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鍋党〜再分配を重視する市民の会コミュの「鍋パーティー」ブログ編集室

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「鍋パーティー」ブログの編集に関するトピックです。

「鍋パーティー」ブログは、現在は更新頻度もまばらで、筆者も限られていますが、毎日更新を目指し、できるだけ多くの方に記事を書いていただきたいと考えています。

記事の内容は、今あるような主張を中心とするものに限らず、イベントの告知など、何でもOKと考えています。とにかく、ブログというものは更新しなければ何も始まらないので、ライターを募集しています。

ライターは、何も当コミュのメンバーに限らず募集しているので、『kojitakenの日記』にも、「『鍋パーティー』のブログに記事を書いてみませんか」と題したエントリを公開しました。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20110219/1298126924

とにかく、まず記事を書きましょう。記事がなければ何も始まりません。

コメント(369)

>>[328]
>上記の杉山さんのかかれたものは、過去にぼくが書いた以下のエントリに対するご批判だと思いますが、それでよろいいでしょうか?

>国際競争力のペテンと雇用破壊(後編)
> http://nabeparty744.blog111.fc2.com/blog-entry-76.html

直接的な動機は、ここ最近のエントリの中で株主の「多国籍化」が繰り返し指摘されていることだったりするんだけど、ただこうした「多国籍化」する株主とか経営者・平たく言うと「外資」を非難する動きって反貧困的なサヨクばかりか兎角「ヘイトスピーチ」を吐くウヨにも見られる動きで、そうした「排外主義」の言説に「鍋パーティー」的なのが載ってしまうのは拙いって危機意識があったんですよね。

>先日都内で、 徹底討論:アベノミクスと雇用「改革」 http://socialmovementunionism.blogspot.jp/2013/11/blog-post.html と言うのに参加してきましたが、なぜこれほどまでに雇用破壊が進むのかその理由について講演者から「企業の長期的な成長を考えないで、ひたすら労働賃金を引き下げている」と言う発言がありました。

「企業の長期的な成長」ってのと人件費の切り下げがともすると両立したりするってのは充分あり得る話で、それこそ研究開発とかに力を入れたり新興市場への参入を目指したりする一方で矢鱈付加価値がついたりするのが避けられてしまう(コモデティー化)現状、一部少数精鋭を積極的に好待遇にしてその他一般は低待遇ってことを考えてしまうのもある意味理屈は通っているんですよね。
かのアマゾンだって結構非正規雇用とか抱え込んでいたりしている一方で長期展望で技術開発に力を入れたりしてますし、日本の大企業だって推して知るべしです。
>>[329]

>中国がなぜこんなにも日本企業に対して3兆円も投資しているのかその真意は良くわかりません。
>中国が日本企業の長期発展のために良心的に投資してくれているというのは、考えにくいとぼくは思っています。このようなことをぼくが言えば「あなたは排外主義なんですね」と杉山さんは言われるのでしょうか?

>ぼくが今勤めている会社(工場)は、30年ほど前にアメリカG社と日本企業Y社が50%ずつ出資して作った会社でした。しかし、2008年のリーマンショックが起きる直前にG者の持ち株を75%にし、Y社の持ち株を25%にしたあたりから、会社がおかしくなっていったように感じます。それは、リストラや生産部門を日本から韓国などに移管して、ひとつの部署を丸々つぶして日本人を解雇してしまったことなどです。

1970〜80年代によく経済問題として話題に上がった日米経済摩擦ってあったのですけど、その頃のアメリカなんて相当過激でしたよ。日本製のラジカセや自動車を寄ってたかってぶち壊すってパフォーマンスは全米各所で見られた訳ですし、プラザ合意から円高に振れた際にはアメリカ企業の多くが日本企業に買われたりして「日本はアメリカを買い占める!」「日米再戦だ!!」って勇ましい言動が踊っていたくらいですから。

どうもこの手の「外資悪玉論」ってのに自分が肯定的になれないのは、そのバブルが終焉して銀行が貸し渋りに動いた際には少なからず外資が手を差し伸べたりして、多くの企業や事業がやっていけたって事実があるってのが一つあるんですよね。まぁ、外資と日本企業じゃ文化が違ったりして悲喜こもごもってのもあったりしたのでしょうけど、それでも日本が助けなかったのを外国人が手を差し伸べたって行為を「ハゲタカ」とか非難するのは、「では誰からも見向きもされずに潰れるのが好かったのか?」と疑問符をつけてしまうのですよね。
>>[329]
もう一つの理由は、そもそも企業・こと経営陣に対する批判の姿勢ってのは、外資とか外国人の方が強かったりすることが多いってことなんですよね。確か数年前のオリンパスで粉飾決算が問題になって長く君臨していたドンが引退するにまで至りましたけど、それとて海外の子会社で実績を上げた外国人の幹部が社長に招かれたら、これはひどいってことで膿を出そうとして解任させられたってのが切っ掛けだったりしますよね。経営幹部でさえそういう行動をするのは珍しくなく、ましてや株主ばかりかジャーナリズムとか市民団体とかあらゆる方面からの批判にさらされることが多い外資に比べれば、日本企業は充分に恵まれていると思いませんか?

Takky@UCさんが実体験に基づいて、「絶えずグローバル経営者から『日本工場はいつでもつぶすぞ』というような空気が感じられる」ということは理解します。だが、それって国籍の問題を絡ませて批判すべきことなのか?ってのに疑問符がつくのですよ。かの日米経済摩擦から円高になった頃(とは言え、今から見ればそれでも円が安かった御時世でしたが)ですら、日本企業だって地方の工場や下請けに「コスト削減に応じなければ海外へ仕事を持って行くぞ」って脅しをかけるのはよく見られていたのですから。マクロやミクロの苦境を奇貨としてシバキをするのが批判されるべきであって、外資云々ってのは見当違いじゃありませんか?って言いたいんですよね。

あと、もう一点。

「企業は社会の公器である」ってのを端っから全否定するつもりはないんですけど、それを矢鱈に強調するのは却って危うさすら感じますね。と言うのも、企業に多くのことを期待してしまうことで例えば本来なら経済的な原理で解決できない問題ですら企業の「善意」で解決できる様な幻想を抱いてしまうことになりますし、ともすれば何か不祥事やシバキで批判する動きに対し、これだけ「社会の公器」として活動しているのに何だ!って逆に抵抗の芽を潰してしまう可能性すらあるのですよ(今の「ブラック企業」批判ですらその様な動きがあるのですから)。

「企業は慈善事業ではない」余りに手垢のついた開き直りではありますけど、これほど本質を言い当てたことは無いと思います。幾ら理想論を述べても本質的には企業は営利を追求する組織体、ってのを念頭に置かないと充分に有効な批判も対策もなし得ないと自分は思うのですが。
>>[332]

>直接的な動機は、ここ最近のエントリの中で株主の「多国籍化」が繰り返し指摘されていることだったりするんだけど、ただこうした「多国籍化」する株主とか経営者・平たく言うと「外資」を非難する動きって反貧困的なサヨクばかりか兎角「ヘイトスピーチ」を吐くウヨにも見られる動きで、そうした「排外主義」の言説に「鍋パーティー」的なのが載ってしまうのは拙いって危機意識があったんですよね。

ぼくはべつに「ヘイトスピーチ」のようなクズな連中のいうことを肯定するためにこのように言ったわけではありません。そのように言うのでしたら、インドにおけるガンジーがイギリス製品の不買運動を行いインド製品を買うように呼びかけたことも「排外主義」といって杉山さんは非難するのでしょうか?

