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東日本大震災 関連ニュース分類コミュの2013年4月 こころ

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コメント(1)


東日本大震災2年:バス運転手 妻の勤務先跡に声かけ

毎日新聞 2013年03月11日 11時51分(最終更新 03月11日 12時41分)


仏壇に手を合わせ、妻祐子さんに語りかける高松康雄さん=宮城県女川町浦宿浜の自宅で2013年3月11日午前7時37分、山本佳孝撮影

拡大写真

 「家族を見守っていてほしい。そして、早く見つかるといいね」。大震災から2年がたった11日朝、宮城県女川町の自宅で高松康雄さん(56)は、津波に流された妻祐子さん(当時47歳)の遺影に語りかけた。それから家族と近くの寺で営まれる檀家(だんか)の合同慰霊法要に向かった。そこに祐子さんの墓もある。だが、祐子さんは行方不明のままだ。この2年間を思い浮かべながら無言でワゴン車を走らせた。

 震災後の11年6月から、女川町の「町民バス」の運転手をしている。勤務するバス会社が町の委託を受けて1日4便運行し、仮設住宅も含め約30カ所を無料で回る。

 高松さんは同県東松島市出身で、結婚後、妻の古里の女川に移り住んだ。震災当時、義父母、祐子さん、長女(19)と5人暮らしだったが、祐子さんは勤務先の七十七銀行女川支店で同僚と共に津波で流された。

 震災後の約2カ月間は毎日捜し歩いた。5月以降は次第に足は遺体安置所へ向かった。遺体写真をめくり、祐子さんがいないことを確かめると安堵(あんど)した。

 高松さんは10年12月、東松島市に職場があった航空自衛隊を定年退職し、女川での再就職は震災前に決まっていた。遺体安置所を巡りながら始めたバス運転は最初は失敗の連続で、ガードレールや鉄柵に車体をぶつけるたびに落ち込んだ。

 夏を迎えたころ、中年女性に「いつもありがとうございます」と、降り際に缶ジュースをもらった。「人に感謝される仕事なんだ……」。顔なじみの客が増え、仕事にやりがいも感じるようにもなった。

 その後、冬に祐子さんの葬儀は終えたが、今もどこかで生きているのではと思う。早く見つかってほしいと願いながらその時を想像するとつらい。ハンドルを握る時そんな葛藤が少し和らぐ。「仕事をすることで心のバランスを取っている」。最近は運転に自信がついてきた。「女川は思い出が詰まった場所。元気なうちは働き続けたい」

 バスで支店跡の脇を通る時は祐子さんに語りかける。「おはよう。行ってくるよ」。そして呼び掛ける。

 「海の中は寒いだろ。早く帰っておいで」【鈴木健太、山本佳孝】

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