したソウル。その中で、唯一崩落を逃れた団地の一棟には、地域の生存者が押し寄せていた。
物資は乏しく、救助隊も一向に現われず、不安とパニックが広がる中、危機感を抱いた団地住民は主導者を決めて統制を図る事になる。ヨンタクは、職業不明の頼りない男だったが、放火による火災を身を挺して消火した事から、周囲に推されて臨時代表に選ばれた。
ヨンタクは、団地住民以外を建物から追放し、住民による自治体制を作り上げていく。
若い公務員のミンソンは、そんなヨンタクの統制に協力していたが、妻のミョンファは、強権的なそのやり方に疑問を覚えて……
これは、災害パニックもの、と見せて、現代社会を反映した、社会派サスペンスとなっている。
災害により、社会規範が崩壊した中で、その中でも、社会基盤と組織を維持していた集団が、新たな社会秩序を作って、力と権力を得て行く……と言う構図は、人間社会のシミュレーションとして興味深く、そして、その集団が、被差別の裏返しとしての選民意識を得て行き、強い排外意識を持つようになる、と言うのに至っては、正に、現代社会の縮図としか言い様がないし、そうした集団の中で、人間性を埋没させていくのは、昨年公開された「福田村事件」にも通じる恐ろしさを感じる……この辺りを、如何にも韓国映画らしい、濃厚な人間ドラマと、血と暴力で見せて行くのは見応えがあるし、引き込まれる。
映画は、ヨンタクによる排外的な統治に対し、ミョンファを対立させる、と言う構図を取るのだが、ここがちょっと弱い所……正直、ミョンファの主張はいささか綺麗事に過ぎ、対立軸を作るに至らないのだ。
結局、最後は、団地を更なる混沌に突き落とすしかなく、物語としては竜頭蛇尾な感じで、最後、破綻気味なのが惜しい……最後を、思いっ切り楽天的に、甘口に締めくくったのも物足りなく感じた。
あと、もう1本、
「笑いのカイブツ」。
これは、お笑いに命を賭け、テレビの大喜利番組やラジオ番組への投稿に心血を注いだ“伝説のハガキ職人”ツチヤタカユキの私小説を、岡山天音主演で映画化したもの。
監督は、井筒和幸、中島哲也、廣木隆一などのもとで助監督を務めてきた滝本憲吾。
寡黙で不器用、人付き合いが不得手なツチヤタカユキは、お笑いに人生を捧げ、常にネタを考え、5秒に1度ボケる日々を送っていた――高校生時代からの5年間で、大喜利番組では最高位のレジェンドに上り詰め、念願が叶いお笑い劇場の作家見習いになったものの、笑いだけを追求し常識から逸脱した行動をとるツチヤは、1年足らずで居場所をなくしてしまう。
やがて、芸人のラジオ番組にネタを送る”ハガキ職人”として情熱を注ぐうち、番組を通して憧れの芸人から東京に来て一緒にお笑いやろうと声がかかり、ツチヤは上京してコント作家として活動するが……
これは、何者でもない若者が、足掻き苦しむ物語で、これもまた、青春映画、と言えなくはない、のかも知れない……ただ、そうした青春映画を好む自分としても、これはちょっと楽しめなかった、と言うのが正直な所。
その最大の要因が、自分は、この映画、全然笑う所がなかった――確かに、映画中に、ツチヤのネタがあれこれ盛り込まれてはいるのだが、それがどうにも笑えない。なので、自分には、ツチヤが「お笑いの才能がある」と言うのがどうにもピンと来なかったのだ――まぁ、それもセンスの問題、と言えばそうなのだが……
一方、ツチヤの不器用さ、そして、頑なさ、そして、そこから来る生き辛さは伝わって来る……正に、劇中で言われる「地獄」のような状況。
でも、ある男は言うのだ。「そんなお前が、地獄で生きる事を選べるお前が羨ましい」と。
やりたい事があって、それをやる才能もあって……それは確かに「羨ましい」事ではあるだろうけれど、それが「地獄」になる生き辛さ……そして、それでも尚、やめられない”業”とでも言うべきものを抱えた、その人生図は確かに一見の価値あり、ではある。
そんなツチヤを、岡山天音が力演――まぁ、この種の不器用な男を演じるとピカイチではあるのだが、これは凄い。
また、ツチヤに親身となってくれる、漫才コンビ「ベーコンズ」の西寺――現実では、オードリーの若林、である――を演じた中野太賀もいい。
あと、登場シーンは短いが、菅田将暉も印象的だった。
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