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日蓮正宗 創価学会 和合を望む会コミュの創価学会はこの矛盾をどうするのか?

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昭和27年の創価学会会則では、「第三条 この法人は日蓮大聖人の一閻浮提総与の大曼荼羅を本尊とし・」
となっています。
ーーー
原田会長は「弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません」

創価学会は大石寺の本尊を否定しました


一閻浮提総与の大曼荼羅(本門戒壇の大本尊)と、これを書写された信者自宅にある本尊との関係はなにかといえば、前者は木の幹で、後者は木の枝というのが富士門流の教義です。

幹も枝も同じ木を構成するもので、日蓮という仏を安置しているのは変わりがないという教えになっています。

ところが

創価学会の場合、学会本部の大誓堂にあるのは日昇書写本尊。
会員自宅にあるのはカスタマイズされた日寛書写本尊。

どちらも枝であって、大元の木の幹がないということは誰でもわかることでしょう。

つまり、木の幹という日蓮本尊がないのに、枝ばがり集めても木という生命体は成り立たないということです。

ですから

【御本尊に上下はない】
とある学会員が述べてましたが、上下はないけど、枝ばかりの本尊では燃やして燃料にするしか価値がないということです。

コメント(50)


創価学会は
日蓮大聖人の仏教を唯一正しく継承してんだって?

自分らで宣言してるだけだけど。バクショ

自称日蓮直結


まあ、創価学会は、日蓮大聖人をちょっと借りて仏教らしくしたかっただけなんだけどね。
日蓮大聖人を

上手に池田犬作にすり替えて、池田犬作を絶対視しちゃいました。
いや〜お見事。


「祈りは必ず叶う」と幼い頃、叩きこまれた。

何時間も仏壇の前に座って数珠もって「ナンミョウ〜」って言ってた。

ああ、かわいそうな幼い美姫
足がしびれて、たまらなかった。

当時はきちんと正座して、姿勢を正さないと叶う祈りも叶わない、なんて言ってたくせに、
長時間の正座は足によくない、と世間も認知しだすと、コロッと、椅子に座ってもかまわない、だって。

超、テキトーー。
一事が万事、こんなんです、創価って。

祈りが必ず叶う、わけはない。
祈ろうが祈るまいが、叶うものは叶う。叶わないものは叶わない。

自分がやるべき事は自分で必死に頑張るべき。
創価学会員は商売がうまくいきますように、とかそんなことまで祈る。

祈りって、自分ではどうしようもないこと、例えば愛する人の病気の回復とか、そういうものを心の中で静かに強く願うことだと、思う。


ーーー

創価学会員が創価おかしいんじゃないか?と気づくきっかけはネット

ウチも創価への疑問がフツフツとわいてきた時、ネットを徘徊した


しばらく、読み漁りました。
だんだん、やっぱりおかしいよ、創価学会・・・という気持ちが強くなる。


創価学会は宗教なんかじゃない。
よ〜〜くできたビジネスです。
顧客はおバカな信者です


創価学会が賢いのは、他の宗教と違って、壺とか水晶とか
怪しいものを信者(会員)に売りつけないところ。

新聞とか本とか民音とか、表向きはなんの問題ないものを会員に提供。
新聞なんて、池田先生からの大切なお手紙とかなんとか、言いやがって・・
手紙に金払うヤツがいるか、ボケ!


まあ、巧妙ですよね。
池田犬作は、ある意味天才!
ふつうにビジネスしても成功したろうに・・・
たくさんの人々を惑わしてしまった。

ーーーー


ウチにとってすでにお笑い本となった、
創価学会書物が実家には山ほどあります。
お笑い発掘のため、サラッと目を通しました。

昭和47年発行された人間革命に
お笑いが満載

ほんの一部

「ある人は、利発そうに言う。
そんないい宗教なら、なぜラジオや新聞でもっと宣伝しないのか。と。
なんとあさはかな言葉であろう。
美しい宣伝文句を並べてだますのは、
決まって悪質な企業的宗教である。


それに対して学会は、また正宗は、法を下げるような方法は断じてとらない。
また取る必要も認めない。
学会伝統の座談会を推進し続ける限り
広布の水かさは着々と増していく」

着々と増していかなくなったから
ラジオ、新聞、テレビで
美しい宣伝文句で騙し始めたんですかね〜

マスコミを押さえるために
スポンサーにならざるを得なかったんですかね〜

創価学会が現在やってることを
昭和40年代に「悪質な企業的宗教」と断言してるんですよ。

笑えます。バクショ





精進料理

仏教の戒律に基づき殺生や煩悩への刺激を避けることを主眼として調理された料理

http://www.kongohin.or.jp/recipe.html

精進料理は6世紀頃、仏教の伝来とともに日本に入ってきました。

それ以前にも日本では神道などの影響により、肉や魚を避けて身を清らかにする「潔斎」という習慣が一部の階級の間に定着していました。
それゆえに精進料理も受け入れやすかったようです。

675年天武天皇によって僧侶の肉食が禁止されます。
国の定めからも僧侶の食事内容が限定されることになりました。

それまでは日本の食事習慣は一日二食でしたが、この頃に中国の影響を受けて寺院や貴族の間で三食の習慣が広まり、やがて一般社会にも浸透していったようです。
鎌倉室町時代には仏教の多くの宗派が生まれ、一部の階級に信仰されていた仏教は民衆にも普及していきます。
同時に精進料理も全国に伝わり一般の家庭でも食べられるようになりました。
浄土真宗の開祖親鸞上人は、それまで僧侶に禁止されていた肉食妻帯を許しました。
ーーーー

日蓮正宗では、住職・修行僧らの食事・賄いの面倒を全て寺族に押しつけている。
禅宗の僧侶は、自分で自分の食事を作って食べる。

http://www.google.co.jp/gwt/x?client=ms-docomo_link-jp&gl=JP&wsc=tb&u=http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n103849&hl=ja-JP&ei=Zh_6UbPyNJGnkgWy6ICACg&ct=pg1&whp=30

精進料理みたいな御飯でびっくりした。




精進料理


平安時代末期には、奈良仏教や天台宗・真言宗に対する不満が高まり、真剣に仏教を志す僧侶のなかには、中国での仏教修行を試みて南宋などに渡るものが少なくなかった。当時の中国仏教界では、禅宗が最も重要視されており、そこでは肉食忌避の思想に基づいた精進料理が主流であった。 しかも、この精進料理は、唐代に西方から導入された水車動力によって、製粉技術が著しく高まり、粉物の大量供給が可能となっていた。いうまでもなく精進料理は、仏教徒が肉を断つため、味わいとしては肉に近いものを口にできるような工夫が凝らされている。つまり植物性食料を濃い味の動物性食料の味に近づけるためには、小麦粉や大豆粉などに植物油や味噌などインパクトの強い調味料を合わせる必要があり、整形の容易な粉食が大きな前提となっている。ただいずれにしても、味覚の調合という意味において、精進料理が料理技術に飛躍的な進歩をもたらしたことに疑いはない。 しかも精進料理は、僧侶自らが調理にあたるため、彼らは仏教修行のみならず、料理技術も習得した。こうして中国で禅宗を学んだ僧たちは、日本に帰って禅院を開くなどして修行するとともに、そこで精進料理を広めた。そうした禅僧たちの代表として栄西や道元などが名を残した。なかでも道元は、『赴粥飯法』『典座教訓』といった書物を著し、精進料理そのものに関する記述はないが、食事の意味や禅院における料理当番の役割などについて言及している。おそらく道元は、日本で初めて仏教の立場から、食べるという行為について、深い哲学的な考察を行った人物でもあった。
こうして鎌倉期から南北朝期にかけて、精進料理はめざましい発達をみせたが、その代表例については、『庭訓往来』十月状返に詳しい。ここでは点心類として「鼈羮・猪羮・砂糖羊羹・饂飩・饅頭・索麺・碁子麺」など、菓子として「柑子・橘・熟瓜・煎餅・粢・興米・索餅」など、汁として「豆腐羮・雪林菜、並薯蕷・豆腐・笋蘿蔔・山葵寒汁」など、そして菜に、「煮染牛房・昆布・烏頭布・荒布煮・黒煮蕗・蕪・酢漬茗荷・茄子酢菜・胡瓜・甘漬・納豆・煎豆・差酢若布・酒煎松茸・平茸雁煎・鴨煎」などが見える。
ここに特徴的なように、精進料理は、穀物粉を用いたものや、さまざまに味付けられた野菜類・菌類のほか、果物類が主体となっている。
そしてスッポン・イノシシ・ガン・カモなどといった動物名が示すように、植物性食料を鳥獣肉に見立てて、それに近い味を出すところに特徴がある。
こうして肉食への願望を、調理技術によって満たそうとしたのが精進料理であり、先にも述べたように、その実現には高い技術力が必要とされた。
こうした料理技術を蓄えていたのは、当然のことながら禅院の僧侶たちであった。
彼らは広い意味で料理人であるが、その伝統的な呼称である包丁人ではなく、調菜人と呼ばれた。あくまでも魚鳥を扱うのが庖丁人で、調菜人は精進物を料理する僧侶の仕事でした。
ただ本格的な精進料理は、禅院でも重要な茶礼などの際に供されるものであったが、こうした調菜人は、精進料理のうち饅頭などにも作ることから、単に禅院だけに止まらず、贈答などに用いられた点心類の製造にも携わったものと考えられる。
いずれにしても中国からの移入によって成立をみた精進料理は、初めは禅宗の寺院内部で発達をみたが、やがてその高度な調理技術は、一般にも広まるところとなって、鎌倉期以降における料理文化の展開に大きな役割を果たしたとみてよいでしょう。

http://www.kongohin.or.jp/recipe.html



http://m.mixi.jp/view_diary.pl?id=1954202345&owner_id=64118945

http://chie.mobile.yahoo.co.jp/p/chie/qa/view?qid=1370620438

不飲酒戒

在家信者の保つべき「五戒」「八斎戒」などのうちの一項目、あるいは出家修行者の律の一条項で、穀物種であれ果実酒であれどのような酒類でも、これを飲むことを戒めたものです。ちなみに、出家修行者の場合は、戒められているのではなく、禁止されています。
仏教徒であれば、酒は飲むべきものではなく、僧侶であれば、決して飲んではならないものです。
ーーーーーー

五戒の不飲酒戒を、日蓮大聖人は、無視してたようで、これを踏襲して日蓮正宗では仏壇や寺に、酒をあげています。そして末法無戒を楯にしてだいたいこういう事を言います。
「不飲酒とは、酒を飲むこと自体を戒めているのではない。酒によって堕落し、悪を行うことを戒めているのだ。過ぎた酒によって、好ましくない事態が引き起こされることが悪いのである。つまり、適度な酒ならば問題ないのだ。世間でも酒は百薬の長と言われている。よって多少ならば良い」

ですが、これは詭弁です。戒はこころを清浄にかつ正常に保つためにある掟です。五戒の不飲酒戒である酒を断って悟りを目指すか、やはり酒を飲んで悟りをあきらめるのか、ということです。そのいい例を日蓮遺文から拾ってみます。
日蓮最晩年の消息の一つ「上野殿母尼御前御返事」には、身延入山以来、下痢症状に悩まされる日蓮が、供養を受けた酒を温めて飲んでいる旨が記されている。
「このさけ(酒)はたた(温)かに・さしわかし(沸かし)て、かつかう( 香)を・はたと・くい切りて一度のみて候へば・火を胸に・たくがごとし、ゆ(湯)に入るにに(似)たり、あせ(汗)に・あか(垢)あらい・しづく(滴)に足をすすぐ、此の御志は・いかんがせんと・うれしくをもひ(思い)候ところに・両眼より・ひとつのなんだ(涙)を・うかべて候。 」(上野殿母尼御前御返事)
(現代文:この酒を暖かに沸かして、薬草(かっこう・漢方薬)をはたと食い切って、一度飲むと、火を胸に焚いたようになりました。湯に入ったようです。汗で垢が洗われ、滴で足が濯がれました。このお志に、どう感謝したらよいかと、嬉しく思っているところに、両眼から一滴の涙が浮かんできました。)
いまの医学で言えば、こういう時に酒を呑むのはアホです。アルコールの刺激は腸のぜん動運動を活発にします。少量のアルコールでもぜん動運動を促します。

活発になりすぎると腸は、中にある便を早く移動させてしまいます。結果、早く便が排泄されてしまいます。つまり下痢状態を促進させます。
便は水分が多く残った状態で排出されてしまいますので、更に胃腸の機能が低下します。つまりこの時の日蓮大聖人の行為は、医学的には最悪の自殺行為に等しいものである。
ですので、このように飲酒をすると自分の体のことも分からなくなる=不覚だのにそれ以外のことが分かるわけ無いですね。






>>[010]
ーーーー

日蓮正宗 教学談話室 
日蓮正宗秘伝の妙薬「御秘符」

▼ 2016/07/29 15:09
http://m.mixi.jp/view_bbs.pl?&id=80276037&page=1&comm_id=4719718

龍神ひろし☆
19:54
相変わらず小学生以下の文章張り付けしかできないバカ丸出しだな?