>「企業の長期的な成長」ってのと人件費の切り下げがともすると両立したりするってのは充分あり得る話で、それこそ研究開発とかに力を入れたり新興市場への参入を目指したりする一方で矢鱈付加価値がついたりするのが避けられてしまう(コモデティー化)現状、一部少数精鋭を積極的に好待遇にしてその他一般は低待遇ってことを考えてしまうのもある意味理屈は通っているんですよね。
かのアマゾンだって結構非正規雇用とか抱え込んでいたりしている一方で長期展望で技術開発に力を入れたりしてますし、日本の大企業だって推して知るべしです。

人件費切り下げを容認する発言を鍋パーティの人がするというのも納得いきません。それに企業の研究開発部門ですらものすごいリストラでまともに研究開発できていないのが実情です。失礼とは思いますが、杉山さんはどの程度日本の製造現場についてご存知だと言うのでしょうか?

この手の議論を延々と続けたところで無意味ですし、杉山さんはぼくの気力が尽きるまで反論を続けるつもりでしょう。ぼくはもう気力がつきましたので、やめていただけないですか。本当に疲れます。
>>[333]

>ぼくはべつに「ヘイトスピーチ」のようなクズな連中のいうことを肯定するためにこのように言ったわけではありません。そのように言うのでしたら、インドにおけるガンジーがイギリス製品の不買運動を行いインド製品を買うように呼びかけたことも「排外主義」といって杉山さんは非難するのでしょうか?

いえいえ、 Takky@UCさん が「ヘイトスピーチ」の持ち主だとは一言も申しておりません。しかし、そうした経済格差や摩擦を基にした「排外主義」は、容易にそういう連中と結びつきやすく時には危うさすらあると申し上げたいだけです。一時期でしたか、外資や中国人が別荘地とか山間地を買っていたってことがウヨが取り上げ、「日本の水が危ない!」(水源関係の放置を熟知していればそんなのはあり得ないことは解ろうものですが)とか大騒ぎになり詐欺事件のネタにまでなってましたよね。

ガンジーの不買運動を引いていましたけど、それとてイギリスによるインドの植民地支配への抵抗って大義名分がありました。まさか Takky@UCさん は、中国が日本を植民地化しようとか日本の技術を奪い取ろうとかお思いなんでしょうか?それでは、日本製品がアメリカ中に流通し日本企業がアメリカの不動産とか企業とか買っていた時代の、「日本はアメリカを買い占めるつもりだ!」と息巻いていたアメリカ人と殆ど変らない気がするのですが。

>人件費切り下げを容認する発言を鍋パーティの人がするというのも納得いきません。それに企業の研究開発部門ですらものすごいリストラでまともに研究開発できていないのが実情です。失礼とは思いますが、杉山さんはどの程度日本の製造現場についてご存知だと言うのでしょうか?

何か誤解されているのでは。「企業の長期的な成長」を目標にすれば人件費が上がり待遇が良くなるってのは、企業に対し余り幻想を抱き過ぎだし、そうした幻想を抱くことの拙さを最後に指摘した筈なのですけど。「短期的な成長」によって一時的に収入が増えて好い目が見れたバブル時代ってのもあった訳なのですけど・・・・・
>>[333]

まず一番目立った点からと。

杉山さんからのリプライにもありましたけど、
> インドにおけるガンジーがイギリス製品の不買運動を行いインド製品を買うように呼びかけたこと
これを中国資本の日本進出と同列に論じるのは無理でして、インドの事例はイギリスの人たちのインドに対する植民地支配に対する抵抗です。しかし中国(やアメリカ)が日本を植民地支配したりしようとしているわけではありません。挙げられている例が不適切だと思います。

日本資本が海外に進出した事例も山ほどあるわけで、金融資本に関しても、悪名高かった「村上ファンド」なんてのもありましたっけ。

そんな大がかりな例ばかりではなく、卑近な例でも、日本資本の中華料理店における中国人従業員の働かせ方は、まあひどいもんで、「ブラック企業」もいいところだよなあと思います。

それから、私も東証の一部上場企業の研究開発部門で長く働いていたので(現在は違いますが)、不採算部門の縮小による他分野への研究テーマ変更を何度も経験したあげく、中止になったプロジェクトを他の企業でやろうと転職したりしたこともある次第。

二度経験したのが、工場を国内に立ち上げようとして採算が合わなくなって失敗した例でした。経済のグローバル化の影響そのもの。もちろん純然たる国内資本で、経団連会長を排出(失礼)したこともある会社でした。それだけにここ二十年ほどの産業界の動きは大体先取りしてまして、安倍晋三が最初にホワイトカラーエグゼンプションを言い出した2006年よりも15年ほど前に「裁量労働制」を採用し、かつ係長級になったら残業代ゼロでしたが、朝は思いっきり遅く10時とかひどい時には11時頃に出社してましたけど、帰りは午前様が常態でした。派遣労働は職種を26種類に増やした1996年の労働者派遣法改正によって、97年には大学院修士課程を修了したものの職にあぶれた若者を派遣で雇い入れるようになりました(1996年の派遣法改正で増やされた対象業務11種の中に「研究開発」があります)。ちなみに、仕事は彼の専攻からはかけ離れていましたが。

これらを、アメリカの「年次改革要望書」の要求を日本が受け入れて、グローバル化に舵を取ったせいだとする関岡英之が言い出した俗論が一時広まり、私なんかもそれに多少影響されましたが、「反新自由主義」陣営が平沼赳夫だの城内実だのを「仲間」扱いする愚行を招くなど多大な弊害がありました。事実は、経済のグローバル化によって賃下げ圧力が強まったことへの日本企業の対応なのです。

(長いと言ってコメントをはねられたのでいったん区切ります)
>>[333]

続きです。

「日本的経営」の話ですが、あの年功序列の賃金体系は、それこそ日本が「小さな政府」であることを補うためのものです。つまり子育て、特に教育に全然公費が使われず世帯に負担が強いられるから、30〜50歳代で徐々に給料を増やしていかなければやっていけないのであって、この対応としては、これまで企業がやってきたことを政府がやらなければならない、つまり「サービスの大きな政府」にして、一方労働においては「同一価値労働同一賃金」にしていかなければならないと私は思います。後者は、「日本的経営」とはもろに矛盾します。「日本的経営」とは私(たち)が批判している「小さな政府」と表裏一体のものなんですね。

半年ほど前でしたか、ある元官僚の学者が書いた「日本的経営」擁護の本を読んだ時、そこに「同一価値労働同一賃金」は新自由主義のドグマだと言わんばかりのことが堂々と書いてあったのには開いた口が塞がりませんでした。日本の労働者すべてが大企業に務めていれば「日本的経営」を墨守するにもそれなりの理はあるかもしれませんが、事実はもちろんそうではなく、「日本的経営」とは「会員制」福祉のようなものです。そうではなく、福祉はすべての国民が享受できなければなりません。

もちろんこんなことを大病によって「会員制」から締め出されたTakkyさんへの返信に書くのは「釈迦に説法」もいいところですけど(私の悪い癖で、自分の書きたいことを延々と書いてしまいました)、経済のグローバル化自体は避けられないことで、グローバル化した資本の奔流からいかに国民を守っていく制度を作っていくかが政治の課題なんだと思います。それを、経済政策がうまくいかないからといって国民の不満を外国に向けさせているのが最近の政治であって、その最たるものが安倍晋三政権だろうと思います。これは祖父を信仰する安倍晋三の思想信条もあるでしょうけど、要するに政治家として能力がないってことですよね。小泉純一郎なんかもそうでしょう。あんなの、全然能力のない政治家だったと私は思います。

いつの間にか議論へのコメントから話がそれて、言いたいことを書くだけになってしまってすみません。書き直そうかとも思いましたが、小生もまたやや疲労気味で時間的余裕もあまりありませんので、このまま投稿します。非礼はどうかお許し下さい。
>>[333]
>>[335] kojitakenさん
以前に投稿した『資本の「排外主義」という甘い罠』についてですけど、その後の議論や意見・さらにはネット上で出てきた色んなネタを交える形で、以下の「追記」を加えて掲載するっていうのは如何でしょうか?

