台湾では、うまいものをしこたま食べた思い出があります。
ところが、餃子は口に合いません。
皮を3倍くらいに厚くした水餃子が、
同じく皮が分厚くて端を閉じていない焼き餃子。鍋貼という名の通り、鉄鍋の香りが、香ばしいのですが。
台湾にも薄皮の蒸餃子はあります。
日本のとは比べものにならないほど、繊細なのですが。
昨日は、マンガ評論を扱いました。
無駄に右的な人だと思いますが、中学高校の先輩、関川夏央さんが、
欧米のマンガは、子ども騙しか芸術の二極に分裂している。手塚治虫がいない…と述べていて、なるほどと思いました。
日本餃子が受けるのもここてはないでしょうか。
繊細な海老蒸し餃子でもなければ、野蛮な鍋貼でもない。水餃子の、なんというか所帯臭さもない。
日本の人間関係は、相手に対する定義がないところが、真骨頂です。
かっこよく言うと、ボーダレスです。
寿司屋のカウンターで会ったA子さんは、
常連B社長がご執心のキャパ嬢とも、近所の女子大の学生とも、近所の何々のジイさんの姪とも言える。
そういう集団と飯を、中華で食べるとしたら、横浜中華街の高級飯店も街のラーメン屋も合いません。
格式や場という文脈から自由な、日本餃子が合います。
■台湾で日本のギョーザ人気 大阪王将「予想上回る出店」
(朝日新聞デジタル - 05月09日 17:22)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5103564
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