御秘符は、食紅であり薬でない。

みぴ
19:57

病気が治ると効き目のない食紅を信徒に
授けるとは最低やな〜 バクショ


龍神ひろし☆
20:01
クソ以下の磯野美樹なるバカ丸出しは、病院にも同じこと言うだろう(爆笑)

御秘符なんて、滅多に我々はもらわない。

みぴ
20:05
最近の体験談に出てた

むかしは日蓮正宗と
創価学会がばらまきあげ〜

インチキ宗教

お肉牙も 出鱈目


秘伝の妙薬も食紅のインチキ出鱈目


創価学会と日蓮正宗は

インチキ宗教

龍神ひろし☆

20:09
で?御秘符を飲んだ人から聞いたわけでなく。何故?インチキと言える?


みぴ
20:11
おじいちゃん飲んだもん


食紅よりパンシロンのほうが効く〜


妙薬で死者がでてるのに

やっぱりぴろしはアホやな〜

ーーー

23時20分〜23時25分
龍神ひろし☆
07月29日
どうした!ブサイク般若!般若顔で怒りで、顔は般若かい?(爆笑)

旦那はかわいそうだな!毎日般若した貴様の顔見ているのだろ!

貴様は、他人の体験を批判する人間として最低である。

反論してみろよ!ブサイク般若!

信心を知らないくせに、ネットしか見ない世間知らずの頭は小学生以下の知能しか無い!

ブサイク般若よ!私は、死ぬ気で信心している貴様にはできない。

死ぬ気で、かかってこいや!それもできない般若した鬼面した貴様には、私には、勝てない。

貴様らは、ネットの狭い世界に埋もれ地獄に堕ちるが良かろう(爆笑)

それがお似合いである。

日蓮正宗を潰したいならばな!死ぬ気で、現実にやれや!

それができないクソ臭い身体をし、鬼みたいな面が、私すら勝てないのである。

逃げてばかりの鬼面(爆笑)


他人の体験を批判する根性が腐りきっている最低な朝鮮人!

朝鮮人は、貴様みたいな腐っているのが多い!親も腐った根性だから、娘も腐っている。


日蓮正宗を潰したいなら、命かけてみろよ!それもできない根性無しで、性格が腐りまくり!

言われて悔しかったら、命がけてこいや!それもできない根性無し根性腐った臭い身体をし、鬼面の般若よ!

悔しかったら命がけてで、こいや!

龍神ひろし☆
07月29日
命かけられない腐った根性!

龍神ひろし☆
07月29日
悔しかったら、命かけてみろよ!般若!
龍神ひろし☆
07月29日
反論不能か!般若!

龍神ひろし☆
07月29日
頭も根性も腐ったか!

龍神ひろし☆
07月29日
反論してみろよ!

龍神ひろし☆
07月29日
ネットでしか騒げねーのか!根性無し!
龍神ひろし☆
07月29日
自慢は、バカ面の親がヤクザだけです(爆笑)美樹なる根性腐った鬼面は、父親と近親相姦は、史実かい?(爆笑)


龍神ひろし☆
07月29日
貴様は、根性腐っている。

龍神ひろし☆
07月29日
根性腐っているから、現実から逃げている。

龍神ひろし☆
07月29日
どうした般若!反論しろよ!逃げか!

龍神ひろし☆
07月29日
命かけができない。それが朝鮮人の特徴!どうした!朝鮮人!命かけて、反論しろよ!

ネットでしか騒げない根性無しか?


龍神ひろし☆
07月29日
どうした!ネットでしか騒げない根性無しの鬼面したブサイク般若!

他人の体験を批判しかできない根性が腐ったな!貴様!

ーーー

みぴ
01:43

おい バカだのアホだのはいいから


「御秘符」

について反論してみろ

能無しカルト信者が

龍神ひろし☆
01:46
反論したか?貴様は、頭悪いクソの脳みそだから、理解不能でしかない。


みぴ
01:59
キチガイカルトひろし 反論になってない

お前らカルトは事件事故 病気を信仰に結びつける

結びつけてもつじつまが合わない



おいいつ日恭みたいに

笑死するんだ?

ある人はリストラに合い失業して再就職の面接に受かるために必死になって題目を唱えたと言っていました。
受かるまで何十社と面接を受けて勝ってやるという意気込みです。

そんなことをせずに受かる方法はいくらでもあります。

つまり、宗教から与えられた「答え」以上のことは考えていない人がほとんどです。これを「思考停止」と言います。

また、

末期がんの人が病魔に打ち勝つために必死に題目をあげるけども、一向に病気が改善する兆しがないので疲れたと言っていました。


「信心で病気を治す」という宗教から与えられた「答え」が「正解」だと勘違いしたケースです。

末期がんであっても、残りの人生を価値的に生きるという選択肢もあるはずです。生前に会いたい人に会う、旅行に行く、やりたいことをやる、素敵な景色を見る、これらは末期がんでもペイン・ケアといって苦痛を抑えるだけで十分にできます。

人の死に方は問題ではありません。

問題なのは、如何に自己実現させるかという “自分で答えを出して” 、責任をもって “生きている“ かどうかです。

そこに、「正しい」「正解」などは存在しません。

世の中時代の流れによって正しさは瞬時に間違いになりますし、またその逆もあります。


「勝つ」「励ましをする」「連帯」「生命力」「仏性」「蓮祖」など、これらが如何にインチキな「答え」であることがよくわかります。

彼ら信者たちは、「思考停止」しているので、なぜ自分たちが批判されているのかということを全く考えられません。


批判者は悪というふうにコントロールされているので、始末におえません。

題目をあげることがゴールに近づける唯一の道だと信じてるぐらいですから、“題目バカにつける薬なし”です。


狸と狐の化かし合い
矢印(下)矢印(下)矢印(下)矢印(下)

 御法主上人猊下に随順しない人は、どのような理由があるにしても、もはや正宗の僧俗ではない。これほど根本的な誤りはないからである。この地にも理想的な僧俗和合をお願いしたい。
ーーー
『広布と人生を語る 第二巻』
著者・池田大作
(聖教新聞社、昭和57年11月18日発行)
P.25より転載。

ーー

秋田文化会館での懇談
昭和57年1月10日
秋田文化会館

(略)

 当地の寺院である妙華寺、大徳寺、法種院、法説院を外護(げご)申し上げ、また御法主上人猊下の御慈命をうけられた御住職を尊び大切にして、理想的な僧俗和合を心からお願いしたい。もって、秋田ここにありとの心意気で、妙法の王国・秋田を指標として、勇躍の精進(しょうじん)をお願いしたい。
ーーー
『広布と人生を語る 第三巻』
著者・池田大作
(聖教新聞社、昭和57年11月18日発行)
P.7・P.8より転載。

このスピーチが行われた昭和57年1月10日当時の「御法主上人猊下」は、日顕上人

ーーー

池田先生の指揮において大書すべきは、戦後の世界的な移動交流のなかで、各国に広まった信徒の方々を組織化した、世界広布への大前進が図られたことであります。

今日、地球的規模による広布の着々たる進展がみられることは、撰時抄の御金言のごとく、実に広布史上すばらしいことと思います。
また、戸田先生の頃より始まった総本山への諸供養や末寺寄進は、池田先生によって本格的に行われ、先師日達上人の数々の賞辞が残っております。
澎湃たる世界広布の潮流のなか、四代北条会長、五代秋谷現会長も、それぞれ重大な活躍を果たし、また、果たされつつありますが、まことに勝れた不思議な団体たる創価学会が、仏勅の精神に基づき、時代時代に適合する妙法の柔軟性をもって、法のため民衆のため世界平和貢献のため、いよいよ活動されることを祈る次第であります』

『大白蓮華』(平成3年新年号)および『聖教新聞』(平成3年1月1日)に掲載されている阿部日顕氏の「新年の辞」の一部です。


http://anti-nichirenshoshu.m.doorblog.jp/article/41465984


>>[008]



2005年1月

日顕法主に対し、インドネシアは、当初「入国禁止」を宣告。条件つきで入国だけは許されたものの、寺にもいけず、説法も禁止。滞在二十四時間

日顕法主は当初、六日間にわたり、女房連れで八十人の「豪華遊興旅行」を計画
年頭から鼻息も荒く宗内に大宣伝しました。
しかも日顕法主は「大統領に会える」という餌にばかされてインドネシア行きを決断したともいわれています。
ところが結局、滞在時間は、たった二十四時間

無名の日顕法主が、スマトラ島沖地震の義援金だけで大統領と会えるはずもない。
日顕法主は一月二十七日夜、インドネシアに到着。そこで事の次第をはじめて知らされて怒り狂い、深夜まで随行者に怒声を浴びせたと伝えられています。

日顕法主の来訪については、いったん「入国禁止」となりました。
イスラム教徒への悪罵の数々等、日顕法主を拒絶する理由は枚挙に暇がないほどでした。
また「日顕法主来たる」の情報が伝わるや、マスコミや市民も一斉に反発
元宗教大臣がコラムで日顕法主を糾弾するなど、有力紙までが「反日顕キャンペーン」を展開する始末。
インドネシア社会も猛反発―――有力紙も「反日顕」キャンペーン
その後、渡航ギリギリになって入国が許されたものの、「寺に行ってはならない」「説法は禁止」等、日顕の講堂に厳しいタガをはめる条件付―――まさに不審者同然の「要注意人物」扱い。これが日顕法主に対するインドネシア社会の評価でした。

日顕法主が現地で唯一、参加を許されたのが、外部会場での集会
ここでも日顕法主は説法すらできず、存在感はゼロ。会場には「あれは猊下じゃない」「どれが御法主上人か分からない」と不信がる者や、「猊下は来なかったじゃないか」と不平を口に途中退場する参加者の姿も。


>>[010]



2003年7月15日


■ 池田託道住職から訴えられていた裁判で、日顕法主個人に30万円の支払いを命じる判決が確定
(2003年7月15日 裁判情報)
2003年(平成15年)7月15日、日蓮正宗を離脱した改革同盟の池田託道住職から訴えられていた裁判で、日顕法主個人に30万円の支払いを命じる判決が確定しました。
この裁判は、日蓮正宗改革同盟の池田託道住職(滋賀・世雄寺)が、日顕法主のデマ発言で名誉を傷つけられたとして、損害賠償を求めて起こしていたものです。
デマ発言とは、平成4年3月31日、日顕法主が大石寺大講堂で約400人の僧侶を前に口にした、次のような言葉でした。
「池田託道とかいう僧侶は、創価学会から金をもらって離脱し、あちこちの寺に誘いをかけているそうだ。まず5千万出すっていうんだな、そして月給は80万円。だから宗門を離脱しないかという誘いが頻繁にかかっているらしい」(趣旨)
池田住職は、宗門を離脱した僧侶の1人です。日顕法主は、居並ぶ宗内僧侶を前にして、池田住職たちが金目当てで離脱したかのようなデマを並べたのです!
しかも、金額を「5千万」などと具体的なものにし、池田住職が金をエサにほかの住職に離脱を促しているかのような作り話をして、デマをもっともらしくしたのでした。  この根拠のない発言を受けて、池田住職は、日顕法主を相手取って提訴しました。

この裁判は、日蓮正宗改革同盟の池田託道住職(滋賀・世雄寺)が、日顕法主のデマ発言で名誉を傷つけられたとして、損害賠償を求めて起こしていたものです。
デマ発言とは、平成4年3月31日、日顕法主が大石寺大講堂で約400人の僧侶を前に口にした、次のような言葉でした。
「池田託道とかいう僧侶は、創価学会から金をもらって離脱し、あちこちの寺に誘いをかけているそうだ。まず5千万出すっていうんだな、そして月給は80万円。だから宗門を離脱しないかという誘いが頻繁にかかっているらしい」(趣旨)
池田住職は、宗門を離脱した僧侶の1人です。日顕法主は、居並ぶ宗内僧侶を前にして、池田住職たちが金目当てで離脱したかのようなデマを並べたのです!
しかも、金額を「5千万」などと具体的なものにし、池田住職が金をエサにほかの住職に離脱を促しているかのような作り話をして、デマをもっともらしくしたのでした。
この根拠のない発言を受けて、池田住職は、日顕法主を相手取って提訴しました。