取り敢えず「追記」連投します。



この原稿をmixiで投稿したところ、「鍋パーティー」のある方(その方は株主の「多国籍化」を繰り返し取り上げた方でもあったのだが)から批判的なコメントを頂き、それについては自分も返答したのだが何を誤解したのか「人件費切り下げを容認する発言を鍋パーティの人が」とか言われてしまい、更には管理者のkojitaken氏のお手を煩わせることにまでなってしまい・・・・・もう暫く説明を付け加えておきたいと思う。

まず、株主の「多国籍化」を指摘する者が「ヘイトスピーチ」だと極論するつもりは毛頭無い。しかし株主(に加えて資本や経営陣・従業員)が「多国籍化」することへの反発や敵意が兎角「ヘイトスピーチ」をする側から発せられている一面の事実は無視できないし、こと経済的な言説に限っても例えば中韓両国の経済的「崩壊」を煽りながら日本経済最強論を打っている三橋貴明が、その手の連中に支持されたりしている。加えてそうした「多国籍化」への脅威を煽って、例えば「外資が水源地を狙っている!日本の水が危ない!!」(水源関係の法規を熟知していればウソは解る筈なのだが)と煽っては金銭を巻き上げる詐欺的な商法まで横行する事態にまでなっているのだ。

そして、こうした「ヘイトスピーチ」を批判する側も実のところ「排外主義」的な言動をやっていたりするのも最近時に目立ったりする。例えば、かの内田樹は自著でこんなことを述べているのだ。

「国富を私財に移し替えることに熱心な人間、公共の福利よりも私利私欲を優先する人間を当の国家が全力で支援する。それが今、アメリカでも中国でも日本でも、そしておそらく韓国で起きていることの実相です(『下流志向』韓国語版序文 内田樹の研究室)」http://t.co/i2DwTwowFq

勘が良い人ならば、この主張の一端に「排外主義」を見い出すのは左程難しくは無いだろう。黒木玄氏は「最近の彼の議論は『日本は文化的に鎖国すれば良い』というテーゼに集約してしまう。これは、現在のままでの繁栄を享受し続けたい人達には心地よく響く」 http://linkis.com/blog.so-net.ne.jp/M1Vu と指摘しているが、一見してグローバル化の弊害を説きながら、その実かつての日本的社会(その中には「日本的経営」とか「日本的会社社会」も含まれるのだが)を美化する内田の言動は「排外主義」の傾向を撃つばかりか助け舟を出している様に自分は見る(そもそも内田は、日本国憲法をアメリカによる日本支配の道具と全面的に否定し、菅首相による浜岡原発の停止をエネルギーの自立を阻むアメリカの陰謀!とまで言う御仁だ。何処が「リベラル」なんだろうか?)。
こうした「多国籍化」を否定的に見る言動が(「ヘイトスピーチ」に批判的な)「リベラル」にまで浸透し「排外主義」とも少なからず重なっていることの背景には、「日本的経営」が崩壊し多くのワーキングプアや失業者を生んでいるという「現実」もあるし、グローバルな圧力で国内の労働現場がシバかれているという「実感」もそうした言動に説得力を持たせている。しかしながら、その様なミクロやマクロの環境悪化を奇貨として労働現場をシバく様なことは、別段グローバル化が進んだ時分になって起きたことではない。かつて1970年代末頃から1980年代半ばにかけて日本製の鉄鋼・自動車や電機などがアメリカ市場を席巻し、多くのアメリカ企業で工場閉鎖や解雇が起きた。日本製品をぶち壊すと言うパフォーマンスは全米各地で行われ、日本のマスコミでも取り上げられたくらいだ(こうした「歴史」を知れば、今日本で起きていることは以前のアメリカの二の轍だということが理解できるだろう)。

こうした「日米経済摩擦」は、あることを切っ掛けとして急変する。いわゆるプラザ合意とそれに伴う円高ドル安だ。これで輸出産業が景気を引っ張ってきた日本経済は苦境に陥り、国内の下請けや地方の工場なんかでは「俺達の要求通りコスト削減などに応じなければ、お前らの仕事は海外へ持って行くぞ」と脅しをかけられたりされるのは常だった。「絶えずグローバル経営者から『日本工場はいつでもつぶすぞ』というような空気が感じられる」と言うことは、こと反グローバル化の言説で言われていたりされることだが、こうした「空気」はグローバル化以前の例えばニクソンショックや石油ショック・円高不況などでも、さらには個々の会社の経営不振によって何時でも生まれていた「空気」だったのである。その一方ではアメリカ企業が少なからず日本資本の手に落ち、下請けまで丸ごと日本企業がアメリカに工場を建てて進出したりすることもあった。不動産の買収も多く「日本はアメリカを買い占めるつもりか!?」と騒がれ、『来る日米再戦──"第二次太平洋戦争"は不可避だ』http://amzn.to/1cRr0oP って本がベストセラーになったくらいだ。

もっとも内需拡大政策という名のバブル景気により円高不況のシバきは余り目立たなくなったが、そのバブルも崩壊し大量の不良債権を抱え込んだ金融機関は貸し渋りに走った。投機に走った虚業ばかりかまともに商工業をやっていた様な実業でさえも打撃を受け、倒産が多発した。その時「救世主」として名乗りを上げたのが他ならぬ外資だった訳だが、それさえも「ハゲタカ」という非難が起きた。しかしながら外資が手を差し伸べたことに由り、多くの企業が事業を続けることが出来た事実は無視できない。「外資の助けが無ければ誰からも見向きもされずに潰れるのが好かったのか?」って問いに、どれだけの人が反論できるだろうか?

もう一つ、外資──というより「多国籍化」によって批判を受けたものがある。それが「日本的経営」だった。国内の企業集団や金融機関が互いに株式を持ち合い、経営陣に問題があったとしても(相当マスコミで騒がれでもしない限り)殆ど非難されることは無い。保養施設や研修施設が経営陣の私的別荘みたいに使われたとしても、過労死や環境破壊が起ころうと(個々の裁判で賠償金を取られたりすることはあっても)経営陣は安泰だったりしたのが常だった。それがバブル崩壊に伴い内輪で固まって無責任と批判されたり、会社本位で個々の従業員への分配は低かったりするなど、外資ばかりか市民団体・メディアにまで「日本的経営」は批判の俎上に上ったりしたのである。
こうしたバブル崩壊による「日本的経営」への批判が一方では企業批判を盛んにし「企業は社会の公器」という認識を広く世間に広めたとも言えるが、一方ではこれを奇貨として例えば一部エリート専門職への厚遇と一般労働者の非正規化とか、これまでは抑えられていた経済・労働関係の規制を緩めビジネスチャンスを創る(「起業し易い国へ!」)ということになった。それが何を齎したかは今更言及する必要もあるまい。ところが解雇一つ取ってみてもアメリカでは先任権や契約条項でかなり細かく規定や規制があるし、労働組合でさえ産別組合であったりして「同一労働同一賃金」が徹底している。欧州にしても労使に加えて政府が交えて労働条件などを取り決めていたりする。「日本は正社員の解雇が一番難しい」http://jyoshige.livedoor.biz/archives/7005871.html と城繁幸が言及しているが、実際にOECDのデータにあたると、日本は社員を解雇し易い国だったりする http://www.anlyznews.com/2013/12/blog-post_23.html?m=0 のである。

