夏休み6日目の木曜……今日も暑い、これじゃ外に出て何かやる気にもなれない、と言う事で映画を観に行く。
今日は、シネマジャック&ベティで、映画3本。
まず、1本目は、
「グッド・ワイフ」。
これは、各国の映画祭で高評価を得たメキシコの新鋭女性監督アレハンドラ・マルケス・アベヤの長編2作目。
1982年、メキシコシティの高級地区ラスロマス。実業家の夫を持つソフィアは、3人の子供と美しい豪邸で暮らしていた。高級住宅街に住まう富裕層のコミュニティで女王のように振る舞う彼女だが、最近、引っ越して来た証券会社社長の若い後妻、アナ・パウラが気に入らない。
そんな時、メキシコを襲った経済危機が、富裕層を直撃。ソフィアの完璧な世界は崩壊して行き……
これは、1980年代、バブル景気の最中にあったメキシコの富裕層の“トロフィー・ワイフ”――裕福な実業家の若く、美しい妻……トランプ大統領のメラニア夫人をイメージすると判り易いか――を描くもの。日本でも、バブル期には似たような状況があったが、にわか成金の妻が、見栄を張る……最近の言葉で言えば“マウントをとる”のに躍起になっているのを描く前半には、「アメリカン・サイコ」を連想してしまったりもした。
富裕層の妻たちは、いずれも欧米出身の白人。メキシコ暮らしなのに、子供には「メキシコ人には近づいちゃダメ」と言うなど、己を他のメキシコ人とは違う、特権階級と思っているのが厭らしい。
そんなソフィアが敵視する、アナ・パウラはメキシコ先住民の血を引く庶民の出で、しかも若い――物語は後半、経済危機による夫の破産で、豪華な邸宅も、高級車も、自由に使えるお金も失って行くソフィアが精神的に壊れて行く様を描いて行く。経済的な優位を失い、更に、アナ・パウラの若さと美しい肉体を見せつけられて打ちのめされる、と言うのを見せる辺りは、アレハンドラ・マルケス・アベヤ監督、女性らしく辛辣だし、ソフィアの戦意喪失を、ドレスに入れた肩パットを外して棄てる、と言うシーンで見せる辺りも面白い。
拍手による音楽や、それ自身が雄弁なカメラワークなど、印象的な部分も数多あるが、ユーモアに欠けるのが惜しい感じがした。
そして、2本目、
「オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡」。
これは、ポーランド出身のドキュメンタリー作家マルタ・プルスによる、ロシアの新体操選手マルガリータ・マムーンが2016年リオ五輪で金メダルを手にするまでの軌跡を追ったドキュメンタリー。
マルガリータ・マムーンは、新体操王国ロシアを代表する選手。だが、世界選手権を3連覇中のエース、ヤナ・クドリャフツェワに対し、成績にムラのあるマムーンを、代表チームのヘッドコーチ、イリーナ・ヴィネルは気に入らず、事ある毎に厳しい叱責をするのだった……
監督のマルタ・プルスは、映画学校を出たばかりの22歳の女性で、マムーンと同世代。そんな部分もあってか、カメラはマムーンのプライベートにも踏み込み、スポーツドキュメンタリーとしては異色の、彼氏との電話での会話なども収めている。
一方、肝心の新体操シーンは、大会競技の映像も一部あるが、IOCの許可が得られなかったのか、リオ五輪のシーンは皆無。新体操のシーンは練習シーンが殆ど……まぁ、そこはロシアの新体操代表だけに、美人でスタイルよく、練習だけでも眼福ではあるが。
そして、映画で印象的なのは、マムーンよりも、ヘッドコーチのイリーナ・ヴィネル、その指導と言うか、叱責する言葉が凄い。「甘ったれ」、「役立たず」、「くたばっちまえ」と罵詈雑言の嵐で、漸く上手く出来たと思っても「やっと言葉が判るようになったのね」。これが、五輪代表選手にかける言葉だと言うのだから、恐れ入る。常識的には「パワハラ」若しくは「モラハラ」で、まるで「セッション」の鬼教官だが、これが現実なのだから……