この裁判では一審、二審で日顕法主に30万円の賠償金支払いが命じられており、最高裁の上告棄却によってその命令が確定しました。
一審の大津地裁は判決の中で、発言は、原告の名誉を侵害する違法なものと評価するのが相当である。
と 日顕法主を断罪しており、二審の大阪高裁も一審判決を全面的に支持しました。


矢印(上)矢印(上)矢印(上)矢印(上)


負けは 負け〜


言い訳 無用



正信会

池田犬作によって偽本尊か偽作されたことで「正信覚醒運動」が起こり、これが正信会の起源

創価学会が昭和52年路線を打ち出した際、日達上人は学会を批判し「活動家僧侶」もそれに続き、学会から離脱した人を法華講として組織していきました。

ところが、日顕上人が登座すると、学会との対立を避けたい宗門首脳と対決姿勢を強める急進派が対立。

なんやかんやで200名の「活動家僧侶」を処分。

でもって、日顕上人へ血脈相承した形跡がないと主張、管主の資格を有さないとして地位不存在確認の裁判を起こし、宗務院は正信会僧侶の大量処分へ踏み切った。

それが現在まで続く。

正信会僧侶の常住する寺院は、地位保全が裁判所より認められ、その住職が死なない限り、正信会による活動が認められる。


つまり「不法占拠」ではない。

早い話、日顕上人から弟子を外された訳です。

今の50才以上の僧侶は、殆ど「正信覚醒運動」に関わってました。

日蓮正宗は必ずしも「正義感」が通るところではありません。

猊下が「創価学会はダメ」と言っても、それを翻し「仲良くやりましょう」と言ったら、それが正義


猊下が悪と言ったら悪

正義は猊下にあるらしい


アホくさ




鬱将軍のブログ

矢印(下)矢印(下)矢印(下)


悩乱誇大妄想狂人 みぴを砕破する。
2016/06/10 03:56
みぴの次なる目標は日蓮正宗の俗のトップが法華講総講頭だったということを盲信し
ての行動である。
妄想狂人というのは本当に頭がおかしいのだろう。そもそも、俗で一番偉い(俗は本来平等であるが、一応の代表)を置くとするならそれは総代である。
講頭と総代なら総代のほうが上である。
それはあくまでも講中の頭である講頭と
寺院の役員である総代の違いである。
法華講総講頭というのはあくまでも講中組織である法華講の一番上の人
それに対して総代というのは
寺院の役員であり、全ての俗の代表である。故に総代と称する。

この講頭と総代の区別もつかないような誇大妄想狂人に私は屈することは無い。
以上
鬱将軍


矢印(上)矢印(上)矢印(上)矢印(上)


池田大作は大石寺法主から日蓮正宗全信徒のトップの職である日蓮正宗法華講総講頭に、二度、任命されている。
一度目は1964(昭和39)年4月1日、大石寺大客殿落慶慶讃法要の時、大石寺66世細井日達法主から日蓮正宗法華講総講頭に任命された。

池田大作は1960(昭和35)年の創価学会三代会長就任から5年後。若干36才であった

史実を隠蔽しようとしてカルト鬱将軍は、「日蓮正宗全信徒のトップの職は法華講総講頭ではなく、大石寺総代だ」という詭弁を弄する者がいる。が、これは全くのウソ。
大石寺総代とは、宗教法人・日蓮正宗の被包括法人「宗教法人・大石寺」の責任役員のこと。
日蓮正宗法華講総講頭とは、日蓮正宗宗規に、次のように決められている。
「第百六十四条 日蓮正宗法華講(以下「法華講」という。)は、本宗の寺院及び教会の檀信徒を総括したものをいう。
2 法華講は、総本山内に本部を置き、各寺院及び教会に支部を置く。
第百六十五条 本部及び支部に、次に掲げる役員を置き、講務及び会計を掌理する。

 本部   総講頭 一人   大講頭 若干人   幹事 若干人   会計 二人
 支部   講頭 一人   副講頭 一人若しくは二人   幹事 若干人   会計 若干人
第百六十六条 本部の役員は、本宗の檀信徒のうちから総監の意見を徴して管長が任免する。
2 総講頭は、法華講を代表し、講務を掌理する。」
これを見れば明らかである。日蓮正宗の寺院及び教会の檀信徒を総括したものが「日蓮正宗法華講」。そして「総講頭は、法華講を代表し、講務を掌理する」とあるわけだから、総講頭が、日蓮正宗全信徒のトップの職であること、明らかである。



鬱将軍のブログ

矢印(下)矢印(下)


誇大妄想狂 悩乱極まれり
2016/06/09 22:37
過去 池田犬作は 日蓮正宗の法華講の
総講頭

池田犬作という人物は日蓮正宗法華講の総講頭になってません。池田犬作というのは彼の妄想の中の人でしょう。

なったのは池田大作です。
その池田大作もたかだか13年程度しか
やってません。その後再任されたが
それも2年弱です。

そもそも、法華講総講頭というのは
信徒のトップでも、代表でもありません。
名誉職です。 信徒の代表は法華講連合会委員長です。また、信徒のトップとなると
これは大石寺総代になります。
そんな簡単なことも知らない誇大妄想狂人何でしょうね彼は

矢印(上)矢印(上)矢印(上)


史実を隠蔽しようとして、カルト鬱将軍は「池田大作が法華講総講頭だったのは、ほんの数年だけだ」という詭弁を弄する者がいる。が、これは全くのウソ。
池田大作が大客殿落慶慶讃法要の時、大石寺66世細井日達法主から日蓮正宗法華講総講頭に任命されたのが1964(昭和39)年4月1日。宗創第1次紛争の責任を取り、1979(昭和54)年4月に総講頭を辞職したのが1979(昭和54)年4月28日。この間約15年。
大石寺67世阿部日顕法主が再び、池田大作を日蓮正宗法華講総講頭に任命したのが1984(昭和59)年1月2日。宗創第2次紛争で、池田大作が法華講総講頭を罷免されたのが1990(平成2)年12月27日。この間約7年。通算して何と22年もの間、池田大作は日蓮正宗全信徒のトップの職である日蓮正宗法華講総講頭に君臨していたのである。


日蓮正宗法華講総講頭とは、日蓮正宗宗規に、次のように決められている。
「第百六十四条 日蓮正宗法華講(以下「法華講」という。)は、本宗の寺院及び教会の檀信徒を総括したものをいう。
2 法華講は、総本山内に本部を置き、各寺院及び教会に支部を置く。
第百六十五条 本部及び支部に、次に掲げる役員を置き、講務及び会計を掌理する。

 本部   総講頭 一人   大講頭 若干人   幹事 若干人   会計 二人
 支部   講頭 一人   副講頭 一人若しくは二人   幹事 若干人   会計 若干人
第百六十六条 本部の役員は、本宗の檀信徒のうちから総監の意見を徴して管長が任免する。
2 総講頭は、法華講を代表し、講務を掌理する。」
これを見れば明らかである。日蓮正宗の寺院及び教会の檀信徒を総括したものが「日蓮正宗法華講」。そして「総講頭は、法華講を代表し、講務を掌理する」とあるわけだから、総講頭が、日蓮正宗全信徒のトップの職であること、明らかである。

ーーーーーー

【池田犬作という人物は日蓮正宗法華講の総講頭になってません。池田犬作というのは彼の妄想の中の人でしょう。

なったのは池田大作です。】


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犬作 田吾作 タサクは

アンチ創価では当たり前

犬作という言葉は通用する


脳乱法華講員は


詭弁が多くて言い訳がましい





『有害カルト』

自分では信仰と無縁のつもりでいても、この世に生きている人はすべて、正しい教えによらなければ真の幸福を得られない存在であり、又仏の掌の上で生きていることに違いはないのですから、自らの人生をより爽快なものとし、充実したものとするため一日も早く正しい仏法に帰依することが大切なのです。
矢印(上)矢印(上)
だからね、これらはカルトの教えがおかしいのですよ。

人間全員『正しい教え』によらなければ『真の幸福』を得られないそうですよ(笑)

出ましたお決まりの『正しい教え』『真の幸福』


いつもこればっかり『カルトは』

自らの人生を『爽快 、充実』したものとするために、正しい仏法に帰依しなさいだそうです(笑)

宗教で『爽快、充実』を味わってる様では、私は『人生終わり』と思っています。


水滴が一滴ずつ集まって大海となる。
微細な塵が一つずつ積もって須弥山となるのである。
日蓮が法華経を信じ始めたことは、日本国では大海の一滴、一つの微塵のようなものである。
法華経を二人・三人・十人・乃至、百千万億人まで唱え伝えるほどになれば、妙覚{仏の最高の覚り、無上正覚}の須弥山ともなり、海のように広大で深い究極の涅槃の悟りともなるであろう。

仏になる道は、これよりほかにまた求めてはならない。
撰時抄 868頁

佐渡配流
文永8年10月10日
御聖訓一読集

…ー………ー……


矢印(上)矢印(上)

法華経を唱えてバカ量産




http://ameblo.jp/t-shukyo-shinko-happy/entry-12191402158.html


間違った教えが世の中を乱してしまうのです
2016/08/18 10:16
折伏していかなくてはいけないと強く感じさせられます。

御法主日如上人猊下様は、
6月の広布唱題会の砌にて、
「世の中が混迷する原因は、
まず思想の乱れから起こるのであります。
しかし、
その思想の乱れは、
なぜ起きるかと言えば、
結局、
間違った教え、
間違った宗教によって起きるのであります。」
と御指南されています。

その証拠が、
相模原の無差別殺傷事件です


矢印(上)矢印(上)矢印(上)矢印(上)


間違った教え、宗教が世を乱す。当に此の教えがそうで有る事をこの人が日々証明

していますね!(笑)


その証拠が先日の相模原障害者施設殺傷事件である。としている事自体が邪教・邪宗であり

この信徒がこの様に悩乱者と化す訳ですね!


数十人殺傷されていますので、きっと被害者は色んな宗教・宗旨宗派の方々が居るに

違いないでしょう。



被害者の方々が日蓮正宗以外だから殺傷されたのだ!と主張しているのですよ!


この様な事を平然と言ってのける様な者を輩出する宗教こそ邪教邪宗である証拠ですね!!

被害者の方々を冒涜しています!

断じて赦し難い言語道断為る意と口に拠る行為ですね。

仏道からも大いに逸脱し極悪非道と言わざるを得ません!



日蓮正宗…日蓮思想を正しく受け継ぐ正統性にこだわる。
言い換えれば、家柄や血筋にこだわる偏屈爺婆の思考。
それゆえ700年前の思考形態から抜け出せず、時代に合わせた布教ができない時代遅れの生きた化石。
折伏は、創価学会員や顕正会しか布教方法を見いだせない、創価に粘着する。自称日蓮大聖人の本流。
お膝元の静岡県では「日蓮正宗って何?大石寺?はぁ?」という哀れな存在

http://ameblo.jp/t-shukyo-shinko-happy/entry-12192917502.html


池田名誉会長の「称号・勲章集め」を礼讃する創価学会に疑問を感ずる
2016/08/23 10:01
創価学会は、
機関紙である聖教新聞などで、
池田大作が海外からさまざまな称号(しょうごう)や勲章(くんしょう)を受けたことを、
連日のように大々的に報道し、
池田礼讃(らいさん)に躍起(やっき)となっています。
それは創価学会の方針として、
会員に池田大作の神格化(しんかくか)・絶対化の意識を植えつけるためです。

他の新興宗教(しんこうしゅうきょう)の例を見てもわかるように、
教祖(きょうそ)の神格化・絶対化を説く宗教は、
それ自体が邪宗教(じゃしゅうきょう)であるあかしともいえるのです。


右斜め上右斜め上右斜め上   ↑

相も変わらず見事なまでに他を攻撃している積りなんでしょうが・・・・・

結局自らの言質に由って己自身が自爆している事にさえ気付かない!


実に憐れで滑稽である(笑)

教祖の神格化・絶対化を説き礼賛する宗教は邪宗である証だと・・・

自らを破壊する教説をしている(笑)


日蓮本仏論=神格化を説き法華経を元に天台・最澄など一連の天台法華思想を勝手に

都合良く引用し我見を混ぜた教義を日蓮仏法だとして絶対視したが・・・・

一門から亜種が派生し互いに罵り合い怨念を抱き日夜抗争を繰り返す!


