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哲学の塔〜改〜コミュの第1章〜ハイドパークの亡霊事件〜

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「とんだとばっちりだよ」
 オカルトエリアに位置する講堂は、3000人は入るほどの大きさで、映画館のように高
低差のある段になっており、壇上を囲むように円形に広がっていた。吹き抜けの天井の
ステンドグラスから陽光が差し込む。唯一、不気味な灰色の校舎郡が立ち並ぶオカルト
エリアで一際眩しく輝く建築物であった。レンガ色のその講堂だけが、隣の芝生、もとい
優秀な学生たちの居る秀才エリアに立ち並ぶのヴィクトリア朝建築と同じであった。
 マシューはクリス叔父さんの講義を仕方なく受けるために、講堂の一番後ろに座って
いた。隣には必要以上に接近して座っているアリス・ブラックウェルが居た。
「良いじゃん!タダであの有名なマジシャンのショーを最前列で拝めるんだよ?」
「納得いかない」
 マシューは口を尖らせて、溜め息をついた。
 2時間後には、あの塔に行き、可笑しな銀色の魔術師のマジックショーを見学しないと
いけないなんて。めんどくさい。しかもどうして僕が?
 マシューは、銀色の奇術師ロッドに渡された、塔の唯一の鍵を眺めていた。
「あの黒い髪の警部さん、塔の近くで待機して、監視してるみたいだよ。あのマジシャン
 を。疑い深い人よね?」
 アリスのその問いに、マシューは真顔で答えた。
「あの場に居た、全員が奇天烈な人たちばっかりだったからね」
 まるで世界中から奇人を寄せ集めた先程の光景を思い出し、また溜め息をつく。
「関わりたくないな、僕はただの留学生なんだから」
 ぼんやりと前の方の席を見ると、先程の騒ぎの時に見た、インド人衣装の学生がいた。
 確か、有名な占い師の娘で、魔女の血をひいているという噂の少女だと、アリスが言っ
ていた。そういう好奇心が、他人を傷つけることがあるという事を、彼女は認識していな
いのかな?マシューはちらりと、アリスの横顔を見て、もう一度インドの少女の後姿を
眺めた。
 エリ・マーリン。このクリス叔父さんの講義に出ているという事は、彼女もまた、迷信
を信じて生きている質なのだろうか?
「神妙な面持ちだな、少年」
 突然背後から声がして驚いて振り返ると、先程の奇人のひとり、私立探偵ウィザード・
ドイルが両手を組んで、偉そうに壁にもたれかけ、こちらを見るともせず、天井に視線を
仰ぎながら、煙草の煙を吐き出していた。
「奇人のひとり…ここは禁煙なんですけど?幽霊好き探偵さん」
 その嫌味な言い方に心外だな、という表情で、ドイルは答えた。
「喫煙は気にするな。誰も私の存在には気づいていない。幽霊はたとえ話だよ、少年」
「それは失礼しました。幽霊なんて、科学的に存在しないと僕も思います」
 その言葉にアリスは少しムっとしたようだ。
「ほう、さっきの馬鹿な連中とは少し勝手が違うようだな、君は。気に入った」
「同じ扱いをしないでください。心外なので。それより、さっき言っていた“哲学の塔”に
 住む幽霊って何なんですか?」
 1ヶ月前に起きた事件も、そしてこの“哲学の塔”の伝説も、数日前に留学してきたマシ
ューにはあまり理解できていなかったのだ。
 ゆっくりと、煙草の煙を吐き出しながら、ドイルは神妙な面持ちで答えた。
「知らん」
「えぇぇぇぇぇ!!」
 その素っ頓狂なマシューの叫び声に、講堂に居た学生たちが、一斉に振り返った。
「大きな声を出すな、少年!私が居る事がばれるだろ、アイツに!」
「アイツって?」
 講堂はまた、何事も無く、さっきと同じ光景にフェードインしていった。
「まぁ、よく知らない。そういった類の話は、あの男に聞け。イカレたオカルト馬鹿のクリ
 ス・グリーンウィッチにな。優秀な元私立探偵が、今では見る影もない、こんな可笑し
 な大学の教授か…」
 その言葉にマシューは驚いた。
「クリス叔父さんって、探偵だったの?」
 アリスも興味津々にその会話に聞き入っていた。
「クリス叔父さん?君、あのクリスの親戚か?はぁ、妙な縁だな」
 ドイルは何が可笑しいのか、ひとりでニヤニヤした後、マシューの方を見て、真剣な顔
で言った。
「クリスと私は古い友人でね、同業柄、よく絡んでいたよ。アイツは俺が唯一認める優秀
 な私立探偵だった。そう、あの“ハイドパークの亡霊”事件に遭遇するまでは…」
「ハイドパークの亡霊?」
「一般には知られていない、闇に葬られた、未解決の事件だ。首を突っ込まないほうが良
 い。彼の奥さんのように命を落とすことになる」
 クリス叔父さんの奥さんが8年前、何かの事件に巻き込まれて亡くなったのは知って
いた。それがその事件なのか?
「あの…」
「いけない。少々私はしゃべり過ぎてしまったようだ。アイツには言うなよ、クリスに」
 すると思い出したように、一言付け加えて、去っていった。
「少年、“禁じられたの言葉”には気をつけたまえよ。彼の奥さん、エヴァンも、その呪いに
 取り付かれて死んだ。彼女の常備していたノートに、尋常じゃない程文字が何度も重
 ねて書き殴られ、真っ黒になっているページがあった。そして別のページに一言…」
「“禁じられた言葉”?」
「“worLdz”と書かれていた。おっと、講義が始まる、私はもう行くよ」
 その私立探偵ウィザード・ドイルが、講堂から出て行くのと同時に、壇上近くにある裏
口から、クリス叔父さん、もとい、クリス教授が現れた。叔父さんはマシューとアリスの
姿をみつけると、ウィンクしてきて、壇上に上がる段につまづいた。
 ドッと講堂から笑いが沸き起こる。ほんとにこの人は…娘のクリスティーヌが見たら
どう思うか…まぁ、と、驚いて、掌を口にあて、笑っている姿が浮かんだ。
 きっとどうも思わないだろう。僕は苦笑した。
 その笑い溢れる講堂から、あのインド衣装の少女が血相を変えて、そそくさと後ろの
出口から出て行った。
「あれ?どうしたんだろう、あの子?」
 その声にアリスが少し嫌味な声で聞いてきた。
「やけに、妙に、目ざとく、気が利きますな、旦那。あのインドの美女に!」
 思いっきり足を踏まれたマシューは、叫びながら立ち上がった。
 するとそれに気づいたクリスがマイクを通して言ってきた。
「おや、マシュー・ハワース君、もうトイレかな?怖いこわ〜い話はこれからなのに?」
 講堂からまた笑い声が巻き起こった。
 マシューは恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしてその場に座り込んだ。
 アリスが嬉しそうな、いやらしい顔で言ってきた。
「おや、マシュー・ハワース君、怖いのかね?怪・談・話・が!」
「君ねぇ…」マシューは肩をすくめて溜め息をついた。
 落ち着きを取り戻した講堂で、クリスがゆっくりと語り始めた。突拍子もなく。
「またあの“哲学の塔”で人が死ぬかもしれないねぇ。怖い怖い。」
 講堂が一瞬シーンとなり、ざわついた。生徒がひとり挙手して、質問した。
「1ヶ月前に身元不明の男が塔の屋上で落下死体で発見されたって記事になってました
 が、実は過去にも同じ事件があったという噂は本当ですか?」
 クリスは感慨深く答えた。
「都市伝説を作り出す要素は、様々だが、1992年12月、身元不明の女性の落下死体が塔の
 屋上でみつかった。1993年2月…」
 次々と読み上げられる知られざる事実に、講堂は記者会見でもしているかのように、
言葉が飛び交った。
「これで6人目だよ、君たち。“哲学の塔”の屋上で、6人の落下死体がみつかった。この8年
 の間に。いずれもその謎は解けていない。
 この事件、最大の謎、人はどこから落下してきて死んだのか?
 この不可思議な事件がある都市伝説を生み出した。
 “重力に逆らって浮上するリンゴ”だよ、諸君」
「神になった哲学者と、無神論者になった少年!」誰かが叫んだ。
 クリスはゆっくりとその都市伝説、寓話を話し出した。


