金曜は、4回目の新型コロナワクチン接種の為、休暇を取った。
明日からは、夏休み連休だし、副反応が重く出ても大丈夫だろう。
さて、とは言え、接種予約は午後なので、午前中は映画を観に行く。
まずは、シネマジャック&ベティで、
「紳士は金髪がお好き」。
これは、1953年に公開された、あのマリリン・モンローと「ならず者」のジェーン・ラッセルのアメリカの大女優2人が共演したテクニカラーのミュージカル・コメディ。
アニタ・ルーズの原作小説を、舞台用に脚色した台本を、ハワード・ホークスが監督して映画化している。
ローレライとドロシーはニューヨークのクラブの人気ダンサー。お金に目がないローレライは、富豪の御曹司、ガスと結婚の約束をし、パリへ渡って式を挙げる事に。
出発間際、ガスは同行出来なくなり、ローレライはドロシーと一緒にパリへ行くことになった。だが、それは、結婚に反対するガスの父が仕組んだ事で、船には私立探偵のアーニイが乗り込んでおり、ローレライの素行を調べ、問題あれば婚約破棄するつもりだった……
マリリン・モンロー目当てで観た映画だが、デジタル修復された映像は鮮やかで美しく、元々舞台ミュージカルだった本作はテンポがよくて古さを感じさせない。
その一方で、「男は顔」と言うドロシーと、「男は金と財産」と言うローレライの男性観の衝突はともかくとして、結婚こそが女の幸せ、と言う価値観はさすがに古い……出演者が白人ばかり、と言う、PC的に今やあり得ないキャスティングも含め、正に隔世の感がある。
マリリン・モンローとジェーン・ラッセルの2人は、美貌・スタイルともゴージャスで魅力的だし、シーンごとに変わる1950年代ファッションも見物。
1950年代ならではの明るく、楽天的なミュージカルを堪能した。
次いで、もう1本、
「三姉妹」。
これは、「オアシス」のムン・ソリが主演・製作を兼任した、家族の物語。
韓国・ソウルに暮らす三姉妹。長女ヒスクは、花屋を営みながら、別れた夫の借金を返済中。娘には疎まれ、ガンを患いながらも“大丈夫なフリ”をして日々をやり過ごす。
次女ミヨンは、大学教授の夫、2人の子どもと高級マンションに暮らしている。教会では聖歌隊の指揮者も務める模範的な信徒で、“完璧に”家庭でも振舞っている。
三女ミオクは劇作家だが、スランプに陥り自暴自棄となって昼夜問わず酒浸りの日々。
それぞれに問題を抱え、日々の生活に追われて,疎遠になっていた三姉妹は、父親の誕生日を祝うために久しぶりに集まることになるが……
これは、家父長制が根強い韓国社会において、“父”と言うものに苦しめられる女性の姿から家族とは、と問う、かなりエグい家族映画。
三姉妹は、それぞれに背負い込んだトラウマにより、両親と同じ事を繰り返す……ひたすらに取り繕い続ける長女は母親に、外面のよさの反面、暴力的な権威主義を振りかざす次女と、酒乱の三女は父親の写し絵だろう。
そんな彼女たちの日常が限界に達し、あるいは破綻した後に迎える父の誕生日がクライマックス――そこでパラダイムシフトを強いるのが、それまで姿を見せず、タイトルからも外されていた長男と言うのも仕掛けの妙であれば、ここに至っても、家族に対し、謝罪や弁明の言葉もなく、ただ自傷に走る父、と言うのには家父長制の歪みを見た思い。
エピローグ的となるのは、鬱屈を吐き出した三姉妹のリラックスした表情だが、よく考えれば彼女たちの抱える問題は全然解決していない……それでも、痛みも苦しみも共有した上で、あらためて“家族”となった事をよしとすべきシーンなのだろう。
物語としては、この先も観てみたい気持ちになった。
この映画の後、昼食を済ませ、時間調整をして接種会場へ。
接種会場は、今回も天理ビルの14階。4回目は、殆どファイザー選べず、モデルナばかり……モデルナの方が副反応が強く出る印象なので嫌なんだけどな……
今回も接種はスムーズに済み、ちょっと休んでから、また、シネマジャック&ベティへ戻る。
本日の3本目は、
「クリーチャーデザイナーズ ハリウッド特殊効果の魔術師たち」