俗流の反グローバリズムや「多国籍化」への反感は、こうした問題を明らかにするばかりか覆い隠す効果しか持ち得ない。シバきや格差問題は全てグローバル化の問題として片づけられてしまい、例えば国内における労働者と使用者・大企業と中小や自営業者などに横たわる利害の対立や得失については無視されてしまう。悪いのは自分たちとは違う"余所者"ということになり、そこから「排外主義」さらにはファシズムへと至るのはそう遠くない距離にある。濱口桂一郎が、TPP反対の集会に出なかったことで不当に解雇された事例 http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-20e9.html を取り上げたが、俗流の反グローバリズムを信じてしまうとこうした一面は見えなくなってしまう。

最後に一点、指摘しておきたい点がある。「企業は社会の公器」ということは最近殊に強調されてはいるし、自分も頭からそれを全否定するつもりはない。しかしながら、それを矢鱈強調することで、例えば社会政策や経済政策で無ければ解決し得ない問題でさえ企業や経営陣の(最近流行の言葉を使うなら)「意識の高さ」で解決できてしまう幻想を持たせ、結果として本質的な解決を遠ざける危うさがある。例えばある集会で「企業の長期的な成長を考えないで、ひたすら労働賃金を引き下げている」 http://socialmovementunionism.blogspot.jp/2013/11/blog-post.html という発言があったが、確かに人件費の切り下げはある意味手っ取り早い企業経営の改善策ではあろう。また労働法学者の野川忍教授は以下の様に指摘している。

https://twitter.com/theophil21/status/397573047743295490
「英エコノミスト誌によれば、全世界において国民所得における労働分配率は下がり続けている。日本も、1970年後半には75%を超えていた労働分配率は、現在60%を切ろうとしている」
https://twitter.com/theophil21/status/397577765215424512
「米英も労働分配率は下がり続けているが、ドイツは70%前後で40年間ほぼ一定である。その背後には多くの要因があり、また労働分配率が高いことで経済の質の全てが測れるわけではない。しかし、少なくとも、ドイツの労働生産性の高さと労働分配率の高さとは注目に値する」
なるほど、こうした「意識の高さ」に訴えつつデータを提示して「分配率が高ければ労働生産性が良くなり企業も・・・」と主張するのは説得力を持つ。だが、好待遇によって生産性を高め企業の業績を好くするってのも「長期的な成長」を見据えたことだろうが、労働生産性を高めるには教育などの手間もあるし何より成長市場では消費者の所得が低い以上余りコストをかけずに巧い具合に経営を切り盛りしようってのも「長期的な成長」を見据えたことと言えてしまう。このブログでは「内部留保」というのも評判が悪いが、「長期的な成長」って視点が加わると手許に留保分を多く所有することに就いて非難するのは難しい(実際、アマゾンが数あるネットベンチャーで生き残れたのは内部留保で手元のキャッシュを多く確保したから、その後のネットバブル崩壊を乗り切れたって指摘もある)。

「企業は慈善事業ではない」企業批判が起こる度に手垢がつくくらい使われる言い訳ではあるが、幾ら理想論を述べたところで本質的に企業は利益を追及する(ことで社会に利益を還元する)組織であると言うことを念頭に置かなければならない。近視眼的な経営を批判することも「社会の公器」であることを強調することも構わないが、しかし利益を追及する組織という本質を見失って「意識の高さ」を強調したところで、例えば古市憲寿の「牛丼やファストフードのチェーンは、じつは日本型の福祉の1つだと思います・・・・・すごく安いランチや洋服があって、あまりお金をかけずに暮らしていけます。つまり日本では企業がサービスという形で福祉を実現しているともいえる」 http://president.jp/articles/-/11364?page=4 という詭弁に太刀打ちは出来ないだろう。
>>[333]
>>[337] 杉山真大@震災被災者さん

えーと、少し私には誤解がありまして、[326]の杉山さんの投稿が、鍋ブログへの投稿を意図したものであることを私は読み取れていませんでした。

この件に関して、杉山さんとTakkyさんの間に、相当意見の相違があるようですので、私が少し調整を試みたいと思います。蛇足ながら、私個人は、経団連の幹部を排出(輩出とは言いたくありませんw)してきた、さる日本の大企業に研究者として勤務中の1995年に危うく過労死を免れた経験を持っていて、「日本的経営」というより(大企業における)「日本的労働」に極めて批判的な人間です。私はこの大企業を2002年に退職しました。

まず、基本的には極力当初の杉山さんの投稿意図を生かすという立場に立ちたいと思います。「言い出しっぺの法則」というか、記事を書きたいと思った人の意思を極力重んじたいということです。それは誰が記事の書き手であっても同じです。

直近に杉山さんから投稿のあった「追記」の部分については、エントリの続編ということにして、最初にブログに掲載する記事としては、とりあえず最初の原稿のみを叩き台としたいと思います。

ここで修正案を出したいと思います。というのは、率直に申し上げて、杉山さんとTakkyさんとの間には「感情のもつれ」があるように見受けられるからです。それを勘案して、さらにつけ加えるならば、記事を「ブログの過去のエントリに対する異論」から話を始めると、過去の記事を知らない読者の多くは「なんだそりゃ」と思って敬遠して記事を読まないであろうと思われるので、過去の記事への反論という形ではなく、新たな問題提起のエントリにしてはどうでしょうか。つまり、杉山さんの最初の投稿にある、

--------(ここから)--------
何故こんなことを指摘したのかと言えば、ここ最近の「鍋ブログ」のエントリで大企業優遇への批判に絡ませて株主の「多国籍化」ってことが指摘されていたのが気になったのだ。
--------(ここまで)--------
の最初の文章を書き換えてはどうかということです。これを、たとえば
--------(ここから)--------
ここ最近、大企業優遇への批判に絡ませて、株主の「多国籍化」ってことが指摘されているのが気になるのだ。
--------(ここまで)--------
という文章に置き換えるのです。

今回の試案は杉山さんの最初の投稿と、Takkyさんの最初の反論だけを読みながら立てています(再反論以降はとりあえず考慮していません。それをやると頭の中がこんがらがってしまうので)。Takkyさんの過去の投稿に対する批判という形式をとらない場合を想定すると、Takkyさんが書かれた下記の反論は、記事を掲載すべきかの可否の論点にはなり得ないのではないでしょうか。

--------(ここから)--------
確かに、元をたどれば日本人が出した金だと言うのもあるでしょう。しかし、ブログで指摘したように、中国がなぜこんなにも日本企業に対して3兆円も投資しているのかその真意は良くわかりません。

尖閣で関係悪化後も3兆円投資 中国政府系ファンド、日本株買い継続
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/121212/mcb1212120746029-n1.htm

中国が日本企業の長期発展のために良心的に投資してくれているというのは、考えにくいとぼくは思っています。このようなことをぼくが言えば「あなたは排外主義なんですね」と杉山さんは言われるのでしょうか?
---------(ここまで)--------

なぜなら、「中国」という言葉は、杉山さんの最初の記事には出てこないからです。

記事の冒頭部分を書き換えたとしても、杉山さんの記事の隠れた意図として、Takkyさんの記事への批判があることは、読む人が読めばわかるのかもしれませんが、他の記事にするあからさまな反論としてではなく、独立した問題提起としての形で記事を立てるという形でなら、(Takkyさんはご不満かもしれませんが)それもありではないかと思います。そういう形式をとりながら、実は他の人の意見に対する批判が契機になっている記事は、私自身もしばしば書きます。

