ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

哲学の塔〜改〜コミュの第2章〜悲しき運命〜

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 2人目の無神論者が“哲学の塔”の入り口に立っていた。
 塔の扉は、鍵はかけられておらず、無用心に簡単に開いた。ギシギシと錆びついた鉄の
音を響かせながら開いた。灯りはなく、真っ暗な闇だけが広がっていた。そして、その闇
の一歩手前で止まった。額に汗が滲む。気持ちの悪い悪寒が背中を駆け巡る。
 神に背く行為。もう後には戻れない。戻る居場所など、どこにもなかった。あるのは永
遠に続く絶望の未来だけ。その人物は、携帯から聞こえてくる声に固唾を飲んだ。それは
まるで、天から受ける最後の審判。
「君は神を信じるか?」
 その不気味な闇を蠢くような悪魔の声に、その人物は首を左右に振った。
 無神論者だった。
 “哲学の塔”は、きっとこれを許さない。死の裁きが下る。その人物は覚悟を決めた。恐
怖が心を覆い、全身から震えが止まらない。
 灰色の雲が、昨日と同じように空を覆い隠していた。
 風がやけに強い。ヒースの丘を吹き抜けていく。どこからともなく響く鐘の音。
 時間が止まったような錯覚。
 誰かが背後から近づいてきた。そして、自分の背後で立ち止まった。その気配を背中で
感じたまま、思いを巡らす。この暗闇の螺旋階段の先に、真実の扉が開かれている。そし
て、終わることのない絶望へのピリオドが打てる。最後の決断…のはずだった。
 その時、最後に出逢った心ある人物の言葉が脳裏をよぎった。
「僕が居るよ、ここに。負けそうになったらいつでもおいでよ」
 …帰りたい!あの暖かな居場所に。心に迷いが生じた。
 彼を、信じたい!そして…生きたい!
 背後の人物の影が、自分の影と重なる。その瞬間、その人物は振り返った。息を呑む。
 ありえない。
 そこに佇んでいた人物は、今、この世に存在してはいけない者だった。
 塔の中に後ずさる。
 そして、次の瞬間、その人物の視界に空が入ってきた。
 青く澄み渡った空。鳥になりたかった。できるなら自由になりたかった。呪縛から解き
放たれ、幸せを感じたかった。愛されたかった。生きたかった。視界がぼやけた。涙が溢れ
ていた。手を伸ばしたが、空は掴めなかった。何も掴めなかった。自分の生きる道すらも。

 何度目かの静寂。
 時間の流れなど、忘却の彼方に忘れ去られた。消えゆく意識に最後の奇跡を見た。

 …あぁ、空が落ちてくる。
 “哲学の塔”は、そいつに死を宣告した。


 時は遡り、その1時間前。
 午後の科目も終わり、講堂から生徒たちが、吐き出されている。彼もまた同じく、その
波に乗ろうと歩き出した時、誰かに腕を掴まれた。
 マシュー・ハワースが驚いて振り返ると、そこにはインド衣装を着たあの美少女が笑
顔で立っていた。占い師の娘、エリ・マーリンだ。少し焼けた褐色の細い腕には、いくつも
の装飾品がつけられていた。彼女のその独特な衣装から剥き出された健康的な細長い足
に気づき、マシューは慌てて視線を上げる。
 その視線の先には、真っ黒な澄んだ瞳が輝いていた。深く刻まれた二重の目尻に、笑顔
でつくられたしわが重なる。端正な顔立ちの美少女。その肌もとても美しかった。今まで
見せたことのないエリの笑顔に、マシューの胸の鼓動は早まった。
 エリは、頭に巻いていた衣装の一部を外す。すると、流れるように美しい滑らかな黒髪
が現れた。腰まである長い髪は、風になびいている。両耳につけた金色の細長い装飾され
たピアスが揺れる。
「私は極度の人見知りなの。でも、あなたには最後に一言だけ、言いたくて」
 少し頬を紅潮させながら恥ずかしそうに話すエリに、マシューの心は完全に奪われた。
「な…何でしょう?…ん?最後?」
「ありがとう。」
「え?」
 マシューはキョトンとしていた。ありがとうと言われる覚えが無かったからだ。思え
ば、まともに話した記憶さえ無かった。
「初めて会った時、“哲学の塔”の前で、私は罵声を浴びていた。とても傷ついていたの」
 マシューは思い出した。群集から言われもない罵声を浴びていたあの時。
「あの時、あなたは私をかばってくれた。“やめろよ!なんでそんな事言うんだ!”って」
 マシューは、恥ずかしくなり俯いた。
「いや…あの時は、何だか胸糞が悪くなっちゃって、柄にもなく…」
「嬉しかった。初めて誰かに助けてもらえて。もっと…」
 エリの頬を涙が伝う。
「もっと早く…出会えていたら…」
「エリさん?」
 エリは涙を拭っていた。マシューは胸に辛い気持ちが込み上げてきた。エリ・マーリン
が、その出生のせいで、どれだけ苦しんできたかを、その一筋の涙が物語っていた。
 なぜか、アリスの姿が午後からずっと見当たらなかったので、エリと話すチャンスが
舞い降りてきたのだと思うと、少し神に感謝した。
「エリさん、僕で良かったら、相談にのるよ。その、ただの留学生だけど」
「本当に!嬉しい!」
エリの顔に笑顔が戻った。それは先程の社交的なそれではなく、本来の自然な笑顔。

