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哲学の塔〜改〜コミュの第2章〜奇術建築家ルルー〜

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「ロッド・シルバーフィールドの死体が消えた?」
 朝からそんな話題にはしゃぐアリスに、マシューは興味なさそうに聞き返した。
 隣には、その内容のグロテスクさに顔を青くするクリス叔父さんと、何事かと他人事
のように聞いているクリスティーヌが歩いていた。
 いつものように、彼らは名門セリヌウィッチ大学に向かっている途中だった。
 ただ、違っていたのは、昨日、この学園にある“哲学の塔”で殺人事件が起きたという事
実だけだった。
 昨日の事件を愉快に話すアリスの姿を、眺めていると、誰かがマシューの顔面に卵を
ぶつけてきた。マシューは小さな悲鳴をあげた。
「わ!マシュー!」アリスが叫ぶ。
 学生の人だかりの中から誰かが叫んだ。優等生の群れからだ。
「人殺し!」
 誰が叫んだか分からないが、優等生たちが、白い目でマシューとアリスを見ていた。
 気味の悪い光景だった。
 アリスがその誰かに何かを言おうとした時、オカルト生徒の群れからも罵声が飛んだ。
どうやら、昨日の殺人事件に、僕とアリスが関わっていたせいで、変な噂が流れているら
しい。優等生の群れからも、オカルト生徒の群れからも、異端児扱いされてしまった。
 マシューはこれからの留学生活を考えて溜め息が出た。
 するとクリスティーヌが、マシューの卵だらけの顔を拭いてくれた。
「ありがとう。でも、僕に関わると君まで変な目で見られちゃうよ?」
 するとクリスティーヌは珍しく、怒ったように言った。
「何が正しいかはわたくしが決めますわ!群れに隠れてこそこそと、卵を投げたり、悪口
 を言ったり、許せませんわ!」
 その意外な一面にマシューは驚いた。クリスティーヌは、いつもは優しい、おっとりし
た子だが、なかなか芯が据わっているのでは?とマシューは関心した。
 するとクリス叔父さんも言った。
「マシュー君。気にしてはいけない。これが人間なのだ。君は正しい道を歩きなさい。
 もはや、この学園に正しい道など、あるかどうか…どれ、確かめてみよう!」
 そう言うと、クリス叔父さんは前に進み出て、叫んだ。
「さぁ、今、卵を投げた生徒は出てきなさい!」
 優等生の群れは、静まり返った。誰も名乗り出て来ない。
「…呆れたな」クリス叔父さんが視線をそらそうとすると、群集から誰かが叫んだ。
 低く、大きなノイズのような声で。ロックミュージシャンが、アンプから大音量の歪ん
