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哲学の塔〜改〜コミュの第1章〜謎の奇術師〜

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 ロンドンに来て、4日目の朝。失恋の勢いで、日本を飛び出し、ロンドンに来てみたもの
の、何がある訳でもなく、ただ、この国の時間が流れているだけだった。
溜め息をつき、テムズ川沿いの手すりに膝をつき、向こう岸を眺めている青年がひとり。
まだ9月の半ばだというのに、少し肌寒い。秋の空気が流れていた。

 時は、2000年9月のある日。
 ロンドンを流れるテムズ川沿いに、その青年マシュー・ハワースはたたずんでいた。
 逃げるようにこの国の大学に留学してきた彼は、この数日を陰鬱な気分で過ごしてい
た。イギリス人の父と、日本人の母を持つ彼は、日本に生まれ、日本で21年間を過ごし、
今年初めてイギリスに訪れたのだ。英語は父のおかげで苦労はしないのだが、イギリス
独特の文化にはまだ慣れていなかった。
 そして住まいは、父の親戚のクリス叔父さんのところに居候することになり、当分は
生活に困ることはない。が、そのクリス叔父さんが問題だった。
 とんでもなくオカルト好きな、通称“仏のクリス”と言われる彼は怒ることは全くない
のだが、口を開けばオカルトの話を延々と語るので、その苦労が耐えない日々は続いた。
マシューはそういう類の話は信じていなかったし、すごく低俗なものだといつも非難し
ていたのだ。日本でもホラーや怪談話は話題になって若者の間でも受けていたが、彼に
はどうしても受け入れられなかったのである。そんな思考を中断する。
 おもむろにマシューは、彼女との思い出のノートをそっと取り出し、テムズ川に放り
投げる覚悟を決める。目を瞑り、歯を食いしばり、そして…
「あら、こんなところで何をなさっているの?ミスター・マシュゥ〜ウ!」
 イタリア語を話すように語尾を妙にメロディックに仕上げた声が聞こえてきた。
 テムズ川への思い出廃棄計画、4度目の阻止。
 その声の主は、クリスティーヌだ。
 振り返ると腰まであるカールがかった金髪を風になびかせる美少女が居た。
蒼い瞳を零れるようにキラキラさせて、何か包みを両手に抱えていた。慎重は150cmの
イギリス人にしては小柄で、スラリとしたスタイルに、ワイン色のベロアジャケットを
羽織り、短い黒い無地の絹素材のスカートをはためかせている。
 足元は、その格好に似つかわしく、くすんだブラウン色をした年代ものの革靴だった。
「クリスティン…もしかしてその靴、お父さんの靴じゃないか?」
 その答えに彼女は、ビックリした表情になり、あら、そうでしたわ、と言うように掌を
口に当てて上品に笑っていた。まるで貴族の娘のような雰囲気を漂わせていた。
 誰が見ても美少女の彼女は、何かが抜けていた。そして現実と何かがずれており、常識
がかなりずれていた。マシューは苦笑いした。
 彼女はとても優しく良い人なのだが、この独特な雰囲気に慣れないでいた。でも同じ
屋根の下で暮らす彼女とは、打ち解けないといけなかった。なぜなら…
 すると急ぎ足でこちらに駆け寄ってくる者がいた。
「ティー!わが娘ティーよ…はぁはぁ…足が…早くなったねぇ」
 息を切らしながら、口ひげを生やし、眼鏡をかけた品の良さそうな男が、ニコニコとし
ながら彼女の頭をよしよししていた。
 クリス叔父さんだ。
「クリス叔父さん、自分の娘をティーって…お茶って呼んでるんですか?」
 クリス叔父さんは愉快に笑いながら言った。
「そうだよ。お茶が大好物でねぇ。あぁ、僕がだよ、君。それで気づいたらそう呼ぶように