蛇足ですが、私個人は問題は「グローバル資本主義」にあるのであって、マネーゲームのプレーヤーである人間の国籍にことさらこだわるのはおかしいと思っています。それこそ「排外主義」につながりかねないのであって、ブログの世界で私自身それを論点にして平沼赳夫だの城内実だのの支持者と戦ってきたものでした。

議論を再読したところ、Takkyさんの最初の反論を汲んで書き改めた方が良いかなと思ったのは、上記の部分だけでした。この修正案について、杉山さん、Takkyさんはもちろん、お二方以外の方からもご意見があればお願いしたいと思います。
>>[341]
提案了承しました。
で、掲載にあたって[326]-[327]の分は、『大企業批判は「排外主義」の罠に陥っていないか?──俗流の反グローバリズムで問題は解決できない』という名前にして、ご指摘の部分は以下の様に書き換えたいと思います。


何故こんなことを指摘したのかと言えば、ここ最近大企業優遇への批判に絡ませて株主の「多国籍化」ってことが指摘されていたのが気になったのだ。曰く「外国人投資家であれば、日本の将来などどうでもよく、日本人労働者をリストラして出した利益を自分達のものにしたら、あとは使い捨ててもよい程度に考えているかもしれない」成る程。確かにそれは一面の真実ではあるのだろう。こと経済のグローバル化とかやらで大多数の人間が苦境に陥っている現実を思えば、説得力を持ったりもする。 おまけに一方で中国・韓国とも外交や領土問題などギクシャクし、他方で対米追従と非難する動きも盛んとなり、ウヨ・サヨ問わず「排外主義」の風潮が何時の間にか受け入れられつつある観がある様に自分には思えるのだ。


その上で[337]-[340]を「追記」という形で掲載し、今回の掲載に至る経緯に関する説明を加えるというので如何と思うのですが、どうでしょうか?
>>[343]

反応が遅くなって済みません。
書き換えの部分と「追記」に関して。
書き換えの部分、内容的にはそれで良いと思いますが、1つだけ接続詞について、

>(前略)説得力を持ったりもする。 おまけに一方で中国・韓国とも外交や領土問題などギクシャクし、他方で対米追従と非難する動きも盛んとなり、ウヨ・サヨ問わず「排外主義」の風潮が何時の間にか受け入れられつつある観がある様に自分には思えるのだ。

の最初の方の「おまけに」のあとには、それまでの部分を否定とまではいかなくとも留保する文章が続くので、下記のようにしてはどうかと思います。

> 説得力を持ったりもする。 (ここで改行)
> しかし、中国・韓国と外交や領土問題などギクシャクする一方、他方で「対米追従」を非難する動きも盛んとなり、ウヨ・サヨ問わず「排外主義」の風潮が何時の間にか受け入れられつつある観がある様に自分には思えるのだ。

あと細かい話ですが、年明け公開になると、書き出しの「今年」は「昨年」に改めることになろうかと思います。

それから「追記」の部分ですが、これはやはりこのエントリの続編にしたいと思います。たとえばこのエントリを1月6日付、続編を3連休明けの1月14日付とするのではどうでしょうか。行きがかり上、レフェリーめいた役を買って出た私が続編の書き出しの案を考え、杉山さんとTakkyさんのお二方の承認を得る形にしてはどうかと思います。但し、現在は年末の大掃除その他でバタバタしてるので、一段落してから考えたいということもあって、上記のように提案する次第です。
>>[344]
了解しました。何れにしろ掲載は年明けになりそうですからね。
>>[345]

杉山さんの鍋ブログの記事を予約投稿しました。1月6日午前6時公開予定です。このあと私の個人ブログの記事を書くので、鍋ブログの記事の続編については7日夜以降に考えたいと思います。
>>[345]

またまたさぼっていて気がついたら記事掲載予定日の前日になってしまいましたが、「追記」に当たる[337]〜[340]の下記の書き出し
------
この原稿をmixiで投稿したところ、「鍋パーティー」のある方(その方は株主の「多国籍化」を繰り返し取り上げた方でもあったのだが)から批判的なコメントを頂き、それについては自分も返答したのだが何を誤解したのか「人件費切り下げを容認する発言を鍋パーティの人が」とか言われてしまい、更には管理者のkojitaken氏のお手を煩わせることにまでなってしまい・・・・・もう暫く説明を付け加えておきたいと思う。
------
を、下記のように変更して、以下全文を掲載したいと思いますが、いかがでしょうか。

---(以下変更案)---
前回の記事について、もう暫く説明を付け加えておきたい。
------

タイトルは、前回の記事と同じタイトルに「・追記」あるいは「(続編)」という文字を付加しようかと思っています。特に異論がなければ「・追記」にしたいと思います。

記事は、14日午前6時の予約投稿を考えていますが、議論があれば明後日(15日)以降に延ばすことも考えます。
>>[347]
了解しました。

ただ、以前に投稿した件の原稿ですが、あの後推敲してみて書き直しておきたいのが幾つかあったので、それについて以下の通り。

「この原稿をmixiで投稿したところ、「鍋パーティー」のある方(その方は株主の「多国籍化」を繰り返し取り上げた方でもあったのだが)から批判的なコメントを頂き、それについては自分も返答したのだが何を誤解したのか「人件費切り下げを容認する発言を鍋パーティの人が」とか言われてしまい、更には管理者のkojitaken氏のお手を煩わせることにまでなってしまい・・・・・もう暫く説明を付け加えておきたいと思う。 」
→「前回のエントリで取り上げた俗流の反グローバリズムと排外主義について、もう暫く説明しておきたい。月末には行われる都知事選にはかの田母神俊雄が出馬するそうだが、その田母神自身ばかりか推薦している面々に反TPPの論客が目立っているなど、この問題は喫緊かつ根深いものだと思うからだ。」

「(そもそも内田は、日本国憲法をアメリカによる日本支配の道具と全面的に否定し、菅首相による浜岡原発の停止をエネルギーの自立を阻むアメリカの陰謀!とまで言う御仁だ。何処が「リベラル」なんだろうか?)」
→「そもそも内田は、日本国憲法をアメリカによる日本支配の道具と全面的に否定 http://blog.tatsuru.com/archives/001475.php し、菅首相による浜岡原発の停止をエネルギーの自立を阻むアメリカの陰謀!とまで言う http://blog.tatsuru.com/2011/05/20_0900.php 御仁だ。内田自身は「保守左派」を自称しているんのの、兎角内田の言説は(『赤旗』をはじめ)「リベラル・左派」に好意的に受け止められている。でも、こういう言動の何処が「リベラル・左派」なんだろうか?」

「こうしたバブル崩壊による「日本的経営」への批判が一方では企業批判を盛んにし「企業は社会の公器」という認識を広く世間に広めたとも言えるが、一方ではこれを奇貨として例えば一部エリート専門職への厚遇と一般労働者の非正規化とか、これまでは抑えられていた経済・労働関係の規制を緩めビジネスチャンスを創る(「起業し易い国へ!」)ということになった。」
→「こうしたバブル崩壊による「日本的経営」への批判が一方では企業批判を盛んにし「企業は社会の公器」という認識を広く世間に認めさせたとも言えるが、一方ではこれを奇貨として例えば一部エリート専門職への厚遇と一般労働者の非正規化とか、これまでは抑えられていた経済・労働関係の規制を緩めビジネスチャンスを創る(「起業し易い国へ!」)ということになった。」
typoしてしまった・・・・・「自称しているものの」です。
推敲続き。