正しく此の一門が邪宗である現証を曝け出している(爆笑)


之が宗門に拠る折伏手引きとは、呆れ果て最早言葉を失う(笑)


更に宗門トップである姦主又は、姦長を日尿御法主上人猊下様と五重敬称を


違和感さえ湧かず平然と云いのける悩乱ぶりには笑いを超えて吐き気さえもよおす。


http://ameblo.jp/t-shukyo-shinko-happy/entry-12191402158.html


間違った教えが世の中を乱してしまうのです
2016/08/18 10:16
折伏していかなくてはいけないと強く感じさせられます。

御法主日如上人猊下様は、
6月の広布唱題会の砌にて、
「世の中が混迷する原因は、
まず思想の乱れから起こるのであります。
しかし、
その思想の乱れは、
なぜ起きるかと言えば、
結局、
間違った教え、
間違った宗教によって起きるのであります。」
と御指南されています。

その証拠が、
相模原の無差別殺傷事件です


矢印(上)矢印(上)矢印(上)矢印(上)


間違った教え、宗教が世を乱す。当に此の教えがそうで有る事をこの人が日々証明

していますね!(笑)


その証拠が先日の相模原障害者施設殺傷事件である。としている事自体が邪教・邪宗であり

この信徒がこの様に悩乱者と化す訳ですね!


数十人殺傷されていますので、きっと被害者は色んな宗教・宗旨宗派の方々が居るに

違いないでしょう。



被害者の方々が日蓮正宗以外だから殺傷されたのだ!と主張しているのですよ!


この様な事を平然と言ってのける様な者を輩出する宗教こそ邪教邪宗である証拠ですね!!

被害者の方々を冒涜しています!

断じて赦し難い言語道断為る意と口に拠る行為ですね。

仏道からも大いに逸脱し極悪非道と言わざるを得ません!


>>[002]


2005年1月

日顕法主に対し、インドネシアは、当初「入国禁止」を宣告。条件つきで入国だけは許されたものの、寺にもいけず、説法も禁止。滞在二十四時間

日顕法主は当初、六日間にわたり、女房連れで八十人の「豪華遊興旅行」を計画
年頭から鼻息も荒く宗内に大宣伝しました。
しかも日顕法主は「大統領に会える」という餌にばかされてインドネシア行きを決断したともいわれています。
ところが結局、滞在時間は、たった二十四時間

無名の日顕法主が、スマトラ島沖地震の義援金だけで大統領と会えるはずもない。

日顕法主は一月二十七日夜、インドネシアに到着。そこで事の次第をはじめて知らされて怒り狂い、深夜まで随行者に怒声を浴びせたと伝えられています。

日顕法主の来訪については、いったん「入国禁止」となりました。
イスラム教徒への悪罵の数々等、日顕法主を拒絶する理由は枚挙に暇がないほどでした。
また「日顕法主来たる」の情報が伝わるや、マスコミや市民も一斉に反発
元宗教大臣がコラムで日顕法主を糾弾するなど、有力紙までが「反日顕キャンペーン」を展開する始末。
インドネシア社会も猛反発―――有力紙も「反日顕」キャンペーン
その後、渡航ギリギリになって入国が許されたものの、「寺に行ってはならない」「説法は禁止」等、「寺に行ってはならない」「説法は禁止」等、日顕の講堂に厳しいタガをはめる条件付―――まさに不審者同然の「要注意人物」扱い。これが日顕法主に対するインドネシア社会の評価でした。

日顕法主が現地で唯一、参加を許されたのが、外部会場での集会
ここでも日顕法主は説法すらできず、存在感はゼロ。


シンガポールの日蓮正宗と創価学会


シンガポール創価の英語名


Singapore SOKA Associationといいます。今までのSGI-Singaporeの名称を変更して、現在は、
Singapore SOKA Association、つまりSGIではなくSSAという名称


現在のSSAは1985年の「シンガポール・チャリティー法案」により認可された慈善団体となってます。


charitable purposes means purposes which are exclusively charitable according to the law of Singapore;
【チャリティーの目的】の意味は、シンガポールの国法に準ずるものである。

“charity” means any institution, corporate or not, which is established for charitable purposes and is subject to the control of the High Court in exercise of the Court’s jurisdiction with respect to charities;」
チャリティーの意味は、いかなる機関、法人、もしくはそれ以外の組織に於いて、慈善事業以外のことをしてはならない。このことは最高裁判所が決めた(established)事項である。そして最高裁判所がこれをコントロールする。

http://statutes.agc.gov.sg/aol/search/display/view.w3p;page=0;query=DocId%3A60ae56e8-9a80-42b4-ab39-52aaba2ec579%20%20Status%3Ainforce%20Depth%3A0;rec=0

シンガポールの創価学会と日蓮正宗は【宗教活動が出来ない状態】


もちろん表は「日蓮仏教の布教・・・」云々を挙げているがね、実際にやっていることといえば、大学への諸援助、幼稚園経営、各コミュニティーへの参加…ぐらいです。



日蓮正宗も、シンガポールでは宗教法人認可を受けているわけではなく現在の名称は


「日蓮正宗仏教会」
Nichiren Shoshu Buddhist Association

つまり SOKA Association となんら変わっていないのです。


シンガポールでの仏教とは「上座仏教(小乗教)」であり
宗教法人として認可を受けるには規定に沿わなければならないようです。


(参考リンク:シンガポールの宗教)
http://courses.nus.edu.sg/course/clsot/teaching/2005-6_sem1_laj2203/student_files/project/group_g_ANG_WEE_HOON.htm

シンガポールの日蓮正宗寺院は、法律的には「開妙院」という名の「事務所」
であって、寺院ではない。だから、建物には「日蓮正宗仏教会」という大きな看板が掲げてある。もし、その事務所を「寺院」だと公言すれば、それは違法です


つまり立場上は寺院を持たない「Association」という位置づけは創価学会と同じなのです。


シンガポールで、「地涌倍増法華講員大会」が開催
それは外部の会場を借りて、日蓮正宗に関しての展示なども併設された
いわばイベントとして行われたものです。
そのイベントの目玉として、「板曼荼羅の入仏式」をついでに行ったのです。

(参照リンク:Start of a new journey / 広布山開妙院 )
http://magical08.blogspot.jp/2008/03/blog-post.html




>>[004]


日蓮正宗の樋田昌志さんはどのような人ですか?


王冠ベストアンサー


日蓮正宗法華講員で教学力が無く、根拠の無いことしか言わない。
オカルト思想に取りつかれてる方。
偽本尊論をバラ撒き続けて、学会青年部と法論になり惨敗。
http://m.youtube.com/watch?client=mv-google&hl=ja&gl=JP&v=7xITf_iHjIM&fulldescription=1

根拠の無いオカルト思想
http://toyoda.tv/soka.htm
『今日本で一番大きな宗教団体はどこか?
政治・政権や経済界に大きな影響力を持つほどの宗教団体はどこか?
誰もが知っています。
それは「創価学会」であります。』
↑↑↑
とか言ってますが、日本で一番大きな宗教団体で、政治・政権や経済界に大きな影響力を持つほどの宗教団体は『神社本庁』さんです。

信者数
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/mobile?guid=on&date=20091202

神道政治連盟
http://www.google.com/gwt/x?client=ms-nttr_docomo_gws_aw-jp&gl=JP&source=sg&u=http://ja.wikipedia.org/wiki/%25E7%25A5%259E%25E9%2581%2593%25E6%2594%25BF%25E6%25B2%25BB%25E9%2580%25A3%25E7%259B%259F&ei=gRlvUZjrDcjekgWpsIHIAQ&wsc=tb&ct=pg1&whp=30


ちなみに自民党を支持してる団体には神社本庁と実践倫理宏正会があり、民主党を支持してる団体には浄土真宗、天理教、曹洞宗、立正佼成会がある。維新の会の石原さんを霊友会が支持してます。
彼の頭の中からは、これらの団体がスコーンと抜けているのでしょうね。
なんだか学会員に呼び掛けていますが、自分の無知を晒しているだけなので相手にされてないでしょう。


「トヨダテレビ」なるサイトも、かつての勢いを完全に失っており、熱烈な法華講員からも、飽きられ、愛想をつかされているようであります。まあ、明けても暮れても、「こじつけ」と「偽作」「自慰妄想」満載のインチキ教義を説き続ける、いつもながらのワンパターンを繰り返すだけでは、飽きられ、愛想をつかされるのも当然でありましょう。


>>[27]
あんたのバカ丸出しの貼り付けは、毎回毎回同じ内容ばかり、論破されては違う貼り付け、コミュ荒らしのかまってちゃん(爆笑)

現実では、誰からも相手されない。寂しいから、ネットで幼稚なバカ丸出しの貼り付けしか出来ない。コミュニケーション能力が無い。

その貴様の現証そのものが、法華誹謗ばかりしている現実である。現実誰からも相手されない。夫からも相手されないのであろう。さらに子供からも呆れられているのであろう。

現実心が乏しいから、ネットに現れバカ丸出しの貼り付けしかできない単細胞(爆笑)

相手する価値もない。貴様は、誰からも相手されず寂しく一生終わるであろう。

バカは相手しないで、一々書き込みしないでください。貴様が書き込みすればするほど、貴様のバカがネットに暴露されるだけである。(爆笑)
>>[028]



日恭は水死?


腹上死?


笑死?



淫乱日開 日顕


淫乱親子
>>[028]


第60世淫乱日開上人、は

丑寅勤行サボりだった!


日蓮正宗法主選挙

昭和2年12月18日に実施

選挙には、阿部法運師と有元広賀師が立候補しました

阿部師も有元師も日柱師排斥の主要人物でしたが、今回は蓮葉庵系と富士見庵系と言う派閥としての代理闘争も加わって、選挙戦は熾烈を極めましたが、阿部法運師が51票を獲得し、有元師を抑えて当選しました

ところが監督官庁からすぐに認可が下りなかった事から、蓮葉庵系、富士見庵系の非難合戦となり、日開師の御本尊讃文誤写と丑寅勤行懈怠問題も加わって、宗内全体を揺るがす混乱に発展して行ったのです。


淫乱日開 御本尊讃文誤写

「御本尊七箇之相伝」には讃文について『師の曰わく、仏滅度後二千二百三十余年の間、一閻浮提の内未曾有の大曼荼羅なりと遊ばさるる儘、書写し奉ることこそ御本尊書写にてあらめ、之れを略し奉る事大僻見不相伝の至極なり』

淫乱日開は昭和6月8日、日亨上人より相承を受けて、大石寺第60世法主に就任しましたが、その直後から日開師書写御本尊の讃文が「御本尊七箇之相伝」に示された、『仏滅度後二千二百三十余年』ではなく、『仏滅度後二千二百二十余年』と書写されていた事が発覚したのです。

信仰の根本尊敬である本尊誤写は、たちまち宗内に波紋を広げ、日開師に批判が集中しました。


やむなく日開師は誤写の事実を認め、漫然と御本尊を書写した事が誤写につながったと僧俗に謝罪したのです

日開師は誤写した本尊は回収する事を約束されましたが、批判が尚も続いた事から態度を硬化され、誤写され本尊は回収される事はありませんでした。


総本山大石寺では、毎朝2時30分より、法主の大導師による「丑寅勤行」が 客殿で毎日欠かさず行われてます。

「丑寅勤行」では、朝の五座の勤行をした後、 「本門戒壇の御本尊」の遥拝(方便品、自我偈、唱題)が行われてます。


仏教ではこの「丑寅の刻」は仏が悟りを啓く時刻が、この時刻なのです。
釈尊が菩提樹の下で悟りを開いた時刻も「丑寅の刻」であり、
日蓮大聖人が竜の口法難で「発迹顕本」された時刻も、
この時刻です。
総本山で「御霊宝虫払大法会」など、恒例の法要が開催される時は
勤行衆会として行なわれます。

猊下が、戒壇の大御本尊厳護とともに
丑寅勤行の大導師をするのは、
御内証に三大秘法を受け継がれる立場の上から
重要な権能です。

信徒が自宅で行なうのは「丑寅勤行」とはいいません。
信徒が行なうのは、あくまで
「丑寅の刻に行なう朝の勤行」なのです。




日恭は水死? 焼死?
鈴木笑止


富士門流の信仰は、三大秘法総在の本門戒壇の大御本尊を根本とし、大聖人・日興上人以来の歴代法主上人に師弟相対して信行に励むことを旨とします。しかしながら江戸時代において、この信仰の筋目から外れて異流義と化したものに「三鳥派」「堅樹派」があります。

三鳥派・三鳥派は、江戸時代初期の寛永年間(1630年代)に、三鳥日秀が起こした異流義の一派です。
日秀ははじめ、江戸常在寺において第十七世日精上人に帰伏し、数年の間は随順していましたが、後に大石寺の法義に違背して異流義を主張するようになりました。

日秀の没後、三鳥派の一潮日浮は、自己を日蓮大聖人に匹敵させるのみならず、さらには大聖人を超克しようとし、自らを無辺行菩薩の再誕と名のりました。このように日浮は、荒唐無稽の新義を創出して人々を惑わし、また本尊まがいのものを書いて授与し、多額の金銭を貪り取るなどの悪行を重ねました。
この三鳥派は、「妙法」の二字を唱えることが、宗祖の教えであると主張し、独自の呼吸法と神秘的な利益を売り物にして、江戸後期には一時的に隆盛しましたが、幕府により禁制の不受布施派と同様であるとされ、中心者らは死罪等の刑に処せられて江戸末期に壊滅しました。

ーーーーーー
A

こんなきれいな話じゃないようですね。どうもこの三鳥派の日秀という人はこんな単純なストーリーではなさそうで、大石寺18世の了源日精(1600-83)の愛弟子だったことは事実で、逸脱したのか、別グループとして行動してたのか、不明なんです。


B

大石寺系の活動グループでもあったんですか??