だ音を掻き鳴らすように。
「俺じゃ!俺が卵を投げつけた!ドム・ウィンブルドンだ!」
 そう言った生徒は、群集を掻き分け現れた。
 赤毛のツンツンと逆立ちさせたロックミュージシャンのような姿の青年。蒼い瞳をギ
ラギラと輝かせて、腕を組んで仁王立ちしていた。黒い皮ジャンを羽織り、黒いタイトな
ジーンスに、黒いブーツ。優等生には似つかわしくない、格好だった。
「これは驚いた。あのドム君か。優等生組の問題児、ドム・ウィンブルドン」
 クリス叔父さんはなぜか嬉しそうに、言った。
「マシュー君、良かったね、彼にちょっかいを出されて」
 マシューはキョトンとしていた。なぜ卵をぶつけられて良かったのか、理解できなか
った。
 すると、ドムと名乗る問題児は、語気を強めて言ってきた。
「おい!人殺し!」
「な…ぼ、僕は人殺しじゃない!心外だ!」
 マシューはムキになって叫んでいた。
「あ!名前知らないから人殺しって呼んでるんだ!おい、人殺し!」
 マシューは頭に血が昇るのを感じた。
 その様子をクリス叔父さんは、微笑んで見守っていた。
「僕は、マシュー・ハワースだ!断じて人殺しなんかじゃない!」
 ひゅ〜!
 すると、ドムは口笛を鳴らしニヤニヤしながら、手を叩いていた。
 辺りの生徒が口々にマシューの名前を口にしていた。
 一気に有名人になってしまった。
「マシュー!お前は目立ちたがり屋か!そんな自分の名前を叫ぶわ、事件に首突っ込む
 わ!これでこの学園のみんながお前の存在を知ったぞ!良かったな、留学生!」
 マシューは真っ赤になり、恥ずかしいや、頭にくるわで、うなだれていた。
 言うだけ言って、ドムは、飽きたようにその場を去って行った。
「良かったね、新しい友達が出来て」
 クリス叔父さんが笑って言ったので、マシューはムッとして返した。
「何なんですかあの人!僕は挑発に乗ってしまった…」
 肩を落とすマシューに、クリス叔父さんは付け加えた。
「彼は天才だ。そして、君と同じ留学生。彼の存在はきっと君の助けになるはず」
 クリス叔父さんの言っている意味が分からなかったが、マシューは無理矢理納得した。
「でも、あの態度、頭にくるね!私は嫌い!」アリスがプイっとそっぽを向いた。
 クリス叔父さんはニッコリしながらその光景を見ていた。
 ふと、マシューは何かを忘れている気がしたが、思い出せなかった。
 昨日は、クリス叔父さんたちと食事をして、そのまま疲れて眠ってしまい、朝起きて、
優雅にブレックファーストに舌鼓をうち、いつものように登校してきた。
 その過程で、何か大切な事を忘れているような…。

