正しく知ろう北方領土コミュの無主地先占の法理について

「国際法講義　Ｉ　国家・国際社会　藤田久一著」によれば、国家の領土（領域）が動く要因は以下の５つである。

　１）無主地の先占（どの「先進国」の物でもない土地を編入した場合）
　２）時効（他国の領土占有について、持ち主の「先進国」が黙認を続けた場合）
　３）割譲（各種理由により、国家が他の国家に領土を譲る場合）
　４）添付（海底隆起や三角州形成などにより、新たに領土が生まれた場合）
　５）征服（説明の必要はないだろう）

このうち、日本による北方領土の取得や尖閣諸島の取得の場合に適用されるのが、１）の無主地先占の法理だ。このように書くと、「北方４島にはアイヌが住んでいたではないか」という反論がよく言われる。しかし、上の国際法の原則においては「先進国（列強）」が基準となるのであり、国家を持つことができなかった弱小民族は除外される。それ故、アメリカのインディアンやロシアのツングース人・ヤクート人、イギリスやフランスが支配したアフリカ諸国の現地人などについては除外されるのであり、それらの人々を支配した列強が国際法上「無主の地」を占有したことになる。当時、文句があるとすれば、アフリカの現地人を支配していたイギリスが、同じ地域を支配しようとしたフランスに文句を言うというように、「列強」が他の「列強」に文句をいう以外には受け付けられなかったのである。そういう国際法の原則に則れば、日本の北方領土取得は、中国やロシアやアメリカなどの他の列強たちがまだ進出していなかった千島列島の南部を一番先に支配して番所などを置いたのであるから、「無主地の先占」として国際法上は非難されるべき点が存在しない。他の列強に荒らされたことのない「無主の地」を取得して利用していたのであるから、そのことをもって北方領土については「日本固有の地」などと呼ぶことの妥当性も存在する。尖閣諸島に至っては、誰も人が住んでいなかったのであるから、それこそ文句のつけようのない本当の「無主の地」だった。

さて、無主地先占の法理による領土の取得というのは、単に宣言すれば済むというものではない。「土地を領有している」と認められるためには、土地の持ち主の国が領域を先占しただけではなく、きちんと領域を管理していることが必要になる。上述の藤田の説明によるならば、次のようになる。

　P.214より
　「つまり、実効的占有とは、占有地域に入植し、その土地を使用するという
　　物理的占有より、むしろそこに国家責任と密接に結びついた国家機能の通
　　常的行使という社会的占有を意味するとみなされてきた.」

上の文章によれば、領土として認められるためには「先占した土地に自国民が入植して経済活動などを行っている」だけでは不十分であり、「軍隊による警備、警察による犯罪者取り締まり、裁判所による紛争の解決、行政による地番や戸籍の管理」などの国家的行為が行われている必要があることになる。こういう管理が行われていない場合、いつの間にか他国人が侵入して住み着きそれが継続すれば、先占の法理が認められなくなる。例えば、アメリカ大陸を最初に発見したのは、１０世紀のヴァイキングたちだ。しかし、入植者たちが全滅したために、彼らの植民地は放っておかれた。その後、スペインとポルトガルは、１６世紀の初めに「東西世界を教皇子午線で分割して統治すること」を教皇に認められた。これにより、現在のアメリカはすべてスペインの物になった。つまり、ヴァイキングのように「発見しただけ」では領土として認められないのであり、しっかりと管理しておく必要があるのだ。そのスペインの領土だったアメリカについても、スペインが広大なアメリカ大陸のすべてを管理しきれない隙をついてオランダやイギリスが植民地を作り、既成事実化して行った。「無主地の先占」になるのか「時効」になるのか「割譲」になるのか私には細かい点については分からないが、いずれにしても、スペインが放っておいた土地はオランダやイギリスの物になって行き、国際社会もこれを認めた。今に比べて航海技術などが発展していなかった昔は、広い広い領土の隅々までを監督することが出来ず、その隙をついて植民地などが作られることがあった。

無主地と言うのは、先占した者がしっかりと管理を続けていた時に初めて、その国の領土として承認されることになる。最初に発見した場合でも、それをしっかりと管理せずに放っておいた場合は、発見者（国）の権利は保護されない。ドイツ法に言う「権利の上に眠る者は保護に値せず」の精神が適用されることになる。