A:とにかく、自讃毀他がご禁制といえども折伏をしない宗門に愛想つかししたと言うのですが
『富士宗学要集・第9巻』に収録された〈異流義〉の項目には、当時の身延派や大石寺系の触頭の寺院が、
自らの潔白の証明として寺社奉行へ提出した上申書が中心になっているんです。


B:ということは、こいつら異流義です、とお上にいえば罪に問えたんですね。


A:そうなんです、江戸時代の仏教各派の中心である本山は異端信徒の発生を、「新義異説」
とか「異流義」として寺社奉行へ告発すれば、切支丹や不受不施や、三鳥派でなくても「遠島」にしてもらうことが可能であった、という事実ですね。


「衆生の機根には、「本已有善」「本未有善」の二種があります。本已有善とは「本已もとすでに善有り」と読むとおり、已に善根を有する機根をいい、本未有善とは「本未もといまだ善有らず」で、いまだ善根を有さない機根をいいます。
この「善」とは、久遠元初本因下種の妙法という根本の仏乗種を意味しますから、両者は、文底本因妙の聞法下種を受けているか否かによって立て分けられるのです。
すなわち、久遠元初において、名字凡夫の本仏釈尊は、文底本因妙の妙法をもって、一切衆生に下種されました。この時、衆生に順縁と逆縁があらわれ、下種の教法を信受した順縁不退の衆生は、凡夫即極の即身成仏の本懐を遂げましたが、下種の妙法に背いた逆縁の衆生や、一旦順縁となっても退転した衆生などは、妙法誹謗の悪業により、無量劫という永い間、悪道に堕ちて様々な苦しみを受けることになったのです。」(大白法・平成8年3月16日刊・本已有善と本未有善)


そんな遠い昔のことをどうとか言われても・・・。


ーーーーー


「人間は悪の誘惑を受け、神の信頼を裏切り、自らの自由を不正に行使して、神の命令に従わなかった。人間は神の命令に従わないことで、自らの良さを貶める結果となった。…人類の一体性により、全ての人はアダムの罪を引き継ぐことになったが、それと同じようにすべての人間はイエスの義をも受けつぐことができた。どちらにせよ、原罪も神秘であり、人間はそれを完全に理解することはできない。」(カトリック教会のカテキズム・原罪)


本已有善と本未有善

と似てますね


大石寺の十七世日精さんの評価はこういう感じです。

日量『続家中抄』:諸堂塔を修理造営し絶を継ぎ廃を興す勲功莫大なり、頗る中興の祖と謂ふべき者か。(富要五―二六八頁)

日亨:日精上人の時に新しき江戸の都に布教を為されて、末寺も殖えた本山の伽藍も拡大せられて面目を一新したばかりでない、自門の檀林も出来て学僧も多くなり、布教も盛んになつた。(日蓮正宗綱要五)



Aいいことばかりですね、でもなぜか三鳥派のことは出てませんね。

Bこの日亨さんの「新しき江戸の都に布教を為されて」というところが意味深ですね。
宗旨替えはご法度ですのに、布教ですからね。しかも造像という新義を持ち込んだとあります。

●寺社奉行所への訴状(元禄二年十一月十六日)
一、下谷常在寺は大石寺先代日精開基にて釈迦多宝の両尊上行等四菩薩鬼子母神等造立仕り数十年の間安置せしめ候処に、日俊造仏堕獄の邪義を盛んに申し立て、彼の仏像を悉く去却せしめ候、しかのみならず牛島常泉寺にも古へより両尊四菩薩を安置せしめ候処に、是れをも頃年日俊悉く去却せしめ候、拙僧檀那伊右衛門の仏像は去年中去却せしめ候事(北山日要:本宗史綱六七一頁)
●精師御所存ハ当家実義と大相違也(日因上人注)
●殊に日精の如きは私権の利用せらるる限りの末寺に仏像を造立して富士の旧儀を破壊せる(日亨:富要九―五九頁)


B:まだあるんですが、こういう両面あったんですね。

A:この仏像安置を昭和の代に責められるんですね。こりゃ三鳥派とともに黒歴史だ。


>>[028]で日顕上人の真向かいに立ったときには、気をのまれ、キョトンとしていた日顕上人も、「離山の書」を突きつけられ、眼前に繰り広げられている事態がなにを意味するのかがやっとわかりはじめたようだ。
顔面は蒼白となり手は震え、極度な昂奮状態となった。だが、顔がこわばるだけで声すら出せない。ようやく日顕一派の一部非教師が騒ぎ出し、それを皮切りに緊張の静寂は破れ、満座は喧噪の坩堝と化した。日顕一派は口々に菅原氏を悪口罵詈した。
菅原氏の日顕上人を諫める声は、大勢を占める日顕一派の罵声にかき消され、さらに実力で制しようとする者も出はじめた。 植松雄増氏(大阪府茨木市・安住寺在勤)は、「日顕!お前が悪い!」と大声を発し、菅原氏に加勢したが、衆を頼む日顕一派は、なにがなんでも菅原氏の正義の行動を制止しようとした。
菅原氏の引きつづいての行動が不可能と見た松岡雄茂氏(東京都江戸川区・大護寺在勤)は、みずから用意した「決別の手紙」を手ずから渡そうと、日顕上人に向かい歩みはじめた。
その松岡氏に対し、臼倉雄理が顔面を殴打するなどの激しい暴行を加えた。眼鏡は粉々に壊れ、松岡氏の顔面は腫れ上がった。そのため後刻、警察が捜査のため大石寺に入ることとなった。


(曹)臼倉雄理は朝鮮人


日蓮正宗信徒の発言

創価は朝鮮宗教

上層部は、朝鮮人


朝鮮人は反日


韓国法華講は素晴らしい!

矢印(上)矢印(上)矢印(上)

おかしいぞ


韓国法華講も朝鮮人で

反日だぞ

韓国法華講員とは?

元韓国創価学会員


韓国創価は、日本の在日が親戚を弘教したのがはじまり




■無題
飯島秀男
2016/01/28 16:28

>齋藤英通さん、連絡先を教えてください。

■Re:無題
齋藤英通
2016/01/29 02:34
>飯島秀男
Facebookから来てください。どうせあなたは、ネットでしか騒げない。情けない輩です。

連絡先教えても、連絡すらしないでしょう。

本当に私を論破したいなら、自分で調べてきなさい。

■結局、逃げるだけ。
飯島秀男
2016/01/31 07:51
>齋藤英通さん、破折されれば、言い訳に終始する。繁忙期だと言いながら、留守電にわけもわからないことを1時間に10回もわめき散らす。逃げるのはけっこうだが「齊藤英通」の正体は明らかだよ。

ネットで恥をさらし、法華講員からもバカにされれば「誹謗」だとわめく。「ネットだけでしか」と書いて「齋藤英通」と読む。阿見町で隠れてコソコソと生き長らえるのに必死なのが「齋藤英通」でしたね。逃げて逃げて逃げて、逃げ続ける「齋藤英通」の人生、生きてて楽しいですか?


■日本語もおかしい。
飯島秀男
2016/01/17 10:41
>齋藤英通さん、感情的になって書きなぐるからなのか、日本語もおかしい。読解力もない。読み返しもしないし、文章を理解できない。大丈夫ですか?

忘れてました。齋藤さんが、同じ日蓮正宗信徒から「恥」と言われれば「十四誹謗」だと言って逃げるくせに、他の日蓮正宗信徒には、あれこれ言う。


■Re:日本語もおかしい。
齋藤英通
2016/01/17 21:47
>飯島秀男さん
反論不能ですね。反論不能で、飯島さんあなたは、私に敗北です。

グリーの不良法華講が何言おうが、私は関係ありません。法華経を保つ者を誹謗すれば、謗法です。

グリーの不良法華講は、私の信頼する日蓮正宗の修行をきちんとやる仲間から、意味嫌われてます。

■日本語わかりますか?

飯島秀男
2016/01/19 01:43
>齋藤英通さん、なぜ文章を読み返さないのですか? 自分勝手な勝利宣言をして、毎度のこと逃げる手法には、あきれるばかりです。そもそもグリーとは、なんですか? 齋藤さんの極小の脳みそでの脳内変換もやめてください。もともと忌み嫌われて(正しくは、こうです。日本語を理解していれば間違えようがない。)いるのは「齋藤英通さん」あなたですね。「だから法華講員は」とバカにされる。本当に迷惑です。


正論を意図的に屁理屈・揚げ足取り・こじつけで黙らせるのって論破ではない。これをやって「論破した」「勝利した」って言うのだから呆れる。論破の意味を国語辞典で調べてみなさい。


ーーーーーーー


人種差別や人をアホ呼ばわりした時点で斎藤英通の負け


日蓮正宗の話しなのに斎藤英通は馬鹿だから

議論とは関係ない話しをする


ーーー


龍神ひろしこと斎藤英通


龍神ひろしは『本山任務もやり、末寺役員もやり、かつ自立している』ことを誇りにして日蓮正宗信仰をしている自分に酔っている。確かに信仰は厚いんだろうが、他人には自慢話しで説得力に欠ける。他人にも信仰を厚くすることを強要するスタイルはネットでは嫌われる要因。実に損をしている。

hideさんとの戦いはどうみても龍神ひろしに分が悪い。


龍神ぴろしは謙虚さの欠片もない。

彼に都合の悪い事は、全て「謗法」になるからね(笑)


信心歴が多少古くなると、鼻が伸びちゃう(笑)
解らないでもないが、初信の方は戸惑いますよ。
下手すりゃ、古参信徒の気分次第で「謗法」になってしまいますからね。



龍神ひろし・逃亡と敗北の歴史

龍神ひろしを斬る(85)〜論理破綻・反論不能の龍神ひろしがインターネットから逃亡宣言
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/25321318.html
龍神ひろしを斬る(75)〜アンチ日蓮正宗からの公開質問状に全く反論不能だった龍神ひろし
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/24896472.html
龍神ひろしを斬る(40)〜七万五千総会丸儲け批判で龍神ひろしが実質5回めの降伏宣言
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/22092669.html

龍神ひろしを斬る(33)〜楽天ブログの反論拒否は龍神ひろしの実質通算4回目の降伏宣言

http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/21919429.html
龍神ひろしを斬る(32)〜龍神ひろし・楽天ブログのコメント全拒否は実質的な降伏宣言だ
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/21918771.html
龍神ひろしを斬る(31)〜反論不能の洗脳法華講員・龍神ひろしが通算三回目の降伏宣言
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/21852912.html

龍神ひろしを斬る(18)〜反論不能の洗脳法華講員・龍神ひろしが第二の降伏宣言
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/21372582.html
龍神ひろしを斬る(16)〜「アンチ日蓮正宗」の論破に実質的な降伏宣言をした龍神ひろし
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/21371569.html

http://anti-nichirenshoshu.m.doorblog.jp/category/806101?guid=ON


特定カルト危険人物
不埒な洗脳法華講員、龍神ひろし


http://m.mixi.jp/view_diary.pl?id=1955266939&owner_id=64118945




龍神ひろし☆

ネットで、同志を誹謗する人達は、私は法華講と思っておりません。自称法華講と言う第二の創価学会予備軍と思ってます。

同志を悪く言うな。任務者を誹謗するなと言うと、真実だからネットで愚痴って良いだ!真実だから、誹謗じゃない。と開き直り、嘘と偽りで、誹謗をし反省もしない。謝りもしない。そんなの信仰じゃないですね。

しかも、注意した側を叩くってさ?他サイトの法華講は、不良法華講であり、信仰をふざけているか?学会スパイとしか思えないですね?