 珍しく晴れた青い空の下、薄暗い森にひっそりと佇むゴシック建築の灰色の校舎郡。
その不気味な光景の中、場違いな程、煌びやかに存在するヴィクトリア朝建築の講堂。
その講堂の一番後ろのいつもの定位置に、マシュー・ハワースとアリス・ブラックウェル
は座っていた。いつものように。
 アリスは、クリス叔父さんが執筆して賛否両論の嵐を巻き起こした著書“馬鹿にも効
く怪談”を熱心に読んでいた。
 そしてふいに、なぜか付け髭にパイプをくわえながら、聞いてきた。
「う〜む。やはり、屋上の落下死体の謎は書かれていないらしいな、ワトソン君」
「え?ワト…?アリス、それは探偵の本じゃなく、怪談の本でしょ?」
 すると、アリスは怒ってきた。
「私は、アリスではなく、シャーロック・ホームズだ!けしからん!」
「もう…また始まった。いつから探偵になったの?」
 そんなふたりの意味の分からないやり取りが続いていると、クリス叔父さんが壇上に
姿を現した。すると、ふわっと彼の背中から何かが宙に舞った。
 鮮やかな蝶だった。
「あぁ!僕の可憐な妖精が逃げた!」
 訳の分からない事をわめきながら慌てて蝶を掴もうと、クリス叔父さんがジャンプを
すると、着地した瞬間に、椅子の背もたれに股間を強打し、壇上をのたうち廻っていた。
講堂中が爆笑の渦に包まれた。
 マシューは呆れて溜め息をついた。
「全くあの人は…いつもだけど。娘のクリスティンが見たらどう思うか…」
「まぁ!」
「そう、まぁ!って言って口に掌をあてて…ん?」
 マシューが背後を振り返ると、そこにクリスティーヌが、掌を口にあてて笑っていた。
「あれ!クリスティン!」
 アリスも気づき、喜びながらクリスティーヌをハグする。なぜか珍しくクリス叔父さ
んの講義中に娘のクリスティーヌが来ていた。彼女は金色のカールがかった長い髪を揺
らせながら、柔らかな表情で微笑んでいた。顔立ちの整ったクリスティーヌの笑顔はこ
の世の者とは思えない神々しさがあった。
 しかし、優等生組の人間が、オカルトエリアに立ち入る事は暗黙のルールでタブーに
なっていた。逆もまた然り。その定説を見事に破った彼女は自由以外の何者でもない。
「クリスティン、君がここに来るなんて珍しいね」
 マシューのその言葉に、クリスティーヌは怪訝な顔になり、溜め息をついた。
「どうしたの?」
「実は、招かれざるお客様をお連れしたんですわ。」
 すると突然、講堂中がざわめいた。
「レディース!アンド!ジェントルマン!」
 歓声が巻き起こる。
 いつの間にか壇上には、銀色のスーツに身を纏った、銀色の髪をした人物が背中を向
け、佇んでいた。
「そんな…馬鹿な!」
 マシューは叫んでいた。死んだはずの奇術師、ロッド・シルバーフィールドが、今、壇上
に現れたのだ。
 その銀色の人物が、銀色のカツラを外し、放り投げながら振り返った。講堂中からブー
イングの嵐が巻き起こる。
 そこに居たのは、奇人の中の奇人、マーク・サイモンだった。
「銀色の旦那に、ご冥福を。なんちゃってマーク・サイモンでーーす!」
 銀色のスーツを脱ぎ捨て、彼は叫んだ。
「なんて…不謹慎な人なんだ」
 例え相手があの奇術師であれ、死んだ人間に対しての侮辱だとマシューは思った。
 しかし、マーク・サイモンの次の言葉で、講堂中は、困惑の色に塗り替えられた。
「諸君、本当に奇術師ロッド・シルバーフィールドは死んだのか?
 死体は今朝、消えたらしいではないか」
 マシューは固唾を飲んだ。
「そしてここが重要!まず彼の死体を直接発見した人間は、たったの4人しかいない。
 クローバー警部、私立探偵ウィザード・ドイル。
 そして…」
 マーク・サイモンは、講堂の一番後ろに座っているマシュー・ハワースと、アリス・ブラ
ックウェルを指差し、力強く言い放った。
「君たちだけだ!」
 皆の視線が一斉に集まる。敵意や疑惑の視線を感じた。居心地の悪さを感じた。
「そして僕は伝えたい。“哲学の塔”を登っていた時に、地震が起きていた事を。このイギ
 リスで地震が起きていたという不可思議で、不吉な予兆を!」
 講堂中は、恐怖におののいていた。
「そして僕は知りたい。“奇術建築家ルルー”の残した謎を。その謎を解き明かすまで、僕
 は謎めいた建築物に登ることを絶対に辞めない!」
「奇術建築家ルルー?」
 マシューは呟いていた。それに丁寧に答えるクリスティーヌ。
「ある奇術師のために、世界各国で極秘裏にトリック建築を創っていた人物ですわ」
 そして最後に、マークは自信ありげに告げた。
「そして僕は、あの塔の密室の謎の手がかりをみつけた!」
 誰もがその言葉に驚いていた。

