土曜は、午前中に水槽の水替えを済ませたら、午後、映画2本を予定。
昼前に出掛け、駅前の立ち食いで蕎麦を手繰ってから、まず、1本目。ブルク13で、
「大怪獣のあとしまつ」。
これは、特撮映画でお馴染みの巨大怪獣。その死体の「あとしまつ」を描く空想特撮エンターテイメント。
監督・脚本は「転々」、「インスタント沼」の三木聡。松竹と東映が創立以来、初めて組んだ共同配給作品となる。
人類を恐怖に陥れた巨大怪獣が、突然、大きな光に撃たれて死んだ。国民は歓喜に沸き、政府は怪獣の死体に「希望」と名付けるなど国全体が安堵に浸る――それから10日、河川の上に横たわる巨大な死体は内部で腐敗が進んでいた。
だが、政府閣僚らは「大怪獣の死体処理」という前代未聞の難問を前に、不毛な議論を重ね右往左往を繰り返すばかり。そこで首相直轄組織である特務隊に死体処理が任されたのだが……
これは酷い。
映画の題材としては悪くない。宣伝文句の「前代未聞」は言い過ぎ(実際には怪獣の後始末を描いた作品は数多ある)としても、その後始末を、例えば現在の技術で行うとしたらどうなるか、と言うシミュレーションを描くのは興味深い取り組みになった筈で、怪獣迎撃の方について、それをシリアスに描いて成功した東宝の「シン・ゴジラ」に対する、東映/松竹のひとつのアンサーとなり得た筈だ。
だが、出来上がったものが、この大惨事になるとは……この映画の「あとしまつ」こそ、大事になるのではないか?と心配になるほどだ。
まず、総理以下、内閣閣僚の描写がどうしようもない……確かに、コメディにする、と言う狙いは判る。しかし、そのお笑いのレベルがあまりに低いのだ。ウンチ、ゲロなどの汚物ネタ、閣僚の子供じみた言い争い、ギャグの致命的なセンスの古さ――閣僚の「どうですか?」と言う問いに、首相が「『どですかでん』?」と応じるなど、昭和どころか、何時何処でギャグになるのかを問いたいほどだ。
まぁ、三木聡監督は、オフビートな独特なコメディが持ち味だし、今回、脚本も担当して、出演者に「アドリブは認めない。脚本は一字一句変えるな」と言っていたと言うから、自信の程はうかがえるものの、どうしちゃったんだろう、と言いたい。
また、死体の処理について、“隣国”からあれこれ非難されてうんざり……と言うのをシチュエイションギャクにしているのだが、“隣国”のTV画面として、ハングルを画面に出し、朝鮮語を喋らせながら「韓国」と言えない弱腰っぷりも、残念を通り越して滑稽だ。
そして、物語の方も、実は、隠れた本筋の物語は、誰がどうやって怪獣を倒したのか?と言う謎解き。それは、主人公である帯刀アラタの失踪の謎と合わせてそ最後に明かされるのだけど……冒頭の描写から大凡予想のついたものだったが、これは「シン・ゴジラ」へのアンサーではなく、「シン・ウルトラマン」への応えだったと言うもの。
怪獣と言う危機に対し、政府も市民も何ひとつ対抗する事は出来ず、その後始末さえ出来ない、と言う描写は、これはさすがにあんまりだ、と思った。
「シン・ゴジラ」が何故、ヒットしたのか?
それは、怪獣の巻き起こす理不尽な災厄の嵐に、それでも人知を尽くして対抗しようとする人の底力を見せるものであり、だからこそ、そこにカタルシスがあった。
しかし、人の努力は何一つ報われず、超自然的なものによって解決するのだ、としたこの映画――確かに、政府の無能さ、無策さを風刺したもの、とは言えるかも知れない。
だが、人の努力や献身をもあざ笑うようにさえ感じられるこの映画の描写は不愉快だし、怒りさえ覚えるものだった。
観客バカにするのもいい加減にしろよ。
映画の後、みなとみらいまで移動、Kinoシネマみなとみらいで、本日の2本目、
「355」。
これは、アメリカ、イギリス、ドイツ、コロンビア、中国の情報機関の女性5人の活躍を描くアクション・サスペンス。
「355」とはアメリカの独立戦争時代に実在した女性スパイのコードネームだと言う。
主演のジェシカ・チャステインが発案・製作し、ペネロペ・クルス、ファン・ビンビン、ダイアン・クルーガー、ルピタ・ニョンゴなど、アカデミー賞やカンヌ国際映画祭の常連であるトップ女優の豪華競演が見所。
アメリカのCIA本部に緊急情報がもたらされた。世界中のインフラや金融システムなどを攻撃可能なデジタル・デバイスがコロンビアで開発され、闇マーケットに流出しようとしているというのだ。
CIAは、デバイスの奪取の為、女性エージェント、メイスを相棒のニックと共に、パリに送り込む。しかし、そのデバイスはBND(ドイツ連邦情報局)との争奪戦となり、その中で、ニックが謎の第三者に殺され、デバイスを奪取されてしまう。
責任を問われて任務を解かれて査問待ちとなったメイスだが、上司の黙認で、独自に追跡を開始。MI6のハディージャを引き込んでデバイスの奪還を試みるが……
この映画だが、主演のジェシカ・チャステインが「スパイ・アクションをやりたい」と言う事で、自ら製作に乗り出したものだ、と言う。
ジェシカ・チャスティンと言えば、「EVA/エヴァ」で殺し屋役を演じているが、彼女自身ちょっと小柄なのに動きが重い印象があり、アクション映えもせず、映画もパッとしなかった。本作では、それで批判された事への反動もあってか、製作として、自らアイデアも出し、アクションもしっかり――今回は、自身、しっかり準備も出来たようで、ジェシカ・チャスティンもかなり動けているので様になってる。
スパイものと言えば、変装によって身分を偽るのが常道ではあるが、映画の場合だとなかなか難しく、「ジェイソン・ボーン」シリーズでも、マット・ディモンはほぼ素のままで演じていたのに対し、女優の場合、化けるのも芸の内、と言う事で、ファッションやメイクで様々に違う表情を見せるのも見所――ドレスアップしたシーンでは、今年47歳のペネロペ・クルスの相変わらずの美貌にはヤラれた。
また、女5人でさぞかし姦しいかと思いきや、5人中4人が40代であり、さすがに小娘のようにはしゃぐ事は無いのも好印象だ。
また、5人中、白人女性が2人、後は、黒人、ラテン系、中国人と、人種的にもバランスを取るなど、PCにもしっかり配慮……と言うか、ここまでやるとさすがにやり過ぎのようにも思うが……
映画としては、端からアクションを見せ、手を変え品を変えて見せ場は充分。
序盤のパリ市街での追走も、バイクで逃げる相手を止めるのに、拳銃で撃っては流れ弾で市民に被害が出ると見て、街灯を撃ち落として進路を塞ぐとか、漁港でのフォークリフトやクレーン車を活用するなど、見せ場やアイテムが工夫されたアクションには迫力と説得力があるし、それを5人の美人女優が演じるのだ、画面映えも申し分ない。
惜しいのは、物語と設定で、いささか設定が粗く、荒唐無稽に感じられる事もしばしば。
また、描写的にも、本格スパイ・アクションと言うには酷薄さや非情さに欠け、娯楽作と割り切るにはいささか後味が悪いと、どっちつかずの感もあるものの、やはり、これだけの女優が揃うと、それだけでも華やかだし、見応えもある。シリーズ化は難しいだろうが、ジェシカ・チャスティンは、今回は誇ってよいのではないだろうか。
ログインしてコメントを確認・投稿する