「最後に一点、指摘しておきたい点がある。「企業は社会の公器」ということは最近殊に強調されてはいるし、自分も頭からそれを全否定するつもりはない。しかしながら、それを矢鱈強調することで、例えば社会政策や経済政策で無ければ解決し得ない問題でさえ企業や経営陣の(最近流行の言葉を使うなら)「意識の高さ」で解決できてしまう幻想を持たせ、結果として本質的な解決を遠ざける危うさがある。」
→「最後に一点、指摘しておきたい点がある。「企業は社会の公器」ということは最近殊に強調されてはいるし、自分も頭からそれを全否定するつもりはない(前エントリで取り上げた「社会的責任投資」なんてそれが背景となっている訳だし)。しかしながら、それを矢鱈強調することで、例えば社会政策や経済政策で無ければ解決し得ない問題でさえ企業や経営陣の(最近流行の言葉を使うなら)「意識の高さ」で解決できてしまう幻想を持たせ、結果として本質的な解決を遠ざける危うさがある。」

「このブログでは「内部留保」というのも評判が悪いが、「長期的な成長」って視点が加わると手許に留保分を多く所有することに就いて非難するのは難しい(実際、アマゾンが数あるネットベンチャーで生き残れたのは内部留保で手元のキャッシュを多く確保したから、その後のネットバブル崩壊を乗り切れたって指摘もある)。」
→「このブログでは「内部留保」というのも評判が悪いが、仮にも「長期的」って視点が加わると「内部留保」を批判するのは難しくなる(実際、アマゾンが数あるネットベンチャーで生き残れたのは内部留保で手元のキャッシュを多く確保したから、その後のネットバブル崩壊を乗り切れたって指摘もある)。予想しえない様な不確実な事態に備えて手許に留保分を多く所有することに就いて云々するのは、仮にも「短期的な利益」を優先する立場なら配当に回せ!ってことになるし、或いは景気がいいんだから分配しろ!ってことにもなってしまう。「短期的な利益」で企業が労働者をシバいている現状があるからとはいえ、「長期的視点」になればその状況が変わるというのは希望的観測というか幻想に近い。 」

「「企業は慈善事業ではない」企業批判が起こる度に手垢がつくくらい使われる言い訳ではあるが、幾ら理想論を述べたところで本質的に企業は利益を追及する(ことで社会に利益を還元する)組織であると言うことを念頭に置かなければならない。近視眼的な経営を批判することも「社会の公器」であることを強調することも構わないが、しかし利益を追及する組織という本質を見失って「意識の高さ」を強調したところで、例えば古市憲寿の「牛丼やファストフードのチェーンは、じつは日本型の福祉の1つだと思います・・・・・すごく安いランチや洋服があって、あまりお金をかけずに暮らしていけます。つまり日本では企業がサービスという形で福祉を実現しているともいえる」 http://president.jp/articles/-/11364?page=4 という詭弁に太刀打ちは出来ないだろう。」
→「「企業は慈善事業ではない」企業批判が起こる度に手垢がつくくらい使われる言い訳ではあるが、幾ら理想論を述べたところで本質的に企業は私利を追及する(ことで社会に利益を還元する)組織であると言うことを念頭に置かなければならない。近視眼的な経営を批判することも「社会の公器」であることを強調することも構わないが、しかし利益を追及する組織という本質を見失って「意識の高さ」を強調したところで、例えば古市憲寿の「牛丼やファストフードのチェーンは、じつは日本型の福祉の1つだと思います・・・・・すごく安いランチや洋服があって、あまりお金をかけずに暮らしていけます。つまり日本では企業がサービスという形で福祉を実現しているともいえる」 http://president.jp/articles/-/11364?page=4 という詭弁とかに太刀打ちは出来る筈がない。ブラック企業だろうがなんだろうが、自分に見返りがあれば「よい企業」だと思っている「意識の低い」のを非難するのは容易い。しかし、そうした問題を例えば法規制や政策の不備・マクロやミクロの経済的な要因に向かわず、ともすれば「意識」の問題に矮小化してしまうことは、現に見返りを得ている面々──それは往々にして低所得層だったりもする──を納得させることが出来ようか?いわゆるLOHASとか「意識の高い」論者が、それでどんだけ稼ぎまくっているのかを一度考えてみては如何だろうか?」
推敲は以上です。で、題については「『俗流の反グローバリズム』と『意識の高さ』では見えてこないもの──『グローバリズム』や『意識の低さ』を非難する前に」というので、掲載お願いします。
>>[350] 

了解しました。上記の修正案を反映させた記事をブログに掲載します。明日(14日午前6時)予約公開の予定で作業を進めます。
コメントで投稿しようか迷いましたが、一応14日付のエントリへの2/1付追記って形で以下お願いします。


【2/1追記】
手前味噌になるが、いわゆるTwitterの呟きをまとめるサービス「Togetter」で、本エントリでも触れた野川忍・明大大学院教授の呟きを中心とした以下のまとめを昨日上梓した。

ストライキを打たれないが故に増長する日本の経営者とストに臆病な日本の労組・そして現場の惨状! by 野川忍明大教授(@theophil21)
  http://togetter.com/li/623210

指揮者・小沢征爾がボストンフィルの常任指揮者だった際に楽団員が争議→ストライキになるのを防ぐために彼らの待遇に気を使ったという話を枕に、ストライキを避ける日本的な労使関係が経営者の増長を招いている、という野川教授の話が核となっているが、このまとめを作っていて例えば内田樹辺りだったら或いは以前のエントリで「日本的経営」を賛美していた某氏ならどう思ったのだろうかということが引っ掛かった。

多分、そういう連中の手にかかると「ストライキを打ってばかりいるから、労使間で不信が起きて云々」ってそれこそ一昔前の労務屋宜しくの労使協調賛美ってことになる可能性となり、だから「会社は働くみんなのもの」「労使が信じ合う「日本的経営」への賛美ってなることは間違いない。しかし、小沢氏の経験も野川教授の論からも解る様に、そうした「日本的経営」によって緊張感さえも無くしたことがともすれば経営者が強気に出る一方で労組が「ダラ幹」(この言葉も最早死語になっている感がある)だらけってことになり、肝心の労働現場のシバキには後手後手の対応って結果になってしまっている。

そう、敢えて内田樹の言を使うならば「ポスト=グローバリズム」だからこそ下手にシバキを許容する隙が出来てしまい、そういう意味で俗流の反グローバリズムに乗っかってしまうことは、現実の問題を何も解決しないことを今一度再確認すべきだろう。
>>[352]


>このまとめを作っていて例えば内田樹辺りだったら或いは以前のエントリで「日本的経営」を賛美していた某氏ならどう思ったのだろうかということが引っ掛かった。

この“「日本的経営」を賛美していた某氏”とは、明らかにぼくの事をさしていっていると思いますが、いったいいつのぼくのエントリのどの部分が「日本的経営を賛美」しているのでしょうか?ぼくはそんなに「日本的経営を賛美」したような事を書いた記憶はありません。

それに鍋ブログに載せるのに「某氏」などと一般読者が理解しにくい用語を使うのは不適当ではないでしょうか?
>>[353] 誤解されてるのでは?利潤の問題を取り上げたエントリでコメントのやり取りした挙げ句に知らんぷりを決め込み、今やこのコミュで独演会状態となっている、孫崎享信者の某氏のことを念頭に置いていたのですが(言わずもがな
>>[352]

