日曜日。
午前中に、久々にクルマ屋に行く……そうだな、もう20年ぶりくらいだろうか……
バイクで行き、クルマを見せて貰うが……新車ディーラーなのに、いきなり中古車を勧められる。
まったく、人の足下見やがって――まぁ、新車を買うようには見えなかった、と言うことか……
とりあえず、カタログは貰って来た。
午後、シネマジャック&ベティで映画「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」。
これは、押見修造の同題コミックを、本作が長編劇場版映画デビューとなる湯浅弘章監督が映画化した青春映画。
吃音症のせいで上手く話すことができず、周囲と馴染めない大島志乃は、高校入学初日の自己紹介でいきなり自分の名前を言う事が出来ず、クラスで孤立してしまう。
そんな時、同じくひとりでいる事の多い同級生の岡崎加代と親しくなった志乃は、やがてミュージシャンを目指しながらも音痴、と言う加代から、一緒にバンドをやろう、と誘われて……
喋れないけど歌は歌える志乃と、喋れるけれど歌は音程を外れてしまう加代、そんな2人が互いを補うようにしてバンドを組んで学園祭で演奏する事を目指す、夏休みの特訓は、正に青春の“陽の当たる”部分で、それまで孤独だった2人の少女が、あたかも失われた半身に巡り会ったように2人の世界を作るのは微笑ましく――このまま学園祭でクラスメイトに歌声を披露すれば、よくあるドラマで終わる所だが、そこにもう一捻り加え、志乃と加代の関係性が上手く行かなくなるのを描くのが、この物語の深い所。
そう、誰かに助けて貰うのは楽だけれど、それは逃げでしかない。
志乃は、吃音症を理由にするのではなく、己と向き合い、その問題を口にしなければならない――言えない「自分の名前」は、自分で言うしかないのだ。
そして、加代は調子っ外れだろうが何だろうが、歌いたい事、伝えたい事があるなら、自ら歌わなければならない。(加代の部屋にボブ・ディランのポスターが貼ってあったのが象徴的だ)
そんな2人のそれぞれのクライマックスを描いて、安易なハッピーエンドではなく、ひとつの壁を、自力で乗り越えた2人(いや、3人か)を静かに描いたラストは、むしろ心に響くものがあった。
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