「あの人は恐らく、人とは全く違う感性を持っている。そして、まるで違った視点でこの
 世界を見ている。きっと、最後にこの難解不落な事件の謎を解く、キーパーソンになり
 える可能性がある、ですわ。」
 クリスティーヌは、いつもと違う雰囲気を放ち、真剣な表情で語っているかと思うと
我に返ったように最後は微笑んでいた。マシューはそのただならぬ雰囲気をたまに放つ
クリスティーヌに少し恐怖を感じていた。恐ろしい獣が、彼女の中では眠っているので
はないかという、恐怖が。
 すると、アリスは静かに本を閉じ、ゆっくりと告げた。
「屋上の落下死体の犯人がわかった」
「え?」
 マシューは呆気にとられた。
「犯人は、妖精よ!」
 アリスの自信ありげに輝く瞳を見つめながら、マシューは返事をした。
「へぇ、そうなんだ…」
「そうよ!妖精の大群が、ロッド・シルバーフィールドの身体を空高くまで持ち上げ…」
 アリスは、拳を落下させる仕草をしながら続けた。
「落下させた!」
「まぁ!」
 クリスティーヌは驚いて、掌を口にあてていた。
「そして妖精の道を渡って、ロズウェル・アンダーソンは無事に密室の屋上を脱出。
 妖精の大群の羽ばたきが振動を生み、“哲学の塔”を揺らしたの!それが地震の正体な
 訳よ!さすがっしょ!私!」
「へぇ、でも妖精なんて居ないよアリス。ははは。」
 マシューがおかしく笑うと、アリスは力強く足を踏みつけてきた。
「痛い!何するの!」
「居るわよ!さっきクリス教授の背中から宙に舞ってたじゃない、妖精!」
 マシューは、笑いながら答えた。
「君も可笑しな子だね。あれは蝶だよ。」
 抵抗しようとするアリスは目に涙を浮かべながら、真っ赤になって怒っていた。
「マシューの…ばかぁぁああ!」
「えええぇぇぇ!」
 有無を言わず、講堂から走って出て行った友人、アリス・ブラックウェルの姿を眺めな
がら、マシューは理解不能の状態に陥っていた。
「何がいけなかったのかな?妖精なんかいないのに…妖精なんか…」
「アリスちゃんは、おとぎの国のアリスなのですわよ。理解してあげ…ましゅ〜ぅ?」
「妖精に返事をするのを忘れてたぁぁ!」マシューは駆け出した。
「あらまぁ、ふたりともお子様ですこと。ほほほ。」
 貴婦人のように笑いながら、クリスティーヌは、椅子に座った。
「親愛なる親友、クリスの美しき娘よ」
 クリスティーヌが振り返ると、いつの間にか壁にもたれ、煙草の煙を吐き出している
私立探偵ウィザード・ドイルが居た。
「あらドイルさん。こんにちわ」
「どうも。しかしいつ見ても美しい」
ドイルとクリスティーヌの視線が重なる。
「まぁ!女性にはお優しいのですね、紳士ですこと」
「真実ですから。まるで、クリスの本当の娘ではないような…これは失礼」
 その失言を、まるで気にしていないようにクリスティーヌは続けた。
「犯人は妖精だと、友人が言っておりましたわ」
「ほう、それはたくましい想像力だ。助手としてスカウトしよう」
 クリスティーヌは微笑んでいた。
「しかし時に、その想像力は推理で役立つことがある。妖精ではなく、風船だと仮定しよ
 う。時限装置のように割れる仕組みを作り、塔の屋上で奇術師の死体と、そして屋上か
 ら落下してきた品々、それらが時間になったら落ちるように仕掛けておくのだ。」
 クリスティーヌは頷いていた。
「ロズウェル・アンダーソンが仕掛けたのですか?」
 ドイルは肩をすくめた。
「まさか、彼にそんな時間はない。死んだ奇術師自身が仕掛けたのだ。」
 クリスティーヌは驚きの表情をしていた。
「だがしかし、割れた風船の残骸はどこにも無かった。割れる音も聞こえなかった。そし
 てそんな大量の風船を用意するにはリスクが高い。
 マークの言うように塔そのものに仕掛けがあるなら、ロズウェルの脱出経路の発見も
 時間の問題」
「そして“奇術建築家ルルー”の作品」
 クリスティーヌのその言葉に呼応するように答える。
「だとしたら、“哲学の塔”はトリックタワーか。おもしろくなってきた」
 ドイルは、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「本当に謎がお好きなのですね」
「探偵だからね。君の“父親”と同じく…」
 ドイルは不敵に笑うと、その場を去っていった。煙草の白い煙だけが残る。
 クリスティーヌは、壇上に立つ父親クリスを見つめていた。
「パパ…」
 その表情はとても複雑だった。