Facebookに菩提樹が参加してますね?何故?他サイトみたく、私の誹謗を書かないのでしょうかね?

Facebookに何故?法華講員達が、誹謗や愚痴書かないか?

理由は簡単です。本名だし誹謗しても意味なく、自分を磨く事を大切にしているからです。


あなたが、日蓮正宗信者でない事が分かりました。

日蓮宗ですか?あなたが言う正しい宗教、正しい仏法はなんでしょうか?

日蓮正宗が危険なカルト?はて?日蓮正宗は、顕正会みたく終末思想で勧誘してないし、創価学会みたいな勧誘はやっていない。さらに、オウムみたく国家転覆を図ってないし、エホバみたく命を粗末にしない。何処が危険でしょうか?

あなたはじめ、磯野一族や他サイトの不良法華講らみたく、信者を誹謗をし、磯野一族みたく、日蓮正宗信者と嘘を言って日蓮正宗を誹謗し、仏法僧を誹謗する。最低な人間は幸せになれないし、不幸になる。法華経に説かれるようになるはずです。

日蓮正宗は、カルト危険性は無く、世界唯一正しい宗教です。

http://m.mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=64118945&id=1955266939&


日顕御隠尊は、
ーー
偏狭(へんきょう)で自己中心の我意識をもって世間に誹謗と邪義の思想をまき散らしておるのが創価学会の今日の姿であります。
彼らは日蓮大聖人の教えなどと言いますが、彼らの主張するところは全く大聖人様の仏法ではありません。先ほども申し上げましたように、大聖人様は常に正しい修行と振舞いをもって、真の仏法、南無妙法蓮華経の法体とされておるのであります。ですから妙法を弘める上において、誹謗や邪義をもって世の中を誑かしていこうという考え方は、まことに大聖人様の仏法ではないのです。口先だけ「大聖人、大聖人」と言いながらも、実は大聖人の仏法に徹底して背いておる。このような矛盾した考え方は、大変な誤りであると言うべきであります。
ーー
『御法主日顕上人猊下御講義集 立正安国論 平成十五年度第一回法華講夏期講習会』編集・大白法編集室(日蓮正宗法華講連合会、平成17年2月16日発行)P.285より転載


信徒が日蓮正宗の問題提起をすると、日蓮正宗信徒ならば、その事実を確認し、もし事実であるなら「反撃したり」「覆い隠そうとする」のではなくて「改善するように努める」のが筋だと思います。

それをせずに「学会のスパイ」扱いしたり「内事部に言え」だとかは、日顕御隠尊の御指南に反していると思います。


ーーーーーーー


この世の中に問題のない組織などありません。


龍神ぴろしは

日蓮正宗のことを【民衆を救うための宗教】と言ってたんですよ。

大石寺が信徒しか公開できない、というのであれば、それは閉鎖的排他的宗教なのであって、信者にならないと救われないとする創価学会と根本的に変わらないということになります。

【民衆を救う】という点においても、信者にならないといけないわけで、これも創価学会と同じ。

【唯一正しい宗教】というフレーズも、説得力を欠いた説明であること、これも創価学会と変わらない。


【信徒になった人だけ救われるかも知れない宗教】

【何から救うのかわからない宗教】


【知名度、認知度が低い宗教】

【創価学会から移る人が大勢の宗教】

【日蓮正宗を救うための信徒】


「法華経」は釈迦が説いたものではなく、西暦百年頃に発生したという意見が多くを占める。それは自然発生的に発生したのか、誰が説いたものか、謎という意見が多い。


「釈尊が法華経を含む様々な教典を説いたということは誤りであり、様々な教典は全て後世に造られた」という学説が現代仏教学に支配的です。


日本の仏教大学の教授陣は各大乗仏教の高僧が勤めていることも多く、五時八教判の間違いを世に知らしめることは自殺行為になります。
各宗派の教説はすべて音を立てて崩れ去るからです。


そのため日本の仏教大学の教授陣は五時八教判の間違いを広言しないで居ると思われます。


http://group.ameba.jp/thread/detail/BBCrzA8tJk-E/e7edccc7-dda2-41d8-b7ee-8e81bb8c41c7/


http://m.mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=64118945&id=1955279219&



>>[003]




路上で女性に抱きつき、けがを負わせたとして、静岡県警沼津署は8月23日、強制わいせつ致傷の疑いで北海道留萌市住之江町の日蓮正宗僧侶、西村正雅容疑者を逮捕した。



逮捕容疑は23日午後7時25分ごろ、清水町の路上で同町内に住む50代の女性に後ろから抱きつき、引き倒した際にけがをさせたとされる。



西村容疑者は「いたずら目的だった」と容疑を認めている。


西村容疑者は二十四・二十五日の両日、富士宮市の大石寺での全国教師講習会に参加するため静岡県内を訪れていたとのことである。



(強制わいせつ)
刑法第176条
13歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

(強制わいせつ等致死傷)
刑法第181条
第176条若しくは第178条第1項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は3年以上の懲役に処する。(略)


強制わいせつ致傷罪は重たい罪です。犯情によっては実刑ですから。
僧侶の身にある人が、そういう罪の疑いをかけらるのはいけませんね。

被害者が負った怪我の大きさ、被害者の処罰感情、容疑者の態度等によってその後の展開は変わるのですが・・・
西村容疑者は「いたずら目的だった」と容疑を認めているとのことなので、起訴、公判となる可能性ありです。強制わいせつ致傷罪で起訴されると、裁判員裁判です。裁判員は性犯罪には厳しい傾向があります。



欲情のままに女性の心身を深く傷つけた僧侶の事件は、静岡新聞、産経新聞等で報道され、日蓮正宗の関係者だけではなく、各方面で�狎賛�者の性犯罪�瓩箸靴毒般罎鮃�げている。
逮捕された西村容疑者は、昭和四十六年四月十九日、本山・久成坊の西村荘道(故人)の次男として生まれ、昭和五十九年に得度。
平成八年四月に教師補任、平成十三年には青森の法典院主管になり、平成二十六年にはシカゴの妙行寺住職になったが、法典院時代の金銭不祥事が発覚して住職を解任された。
だが、約半年間の謹慎を経て平成二十七年七月、開道寺の住職になっていた。



西村正雅の兄で日顕御隠尊の元奥番・道超も平成十二年には交通死亡事故を起こし、業務上過失致死罪で実刑判決を受けて僧籍を剥奪され、服役していたが、その後、宗門に密かに復帰している。


女子中学生や女子高生にわいせつ行為を働いた後藤信和、武富道晋らの危険な僧侶がいたが、山田容済、中本代道、水島公正、石井信量、藤原広行ら女性問題の汚らわしい過去を持つ僧侶が今も役僧や住職の座に座ってい
る。


源濁りぬれば流れ浄からず
(御書1327頁)


との御金言もあるように、真に清浄なる源から突如として濁流が流れ出す、ということは考え難い。やはり不埒な僧侶を生む要因は、昔から日蓮正宗の中に、伏在していた。


と見るべきであろう。



日蓮正宗大石寺に、大聖人の御肉牙・歯は、存在しない!!


「日蓮の御肉牙」「日蓮歯骨」は大石寺、第17世日精上人の偽作だ!!


日蓮正宗大石寺には開祖日興、三祖日目、四世日道、五世日行、六世日時等の時代には、伝承すべき重宝なるものは何一つ存在しなかった。ところが大石寺9世日有の代以降になると、次から次へと重宝なるものが偽作、偽造されて、大石寺の宝蔵はだんだんとにぎやかになっていった。生前の日蓮の口から抜け落ちた、歯肉がついている日蓮の歯であるなどと日蓮正宗大石寺が自称している「御肉牙」(おにくげ)なるものも、その中のひとつである。日蓮正宗大石寺では、その「日蓮の御肉牙」なるものについて、「御生骨」(ごしょうこつ)などとも呼び、次のように信者に対して説法している。
「今回の代替り式に際し、大聖人様の御生骨の御歯を開封申し上げ、深信なる皆様方の内拝を許すことに致しました。どうか清浄な信念に住して、後刻大講堂に於いて御内拝あらん事をお願い致します。抑々この御生骨は、大聖人御在世中五十余歳の頃、御歯を御抜き遊ばされ、傍らに給仕し給う日目上人へ御授け遊ばされ、『我が仏法は最勝深秘の大法にして、釈尊が法華経に予証せられし末法適時の正法也。故に鳩荼(くはんだ)等其の便を得せしめず、必ず遠く妙道に霑わしめんと説かれし処にして、此の正法、万年の闇を照らすこと必定にし、一天四海広宣流布疑いなし』と仰せ給い、我が説く所は正法にして一天広布疑いなしとして、其の証明にせよと仰せ給うと伝える我が家の秘宝でありまして、700年、燦として輝き給う御生骨であります。
往昔、漢土には羅什三蔵、生前に我が説く所、翻訳せる所の経文少しも仏意に違うところに非ず、此の事は我が死後荼毘に付するも、舌のみは焼けることなかるべし、と言い置かれるに、入滅後荼毘に付するに、果たして舌のみは焼けず、青蓮華上に青い光を放ったと伝えますが、真に漢土、日本其の軌を一にして、仏法の不思議と申すべきであります。能く能く此の事を心に置いて、虔(つつし)んで拝せらる様お願い申し上げます。茲に当山の代替式に際し、宗祖大聖人御真筆御本尊、御生骨、御灰骨、最初仏、御書、御消息、二祖日興上人以下歴代御本尊、各種法宝等の一切を残る所なく、日顕謹んでお預り申し上げ、身を以てお守り仕(つかまつ)る所存であります。南無妙法蓮華経。」


(昭和55(1980)年4月6日の日蓮正宗大石寺67世日顕代替法要の時の説法)


700年前に、日蓮の口から抜け落ちた歯とそれにくっついている歯肉が生きて成長しているという代物で、日蓮正宗大石寺では五十年に一度の日蓮の遠忌法要と法主の代替法要の時に、参詣信者の前で開封・内拝させている。
創価学会の2代会長・戸田城聖氏が「折伏大進撃」の指揮をとっていた時代には、日蓮の「御肉牙」は、次のように戸田城聖氏によって紹介されている。



今度の4月20日から、お山においても、御肉牙(おにくげ)の拝観が許され、この御肉牙というものについて、これは不思議なものだ。話だけは、なんべんも聞いたかしらんが、もういっぺん言います。日蓮大聖人様御在世の時に歯を抜いた。その抜いた歯の下のほうに肉がちょっぴりついておった。ところが、この肉が七百年のあいだに、だんだんだんだんふえて、ちょうど、まさに歯を包まんとしている。これは説明つきますか。しかも脈打っているのですよ、汗かいているのですよ、生きているのですよ。こういう不思議なものはありますか。
身延が威張ったって、仏立宗がなんと言ったって、こういうお歯は、富士大石寺以外は絶対にない。それから、仙台からも、福運あってこの御生骨を拝観する方々は、帰ったら、わが目で見てきた、その実態を、みんなに話して、わが日蓮正宗の誇りとして、語り伝えてもらいたいと思います。


戸田城聖発言

「肉が歯を包む。脈を打つ。汗をかく。生きているのですよ。」

街金創業者は、戸田ペテン師匠でもあります。



戸田城聖氏は、日蓮正宗大石寺の法主もびっくり仰天するような大ぼらをふいているが、ニセものはどこまで言ってもニセものだ。どんなに大ぼらを吹いても、ニセものは本物にならない。この日蓮の「御肉牙」なるものも、日蓮の歯ではなく、江戸時代初期の大石寺法主である大石寺17世日精が偽作したものだ。つまり真っ赤なニセものなのである。


2006年4月、大石寺68世早瀬日如の法主代替法要が日蓮正宗大石寺で行われたが、ここでもこの「御肉牙」(御生骨)内拝が行われ、21世紀にもなった現代に、大石寺17世日精が偽作したニセものを「日蓮の歯」であるなどと自称した、見せ物ショーが大石寺で行われた。



宗教詐欺








みき


私は嘘は言ってません


日恭上人は焼死



龍神ひろし☆


日蓮正宗を悪く言う奴は


ロクな死に方しない

美樹は嘘つきです。



みき


日恭上人は昭和二十年六月十七日の夜半、大石寺の庫裡・客殿の焼失の時、管長室において焼死しました。


矢印(上)矢印(上)


ね嘘じゃないでしょ


日恭上人は焼死です

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%81%AD





日蓮正宗では救われません
2016/09/24 10:55
毎週日曜にはお寺へ行くという人は、

本当に日蓮正宗の教義が正しいのか?
と、
思ったことはないでしょうか?