毎度ながら反応が遅れてどうもすみません。

“以前のエントリで「日本的経営」を賛美していた某氏ならどう思ったのだろうか” の表現について異論が出ているようなので、この部分を、
"日頃「日本的経営」を賛美している人ならどう思っただろうか" と書き換えた上で、追記を掲載したいと思いますが、いかがでしょうか。
>>[355] ならば、それで了解です。正直、ここ最近の「日本的経営」って言うのか昔の自民党の「善政」を理想化して俗流の反グローバリズムに結び付ける言動への批判が本筋だったりしますので。
>>[356]

「追記」を公開しました。

余談ですが、「FC2ブログ」の「追記」機能にはクセがあって、ブログのトップページ
http://nabeparty744.blog111.fc2.com/
にアクセスすると、記事本文の末尾に
「→続きを読む」
の表示が現れ、これをクリックしないと「追記」が読めませんが、個別の記事のエントリである、
http://nabeparty744.blog111.fc2.com/blog-entry-79.html
にアクセスすると、「→続きを読む」は現れず、追記欄を含む全文がいっぺんに表示されます。

なぜこんな仕様にしているのかは謎ですが、私がFC2ブログを始めた2006年にはすでにこの仕様になっていました。ブログを書く側にとっても気の利いた仕様とは全く思えませんけど。
記事になりますかね?
皆さんのご意見を希望します。
題名「貧困も関係するのだろう。」
−−−−−−−−−−−−−−以下本文−−−−−−−−−−−
2歳男児が11歳の姉を射殺、米フィラデルフィアの住宅で
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=52&from=diary&id=2834569

報道するニュースはこちら↓
http://abclocal.go.com/wpvi/story?section=news/local&id=9492818

ヒヤリング力がpoorなので、正確なことはわからなかったけれども、事件が起こった場所は動画を見る限りでは決して高級住宅街といえるところではなく貧困街ではと思われるところで起こった悲劇のようです。決して治安も良くなかったようです。

この手の事件を見るに付け思い出すのはマイケル・ムーア監督の「ボウリング・フォー・コロンバイン」です。
この作品の中でも小学生が銃で同級生(だったと思います)を射殺した事件を紹介していたのですが、加害者の子どもは所謂母子家庭の貧困層の子どもで母親は仕事を掛け持ちし殆ど終日在宅していなかったようで、マイケル・ムーアもそこを問題視していました(たしか、その子の母親が働いているお店のオーナーに突撃取材をしていたんじゃなかったっけ)。

もちろん銃規制を行えないアメリカとその最右翼たるロビー団体の全米ライフル協会にはいつまでもこんなことがおきて本当に満足なのか?といいたいのですが、結局治安が良くないから自衛手段としての銃を持たざるを得ないのであるとするなら、その治安状態を解決するべきだし、その根元にある貧困問題の解決を並行して行わない限り銃の規制だけでは解決にならないように思えてなりません。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
少し短いようですがご容赦を。
>>[358] 気がつくのが遅くて大変申し訳ございませんでした。確かにちょっと短いので、もう少し追記していただけると助かります。たとえば、死刑が犯罪抑止につながっていないのではないかなど、もうひとつ短いトピックを追加するなどでもよいと思います。たとえば最近ぼくが読んで、死刑について考えさせられたのは、以下の記事です。

アメリカで「26分間苦しむ死刑」が行われている理由
http://www.huffingtonpost.jp/2014/04/10/lethal-injection-drugs_n_5123169.html

いくら犯罪を犯したからと言って、最後にこんな非人道的な苦しみ方をして人を死なせてよいのだろうかと思います。死刑に対する薬物コストが高いから死刑を廃止するのではなく、死刑に犯罪を抑止する効果が期待できないこと、また犯罪の多くは貧困から来ている事をあわせて考えるべきだと思います。そういう意味では、今回kodebuyaさんが「銃規制」について書かれていることと関連付けることも出来るのではないでしょうか?
>>[359] ご提案ありがとうございます。
件の記事を書いた後に読んだ記事

「米国児童の肥満、実は増加傾向に 論文」
http://www.afpbb.com/articles/-/3012014
も、貧困問題との関連性があるのかなと思っていますがちょっと話が広がりすぎてしまいますかね?

アメリカつながりの三題噺とでも割り切って書いてみましょうか。
ということで先の記事は撤回して(笑)、再提出いたしますね。
>>[360] はい、いつでもかまいませんので、是非原稿よろしくお願いします。
でも、肥満と貧困に相関関係あるんですか?後で読んで見ます。
>>[362] なるほど。そういう相関関係にあるんですね。先進国の貧困家庭だと、生活不安を紛らわすために、手っ取り早く高カロリーなジャンクフードに手を出すと言うことですね。ぼくも同じようなところがあります。たとえば、残業と自分の体重増加が相関関係にあるとか。高カロリーな砂糖漬けみたいなもの食べていれば病気にもなるし悪循環ですよね。ぼくにとっては、他人事ではないです。
>>[363] 日本の場合は、貧困であるのに生活保護を受けることも出来ずに、餓死してしまう事件が起きているのはご存知の通りです。そう考えると、日本はアメリカよりもさらにひどい状況にあると言うことに思います。
総選挙の投票日間近ってことで、これ↓を寄稿します。

「軽減税率」でマシになるのか?──「非効率」ばかりか「余計なお世話」にもなり兼ねない悪手


世は総選挙たけなわ・・・・・って訳でもなく、一部の政治マニア(?)などを別とすれば殆ど盛り上がりに欠け、総選挙を前に当初予定の消費税増税は先送りされた訳だけど、それは兎も角。

この総選挙、低調だ無関心だと言われている割に実のところ政策課題は多く、消費税もその御他聞に漏れることは無い。特に8%→10%への増税時に貧困層対策とやらで「軽減税率」の導入を、という声が政府与党・こと公明党を中心として主張されていたりする。実際、このブログでも3年くらい前に「軽減税率は『非効率』か?」というエントリ http://nabeparty744.blog111.fc2.com/blog-entry-35.html で評価する声もあったりする。

しかしながら、消費税の逆進性を認めるとして、「軽減税率」で果たしてマシになる様なことになるのか?そもそも前述のエントリで言う様な給付付き免税を否定できるほどのモノなのか?実の処、これが怪しかったりする。例えばe-statにある2014年第1四半期の食料支出データ http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001118854 では以下の様な結果となっている。

1【平均収入123万円】   27,943  (4,254)
2【平均収入214万円】   38,452  (6,373)
3【平均収入281万円】   46,477  (7,220)
4【平均収入337万円】   49,411  (8,247)
5【平均収入395万円】   55,759  (9,267)
6【平均収入468万円】   60,969 (11,727)
7【平均収入559万円】   61,451 (12,547)
8【平均収入674万円】   69,736 (14,554)
9【平均収入839万円】   75,639 (17,000)
10【平均収入1,331万円】 90,552 (21,619)

(1・2・3・・・と所得の低いグループからの10分法で集計、単位は円・カッコ内は外食費)

仮に、このデータを基に外食の分だけ10%・家で食べる分だけ8%の「軽減税率」を適用したとしよう。すると、結果は以下の様になる。
1  1,895+425=2,320  (0.19%)
2  2,566+637=3,203  (0.14%)
3  3,140+722=3,862  (0.13%)
4  3,293+824=4,117  (0.12%)
5  3,719+926=4,645  (0.11%)
6  3,939+1,127=5,066  (0.11%)
7  3,912+1,254=5,166  (0.09%)
8  4,414+1,455=5,869  (0.09%)
9  4,691+1,700=6,391  (0.08%)
10 5,514+2,161=7,675  (0.05%)
如何だろうか。幾ら「軽減税率」を適用したからとは言え、あくまで「軽減」でしかなく逆進性を是正する効果までは無いということが解るだろう。