『ごめんね』
 講堂での、妖精の一件を聞いた瞬間、昨日の出来事と、この奇妙な本の事を思い出した
マシューは、外のキャンパスのヒースの丘に腰掛け、また交信を試みていた。
「おかしいな。やっぱり昨日は疲れていたんだな…妖精なんてやっぱり居ない」
 そう言って、本を閉じようとすると、さっき綴った言葉が白地に消え、新しい言葉がゆ
っくりと現れた。
『馬鹿で、字が汚く、横暴で、最低の…君』
「な…何なんだよ!」
『忘れていたのか?私の存在を?
 マシュー、君は物忘れも激しいアホなのか?』
「このトリックノートは兵器だな。言葉の兵器。これを作った人は、さぞ性格が悪かった
 んだな。可哀想に」
 マシューはめげずに書き込んだ。この理不尽で、不可解な謎のノートに言葉を綴る。
『昨日は、色々あり過ぎて疲れていたんだ』
『色々?』
『そう、色々』
 不思議な事に、この妙な妖精との交信をしているうちに、マシューはだんだんと楽し
くなってきた。すっかり迷信に対する抵抗心みたいなものが取り除けられ、子供の頃に
あった好奇心だけがそこにあった。
 マシューは生まれて初めて、自分には理解不能な出来事を受け入れてみた。子供の頃、
何でも信じて目を輝かせていた自分が、今では何からも盲目になり、現実的という逃げ
道をつくり、避けてきただけなのかもしれない。
「アリスには、酷い事を言ったな。妖精なんて居ないなんて…今頃拗ねてるかな」
 そんな事を考えていると、その妖精から返事が書かれていた。
『色々って何だ?』
『だから、色々』
 煮えを切らしたのか、本がかすかに、わなわなと怒って震えている気がした。突然ペー
ジに妖精のシルエットが現れ、地団駄を踏むように、ページの中を飛び回った。
「うわ!すごいな!生きているみたいだ!」
『そ・の・色々をこと細かく教えろ!
 私は言葉を通してでないと、何も分からないのだよ!』
「もう、めんどくさいな…」
 マシューはもともと、文章を書くのが得意だったこともあり。暇つぶしに、考えをまと
めるために、今までのあらすじを細かく書き出していった。この学園に留学してきた事、
事件の事、人物の事…
 ヒースの丘を風がうららかに流れる。
 30分を過ぎた頃だろうか、書き疲れたマシューはノートを地面に置き、自分自身もそ
こに寝転がった。奇妙なノートと、青年。その他にその空間には何もなかった。
 ふと、彼がノートに目をやると、新たな記述が綴られていた。
『“哲学の塔”は本当にひとつだけなのか?』
 その言葉の意味が理解できないでいると、新たに言葉が添えられる。
『私の博学な知識によると、
 “奇術建築家ルルー”は、必ず同じ建築物を同じ場所にふたつ作る
 その法則に従えば“哲学の塔”もふたつ存在する論理になる訳だが』
「どういう訳か、ひとつしか存在しない“哲学の塔”…か」
 マシューは続けて質問する。
『どうして同じ建築物をふたつも創るの?』
 マシューの書いた言葉が消え、妖精クロエの言葉が浮かび上がる。
『その理由は、誰にも分からない。だが、必要性があったのだよ、君
 ふたつ存在させなければならない理由があったのだ』
「ふーん、なるほど」
 しかし頭の中は、常になぜ?なぜ?の思考の繰り返しだ。塔を逆さに造形した理由も、
壁の異様な厚さも、そもそもなぜ、あの場所に“哲学の塔”があるのかも分からない。
 この世は、不思議だらけなのだ。マシューの常識は、ちっぽけな飾り物に過ぎない。
 すると、新たに注文が綴られていた。
『謎を記せ 解を示そう』
「謎?まるで探偵だな…」
 マシューは思い当たる謎を箇条書きした。それは好奇心を超える使命感のようなもの
なのかもしれない。知らず知らずに巻き込まれた事件。しかし、数少ない奇術師殺人の目
撃者のひとりだという自覚が、心を突き動かす。
 僕にはこの事件を説かなければならない義務がある。
 蒼い瞳を閉じると、マシューの頭の中に、鮮明に描き出されていくこれまでの情景。
 天井に浮かぶ赤い風船。
 怒られている男の子と、泣いている女の子。
 “哲学と魔術”と書かれた本を持った邦人の紳士。
 テムズ川に捨てられない思い出のノート。
 いつもの登校風景。
 荘厳とそびえ立つ“哲学の塔”。
 卵をぶつけてきた不良の青年。
 アリス・ブラックウェルの笑顔。
 奇術師の死体…
 マシューは、とっさに目を開き、現実に引き戻された。そして“謎”書き終えた。