 なっていたのだ。そういえば君、君の大好物な“怪談話”を仕入れてきたよ!」
 マシューは怪訝な表情で答えた。
「いやっ…僕は全然怪談話なんか…」
 言いかけながらマシューは彼の足元を見て、唖然とした。
 三つボタンの紺色のスーツを身に纏い、金色のくせのある短髪を清潔に整えたクリス
叔父さんは、誰がどう見ても紳士なのだが、足元だけがおかしかった。若い娘が履くよう
な、レースのついた赤くてお洒落な丈の短いブーツをはいていたのだ。
 この親子。なぜかいつも、靴を履き間違えて外出してくるのだ。怪談より奇天烈だ。
「叔父さん、その靴、娘さんのじゃありませんか?」
 それに気づいたクリス叔父さんは、やっちゃったよ!あはは、と言うように、高々に笑
っていた。娘のクリスティーヌも先程のように上品に笑っていた。
 なんだかこの国に来て、僕はツッコミ役が多くなったなぁ、とマシューが途方に暮れ
ていると、クリスティーヌが顔を近づけてきた。
 マシューはたじろいだ。吐息が聞こえるほど近づいてきた。
「あの…何か?クリスティン?」
「…嵐が、来るぞ」
「え?…」
 クリスティーヌの表情からいつもの笑顔が消えていた。冷たい無表情な瞳に、低く地を
這うような声だった。彼女はたまに、いつも可笑しいのだが、たまに、冗談抜きに変にな
るのだ。クリス叔父さんは真面目な顔で言った。
「ティーには未来を予知する能力があるんだよ」
「…まさか、そんな」
 マシューが苦虫を押し潰すように笑いながら言った瞬間、誰かが後ろから彼の背中に
飛び蹴りをかましてきた。彼はその衝撃で地面に顔面から倒れた。
「よ!軟弱留学生で男でハーフで、…ええと、巻き毛!」
 マシューは顔と背中をさすりながらゆっくりと立ち上がり、相手を見た。
「アリス…ぼ、暴力女!」
 嵐が来た。
 クリス叔父さんが可笑しそうに言った。
「そらおいでなすった!ティーの予言が当たったねぇ」
 するとアリスは、興味津々に、好奇心に満ち溢れた表情で聞いていた。
「え!何?何?予言??どんな!どんな!」
 マシューは呆れたように首を横に振りながら教えてあげた。
「君が僕に飛び蹴りをかますだろう、って予言さ」
「えー!すごい!クリスティン!最高の占い師、クリスティン!」
 アリスは嬉しそうにはしゃいでいた。大方、クリスティンは僕の背後に走ってくるこ
の乱暴で大雑把なアイルランド人娘の姿をキャッチして、警告してくれたのだろう。
 僕が蹴飛ばされるのを見てみたいという好奇心と、危機を教えてあげなきゃという優
しさの葛藤の狭間で。マシューは苦笑した。
 アリス・ブラックウェルは、アイルランド人の娘だ。幼い頃にイギリスに移住してきて
ロンドン郊外に住んでいる。短髪の赤毛で、蒼い瞳。そしてそばかすの目立つ、美人とい
うよりも愛嬌のある少女だった。マシューと同じ学科の学生で、共通の科目が多かった
ため、仲良くなったのだが、ロンドンでの生活に馴染めない彼に、彼女なりのスキンシッ
プで気遣ってくれていた。7割はイジメのような扱いだったが。
 こうしてマシューの慣れないロンドン学園生活の1日は始まった。

 時同じくして、ロンドン郊外の名門大学キャンパス内。
 銀色のスーツに身を包んだ、肩まである銀色の髪の、端正な顔立ちをした男が両手を
後ろに組み、膝を少し曲げたような奇妙なポーズで立っていた。
そしてとある大きな塔を見上げていた。
窓ひとつない、円柱型のゴシック建築の塔の高さは77メートル、直径20メートルになる。
 そして天地逆の構造という奇妙な外観をした茶色いレンガ造りの塔。
 まるで空から逆さまの状態で垂直に落下してきたように、地面に突き刺さっていた。