これは、ハリウッド映画で活躍する特殊メイクアーティストたちの姿を描き、映画創世記からの特殊メイクの存在を語るドキュメンタリー。
監督は「レイ・ハリーハウゼン 特殊効果の巨人」を手掛けたジル・パンソとアレクサンドル・ポンセのコンビ。
その創世記より、「映画」という文化と共に進化してきた特撮、特殊効果は、スクリーンに様々な想像上の異形のものたち――クリーチャーを生み出して来た。
最初はメイクの延長だったクリーチャー造形は驚異的な発展を遂げ、実際の物体で表現する特殊造形の時代を経て、今やデジタルの時代に突入、今や、いかなるクリーチャーもバーチャル空間に再現出来るようになった……
本作では、「スター・ウォーズ」で特撮を手掛けたフィル・ティペットや「メン・イン・ブラック」で特殊メイクを担当したリック・ベイカーなど、数々の映画で活躍してきた有名なアーティストたちのインタビューを基に、クリーチャーとその制作者の関係性に迫る。
これも、2019年のドキュメンタリー、「ようこそ映画音響の世界へ」に続く映画製作の裏方にスポットを当てた1本で、映画は、派手な作りではなく、当事者の言葉を丁寧に重ねて行くものとなっている。ハリウッド中心に取り上げているので、てっきりアメリカ映画かと思っていたら、これはフランス映画……なるほど、これもまた映画史の一面として文化と見る辺り、なるほど、と言う感じだ。
フィル・ティペットやリック・ベイカーと言う今や伝説の特殊効果エンジニアや、懐かしい「シンドバットの冒険」のレイ・ハリーハウゼンのストップモーション撮影も登場、勿論、「ゴジラ」も……と言う内容で、内容としては興味深いものばかり。そして、そうした技術が、近年のデジタル化によって過去へと押し流されつつ今、こうした証言を記録して行く事は貴重なものと思う。
ただ、近年、ストップモーション撮影技法を蘇らせたスタジオ・ライカへの言及がなかったのは物足りなかったし、「スター・ウォーズ」に「MCU」と言うディズニー傘下の様々な作品の映像を紹介出来ないのは納得が行かない……折角、フィル・ティペットが貴重なエピソードを紹介しているのに、それがどのように作品に結実したのかを見せないのではがっかりだ。商業的なポリシーや、版権問題などあるのは判るが、ディズニーもこうした“文化活動”に協力する姿勢を見せて欲しかったと思う。
今日はあともう1本。4本目の映画は、
「BlueIsland/憂鬱之島」。
これは、「乱世備忘 僕らの雨傘運動」のチャン・ジーウン監督が、現在の香港を描くドキュメンタリー。
1966〜1976年の文化大革命から逃れるために命を懸けて海に飛び込み恋人と共に海を渡った陳克治。1967年の六七暴動で抵抗者とされた事で、“中国人”である事を捨て経済人となった石中英。1989年の天安門事件を経験して自らを脱走兵と戒める林耀強。
体制に抵抗した記憶は、かけがえのない瞬間の証でもある。
映画は、香港の自由を求めて市民運動に参加する若者たちに過去を再現させる事で、激動の歴史を乗り越えてきた記憶と自由を守るために闘う姿を融合させて描き出す。
この映画は、現在の香港で自由を求めて抗う若い三人の活動家に、それぞれ文化大革命、六七暴動、天安門事件と言う激動の歴史の中にいた若者を演じさせ、それに現在、香港市民が自由を守るために闘う姿と重ねて写し出す異色のドキュメンタリーとなっている。
演じる若者は素人であるけれど、例え権力で押さえようとしても、自由を求める強い心の持ち主だ。そんな彼らの想いが、拙い演技を補って余りある――これはある意味で、再現ドキュメンタリーと言えるものなのだ。
この手法の是非を問う事は出来ないけれど、確かな事は、中国人が、自由の為に抗って来た歴史は、今も人々の心の中にあると言う事だろう。
印象に残るのは、現在の陳克治が、香港のビル群が見える海で泳ぐシーン――かつて、自由を目指して泳いだ海、その自由の象徴であった香港から、自由が奪われつつある今、陳克治は何処まで泳げばよいのだろうか?
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