 一陣の風が丘を吹き抜けていく。
「クロエ・W・ウィスパー、君に謎を記す」

『謎を記す
 ・“哲学の塔”の落下死体はどこから落ちてきたのか?
 ・重力に逆らって浮上するリンゴとは?
 ・ロズウェル・アンダーソンはどうやって塔の密室から消えた?
 ・ロッド・シルバーフィールドの死体はどこに消えた?
 ・僕が生きている意味って何だろう?』

 マシューが綴った言葉に折り重なるように、新たなる言葉が浮かび上がってきた。
 解が示された。

『解を示す
 ・落下死体は、上から落下する。この世は重力で支配されている。
 ・それは発想の逆転だよ、君。
 ・それがこの事件の大きなヒントだ。
 ・誰かが動かしたか、生き返ったか、だ。
 ・そんなものは知らん。自分で考えろ』

 即答で返ってきた解にマシューは、首をかしげたが、最後の質問がやけに冷たかった
のに、少し心が傷ついた。
「答えになっているような、なっていないような…うーん」
 すると、また言葉が浮かんできた。
『全ての見えない謎の解が、ひとつの真実を導き出す』
 またマシューは考え込んでしまった。
 どちらにせよ、事件の謎はクローバー警部か、私立探偵ウィザード・ドイルが解決する
だろうし、素人の僕がそこまで思い病む事でもない、か…だが。
 一度心に点いた炎は消えない。
 この高揚感は何だろう?
 何かが、自分の中で目覚めた感覚。5感を研ぎ澄ます意志。
 探求したいという欲求が、探求者としての使命がうずく。
「真実を知りたい」
 それは、この本を通して、或いは、ロンドンに来てからなのか、分からない。
 ただ、ひとつ言えることは、謎の妖精クロエ・W・ウィスパーと探求者。
 謎を記す青年と、解を示す本に住む言葉の妖精の奇妙なコンビが生まれたという事。

 おもむろに、マシューはある事を聞いた。
『君は信じる?この世に幽霊や魔術師、宇宙人が存在するって事』
 少ししてから、答えが返ってきた。
『それを私に聞くのか?野暮だな。
 存在するか、存在しないかを決めるのは、人間に委ねられた解だ』
「はは、確かに、野暮だ」
 マシューは、この世の不思議の欠片、本の中に存在する、言葉の妖精クロエ・W・ウィス
パーに深い関心を抱いた。今まで信じようともしなかった超常現象の数々。そのひとつ
が別世界から顔を覗かせて、マシューに語りかけてきている。
「僕は不思議に思う。今まで考えもしなかった。ここに来るまで。
 超常現象など、本当にそんなものが存在するのか?馬鹿馬鹿しいって…ね。
 でも違う。この世は謎だらけだ」
 チラッと本を見た。
 当然、言語化されていない、音声で発した言葉はクロエの耳には届いておらず、本は何
の反応も示さなかった。
「君も不思議だ。妖精なんて存在するのか?でも、ここに存在するんだよね。謎だよ。」
 マシューは、それを本の中に住む、妖精クロエにも分かるように、言語化してやること
にした。
『君は不思議な存在だ。君は存在しているの?』
 すると、書かれた言葉は音もなく消え、新しい言葉が現れる。
『君は鏡を覗き込んでいるのだよ、マシュー・ハワース。
 自分の心を映し出す鏡の世界をね』
 マシューはその言葉の意味をしばらく考えると、また言葉を綴る。
『君は僕の心の中の姿だってことかい?』
 本は、可笑しく笑うように、かすかにカタカタと震えた。笑う声の代わりに、近くの草
むらが風に揺れて、かさかさと音を奏でる。
『私の謎は、君が解きたまえ、探求者マシュー・ハワースよ』
 雲が流れた。青く澄んだ空に鳥が飛ぶ。
 ヒースの丘は、休むことなく続く風に揺れ、遠くの校舎から鐘の音が響き渡る。
 果てしなく広がる丘の草原を駆け抜ける馬たち。彼方の森に陽射しが射す。
 マシューは言葉を綴ると、立ち上がった。

「君の謎は、僕が解き明かすよ、クロエ」
『君の謎は、僕が解き明かすよ、クロエ』

 マシューは微笑んだ。君が最大の謎だ。クロエ・W・ウィスパー。

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