しかも、「軽減税率」に関してはどうしても避けて通れぬ厄介な問題が存在してしまう。それは何を「軽減」するかという問題だ。前述のエントリではこんなコメントが散見される。

「マックに行ってお店の中でハンバーガーを食べるとそれは外食(贅沢品)で19%の税が掛かる。でもテイクアウト(持ち帰り)だとそれは生活必需品の食料とみなされて、7%の税率になる。とってもきめ細かく税率が設定されているとは思わないだろうか?」

ということは、仮に吉野家の380円の牛丼を食うとしたら(無論テイクアウトは吉野家にもあるが)380×0.19=72円もの消費税を庶民が払うということになってしまう。まさか吉野家の牛丼(その労働環境をめぐる話はこの際さて措く)を「贅沢品」って思ってるとしたら、それは余程のシバキ主義者のサディストだろうw一方、デパ地下に於いて1500円くらいで売っている一流レストランのデリカテッセンを買う場合だと、本来なら1500×0.19=285円払う筈が1500×0.07=105円の消費税で済んでしまう。明らかに「贅沢品」の筈なのに、吉野家の牛丼で食うのより消費税の課税では「お得」になっている、という不条理になっているのだ。
また何を以て「贅沢品」「生活必需品」とするのかという議論は、ともすれば一悶着どころか十悶着にもなるほどの大論争になることにもなり兼ねない。2012年07月23日の朝日新聞ではこんな記事が載っているのだ。

--
(ワールドけいざい)英国、パイの課税「待った」 軽減対象、線引きあいまい

 食料品など生活必需品の税率を低くする「軽減税率」。英国で庶民の食べものに税金をかけようとしたところ、論争を巻き起こした。日本でも消費税率を上げるときに導入するか検討することになったが、何にかかって何にかからないのか、その線引きは難しい。

※「庶民の味だ」と怒り

 論争のきっかけは、「パスティ」という半円形のパイだ。肉や野菜を包んで焼いた200〜500円程度の気軽な食べものに税金をかけようとしたので、国民の反発が一気に高まった。
 英国には日本の消費税にあたる付加価値税(VAT)があり、ものを買ったりサービスを受けたりすると原則20%の税金がかかる。所得が低い人ほど重くなる税負担に配慮し、電気料金などは税率5%、食料品や書籍・新聞、子ども用の衣類などは原則0%と、税率が軽減されている。
 VATの軽減税率はだれもが買うような食料品などに適用され、ぜいたくと見なされる外食には20%がかかる。料理された食べものを店で食べるというサービスを受けているという考え方だ。パン屋の冷たいサンドイッチは0%だが、ファストフード店のハンバーガーは20%かかる。
 持ち帰って食べる総菜などは外食と食料品の中間にあるが、原則として温かいものは20%、温かくないものは0%だ。ただ、温めているものでも、品質を保つ目的であれば0%とされ、線引きがあいまいだった。
 政府は3月にまとめた税制改革案で、この線引きを「明確」にした。それは「周囲の気温より温かいか否か」だった。10月から温かい食べものには一律20%の税金をかけると発表。それまで0%だったパスティも対象となった。欧州債務危機を受け、昨年にVATが増税されたばかりだったこともあり、庶民の食べものへの課税は反対デモが起きるほどの怒りをかった。
 政府案では、焼きたてのパンが対象外とされていたことから、パスティの起源とされる英国南西部コーンワル地方の国会議員たちは「パスティも温かいのはつくられた直後だけだ」と主張。結局、政府は改革案の修正に追い込まれ、温め直したり常に温めたりしていない限り、0%のままにすることにした。
 一方、温かいサンドイッチは、調理したものをすぐに食べるため、20%の対象のまま。米大手サンドイッチチェーンのサブウェイは「パスティと同様に扱うべきだ」と訴え、今も署名を呼びかけている。

※裁判に発展、返金のケースも

 英国は1973年にVATを導入したが、当初から軽減税率の対象をめぐって論争が絶えない。政府が発行するVATの線引きについて説明した冊子は、50ページにも及ぶ。
 例えば、自宅用でも紅茶や牛乳は0%だが、お酒やジュースは20%。ケーキは0%だが、ポテトチップスやチョコレートは20%といった具合だ。溶かして食べるフローズンヨーグルトは2%なのに、シャーベットは20%と、違いがはっきりしないものも少なくない。
 法廷闘争に発展したケースもある。英国の小売り大手、マークス・アンド・スペンサーは、チョコレートがついたぜいたく品のビスケットとして標準税率がかけられていた「ティーケーキ」という菓子について、「ケーキなので0%だ」と主張し、政府を提訴。10年を超える裁判を経て、過去に払った約20年分の税金が返金されることになった。
 そもそも軽減税率は、増税に対する反発を和らげる意味合いもあり、だれが見ても明らかな線引きができるものではない。英国でも時の政権の方針で、VATの税率や制度変更が繰り返されてきた。低所得者への配慮だけでなく、省エネや健康対策など目的が様々なことも複雑にしている。
 欧州をはじめ多くの国で導入されている軽減税率だが、制度が複雑化していることに加え、政府にとっては税収が減るというデメリットがある。今回の英政府の税制改革案も、税収増がねらいと見られている。日本政府が導入したがらないのも、税収減を避けたいという面が大きい。国際通貨基金(IMF)は2010年に「軽減税率はコストが高いうえに、所得の再分配効果は限定的。廃止して低所得者の手当を増やすべきだ」と指摘している。
 英国財務省は「税は分かりやすく、公平でなければならない。政府は軽減税率制度の抜け道や例外をなくしていく」としながらも、「今のところ軽減税率をやめる考えはまったくない」としている。

 (ロンドン=津阪直樹、星野眞三雄)
--
お解りだろうか?毎日必要なモノは軽減税率や免税にすれば好いと言ってみたところで、それこそ庶民の中にもご飯を食うかパンを食べるかといった違いがあったり、新聞は読まないがネットなら毎日接続してニュースサイトを視ているなどライフスタイルも様々な中で、これは生活必需品・これは贅沢品(ないしは嗜好品)って分けるだけでも先ずもってその愛好者は愚か・関連業界までも巻き込む格好で収拾をつけるのは相当困難だってことなのだ。

更に重要な問題として、レジなどの販売管理システムを始めとした業務系システムをどうするか、って問題もある。大規模なチェーン店だとそれこそ2000年問題に匹敵する大事になっちゃうし、中小や個人商店だと電卓やレジを買い替える必要が出たりして、その負担に耐えられなくなれば廃業ってことも起こり得る(事実、8%への消費税増税の際には廃業したスーパーがあったくらいだ)。結局誰も得をしない、いや敢えて得をするのがいるとしたら、仕事の需要が増える税理士くらいだろう。

まぁ、自分が一番マシな策だと考える「給付付き控除」も個人の同定と実際に給付が可能か?など課題はある(この点については別の機会に触れたい)のだが、しかしそれを措いても「軽減税率」は「非効率」を超えて「余計なお世話」なものでしかない、のである。大企業ばかりか中小企業・更には消費者団体に至るまで「軽減税率」に反対しているのは、彼らが政府の「御用」だからではなく斯様な問題を抱えた制度を導入するのは「余計なお世話」だと考えているということでしかない。
すいません、総選挙を前に緊急的に寄稿した自分の原稿、10日以上経った未だに店晒しのまんまなんですけど・・・・・

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