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少林内勁一指禅功コミュの"レイキ(靈氣)"について。

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1,
レイキ(現在の日本では、外国からの逆輸入レイキが主流である。その為漢字表記ではなくカタカナ表記が用いられる事が多い)は、多くの気功の先生方にとって、何らかの態度を表明せねばならない代物のようだ。

レイキの謳い文句通りに取ると、まるで真面目に汗水垂らしてシンドイ思いをしながら練功する必要が無くなってしまうように見えてしまう。またそう思われるような記述が大抵のレイキ本ではなされている。

だが、レイキは建前と実態が異なる面は幾つもある。
・どのティーチャーからアチューンメント(伝授)を受けても同じ。伝授者の人格は気にしなくて良い。
・手を当てて「レイキのエネルギーを流そう」と意図したときに流れる。
・邪気を受けにくい。
・幾ら流しても無尽蔵にエネルギーが流れるので消耗しない。
等々。


わたくし耶蘇善財はレイキ歴25年を超えている。レイキのサードディグリーは1996年10月10日に受講している。
元々受講した動機は、病気治しをしたいというものではなく、「遠隔ヒーリングの技法が存在するようなので、では祈りの効力増強の為に使えるな」と思ったからである。

講習の日にアンケート欄に宗教歴を尋ねるものがあったが、恐らく手かざし系の宗教の経歴を尋ねているのだろうと分かった。
そして、受講の動機を尋ねる項目では堂々と「祈りの効力増強の為」と書いた。(序でに、ごく穏健なキリスト教プロテスタント(宗教哲学専攻大学院生)とも書いたが)。

あの当時は気功と宗教を結びつけて考える人は、いないに等しいくらい少なかった。


2,
さて、レイキとは何の為のものなのか?だが、これは実は自己ヒーリングの為のものである。
アカの他人の癌患者に手当てして差し上げる為のものではない。
同居の老いた親が夜中に「腹が痛いんだけど救急車呼ぼうと思う」と言っている時や、自分の幼い赤子が夜中に引きつけを起こした時に手を当てる程度のものであって、基本的には自分の基本12ポジションに手を当てて、身体・精神・心の調整を行う為の技法なのだ。


"エナジーボディトリートメント"主催の石山 美喜夫氏は、天使への質疑応答で下記のように答えている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(2022/12/06 9:31)
■ 大天使への質問 ■
---------------------
「私は、人助けの為に、レイキを習いました。
半年後体調を崩し、仕事を辞める状況になりました。
何故、人様のためと思った事が、悪い方向に行くのでしょうか?」

(S.T.さん)


●大天使からの回答●
━━━━━━━━━━━
大天使ラファエル:

「それはレイキが自分と施術相手との間にエネルギーの交流が出来るエネルギーワークだからです。

自分で浄化出来る範囲を超えて、ネガティブなものを取りこんでしまったのだと思います。
特に『自分の力で』という思いが強い場合、このようなリスクが高まります。

『人様のため』と思った事が、何でも良い結果を生むわけではありません。
良かれと思ったとった行為が人にとって害になる事もあるのと同じです。

通常は自分の体調が悪くなれば、まず自分を整えるでしょうが、
『人様のため』という意識が強かったため、そのようなサインを無視して続けてしまった
のではないでしょうか。」


━━━━━━━━━

レイキは元々自己ヒーリングのエネルギーなのです。

複数の方に同時にワークを行う今のワークを始めるために
レイキヒーラーだった私が独自のエネルギーワークを生み出す必要性を感じたのは、
『エネルギーの交流が起こらない』
ワークが必要だったからです。

なお、『人様のため』という意図は尊いものですが、
大天使ラファエルはその気持ちを確かめるような試しが起こる場合もあると言います。
今の状態を乗り越え、さらに先を目指すかどうか
本気度を測るために起きている可能性もあります。

今日もお読みいただき、ありがとうございました。

石山 美喜夫
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【コピペ以上】

私は(禅宗出身の)クリスチャン(密教の行も行っているが)であり、過去あれこれ祈った結果起こったことのケーススタディを沢山持っている。

中には「こんなこと祈った地獄見るぜ」という文面の祈りもある。若い頃には気付かずにやってしまいエラい目に遭ったこともある(恋愛絡みだった)。気安く「他人様の為」「人助け」なんて考えてエネルギーワークの世界に手を出してはいけない。

私自身、1996年春、私の大学院合格祝勝の飲み会を大学時代の連中で行った。その時、一人の友人が、仕事のストレスで胃の差し込みが持病になってしまっており、(彼は酒は飲めない)それがその場で胃の痛みが始まって蹲ってしまった。

私は、当時王瑞亭本の「扶正長寿法」以外に練功しておらず、並木先生の通信教育での邪気防止法である【佛光功】を練功しておらず、またその存在を知りもしなかったため、仕方なく彼の胃袋に手をかざしていた。

すると、翌日胃袋の頑丈な私が胃が痛くなり、リビングのソファーに横になってウンウン唸り、また絨毯の床に転げ落ちた。そして気付いた。
「あ、あいつの邪気を貰ってしまったのだ。そうか、あいつこんなに痛かったのか...。」と思った。そして「人の痛みを知るとはこのことか」と思った。だが失敗は失敗である。私は邪気防止の功法である【佛光功】を知らなかったのだから。


さて、レイキでも「邪気を受けにくい」と謳っているが、現実はそうでもない。
「手を当ててレイキのエネルギーを流そうと意図したときに流れる」と教わっているのも正しくない。何も考えずとも勝手に流れていたり、もっというと手を触れていないで、傍に座っているだけの人に流れたりもする。
また「邪気を受けにくい」とも謳われているが、全く邪気を受けないわけでもない。
実態は色々謳い文句と異なる点が幾つもある。

そして、何よりも大事な事は、あるレイキ本を書いた人物が90年代に早死にしていることである。この事実は誰もが肝に銘じておくべきだと思う。

恐らくこの人物は、赤の他人の癌等の重病患者に片っ端から手当てを行っていたのだろう。
そして心を込めて手当てをしていたのではないか?とも疑っている。
この人には気功の心得が無かったのだろうか、「心を込めて手当て療法をすれば、相手に自分の身体の"氣"が流れてしまう」ことに気付かなかったのだろう。

レイキは基本的に自分の身体の基本12ポジション、場合によっては特別に怪我をした患部や病巣に自分で手を当てるものであって、他人に濫りに行うべき代物ではない。

気功修練者で、これからレイキを受講したいという人には(私自身も気功が先だった)、「レイキを受講するのなんて止めなさい」とまでは言わない。だが、基本的には自分の身心のコンディションを整える為のもの、もう少し譲っても、家族・友人の肩を揉んであげてもマッサージ法違反に問われる人はいないだろうが、その程度に留めておくべきである。

それから、レイキが出来るようになったからと言って、真面目な練功が無用の長物になるわけではない。これは私自身が20年以上(1996年夏〜2018年夏)まで練功をサボリ続けた末に辿り着いた結論である。レイキにもTDEにも相応の利点もないでもない。あって邪魔になるものでもない。また力の維持の為の努力・労力が要らない。だから身につけていてはいけないという道理もない。だが「決して気功の代用品にはならない」ということは覚えておいていただきたい。

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