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矢野武貞の吃音談義〈青空広場〉

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コミュ内全体

詳細 2017年10月23日 13:46更新

初めに、かいつまんで、吃音の概略を申し述べます。
吃音とは何か?
吃音が話し言葉のつっかえ現象の一つであること、これは周知のとおりです。
けれど、実のところ吃音は、つっかえであることによって、その打ち消しに働く指向を持つ、発話過程の力学的な成り行き(非平衡から平衡へ)、を示す現象であるに他なりません。この吃音のダイナミックスに着目しないと、どこまで行っても、真の吃音理解には辿り着けないでしよう。

その外形において、吃音がリダンダント(余剰・重複・冗漫・加算的)であってしまうのは、その本質において吃音が、話し言葉の運行が順調であれば不必要である筈の、事態収拾的(ないしは予防的)な介入に働く、推進力であることを物語っています。言い換えれば、それは話し言葉の前向きな流れを、何とか確保・実現し所期目標(音声の記号的に有意味なツナガリ)にまで行き着こうとする志向性、つまりは発話の自己触媒的なコントロール現象であることを示すものです。

吃音における話し言葉のつっかえは、話すという行為そのもののつっかえではない!(言葉がつっかえている間、言葉を話すための行為は、その目的を果たすべく継続活動している。)
この二者は、決して混同されてはならず、峻別されなければなりません。

この点を踏まえぬまま来たからこそ、ずっと吃音研究は混迷をきわめ、迷走を続けて今日にまで到っているのです。
専門家たちは、口を揃えてこう言うでしょう。「科学的方法を以ってしても、未だ吃音の原因は不明である。謎とせざるを得ない」と。
その「謎」なるものが自からの研究方法と相関すること、つまり、「謎である」のでは無く「謎にしている」ことに、彼ら専門家たちは気付かないようです。

吃音についてのセオリ―は、「なぜ吃るのか?」に止どまらず、「なぜ吃音は常習化され得るのか?」、「常習化された吃音が、難度化の方向へと向かい易いのはなぜか?」といった疑問に、コンシスタント(辻褄の合った)な解答を与えるものでなければなりません。これにも専門家たちは、その方法的制約から、失敗を重ね続けて来ています。

私見では、吃音は「独りでに成り行き的に」難度化して行くダイナミックスを、その構成原理そのものの内部に潜勢している、と理解されるべきです。


さて、以上の簡略な説明でお解り頂ければ、後は蛇足です。そううまくは参らないでしょう。で、皆様の質疑に適宜お答えしつつ、説明を補足して行く所存です。ご遠慮なく質問をお寄せ下さい。但し、実用的な治療・矯正方法についてのご質問は、なるべくお控え下さい。治療・矯正は個別的であらざるを得ないからです。つまり、面接しないと何も申し上げられないし、その余裕がないからです。

この〈広場〉へのご参加をお待ちしています。どうぞよろしく。

矢野武貞

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開設日
2008年10月22日

3705日間運営

カテゴリ
サークル、ゼミ