まぁ、「鉄の翼を持つ天使」の異名を持ち、まるで機械のような正確な演技が特徴のエース、ヤナ・クドリャフツェワに対し、マルガリータ・マムーンの異名は「ベンガルタイガー」。バングラディッシュ出身――すっぴんになると馴染のある顔立ちなのはアジアの血を引くせいか――で、新体操を始めたのも遅く、基礎の積み重ねがない。情熱的で表現力は抜群だがムラっ気のある彼女を、“猛獣使い”として言葉の鞭で調教しようとしてる、と言う事か……
あと、映画は、映像が使用出来なかったリオ五輪本戦の結果と、その後のマムーンについての説明がテロップで入るだけで、ナレーションもテロップも一切ないと言う、ワイズマンばりのドキュメンタリーなので、この映画を観るには多少の予備知識は必要だろう。
マムーンは、リオ五輪の前日練習まで罵倒され続けるが、本戦では全種目首位で総合優勝の金メダル。
ただし、その直後に引退し、コーチとして新体操に関わる事もなく表舞台から姿を消した……20歳で、人間を燃え尽きさせてしまう五輪、と言うか国を背負ってのスポーツと言うものの意味を考えさせられる映画だ。
3本目、
「はちどり」。
これは、韓国の若手女流監督、キム・ボラによる初の長編映画。1990年代のソウルを舞台に思春期の少女の揺れる思いと家族との関わりを描き、昨年のベルリン国際映画祭で注目された。
あ、そう言えば、今日の映画は3本共、若手女性監督の映画だなぁ……
1994年、空前の経済成長を遂げる韓国のソウルで、家族と共に集合団地に暮らす14歳の少女ウニ。小さな食料品店を切り盛りする、家父長制の韓国で、家長である父は長男の兄を篤く遇し、そんな兄は姉妹に対し暴力的に振る舞っていた。そんな家庭にも、学校にも居場所のないウニは、男子学生とデートをしたり、女友達とカラオケに行くなど、「不良」とされる暮らしに逃避していた。
そんな中、ウニが通っている漢文塾に、どこか不思議な雰囲気を漂わせる女性教師ヨンジがやってくる。ウニは自分の話に耳を傾けてくれるヨンジに心を開くようになるが……
これは、キム・ボラ監督が、自身の少女時代の体験を投影したものだと言う。
日本以上に色濃く残る、家父長制と、男尊女卑の社会的風潮と、これまた日本以上の学歴社会……その中で少女たちは、耐え難い程の息苦しさを感じている。実体験に基づくとは言え、それを少女の立場で構築して見せる、キム・ボラ監督の才能に舌を巻く。しかも、それを長編映画デビュー作で成し遂げているのだから……
ウニは、ヨンジの存在、そして、思わぬ病により両親の心配する姿を見る事で、自分の存在をあらためて確かめ、それが彼女に、自分だけが特別なのではなく、誰にだって大切な自分と、自分の人生がある、と言う事を知らしめるのだ。
己が何者かを知る、と言う点では、これもまた青春映画のひとつの形であろうし、言い方を変えれば“中二病”を克服する映画だとも言える。
ただ、恋愛やスポーツイベントなど、大きなドラマの盛り上がりを持たせず、日常の小さなドラマの積み上げで、それを描こうとするのは、一般観客よりも、口うるさい映画マニアウケを狙った感がある。ここまでの才能があるのであれば、むしろ広く受入れられる、普通に面白いと言える映画としての一面も持たせて欲しかったような気もした。
夕食は、「はちどり」のお母さんのチジミが印象に残っていたので、韓国料理店へ。
明日はまた箱根、5時起きなので早く寝よう、と思うのだけど、こう言う時に限って寝付けなかったり……
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