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ゾクチェン&チベット仏教コミュの仏教なんでも疑問コーナー(^o^)

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ここは仏教について何でも疑問に思ったことを素直に表明し、それについてみんなで誠実に考えてみる、というコーナーです

皆さん、よろしくお願いします
m(_ _)m

コメント(5)

仏教はこの物質的宇宙がどうやって生まれたと考えるのだろうか?
この意外な盲点について今朝、読んだこと。

聖書の民は神が物質的宇宙を創造した、と考えることができる
しかし仏教にはそうした創造神はいない

仏教では衆生のカルマ(身、口、意それぞれによる行為)がこの宇宙を創ったと考えるそうだ!

なるほど〜そう言われてみると仏教ならそう考えるだろうな〜と、しみじみ味わってしまいました

参考:角川文庫『仏教の思想2.存在の分析(アビダルマ)』
ここでの味噌は私一人のカルマ(=身口意の行為)によって宇宙が成り立つという唯我論では全然なく、ありとあらゆる生き物のカルマによって生まれた、としている点だ
(ちなみにこの宇宙にまだ生き物が何も存在していない時、この宇宙はいかにして生まれたかというと、他の宇宙にいる生き物たちのカルマがこの宇宙を産み出したと考える!)

では、人の境遇はいかにして作られるか?

普通、自分のカルマ(=身口意の行為)によって作られたと考えがちであるが、宇宙と同じで決して自分一人だけのカルマによって作られたわけではなく、あらゆる生き物のカルマが原因して作られたと言う!

いや、実はそこまではっきり言っているわけではない
「自分一人のカルマだけで自分の境遇が出来上がったわけではなく、さまざまな原因から出来上がっているのだ」と言うまでだ

しかし、宇宙でさえ生き物のカルマを原因と見る仏教なら、人間の境遇についても物的原因は持ち出さないはずだ
普通、物的原因だと考えてしまうところもすべて生き物のカルマによると見るのが仏教の真骨頂だろう
だから、「さまざまな原因」と言っても決して物的原因論は持ち出されることなく、つまりはさまざまな生き物たちのカルマということだ!

と、僕は考えた



皆さんはどう思いますか?
と言っても3人しかいらっしゃらないけど(笑)
ところがここまで考えて矛盾にぶつかった!

アビダルマ(=ダルマあるいはアーガマについての研究)の解説書を読んでいると、「カルマ(業)は自分一人きりの問題であって他人に報いのあることはない」と言う

じゃあ、上で僕が人の境遇はあらゆる生き物のカルマによっても作られると考えたのはもっての他だし、

さらにはあらゆる生き物のカルマによって私が生きているこの宇宙が作られたと考えることさえ許されなくなるのではないか!?

アビダルマ仏教の世界観はまったく矛盾しており論理的整合性がないのではないか!?


皆さんは仏教の世界観の論理的整合性についてどう思われますか?
(実は僕はこういうふうに疑問を呈しながらも、仏教を非難しているわけではないんです。なぜなら、僕は仏教のとっても素晴らしい価値も実感しているから。)
こんにちはーわーい(嬉しい顔)

仏教理論はさっぱりなのですがあせあせ 

思うところを書いてみます。


宇宙は、一人の内面世界でもあるし、たくさんの人の総意による内面の世界でもある、結局は、どちらもすべてが一つなのかもしれませんが。。

それは、語られる文脈や、何を目的にするかの意識の状態によって異なってくるものなので
日常の意識や文章の中では、矛盾に感じるのだと思われます。

仏教や意識の世界では、同じ言葉でも色んな意味合いがあり、文脈による、と習いましたので、そういうことだと思います。





たぶんここで言うカルマは、輪廻転生などにまつわるちまたの定義ではなく、
自我が何を意識するかといったのも含めた仏教的なカルマなのでしょうね。
身、口、意とは、身体、言霊、意識で行う何かしらや、行ったことで発生するエネルギーというか、そういうことなのかなと。



宇宙も、物理的な宇宙と、意識の中の宇宙と、両者では単語は同じでも意味合いがことなってきます。
意識の中の、例えばマンダラの世界のような宇宙の場合は、時空間の概念はないので、この世の地上的に、時系列で考えなくてもいいと思います。

他の惑星の生物も自分も、他の人々も、同時に何かを思い、それが宇宙の発生(すなわち、流転し消えていく何かの幻想をつくりだすこと)になっているのかもしれません。


禅的なのかわかりませんが、一切は無だ、空だ、という視点から入ると、すべては人間の意識がつくってるということなので、カルマ(=何らかの意思や行い、ではないかなと、わたしは定義してみます)で宇宙は発生した、というそのご本の説明も、わかる気がします。


が、ややこしいですね!あせあせ(飛び散る汗) 

ご本も読んでいないのに、しょっぱなから、論理などかえりみてなくて、ごめんなさい冷や汗
みっちーさん、どうもありがとうございます

とってもよくわかります
そしてみっちーさんがとってもよく考えて来て、とっても心の中でそれがこなれてらっしゃるのもよくわかります

そして僕はアビダルマ仏教の解説書がつまりは説一切有部の仏教理論の解説書であることにあらためて気づかされました

ヴァスバンドゥ(400〜480年頃)による『アビダルマ・コーシャ』を頂点とするアビダルマあるいはアーガマの理論化はそれでもさまざまな矛盾を見られずにいられなかったからこそ、経量部、中観派、唯識派など他の仏教学派が生まれずにおれなかったのかなあ、と。

また後で書き込ませていただきます

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