 初めに塔があった。塔は哲学者と共にあった。
 哲学者は神であった。少年は、その哲学者の言葉の全てを信じた。
 空が落ちてくると言えば信じ、リンゴが地上から重力に逆らって昇ってくると言えば
信じ、この世のあらゆる論理がこの塔で起こる事象には科学では証明できなかった。
 塔の屋上にはいつも哲学者が居り、空を眺めては哲学の世界に浸っていた。
 塔の外観は、天地逆の構造となっており、まるで万有引力の論理を覆すような魔術的
な建築物として存在していた。
 いつしか塔は“哲学の塔”と呼ばれた。
 哲学者はある日、少年に言った。
「友よ、この大いなる神秘の礎よ、この世には、解き明かしてはいけない事象もある。
 だがしかし友よ、古き友よ、その心に疑念の心を抱いてはいけない。神秘は神秘なる
 自然の叡智として受け入れなさい。神を冒涜してはいけない。
 君は神を信じるか?」
 少年は大きく頷いた。
「古き友よ、私はまもなく光となる。この世に生を受けてから常にわが身と共にありし
 影は消え、この肉体もただの器となり、その役目を終える時が来る」
 あの空の彼方から、神が迎えに来ると。それが別れの合図だと悟った。
 少年は嘆き悲しんだ。たったひとりの友達がこの地球上から消えるのだと泣いていた。
 哲学者はそっと少年を抱き寄せると、宇宙論を唱え、哲学の旅に連れていき、寄り道を
しては童話の世界に招き、また神の神秘、自然の叡智を諭した。
 少年にはそれが子守唄だった。大きく、太く、温かい哲学者の手が少年を包んでいた。
 月がふたりを照らし出し、悠久の歴史の流れの中に閉じ込めていた。開かずの間の先
にまだ幼い少年が見るにはあまりにも過酷な現実を忍ばせて、刻一刻と、その悪魔の懺
悔の瞬間は近づいていた。
 ある夜、いつものように少年が塔の入り口の前に来ると、塔の屋上が光り輝いていた。
 そして、塔の暗闇の中でリンゴがひとつ、天井に向かって上昇していた。
 少年は急に恐ろしくなり、入り口に駆け込むやいなや、屋上につながる螺旋階段を一
気に駆け上がっていった。リンゴよりも早く。
 でも時すでに遅かった。
 哲学者は仰向けの状態で死んでいたのだ。まるで空から落ちてきたように、身体が重
力と衝撃で押し潰され、肉体と血が屋上のそこら中に散らかっていた。
 でもそんな光景よりも何より、哲学者の表情は、いつものように凛々しく、穏やかだっ
た。その意味を悟れなかった少年は嘆いた。
「あんまりだ!神よ!僕の友に、あんまりの仕打ちじゃないか!」
『その者は罪を被った哲学者なのだ。その死をもって罪は洗われた』
 少年は神を憎んだ。その日から少年は無神論者となった。

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