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日本が好き!コミュの日本の銀行

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日本にはメインバンクシステムが戦後根付いており、アメリカでいう株主、投資家的な立場も一部担ってきました。その点でアメリカのメガバンクとは大きく異なります。
日本のメガバンクは、外資系金融機関をつくったモルガン家によるモルガンスタンレー、そのほか、JPモルガン、ゴールドマンサックスなどと同じような観点も持ちます。

元来、企業は、株主総会と買収によって、経営がコントロールされており、明治時代からの財閥支配がそれにあたります。
1927年金融恐慌を経て、銀行の大量破綻から銀行法が成立。
銀行数の整理と集中、銀行への規制が強化。
1937年日中戦争以降は、戦時体制下で企業が国策会社化していき、銀行は貸出を拒否できないまま、貸出リスクを高め、リスク分散とモニターの必要性からシンジケートローンによる協調融資が常態化していきました。
戦後GHQの指導による証券民主化運動により企業支配は混乱。
防衛策として、銀行と企業が株式を持ち合い、戦時の損失が大きい銀行救済のために、金融機関再建整備法が成立、政府介入を強化させました。
株式持合いにより株式市場は企業コントロールを失い、債券市場は銀行による起債会の管理下におかれました。
これが日本の資本市場が産業の長期資金提供の場として有名無実化に至る経緯です。

しかし、メインバンク制は、債権者兼株主として企業に対するモニタリング機能を強化し、計画的資金配分の役割を担うことで、そのリスクを集中していきました。
外部株主によるガバナンスを排除するため株式持合いをすすめたため株式リスクを銀行に集中し、不動産を媒介した信用創造の手法が不動産リスクを銀行に集中しました。
資本市場の存在は銀行の交渉力を弱めるため、銀行にとって適切な資源配分を担保するために資本市場を制限することで、結果として銀行へリスクを集中させました。

現在のBIS規制は、80年代海外進出を急激に拡大させた日本の銀行に対する反発ともいえます。
つまり、銀行の、戦後産業構造における資金需要と資金不足のミスマッチと埋める役割が終焉し、高度成長期と国内需要の限界に直面したことで、銀行が80年代以降海外進出を展開していったことが、国際銀行市場の反応を招いたのです。

最終的には、さまざまな規制によりモラルハザードを生み、バブル崩壊とともに集中されたリスクを顕在化するに至りました。
バブル崩壊とともに、日本経済自体が失墜。
海外マネーに多くのものを安く叩き買われてしまいました。
大京、ニチメン、ダイエー、西武。多くの企業再生のための経営者に銀行から人が出されるといった事象も日本ならではの出来事なのです。

メインバンク制、日本的間接金融制の評価については様々だが、反面、その役割と機能を肯定する見解も多く、今後、日本が米国型資本経済に移行することに対する批判も根強くあります。

日本としての今後の資本市場あるいはメインバンクのあり方をまずは日本の中で問いかけ、そして世界に問いかけて行かなければならないと思います。

日本の銀行の役割は大きい。日本の金融機関で働く人間として、もう一度、世界のなかでの日本の銀行のあり方を考えていきます。

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