水曜日、会社を早めに出て、109シネマズ湘南で、
「死刑に至る病」。
これは、櫛木理宇による同題小説を白石和彌監督が映画化したもの。
阿部サダヲ、岡田健史のW主演。
父親の期待に背いてFランクの大学に通う雅也は、鬱屈した毎日を送っていた――周囲の学生を見下し、父親からは見下される日々……
祖母の葬儀で帰省した雅也は、実家に届いていた彼宛の1通の手紙を受け取る。それは24人にも及ぶ猟奇連続殺人犯の榛村大和からのものだった。榛村は、犯行当時、雅也の地元でパン屋を営んでおり、中学生だった雅也もよくそこに通っていたのだ。
榛村は23人を殺したものの、最後の事件は冤罪だと訴え、犯人が他にいることを証明してほしいと雅也に依頼。その榛村の願いを聞き、雅也は事件を独自に調べ始めるが……
この映画、白石和彌監督得意のクライム・サスペンス。謎解きのミステリーと思わせながら描き出すのは、榛村大和と言う希代のシリアルキラーの姿で、やがて明らかになるその正体に思わずぞくりとさせられる。
確かに、これは面白い映画だが、やはり客を選ぶだろう。白石和彌監督と言えば、韓国映画ばりの猟奇シーン、ゴア描写が特徴だが、この映画、導入部分の榛村大和の犯行描写として、少女の爪を剥ぐのから始まって、延々と拷問描写が続き、これはさすがに引いた。死体写真や、人体破壊、剥き出しの暴力など、いささかやり過ぎのようにも思える。
榛村大和を演じるのは、阿部サダヲ。シリアルキラーを演じてみたかった、と言うだけに、その演技は文句なしだ。これまでも、狂気を多く演じて来た阿部サダヲだが、本作ではそれに加え「怖い」と言う存在感を出しているのだ。日本映画に多い、“高笑いする悪党”と言う薄っぺらな描写とは対極にある凄みと恐ろしさ、これは一見の価値がある。
それに対し、雅也を演じた岡田健史は、健闘してはいるものの、比較してしまうと、ぼんやりした芝居で、その鬱屈ぶりや榛村に影響されての変貌を形に出来ていないもどかしさがあった。
あと、イケメンの顔を長髪で隠し、女性と見紛うほどに存在感を小さく見せた岩田剛典も地味ながら見事と思った。
映画が描き出すのは、秩序型犯罪者によるマインドコントロール犯罪だ。少年の頃、行きずりの暴行事件を起こした榛村は、成人して犯行が発覚しないよう、被害者をコントロールする術を獲得するのだ。そして、やがて榛村は、他人をマインドコントロールして思うように操る事に面白さを見出して行く――
現実にも北九州や、尼崎で、そうした犯行が起きているが、なるほど、他者を操り、見えない鎖で繋いで行くのはこう言う事か、と思わせる怖さがあった。
面白くて、怖い、よく出来た映画だが、それでも気になる所も多い。
先に述べた過剰なゴア描写は勿論、榛村の人物描写や、犯行の状況に辻褄が合わない部分が見られたのは気になったし、終盤に語られる榛村逮捕の経緯は、彼の犯行のステージチェンジと出来れば、より恐怖が増す筈だ――榛村の狂気が、伝染し、拡散する……その企みが描かれれば、あっと驚くドンデン返しをしたラストシーンの恐怖がより大きなものになっただろう。
描写の面でも、繰り返される拘置所の面会室のシーン、アクリル版に相手が写り、それが重なる事で、2人がひとつになっていく事を示し、終盤には、その映り込みが別れる事で、拘束が解けた事を示す――これは「三度目の殺人」でも印象的だった手法だが、これも延々繰り返されるので食傷気味……こうした描写は、ここぞ、と言う時に決めるものだろう。
……こうした所を指摘するのは、決して、この映画を非難するのが目的ではなく、よく出来た映画だからこそ、白石和彌監督だからこそ、惜しい、と思うのだ。個人的には、最近注目の藤井道人監督よりも高く評価しているだけに、よりよいものを求めてしまうのだ。
帰宅後、まだ21時と言うのにそのまま寝入ってしまう……今週は、そんな感じで連日、早めに寝てしまい、代わりに早朝に目覚めるパターン。
なので、これも、こんな時間にアップ。
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