僧侶が言っているのは、
ただ屁理屈を述べて、
不幸にさせているに過ぎません。

日蓮正宗も法華宗系の邪宗教であることが、
私のブログに山ほど詳しく載せてあります。

モルモン教を信仰しているあなた、
日蓮正宗とモルモン教では似たり寄ったりなことをご存知ですか?
仏教の中でも法華経は最低虚偽のお経です。
日蓮大聖人様の、心は乱れ社会を乱し、
国土も乱し、
安穏な生活はできない。
人のこころが皆乱れれば環境も乱れ、
国土も乱れる」
と教えられています。そう成れば皆乱心同士で平等だ。

あなたもご一緒に悩乱のお経を唱えてみませんか?


http://ameblo.jp/t-shukyo-shinko-happy/entry-12202833187.html



「仏教を弘めん人は必ず時を知るべし。(中略)時を知らずして法を弘むれば益(やく)無き上還(かえ)って悪道に堕(だ)するなり」(教機時国抄)

釈尊は、自らの滅後の時代を正法・像法・末法の三時に区切り、教法の時代的特性を次ぎのように予言しています。(中略)末法に入ると、仏法は隠没(おんもつ)し釈尊の教えでは衆生を救済することのできない時代となります。この末法においては、地涌(じゆ)の菩薩(ぼさつ)の上首・上行菩薩が出現して法華本門の要法を弘め、一切衆生を済度(さいど)される時代となるのです。 ここにいう上行菩薩とは日蓮大聖人のことで、まさしく末法は大聖人所持の南無妙法蓮華経の下種仏法が弘通される時となるのであり、このことを知るのが「時を知る」ことになります。(日蓮正宗・末法の「時」)


A


すでに末法の定義はバレネタになっているのに、
まだ言うかって感じですね。


B


仏教のこと何も知らない信者さん向けでしょ、ちょっと勉強した人なら
何の根拠もない話ですもんね。


A


ところがネットで、いまは末法だって
得意満面でドヤ顔して説いてる人って創価学会や日蓮正宗に多いんですよね。


B


ダメダメ、そういう人って色んなサイトに出張ってきて
直ぐに逆破折されて、逆ギレするのがオチです。


A


2ちゃんでも創価や正宗はボロボロですもんね。
素人でも最近はネットで得た知識で論破してますよ。


B


日蓮正宗妙観講ではネットは見るなってなっているそうですよ。


A


諸悪の根源、功徳を消すネット・(笑)




★法華経・薬王菩薩本事品の「我滅度後、後五百歳中、広宣流布」
★補足として権教・大集経に説く「後五百歳、白法隠没、後五百歳 闘諍堅固」を根拠
★さらに予証として天台大師の法華文句「後五百歳に遠く妙道に沾わん」
 妙楽大師「末法の初め冥利無きにあらず」
 最澄「正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有り法華一乗の機今正しく是れ其の時なり」
 を時系列関係なく引用


A


上記が日蓮が鎌倉期に提唱の末法適時の題目五字の根拠ですね。


B


強引と我田引水は日蓮思想の骨格ですね。
みんな題目だけでいいなんて言ってませんからね。


A


最澄は法華経を八宗兼修をまとめるために使っただけ。
密教も円珍に指示して叡山に補足するように言ってますけど。


B


日蓮さんは狭い範囲で法華一乗を悪解釈したんでしょうね。
まぁ、教条主義と言うか。原理主義者ですね。


A


現代では末法の定義も日蓮の生きた時代は像法で、大集経は中国の偽経
天台大師は無量寿経と法華経信奉者、最澄は密教と法華経の融合を考えてた。


B


題目信仰の根拠は総崩れ


ーーーーーーーー


ある人たちは、「唱題は闘い」といったりしますが、日蓮さんがそのように言っていたのでしょうか。

闘うのであれば勝たなければならず、また闘う相手も必要になります。


かりにそれが他人ではなく自分自身だとしても、自分に勝つための闘いとしての唱題では、「苦行」であり「祈祷」であることになります。


「苦行」を棄てたのが仏教の始祖であるお釈迦さんでした。


唱題とは一般的には「マントラの口唱」ということになるのですが、唱え方によってはたんなる「呪文」でしかなくなります。

マントラの口唱には、

1、神仏に対する讃嘆讃美

2、トランス状態による一種の覚醒と神仏との交流交感

3、祈念・祈願・祈祷、これは呪詛を含む
などの目的があるわけです。


1のケースは現在でもヒンドゥー系の宗教やチベット系の宗教において行なわれています。


2は、おそらくこれが「唱題」に近いように思われます。

ただし、これが実在する個人との「境智冥合」などという論理と思考の飛躍につながらないように注意することが必要です。

よくいわれる「題目闘争」などという言葉や考え方などは教団による新説であって日蓮さんとは直接にはなんの関係もありません。


お題目は長時間するのは、祈祷の分類に入るので、祈祷は僧侶がするものと日蓮さんは言っています。

科学的には、長時間の題目は、座ったままなので、低血圧になり、低酸素状態なので体にあまりよくありません。

低酸素状態を続けると、脳の働きが悪くなるため、「御本尊が光輝いた」とか「仏性を感じた」とか、いろんな錯覚を起こしやすいです。


祈祷性精神病

http://m.weblio.jp/c/%E7%A5%88%E7%A5%B7%E6%80%A7%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%97%85


創価祈祷性精神病

偽本尊に題目などして起こる精神障害であり、人格変換、宗教妄想、などを発し、起こる自己暗示性の精神異常である。
数日から数ヶ月にわたって経過する特殊な病症と言われている。

1915年に『神経学雑誌』で発表された。ヒステリーであるとしている。
創価の信心の過信が原因の一つで、異常なまでの信仰の仕方による。
教育を受けていない40歳以上の女性に多く、自信家で強情な性格の傾向がある。
信仰の動機は「家族や自分の病気を治すため」・「家計が苦しいから」・「世の人を救うため」と悪意はない。
婦人部長に「宿命転換」よと言われ、熱心に唱題をすることによって発症する事例が多い。

ーー

大阪池田小事件と宅間守と創価学会

http://chie.mobile.yahoo.co.jp/p/chie/qa/view?qid=1149647461


日蓮正宗祈祷性精神病

日蓮正宗の信仰などして起こる精神障害であり、人格変換、宗教妄想、などを発し、起こる自己暗示性の精神異常である。
数日から数ヶ月にわたって経過する特殊な病症と言われている。

1915年に『神経学雑誌』で発表された。ヒステリーであるとしている。
日蓮正宗の信心の過信が原因の一つで、異常なまでの信仰の仕方による。
教育を受けていない40歳以上の女性に多く、自信家で強情な性格の傾向がある。
信仰の動機は「家族や自分の病気を治すため」・「家計が苦しいから」・「世の人を救うため」と悪意はない。
先輩講員に、魔に勝つのよと言われ、熱心に唱題をすることによって発症する事例が多い。




お題目を上げ、御書を読み、仏性をあげる、生命力をあげる、そうするとおのずと答が出る、こんな感じですよね。

しかし、それは一つの答ではあるけども「正解」ではないです。

ある人はリストラに合い失業して再就職の面接に受かるために必死になって題目を唱えたと言っていました。
受かるまで何十社と面接を受けて勝ってやるという意気込みです。

そんなことをせずに受かる方法はいくらでもあります。

つまり、宗教から与えられた「答え」以上のことは考えていない人がほとんどです。これを「思考停止」と言います。

また、

末期がんの人が病魔に打ち勝つために必死に題目をあげるけども、一向に病気が改善する兆しがないので疲れたと言っていました。

「信心で病気を治す」という宗教から与えられた「答え」が「正解」だと勘違いしたケースです。

末期がんであっても、残りの人生を価値的に生きるという選択肢もあるはずです。生前に会いたい人に会う、旅行に行く、やりたいことをやる、素敵な景色を見る、これらは末期がんでもペイン・ケアといって苦痛を抑えるだけで十分にできます。

人の死に方は問題ではありません。病死、事故死、孤独死、早死、これらは恥ずかしいことでもなんでもありません。


死ぬこと自体も問題ではありません。

問題なのは、如何に自己実現させるかという “自分で答えを出して” 、責任をもって “生きている“ かどうかです。

そこに、「正しい」「正解」などは存在しません。

世の中時代の流れによって正しさは瞬時に間違いになりますし、またその逆もあります。


「勝つ」「励ましをする」「連帯」「生命力」「仏性」「蓮祖」など、これらが如何にインチキな「答え」であることがよくわかります。

彼ら信者たちは、「思考停止」しているので、なぜ自分たちが批判されているのかということを全く考えられません。

批判者は悪というふうにコントロールされているので、始末におえません。

題目をあげることがゴールに近づける唯一の道だと信じてるぐらいですから、“題目バカにつける薬なし”




 太田抄「一乗を演説すれども題目の五字を以って下種と為す可きの由来を知らず」云云。
 秋元抄「三世十方の諸仏は必ず妙法蓮華経の五字を種として仏に成りたまえるなり」云云。
 観心本尊抄「此れは種、此れは但ただ題目の五字なり」云云。
 四信五品抄「一向に南無妙法蓮華経と称しむ、是れ此の経の本意なり」云云。
 法華取要抄「広略を捨てて肝要を好む」等云云。
 報恩抄「一同に他事を捨てて、南無妙法蓮華経と唱う」云云。
 高橋抄「余経も法華経も文字は有れども病の薬とは成る可からず」云云。
 上野抄「余経も法華経も詮無し、但南無妙法蓮華経なるべし」云云。


A


これらが末法の成仏の法であると言い続けた
題目の事が書かれてる遺文の大体ですけど


B


題目ってお経タイトルでしょ、それに込められたチカラって
関係ないでしょ、考えすぎですよね。


A


最初は経題がその経典の内容全てを題名に現すという考えだったんです。


B


それがいつの間にか経題→お経のチカラ→不思議な呪力→ホトケ
となって本尊まで格上げされたんですよね。


A


よく言われる「其経の中の法門は其経の題目の中にあり。」という思想ですね。


B


例えば『大法鼓経』という経題は、「如来常住説(及び如来蔵・仏性説)をもって
空性説を打ち破る経」ということを含意していると解説される、ということですよね。


A


般若心経も題名に込められた意味を中国では云々されました。


B


インドでは題名などただのタイトルでしか無いのに、
中国で意味づけされたものが日本に入ったということで。


A


中国思想を無批判に受け入れた開祖の妄想ですね。


ーーーー


ヒップホップで学ぶ


http://d.hatena.ne.jp/Halalneet/touch/20091109/1257784704


心理学には、確証バイアスという概念があります。
これは、物事を思考するときに思い込みや先入観がある為、自己に都合の良い情報しかインプットされず、そうではない情報を受け付けなくなる状態です。


確証バイアスは、宗教の信徒、会員に共通している特徴でもあります。


確証バイアス状態になると、視野が狭くなり、予め見たがったり聴きたがっている情報しか受け入れなくなる傾向がありますが、相手の意見を一切聴かずに思い込みや先入観を補強していく思考方法はインスタントで危険ですけど、楽です。


何故かと言うと、受け入れたくない価値観や難解な問題に対峙するとき、常人であれば通常発生する葛藤や善悪について、客観的に実証作業を行わなくて済むからです。


ここに、確証バイアスに陥る場合とそうでない場合の要諦がありますが、相手が視野狭窄に陥っているかと短絡的な判断によってインセンティブを得ているかどうかに着目してみると、判り易いかと思います。


また、重度の確証バイアス状態になると、一般的に認知されている情報であっても、都合が良くない情報は意図的に曲解したり、遮断して頻繁に思考停止を引き起こすことがあります。