 銀色の男は、常に錠をかけられた硬く頑丈な鉄の扉を、隣の黒髪の東欧出身だという
男に開けてもらうと、ゆっくりと中に入っていった。内部は空洞となっており、屋上に続
く螺旋階段が延々と天に向かって伸びている。その階段を登りきった先に、屋上へ入る
ためのアーチ型の口が開いている。屋上には腰程の高さの手すりだけがあり、他には何
もない空間だった。そして、そこから見える景色は、広いキャンパスに広がるヒースの公
園と散在する校舎。空を覆うロンドンの雲、それ以外にこの塔よりも高い建築物もなけ
れば、木々もなかった。
 一通り、“哲学の塔”を見学し終わると、満足そうな笑みを浮かべ、
「こんな最高の舞台はない。この塔でこれから起こる魔術的出来事で、君たちの腐りきっ
た常識を覆して差し上げましょう。ゆめゆめ、無駄な机上の空論説を唱えると良い。」
 今世紀最後の魔術師は、言い放った。
 すると周りに居る野次馬の学生たちから歓声が上がった。
「見ろよ!ロンドン屈指の奇術師ロッド・シルバーフィールドだ!」
「ここで何かするのかしら?」
「彼は、この時代の最後の本物の魔術師だって噂だよ!」
 口々に学生たちは、彼、ロッド・シルバーフィールドの噂話を繰り広げた。
 ロンドンでも有名な奇術師であり、その美貌と類稀な常識を超えたマジックショーに、
人々は彼を、今世紀最後の魔術師と崇めた。そして、本物の魔術師の生き残りなのだと。
 しかし、その素性は謎に包まれていた。
「神への冒涜だ!」
 その怒れる一声に、ざわめきは掻き消された。
 その声の主に、皆一声に振り返った。
 そこには車椅子に乗った白髪の老人が居た。彼は口元をわなわな震わせていた。イン
ドの衣装を身に纏った女学生が駆け寄って、言った。
「サイロン先生!研究室からは出ないでと、注意していたのに…」
 するとサイロン先生と言われた老人は、銀色の男に言い放った。
「この塔で神を侮辱したお主に、死の裁きが下るであろう」
 サイロン・ピッツァーノ。神学の名教授であり、崇高なクリスチャンであった。
 元々牧師であった彼は、幾つもの書物を世に送り出し、信者たちからは崇められてい
たが、この学園では、その偏狂ぶりに、学生たちからは変人扱いされていた。
 インドの衣装を身に纏ったインド人の女学生が、サイロン教授をなだめている。彼女
は、サイロン教授の教え子であり、世界でも有名な占い師の娘でもあった。
 エリ・マーリン。魔女ユーリ・マーリンの一人娘だ。
 一説には魔女の血が流れていると噂され、サイロン教授同様に学園では煙たがられて
いた。その端正な顔立ちの持ち主の美少女は、独特な衣装と、雰囲気から、何物も寄せ付
けなかった。しかし、心の優しい普通の少女だったのだ。
「おやご老人、あなたは神の世界では、著名な方だとお見受けいたしますが…」
 銀色の魔術師、ロッドは肩をすくめて付け加えた。
「少々、この現実世界では、奇人変人、すっとん狂、だとお噂を伺っておりますが?」
 その言葉に、その場に居た学生たちは笑い転げた。
「違いない!このじいさんは頭が可笑しい!付き人は魔女だし!」
 その発言に、エリ・マーリンは表情を歪めた。
「魔女とイカレ神父!お似合いだよ!」
 すると、その発言をした学生の頭で何かが破裂し、髪から少し煙が出た。
 次の瞬間、花束がパっと咲き乱れた。学生は馬鹿みたいな悲鳴をあげその場に倒れた。
「君、愚かな発言は慎みたまえ、愚民は愚民らしく、黙っていなさい」
 ロッド・シルバーフィールドは不敵な笑みを浮かべ、笑っていた。

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