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ゾクチェン&チベット仏教コミュの疑惑について

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僕たちは仏教あるいはチベット仏教に関心を持ち、その清らかな可能性に心を寄せたとしても、現実の生活の中でさまざまな体験をしたり、いろいろなことを考える内に多くの疑問をいだくようになる。
これはある意味、仕方ないことでもあり、素晴らしいことでさえあると思う。

なぜなら、学びの途上にあるものはまだ教えのすべてを了解していないし、したがってそこには本当に深い同一化、一体化はまだないからだ。
また、知らない内にこれから学ぼうとする教えを絶対化するという過ちに堕ちてはいない証しでもある。

現代に生きる僕たちは資本主義的な要請や科学的実証主義やさまざまな哲学的思考に対して無知であることはありえない。
したがってそれらが常に仏教あるいはチベット仏教の知見に対する反論や対立軸を僕たちに見せることになる。

このトピではまさに皆さんが心に浮かべるそれらの反仏教的あるいは非仏教的見解を正面から取り上げ、共に真摯に検討してみたいと思います。

ぜひ気になる疑問、疑惑がありましたら共に考えましょう。

コメント(3)

チベット仏教の深みにのめり込むと現世のサイクルから自然と距離を置くようになり、果たしてそれは競合・競争の色合いが強い現世から自分をかえりみた時、間違った方向に進んでいるのではないか、という疑問。

この疑問については多くの宗教(特に高度資本主義社会における新興宗教)が直面し、教義自体の中に現世利益にも応えるという側面を取り込んだ。
しかし、もちろんチベット仏教にはそうした性格はない。
現世利益あるいは現世そのものに対しては極めて批判的だ。

皆さんはこれについてどのように思いますか?
この疑問に対しては、心の中でいくつかの選択肢がありうると思う。

? 本当にチベット仏教がかつてのチベットの国情(宗教を中心とした伝統社会)に生きるチベット人に説いたままの仏教を実践し、高度資本主義の日本の現実との兼ね合いなど一切考えない、という態度。

? 意識的には可能な限りチベット仏教を学びはするが、自分を取り巻く現実に誠実に対応することも大事だと考えていて、したがって常にチベット仏教の学習も決して現実生活を侵蝕しないように無意識的な線引きを行なっているあり方。

? まったく自分にとって都合のいい所だけを学ぶ完全なるつまみ食い。
この問題についてのチベット仏教からの答えは容赦ないほどに明瞭なものだ。
「今生を捨てよ。世間八法にとらわれるな!」というものだ。

この言葉は表面的にはもちろんすごく厳しいものだ。
いや、言葉の内実を確かめてみてもやっぱり厳しいのかもしれないが(笑)、それでも言葉づらだけで怖じ気付く前にその内容をよく確かめてみるべきだと思う。

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