都合の良くないことに直面したとき、相手が普通に話をしていても居丈高に振舞ったり、息を吐くように嘘八百を並べたり、突然大きな音などを出して頻繁に話を遮ぎる、といったその場しのぎの言動を頻繁に取るという特徴もあります。


勿論、そこまで極端にバイアスがかかり、破滅的な心理状態になるには、本人の視野や沸点や基礎学力や教養の程度なども関係してきます。


軽度の確証バイアス状態は、教団の信徒や普通の人にも一時的に見受けられることがあります。重度の確証バイアス状態は、宗教、パチンコやギャンブルやアルコールなどの重度依存症患者にも共通している心理状態です。


こうした危険な心理状態から逃れるには、対峙した情報が他のところではどのように考えられているのか、対象を曲解したり強引に変えようとしていないか、客観的な視点で地道な検証作業を欠かさないことが肝要です。


http://m.mixi.jp/view_diary.pl?&id=1955253991&owner_id=64118945&via=list_diary_history


信者は、自分の先入観に基づいて物事を観察し、自分に都合のいい情報だけを集めて、それによって自己の先入観を補強しようとする


一方で、自己の先入観に�猗燭垢覘畩霾鵑惑喀�しようと努める。


信者は、「我が宗が唯一正しい宗教」という思いがある。
自らの行為を正当化するために、都合の悪い情報はスルーして、ひたすら都合のいい情報ばかりを見ている。信憑性が薄い情報でも使えるものなら何でもいい。


言い訳がましくなるし、詭弁を使う。


ネット社会は、確証バイアスを加速させる傾向にある。私自身も、日常生活では、自分の感性に心地いいサイトしか見ません。


理論武装、といえば聞こえはいいがそのじつは、自分に有利なネタ集めに熱中して客観的な視座を失っていることが往々にしてある。それに気づかず悦に入っていることがしばしばあります。
自らを省みるとそう思う。
そしてさらにこう思う。
むしろ、自らの持つ主張への反証となる情報を検討することで持論を強化するぐらいでないと、人に納得してもらうことなどできはしないのではないでしょうか。


http://matome.naver.jp/odai/2142543511529739101?guid=on




『正本堂落慶式典』

正本堂完工式に学会の招待で、ローマ法王庁特命全権大使ブルーノ・ヴェステンベルグ大司教とデュモリン神父が列席。ヴェステンベルグ氏は「正本堂完工式に出席できましたことは、デュモリン神父および私自身にとりまして非常な喜びであり、また名誉でありました。ご親切なご招待、まことにありがとうございました。善意の人々の祈りが、私ども全てが渇望している幸福と平和と正義を人類にもたらすよう願っております」
とのメッセージを残す。
昭和48年2/16発行聖教新聞社『正本堂の詩落慶式典記録』

正本堂完工式。この式典に、池田犬作はあろうことかキリスト教の高僧を招待したのである。ローマ法王庁の使者・ブルーノ・ヴェステンベルグと、サンフランシスコ大司教・ジョセフ・T・マックギュークンの二人である。
法主・日達上人が導師をつとめる完工式法要に、二人は最前列で参列した。

他の国のからもキリスト教関係者を呼び、法要の最前列に座らせました。
ーーー

浅井会長に言わせると、池田名誉会長が、ノーベル平和賞を狙っての策略という事に、なっています。
ーー


龍神ひろし☆


>> 磯野美樹 さん
バチカンの外交官が、御本尊に祈っている写真まさかあるだろうな?無いなら、あんたの嘘、妄想になるぜ?

バチカンの外交官は、完工式しか出ていない。

完工式は、建物が完成しました。そのお披露目である。



磯野美樹


【法主・日達上人が導師をつとめた。】


導師をしたということは

大御本尊様を見せたということです。



謗法与同の罪に当る


龍神ぴろしは言い訳がましい


未入信者が「御開扉」を受けた実例があった。その人物とは、かつてのパナマの独裁者・ノリエガ将軍である。


(ノリエガ将軍は)正本堂に参詣してパナマ国家の健全な発展に向けての出発点にした」(1974年10月29日付け『聖教新聞』


「この日(ノリエガ)将軍は(池田名誉会長との)会談に先立って総本山大石寺に拝観しており、名誉会長も前日の雨も止み、晴天の中での総本山拝観は、まさに貴国の大発展を象徴していると思うと喜びを述べ…」(1985年5月31日付け『聖教新聞』)

「なお、この日午後、同将軍は総本山大石寺に詣でた」(1986年12月14日付け『聖教新聞』)


1990年2月1日号「ニューズウィーク」誌が、「ノリエガ将軍・創価学会員説」を報道している。この報道に対して、創価学会本部が「ノリエガ将軍の創価学会入信」を公式に否定したとのコメントが載せられている。しかし創価学会はノリエガ将軍が正本堂で「御開扉」を受けたことは否定していない。

日蓮正宗は、公式には日蓮正宗未入信者の「戒壇の大本尊」御開扉を認めていない、と言っているが、日蓮正宗は今日に至るまで、池田大作がノリエガ将軍に「戒壇の大本尊」御開扉を受けさしめたことを全く不問にしている。

ーーーーーーーーー

創価学会は、今日「日蓮正宗が未入信者に御開扉を受けさせる謗法を行った」などと言って日蓮正宗を非難しているが、何のことはない。創価学会もかつては同じことをしていたのである。
日蓮正宗も創価学会も「同じ穴の狢」だから、当然といえば当然か?





アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ
黒川和雄を斬る


http://anti-nichirenshoshu.m.doorblog.jp/category/189062?guid=ON


美秘

人間かならず死ぬ言うわりに


法華講員は学会員の不幸な死に様を


現証とか言うて嘲笑うよな


矛盾しまくり



黒川和雄


> 美秘 さん

数週間、あなたと付き合いましたが、
あなたはダメですね。
既に頭が混乱していると感じました。頭破作七分ということです。誠に残念です。

ま、文証、理証よりも現証です。

必ず現証としても罰が実生活に出てくるでしょう。

それは、身体に病気として出てくるか、事故に会うか、御主人に出てくるか?
生まれてくる子供が障害者として出てくるか? それは分かりませんが、
必ず出てくるでしょう。

矢印(上)矢印(上)矢印(上)


五体満足の赤ちゃんが

生まれました。



黒川さんの本性が出てる。
桶田さんと同じく、東京の法華講員から評判が悪いのがわかる

法華講員のなすべきことは相手の未来を勝手に断定することやないさかい

現証はその人の行き様の集大成。

それを意識して「自らを戒める」のが法華講員の本来あるべき姿だと思う

ーーーー

「日蓮正宗聖典」昭和53年12月28日再版・冒頭の諫暁八幡抄

現物を見ればわかるが、切り貼りor切り取りしたような線が写っている。

日蓮正宗聖典の写真改竄問題

この改竄は「目的のためには嘘をついてもかまわない」ということが「日蓮正宗の教義からみて全然おかしいことではない」ことを、立宗700年という重大な節目に内外に喧伝したということになるのです。

これは、「紫宸殿御本尊様の板御本尊様を御戒壇様の身代わりとしたこと」も同じこと。

「目的のためには嘘をついてもかまわない」のなら、私達檀信徒は何を信じたらよいかわからなくなりますよ。

御内拝をいただいている「本門戒壇の大御本尊様」も身代わり御本尊様かも知れませんからね。

日蓮正宗から、こういう体質が無くなることを強く希望しております。

組織の浄化を求めます。

日蓮正宗聖典の問題
http://blog.m.livedoor.jp/saikakudoppo/article/50957710?guid=ON

家中抄草本を含む「本門戒壇の大御本尊」の問題
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3137679&id=76285276

『家中抄草本』は、現物が大石寺に現存しているもので、問題の訂正箇所も結構いろいろな解釈があるようです(^^;)
ーーー


前法主だった頃の日霑上人が「本門戒壇の大御本尊の身代わり本尊」の存在と教義との適合性を認めたということは、現在の「本門戒壇の大御本尊」も身代わり本尊だと否定できなくなる

ーーー

日霑上人の身代わり御本尊の肯定もそうだし、日蓮正宗聖典の諫暁八幡抄の写真改竄問題もそうですし

日精上人の『家中抄 草本』の問題もそう。

洗脳法華講員達の言うことに説得力は全く無く、一つ一つ解消していかなければ日蓮正宗に未来は無い。

身口意の三業を浄化しなければならないのは人間だけではない。


人間の集まりである組織もそれを浄化しなければならない。

「臭いものに蓋」が通用する時期はとっくに過ぎている。

臭いものを見て見ぬふりをすることの罪を恐れるものである。

誤りや問題点を改善する目的で、その事実を指摘することは誹謗でもなんでもない。

ーーーーーーーー

日蓮大聖人が、天台で修行していたときから南無妙法蓮華経はありました。

これは鎌倉以前の平安時代からあったもので、天台宗では称名念仏の影響で南無妙法蓮華経の題目も唱える様になっていましたが、題目そのものが教義の中心ではありませんでした。この時代は「朝題目、夕念仏」といってミックスした唱えごとが天台の修行の一部でした。

日蓮大聖人は、この南無妙法蓮華経の題目を「正行」としたのです。これが日蓮法華の教義の中心ということです。

したがって、いわゆる五字七字の南無妙法蓮華経は実は日蓮大聖人の創作ではありません。

ーーーー


カルト創価の親は宗門である


創価学会という怪物を作って破門の放置
無責任



カルトからはカルトしか生まれない

ーーー

正宗と学会は、目糞鼻糞のなすりつけ合いをして、その繰り返しで、見ていて情けない限りです(T-T)

洗脳法華講員達が

ばかだのくそだのののしるから、日蓮正宗ではそう教えてるのか?


日蓮正宗末寺にウチの友達が聞いたら
そんなことはありせん!ってゆーから
日蓮正宗の人間は文末に必ずばかをつけるぞ ばか!って言ってたよと電話したらしい。



一般的には「法華経」と略して呼ばれますが、正式名は「妙法蓮華経」です。


梵語の原典名は「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ」といい、それを翻訳家の鳩摩羅什(くまらじゅう)が漢語に訳するに際して
 サッダルマ・・・妙法
 プンダリーカ・・・蓮華
 スートラ・・・経
 と訳したので「妙法蓮華経」となったわけです。それぞれの訳語を見てみましょう。

妙法→サッダルマという梵語も、サットとダルマの合成語です。サットは、正しい、真実の、勝れた、というような意味であり、ダルマは、法、教え、という意味です。


 つまり、サッダルマという梵語を素直に訳せば「正法」とか「正しい教え」とでもなるのでしょうが、鳩摩羅什の「妙法」というのは大変に深い名訳だと思います。「妙」という字は不可思議という意味ですが、法華経で説かれている法は、単純に頭で思案して分かるような世界を越えた奥深い仏の世界の法ですから、「妙法」という訳語が選ばれたのでしょう。

蓮華→蓮華(蓮の花)は、梵語では色によって名前が違い、例えば紅蓮華ならばパドマといいますが、経題のプンダリーカというのは、白蓮華をさす言葉です。

蓮華は、泥土の中から咲き出していながら、泥に染まらず清らかな美しい花を咲かせます。


その姿が、法華経の菩薩行の根本精神である、俗世の中で生活しながらも、その汚濁に染まることなく生きて衆生を救うという理想を象徴していると考えられたのです。


『従地涌出品第十五』に、「善く菩薩の道を学して世間の法に染まざること蓮華の水に在るが如し」とある通りです。

中でも特に白い蓮華の持つ、けがれのない爽やかな清潔感のイメージは、その象徴として相応しいといえます。


経題では「白」という言葉は略されていますが、「妙法蓮華経」の言葉の背後に、けがれのない純白のイメージが存在しているのを知っておく事は、どういう心で題目を唱えるべきかを理解するのに有意義なのではないでしょうか。


経→スートラというのは、仏の教えをまとめたお経という意味です。
(妙法蓮華経の経題)


A


ま、この辺りが題目の意味付けとされる解釈ですね。


B


ざっといえば蓮華は汚泥の中でその泥に染まらずに白い花を咲かせる
それをと喩えにして「如蓮華在水」が修行者の心法ということですね。


A


日蓮さんの唱題根拠は天台大師の『法華玄義』に『妙法蓮華経』の経題が
『法華経』全体の骨目であるという事に由来するんですね。


B


でも『法華経』には「南無釈迦牟尼仏」はありますが
「南無妙法蓮華経」とかそれを唱えろとかは一つもありません。


A


ま、天台大師の勝手な我見解釈ということで・・www




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