 マシューと、エリは、並んでキャンパスを歩いていた。
「怪我、大丈夫?背中にナイフが刺さってたけど…大丈夫、で済む問題でもないか」
 マシューの気遣いに、エリは笑顔で答えた。
「あぁ、気にしない。傷が浅かったから、平気よ」
 エリは、すごくかわいいウィンクを投げてきた。
 マシューの全身には、意識を失いそうなくらいの熱が駆け回り、顔が真っ赤になって
いた。
 間近で見ると、なんて綺麗な顔立ちをしているのだろうと、横目でマジマジ見ていた。
でも、不思議な美少女の、本当の心の内は、マシューには読めなかった。
「幼い頃から」
「?」
「幼い頃から、母ユーリ・マーリンから、呪術や魔術を学んできた私は、自然と他の子とは
 遊ばなくなって、どうやって人と関わっていけばいいのかも、分からなかった。」
 黙って聞いていたマシューは、自分の事も少し話した。ロンドンに来て、自分の事を話
すのは初めてかもしれない、と、ふと思った。
 心の内を話し合える人なんていなかったかもしれない。エリは、自分と似ていた。彼女
と居る空間はとても落ち着いた。
「僕は、ずっと超常現象なんて信じて来なかった。でも、物事を自分の小さな物差しだけ
 で推し量るのはやめようかと思う。世の中は不思議で溢れている」
 エリはそれを聞いて、笑っていた。ロンドンに来て成長したね、と舌を出して笑ってい
た。無邪気な彼女を見ていると、本当に、ただの普通の優しい女性だと理解できた。
「私はずっと絶望に押し潰されそうだった。孤独の中で、いつ死んでもいいと思って生き
 てきたの。早く自由になりたかった」
 そんな暗い表情をするエリに、マシューは何気なく言った。
「僕が居るよ、ここに。負けそうになったらいつでもおいでよ」
 他人の人生を変えるのは、いつも何気ない言葉だ。人の心を救うのも、いつも何気ない
言葉だ。人の心を傷つけるのでさえ、いつも何気ない言葉だった。
 エリは弱々しく囁いた。その言葉はマシューには聞き取れなかった。
「出会ってしまった…あなたと…生きたいと…願ってしまった、最後の最後に」
 すると、エリは、意を決したようにマシューに告げた。
「あの…私と付き合ってくれませんか?」
「ええ!」マシューは馬鹿みたいな格好で驚き、赤面した。
 エリは、キョトンとしていた。ただ、友達になってほしいという初めての申し出。
「い…良いですよ、良いですけど、僕で良いんですか?」
「うん。私、友達いないから。ありがとう、教授の用事、一緒に手伝ってもらって」
 マシューは恋の告白と勘違いしていた。完全なる単独事故だった。