中国はその点を理解していない。

今年の10月3日に、中国は８カ国語で「中国釣魚島デジタル博物館」をネット上に開設し、日本語の説明のページも作った（以下ＵＲＬ参照）。

　http://www.diaoyudao.org.cn/jp/index.htm

上のＵＲＬに現れる「歴史的根拠」も「法律文書」も、まったく国際法の「実効支配」の条件を満たしていない。

「歴史的根拠」については、単にいくつかの中国側の文献に尖閣諸島が「（海賊等への）防衛圏として記されていた」だけだ（実際には、海賊に荒らし回られ、特に後期には清により弱体化した明王朝は、海賊たちに対して手も足も出ない状態だった）。中国側の「先に発見した」とか「先に文献に現れた」という主張については、非常に怪しい点が多々存在する。しかし、そういう疑念を一旦置いておいて、万が一、その部分の中国側の主張を認めた場合においてさえも、国家としての管理が全く何も行われて来なかったのであるから、それらの放置された島々にはもはや「先占の法理」が通用しないのだ。

「法律文書」に至っては、何をかいわんやというレベルだ。いくつか条約を羅列しているが、その中で中国側の根拠となりそうなのは、下関条約に現れる「台湾全島及びその付属諸島嶼」という文言だけだ。しかし、前回説明したように「尖閣諸島は無主の地であり、台湾人が自分たちの活動圏に組み込んでいた台湾の付属諸島ではない」のである。その他の条約については「もしも、尖閣諸島が台湾の付属諸島であるならば返還する」ということになるが、「尖閣諸島は台湾現地人たちの利用した島ではない」のであるから、これも「台湾の付属諸島」とは無関係な話だ。また、尖閣は「中国本土の政府が国家的な作用を及ぼしてしっかりと管理していた島でもない」のであるから、他の条文も一切関係ないことになる（大本になった下関条約の関連部分ひとつだけで十分なのではあるが、念のため）。

このように、中国の尖閣諸島領有の主張は、現代の国際法の何を根拠として何を言いたいのか、まったく不明としか言いようがない。

前回書いたことをもう一度なぞっておくと、中国側は、明治時代になっても台湾北東部でさえ未開の土地として放置していたのであるから、中国側から見てさらにその先にあった尖閣諸島について「しっかりと国として管理していた」ということは不可能だ。そもそも、尖閣諸島において、日本人に交じって台湾人たちが、例えば漁場として利用するようになったことさえも、日本統治下の大正時代（1912年～926年）以降の話だ。尖閣諸島はあまり水のない島であり、コンクリート建築技術が発達して貯水が行えるようになるまで人が住める環境ではなかった。また、台湾島や沖縄諸島から１００ｋｍ以上離れていた島々であるために、漁業を行うにしても、帆船で行って帰ってくるだけで魚が腐ってしまった。エンジン船と冷凍技術が確立するまで、あるいは、現地に人が住み加工ができるようになるまで、尖閣諸島は利用価値のない島だった。台湾北部でさえ放置していた中国にとり、さらにその先の尖閣諸島など、見向きもされない地帯だったのは火を見るよりも明らかだ。さらにその上、中国側の「島の直ぐ脇に住んでいた琉球人よりも先に、大陸本土の中国人が尖閣を発見した」という主張は常識を逸脱している。そして、一番勘違いをしている点は、万万が一、「中国人が先に尖閣諸島を発見した」という主張が認められた場合でさえ、上述したように、中国が尖閣諸島を国家として国際法に合致する基準で適切に管理していた痕跡は一つもないのだ。

中国で「中国釣魚島デジタル博物館」が作られたために誤解が広がり、日本に対し理不尽な要求をしていると気付かずに、中国政府が強気に出てきているようだ。習近平政権もわざと自説を通すために、意味のない「博物館」などを設置したのだろう。誤解していることに気づかず、自分たちが正当なつもりでれっきとした他国の領海内に殴り込み、他国の漁船を追い回していることを、日本の政権担当者は誰か諫言をもって彼らに気づかせるべきだ。そうでなければ、れっきとした自国の領海において自国の漁船が中国艦船により追い回される、などという許されざる被害が続くことになるだろう。

「無主地先占の法理」を勘違いしている者たちがいるので、今回は尖閣諸島の方に文面を割きながら説明してみた。