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クーデターの起し方コミュのアヘン戦争とアジア

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 現在のアジア諸国の状況をアヘン戦争から眺めてみたいと思います。クーデターというより侵略戦争というべきものです。

 しかし、アヘン戦争により、身包み剥がれた清朝の領土がその後の東南アジア諸国になっていきます。

 その間には、英仏蘭独露の植民地時代。第二次世界大戦から、各エリアが民族独立という経緯があります。

 日本がなぜ、第二次世界大戦に突入していったかをアジアの状況を説明から行いたいと思います。

コメント(5)

 アヘン戦争の詳細はWikiPediaにまかせます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%98%E3%83%B3%E6%88%A6%E4%BA%89

 掻い摘んで言えば、インドで栽培したアヘンを清朝に密輸販売して利益を上げたい。そのために起きたと戦争といえます。

 この当時、インドは英国に植民地支配されていたと言えるでしょう。植民地はプランテーションと言いますが、言葉の印象は後者の方が判りやすいでしょうか。

 欧米の植民地は植民ではなく、現地人に農作物を栽培させて収穫を得る。現地から現地人を使い資源を収穫して利益を上げるという性質が強いことに注意してください。

 英国がここで行った事は、インドでアヘンを栽培させそれを輸出して利益を上げるという事でした。

 これは1840年つまり、今から160年ほど前のことです。
つい最近の事だということを頭にいれておいてください。
 この戦争は、当のイギリスでも『こんな恥さらしな戦争はない』という反対があり、賛成271票、反対262票で開戦に至ります。

 この票差は、イギリスの良心とも言えれば、「儲かればどうでも良い」という資本主義国家の嫌らしさとも言えるはずです。

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1839年11月3日、林則徐による貿易拒否の返答を口実にイギリスは戦火を開き、清国船団を壊滅させた。「麻薬の密輸」という開戦理由にはイギリス本国の議会でも、野党であった後の首相ウィリアム・グラッドストンを中心に『こんな恥さらしな戦争はない』などと反対の声が強かったが、清に対する出兵に関する予算案は賛成271票、反対262票の僅差で承認され、イギリス東洋艦隊が清に向けて進発した。
 アヘン戦争前史...ビルマ(現ミャンマー)侵略。

 この時点でインドがイギリスに支配されており、ミャンマーは非常に複雑な状況におかれている。結局イギリスに侵略征服されます。

 第二次世界大戦戦後から今に至るまで、複雑な状況です。
重要なことはアヘン戦争が起きる前の時点でインドが制圧され、ミャンマーが制圧されていたことでしょう。

 第二次世界大戦戦後ミャンマーの独立をイギリスは許さなかった。

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%BC

イギリス統治時代

コンバウン朝ビルマは、イギリス領インドに対する武力侵略を発端とする英緬戦争で敗れて、1885年に滅亡する。 1824年から1826年にかけて戦われた第一次英緬戦争ではビルマがインドを支配するイギリスに対してベンガル地方の割譲を要求、イギリス側が拒否すると武力に訴えたが敗れた。イギリスの挑発で引き起こされた1852年の第二次英緬戦争では、ビルマは国土の半分を失い、1858年〜1861年新首都マンダレーを建設して遷都する が、1885年の第三次英緬戦争で王朝は滅亡し、1886年に、イギリス領であったイギリス領インドに併合されてその1州となる。ティーボー・ミン国王 (Thibaw Min) と王の家族はインドのゴアに近いラトナギリに追放され、流刑になり、その地で死亡した。
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 ミャンマーとは悪名高きインパール作戦の行われたエリアです。

 この時代、日本が侵略したとされる地域の多くがイギリス、オランダ、フランスに侵略支配されていたエリアであるということが重要です。

 イギリス、オランダ、フランスにとっては自分の征服地への侵略ですが、現地人にとってはどうでしょうか?

   ***

 ただし、陸軍軍人「石原莞爾」はまた、次のような意味の事を言っています。
「戦争をするために必要な資源を求めるために、南方に戦争をしかけるとは何事か!本末転倒である。」

 日本が南方に戦端を開いたのは、戦争継続に必要な石油、天然ゴムを敵領地から補充したかったからと言えるでしょうか。

 しかし、獲得した資源の輸送計画などきちんと考えておらず机上の空論と「石原莞爾」は非難していたのを記憶します。
 アヘン戦争前史...インド編。

 良くまとめてあるHPを見つけたので紹介します。

http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/kindai/101-19asia5.html

 時間をかけて英国に刈り取られているようです。地図は現在のインドですが、この当時、小さな藩国家に分かれていたようです。

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