 きっとそんな事だろうと、思ったマシューは、車椅子の老人と、一緒に30分ほど居た。
特に会話もなく、マシューは、その車椅子の老人、神学の教授、サイロン・ピッツァーノの
車椅子を押して、彼を研究室に連れて行く途中だった。
「すまんな。いつもはエリに頼んでいるのだが、何か用事があるらしく」
「あ、いっすよ、別に」
 マシューは愛想無い返事をした。
「君は、不愉快な男だな、さすが、クリス教授の教え子、マナーがない」
 それは関係ないだろうと、ムッとしたが、少ししょげていたので、何も考えなかった。
 当の本人、エリは、会う人が居ると行って、嬉しそうに出ていった。
 友達が居ないと言っていたから、きっと彼氏だろう。くそっ。
 でも、僕は初めての友達な訳で、喜ぶべきなのか?
 マシューは小さくちぇっ、と言った。
「何だか君は機嫌が悪いようだな。こっちまで気分が悪くなってきたよ。
 あの子は、エリは、もっと優しく良い子だっていうのに」
「エリさん、やっぱり良い人なんですね。魔女の血をひくなどと、散々言われて…」
「可哀想か?彼女はそれがトラウマになって、人に心を開かないんだ。私と、そうだな、
 マーク・サイモン以外は」
「マーク・サイモン?」
 そう言えば、以前、マークは、自分をサイモン・マーリンと言っていた。
 そして、エリに抱きしめられて、くそ、何だかまたムカムカしてきた。
 車椅子をわなわなと揺らしていると、サイロン教授が怒ってきた。
「何なのだね、君は?さっきから。ブツブツと…彼らは血の繋がらない兄弟だ。
 サイモンは、エリのたったひとりの弟だよ。サイモンは、母、ユーリ・マーリンを恐れて
 決して自分の本名を名乗らないがね。だから、彼は何度も偽りの名を口にする」
 マシューは立ち止まった。
「どうした?」サイロンが振り返る。
「何だか複雑ですね。僕は、そんな事も知らずに、彼らを奇人扱いしてしまった」
 マシューはうつむいた。
「仕方ないことだ。物事の表面しか君はまだ見えていなかったという事だよ。
 世の中には常に、光と影がある。勿論この私にも、裏はある」
 意味深なその言葉に、マシューは首をかしげた。
「君は、表の私を知っている。神を信じるクリスチャンで、神を教える教授だと。
 私は、神など信じた事は一度も無い」
「ええ!ど…どういう意味ですか?」
 サイロンのそのカミングアウトに、マシューは驚いた。
「私があの、“重力に逆らって浮上するリンゴ”を目撃した無神論者の少年なんだ。」

