算数や国語は苦手だけれど駆け足だけは誰にも負けない!と運動会を楽しみにしていたEくん。…順位付をしない運動会に何を思っていることだろう。
算数や国語が苦手で体育も得意でなかったTくんは写生界を楽しみにしていたっけ。
金紙や銀紙が貼られていつも表彰されていて… えっ? 今はそれもなくなったって?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=132&from=diary&id=4570419
【運動会】「競争・順位付け」どう思う? 負けた子どもへのベストな声かけ 281
2017年05月13日 12:05 ウレぴあ総研
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園や学校によっては運動会の季節ですね。
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今回考えたいのは、リレーや徒競走などでの「子どもの順位付け」です。
順位付けをすると、「足の遅い子はやる気を失う」という考えも頷けますし、順位付けをしないと「競争心が起こらない、つまらない」という考えもまたしかりです。
また、「どの子も頑張っているんだから、順位付けはしない方が良い」そんな考えから“手つなぎゴール”なんて言葉もありましたね。
子どもへの順位付けは良い?悪い?皆さんはどう思いますか?
今回は『1人でできる子になる 「テキトー母さん」流 子育てのコツ』の著者の立石美津子が、子どもの順位付けの是非についてお話しします。
■幼稚園、小学校の現状は
かつて、実際に「手つなぎゴール」をしている学校があったかというと、そうではないようです。
私も実際に徒競走で全員で走った後、ゴール手前で「はい、ではみんなで一斉にテープを切りましょう」という光景を目にしたことはありません。
けれども、個人の順位がはっきりと付けられる競技を極力減らし、玉入れ、つな引き、ダンスなどのチーム全体で優劣が付けられる種目を多くしたり、あるいは個人戦を避ける幼稚園、小学校はあるようです。
これを“悪しき平等主義”ととらえ、これを批判する言葉の象徴として“手つなぎゴール”という言葉が生まれたのかもしれませんね。
■順位付けの賛否
順位付けについては賛否あります。
■反対意見
・わが子が失敗、挫折をするのを親として見ていられない
・子ども同士の差別意識が生まれる
・足が遅い子が常に劣等感を味わうことになる
・運動神経が鈍い子が失敗体験ばかりして可哀想
■賛成意見
・それぞれ秀でているところ、そうではないところがあるのが個性なのだから、足が速い子が賞賛されて当たり前
・運動会の楽しさがなくなる
・成功体験も挫折体験も子どもの成長には必要
・世の中は競争社会だから子どものうちから経験させたい
・ペーパーテストは順位付けしてもよいが、運動ではしてはいけないのはおかしな理屈
■人は生まれながらにして不平等
人間は生まれたときから不平等です。暑い国に生まれる人・寒い国に生まれる人、背の高い人・低い人、アレルギー体質・アレルギーのない体質、裕福な家庭に生まれる人・そうではない人、みんな違います。
頭のよさも家庭環境やその後の教育による環境要因も大きく影響しますが、生まれ持った遺伝的資質もあります。足の速さなどの運動神経のあるなしも、そうなのではないでしょうか。
それを大人が順位をつけないことで避けても、子どもは「自分が他の子よりも出来る・出来ない」は、日々の生活の中でヒシヒシと感じながら生きています。
また、園の壁面にクラス全員の絵が展示してあれば、順位がついていなくても「あの子の絵は上手い、この子の絵は下手」と親も子も優劣をつけてしまうものです。比べるのは人としての自然の感情ですね。
■順位付けをしないことによる子どもへの影響
■挫折を知らない弱い精神になってしまう
世の中は競争社会です。幼稚園児であれば、あと数年もすれば小学校で点数という形で成績を付けられ、評価されます。社会に出れば尚更ですね。
順位付けをされないまま育つことで、自分が他人より出来ない場面を目の当たりにしたとき、酷く落ち込んでしまいます。ある意味“耐性”が付いていないのかもしれません。
適度に挫折感を味わうことで精神的にタフになり、その後の人生で壁にぶつかったり、人より出来なかったときに、そんな自分を受け入れられる精神力も付いていきます。
かけっこは遅いけれども絵が上手いなど、そこでは優勝できなくても他のことで評価されている子もいます。運動会だけにスポットを当てるのはよくないのではないでしょうか。
また、他の面ではパッとしないけれども「あの子は運動神経だけは素晴らしく発達している」ような場合、ここで勝たせてやることも大切なのではないでしょうか。
■好ましくない、子どもへの励ましの言葉
たとえ一番からビリまで順位付けをしなくても、運動会をやれば勝った、負けたは起こります。プールで泳いでも、お受験しても、合否判定されるのも同様です。
こんなとき、親が次のような言葉をかけてしまうとどうでしょう。
「どうして一番になれないの!もっと頑張らないとダメでしょ!」「優勝できなくてお前は悔しくないのか!お父さんは恥ずかしい!」こうなると、子どもには「優勝しなくては価値がない、1番でないと意味がない、負けることは悪いこと」という価値観がついてしまいます。
また、親がついかけてしまう次のような言葉があります。
「優勝できなくて残念だね。今度は頑張って絶対に一番を取ろうね」これも裏返せば「一番でないと認めない」とも受け取れます。親は励ますつもりで言っているのかもしれませんが、中には大きなプレッシャーを感じてしまう子もいます。
更に、こんな行動をとってしまう子もいます。
「これ以上頑張って走っても勝てない」と思った時点で歩き出す完走しないで棄権するかるたやトランプやすごろくなどのゲーム中、「これ以上続けても負ける」と分かった時点ですねて怒って、ゲームを中断させる競争することに極度の緊張感を持ってしまう負けた子に対して差別意識が生まれる
■競争に負けてしまった場合、子どもにかけたい言葉
負けた悔しさから子どもが泣いていたら、次のような言葉をかけてあげましょう。
「一番になれなくて悔しいね、悲しいね」と、子どもの気持ちに寄り添う“共感”の言葉をかける「残念ながら結果は出なかったけれども、最後まで走っていて素晴らしかったよ。頑張ったね」「走る練習を重ねていたから体力がしっかりついたね」と、結果を評価するのではなく、努力をした過程を認めてやりましょう。
■まとめ
負けた子にも参加賞を与える、リレーなど運動能力に合わせてグループ分けするなどの配慮は必要だと思います。でも、競争は一切させないというのは実生活の中では出来ないことです。
また、子どもは順位をつけられることで、実社会で生きていくために必要な心の強さを身に付けていきます。
負けた子は、悲しく、悔しい思いをすることになりますが、それだけで十分心が育っています。
親が子どもに期待したり、優勝を誇らしく思うのは当然ですが、一番だけにこだわったり、ビリになったことを嘆き悲しんだりして、“傷口に塩を塗る”ような言葉をかけることは止めましょうね。
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