 校舎の地下の随分奥の奥に、神学者サイロン・ピッツァーノ教授の神聖な研究室があ
り、日夜、信じる神について考え、神と交信していた、形跡はまるでなかったかのように
そこら辺りに食べかけのお菓子の袋、ペットボトルが転がっており、その整頓された、
ほとんど何もない空間に、彼らは居た。
 周りの惨状など気にも留めずに、熱心にオカルト話に議論する2人が居た。
 その姿を見たマシューはまず、呆れかえり、その散らかした光景を見たサイロン教授
は怒り狂い、死ねだの、クズ野郎だの、神の前で暴言を吐きまくり、大変だった。
 部屋を散らかしたクリス叔父さんと、アリスは、多分反省していた。
「クリス教授、貴方もそうだが、貴方の教え子もまた、無知で愚かなり、だ」
 サイロン教授はトドメを刺した。
 すると、クリス叔父さんは笑顔で謝っていた。
「恐らく貴方には、反省という言葉がないのだろうね」
 その憤慨するサイロン教授と、ニコニコ謝るクリス叔父さんを見ながら、マシューは
苦笑した。
 すると、アリスがマシューの背中を突っつき、
「残念でしたな旦那、あのインドの美女とデートで・き・な・く・て!」
 思いっきり足を踏んできた。
「痛い!君、昨日から可笑しいよ。はは、インド美女にやけに敏感で…」
 アリスは、フンっとそっぽを向いた。マシューはさっぱり、と肩をすくめた。
「相変わらず、可笑しな連中だ」
 ずっと気づかなかったのだが、部屋の片隅で煙草を吹かしながら、偉そうに壁にもた
れかかり、腕を組んでいる私立探偵ウィザード・ドイルが居た。
「い…いたんですか?」
 私立探偵ドイルは、心外だな、と顔をしかめていた。
「あ、幽霊探偵、そりゃ気づかないよ!あははは」アリスが馬鹿にしたように笑うと、
「お褒めの言葉ありがとう、お譲ちゃん。探偵として、幽霊のように忍び、事件の真相を暴
 くというのは、誇るべき所業なのでね」
 ドイルは余裕の表情で、笑った。
「君は、昔から幽霊のような探偵だと、評判だったからね、ウィザード・ドイル」
 そのクリス叔父さんの言葉に、不敵な笑みを浮かべるドイル。
「久しぶりだな、元私立探偵クリス・グリーンウィッチ。今は子供のおもりかな?」
 ふたりは微妙な表情で、見つめあっていた。複雑な瞳の中の感情を隠して。
「おい、君、ここは禁煙だ。よそでやってくれないか?」
 その様子を伺っていたサイロン教授がハエを追い払うように、手で仕草した。
「ちょうどいい、じいさん、あんた、“哲学の塔”に出てくる迷信の無神論者のガキだろ?」
 すごく大雑把なその問いに、サイロンの表情は怒った。
「煙草はよそでやってくれ、と言ったはずだ」
「煙草?どうでもいい。じいさん、あんたこの事件の犯人か?」
 クリスはおいおいと、ドイルをなだめた。アリスは興味津々に聞いていた。
「私がその無神論者になった少年だったら、何なんだね?」
「あんたが見た“リンゴ”も、“落ちてくる空”もまやかしだ!詐欺師め!」
 辺りは騒然とした。サイロン教授の怒りは頂点に達した。
「何たる暴言、人に非ず、ウィザード・ドイル!」
「真相が知りたい、この事件の!解けるなら、悪魔にだって魂を売ってやる!」
 クリス叔父さんが慌てて止めに入るが、ドイルは止まらない。
「身元不明の6人の男女の落下死体。8年前に消えた“ハイドパークの亡霊”の被害者だっ
 て話じゃないか!それが、時を越えて、空から落下してくる!この、災い!
 どれだけの冒涜だ!人に非ずはどっちだ!この“哲学の塔”は何なんだ!」
 一気に捲くし立てると、ドイルは煙草の煙をゆっくり吐いた。その白い煙が天井に向
かって伸びていく。
 辺りは静まり返った。
 “ハイドパークの亡霊”事件。それが、この事件の発端なのか?
 一体どんな事件があったんだろう?
「あの…」
 マシューが何か言おうとすると、サイロン教授が一言放った。
「あの男は本当に死んだのか?」
 あの男、銀色の奇術師ロッド・シルバーフィールド。
 確かに死体を確認した。あの生々しい落下死体の惨状。そして、死亡を確認していたク
ローバー警部。
「確かに死んでいた。あの時点ではな。だが一夜で死体は忽然と消えた」
 ドイルが静かに答えた。あれが本当にマジックショーの一部なら、僕はあの男にはめ
られた事になる。
 そして、塔から忽然と消えたのは彼だけじゃなく、ロズウェル・アンダーソンもだ。
 なんだか、奇妙な事件だ。
 身元不明の落下死体だって、誰かが確実に確認したのか?ただの噂なのか?
 本当の死人が出ないと、信憑性に欠ける。
 マシューの中で、恐ろしい答えが出た。
 駄目だ、駄目だ。人が死んではいけない。うん、平和が一番だ。
 その時、電話が鳴り、サイロン教授は、ボタンを押した。スピーカーモードになり、部屋
中にその声は響いた。そして悲劇は起きた。
「どちらさんかな?」
『…空が落ちてくる…本当に…落ちてくる…』
 その声は、さっきまで元気にマシューと話していた、エリ・マーリンだった。
 サイロン教授はゆっくりと、冷や汗をかきながら言った。
「落ち着きなさい!祈りを!…君は、神を信じるか?」
 私立探偵ドイルは、馬鹿げている、と割り込む。
「そんな事より、君、今どこに居るんだ?“哲学の塔”か?」
 エリは聞こえていないのか、それには応じない。
 もう虫の息だ。
「…見えない…神など…」
「いけない!その塔で神を冒涜しては…!」
 その後、彼女の声は途切れ、スピーカーから流れていた電話は切れた。
 その場に居合わせた誰もが、彼女の死を予感した。
「神の裁きがくだった。無神論者が哲学の塔で死んでいく…」
 サイロン教授は、車椅子を動かしながら頭を抱えていた。
 僕は、ただ立ち尽くしていた。ただの興味本位で「屋上の落下死体」の謎に挑んだばか
りに、もう後には戻れなくなっていた。
 隣に居たアリスもクリス叔父さんも、ただ僕のほうを見て、困惑していた。
 すると様子を伺っていた私立探偵のウィザード・ドイルが立ち上がり、駆け出した。
「とにかく哲学の塔に!彼女の安否はその後だ!」
 2人も駆け出した。車椅子の教授は、先に行ってくれと促し警備室に電話を入れていた。
 そして僕は例のごとく、人目をはばかり、“例の禁断の書”を右手に掴んで駆け出した。
その瞬間、スピーカーの機械音が鳴り響き、再び、エリの声が響き渡った。
「…生きたい…」
「エリさん!」
 マシューはすぐに部屋に戻り、そして叫んでいた。
「生きたい…私、まだ…」
 マシューは声にならない嗚咽をもらし、その場に崩れ落ちた。
「せっかく仲良くなれたのに…初めての友達ができたんじゃなかったのかよ!」
「……」
 スピーカーの向こうで、エリは泣いていた。
 全ては遅過ぎた。過ぎ去った日々に、後悔の風が吹く。
「…ありがとう」
 その言葉を最後に、完全にエリの声は消えた。命の灯火は残酷に奪い去られた。
「…あんまりだ。神よ!僕の友に、あんまりの仕打ちじゃないか!」
 マシューのその言葉は無神論者になった少年と同じだった。その姿を扉の外から心配
そうにアリスが覗いていた。慰められる言葉もみつからず、ただ、立ち尽くしていた。
 もっとも悲しい事件は、マシューの心を切り刻んだ。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

哲学の塔〜改〜 更新情報

哲学の塔〜改〜のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。