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◆日本の神話と古代史と日本文化コミュの九頭龍とは・・・?

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はじめまして、ひとぞう@戸隠神社コミュ管理人です。

最近、長野の戸隠神社のことを調べているうちに、
九頭龍について興味を持ち始めています。
こちらのコミュにはお詳しい方も多くおられると思いますので、
何かご存知のことがありましたら、教えてください。

・発祥、起源に関すること。
・どのような存在なのか。

九頭龍の伝説というと、戸隠や白山、箱根に伝承されていますが、
地名では福井の九頭龍川・ダムとしても残っています。

一方で古来から龍神信仰が盛んであったといわれる奈良の室生
付近に「九頭神社」「國津神社」が多い。その付近は「葛」の名産地
でもあるという事実があります。

おそらくは、古来、大和から信濃に移り住んだ一族がいて、
その一族が九頭龍を信仰しはじめた。。。
そんなふうに考え始めています。


ご参考までに、
下記コミュに奈良付近の九頭神社14ヶ所を挙げています。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39308822&comm_id=3991439&page=all

コメント(130)

>皆さま

本トピを立てさせて頂きましたひとぞうと申します。
九頭龍に関して、沢山のご見識を備えた貴重なご推察を
いただき、本当に有難う御座います。

正直言って、「九頭龍」という単語からこんなに話が発展して
いくとは思っていませんでした。「九頭龍」という漠然とした
命題だったからかもしれません。思いが至りませんでした。

そこで、せっかくではあるのですが、話を整理するために、
下記のトピを立てさせて頂きました。位置付けとしては、
「九頭龍」は下記トピの各論の1つになればいいなあと
勝手ながら思っています。

 龍と蛇
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=40406469&comm_id=508139

九頭龍についても、この場をお借りしていろいろ考えて
行きたいと思っています。引き続き宜しくお願いいたします。
さて折角ですから、こちらでは「白竜の民」のお話を続けましょうか。

>岩手のGOさん
白信仰を持つ渡来人と卵生神話に関する、興味深い解説のホームページを見つけました(^-^)/
http://shushen.hp.infoseek.co.jp/kodaisi/joukosi-nagare.htm

ここでは、縄文人を山祇族、初期の渡来人を海神族と天孫族の2つに分類しています。
このうち、天孫族が鳥トーテムを持ち、卵生神話をもつ扶余・高句麗と同族の、中国古代の殷・羌族などの東夷系であるとしています。西域から四川省に進出して、古代三星堆文明を築いた種族も同族のようです。(この辺は古代羌族が三星堆→殷→燕→オルドス(内モンゴル)→朝鮮東北部に移動し、列島に渡来したとする自説にピッタリ電球

ちなみにここでは九頭竜神を祭祀するのは山祇族すなわち縄文人としていますねダッシュ(走り出す様)天孫族と海神族との間にはかなり類似した要素もあり、特に、両族とも日神(太陽神)の信仰をもち、“素盞嗚(スサノヲ)”という名の神を遠祖とするようです。
その理由は、古代北狄と呼ばれた中国北部から江南に移動した越(チワン族やタイ族等)の海神族が、列島渡来前の朝鮮半島南部で、上古代朝鮮の種族と混血したのかもしれないとしています。

この辺で、海人族の宗像神と素盞嗚神、八幡神(日神)が体系化される信仰が生まれるのかなダッシュ(走り出す様)つまり、もうひとつの「龍と蛇」のトピで話題になったような、スサノヲを信仰する初期渡来人と、縄文人との間の文化的摩擦があったのかもしれませんね。
延喜式内社である室生龍穴神社について。

前述の通り奈良県宇陀市付近には「クズ」神社が他の地域と
比べて集中的に存在しています。私見ですが、その信仰の
核となったのが同市内の室生の龍穴神社だと考えています。
その歴史の古さから、ですが。
室生寺と言えば、女人高野や五重塔で有名ですが、その創設
よりも以前に社が存在していた模様。

そして、祭神はタカオカミノカミ。
同じく雨乞が行われた京都貴船の奥宮と同じ祭神です。
この神様、聞いたことありますか〜?


さて、『古事談』に興味深い話があります。
どうやら、ここの龍王は、
そもそも奈良興福寺近くの猿沢池に住んでいたそうな。
しかし釆女が投身し水が穢れてしまったので、今の奈良公園に
ある春日大社の奥山へ移動したところ、今度は下人が死体投棄
するので室生の龍穴神社へ籠もったという伝承です。

ただ、そもそも室生寺が興福寺別院として発祥したこと、
そしてその後春日大社が興福寺の支配下に置かれた経緯もある
ことから、この龍王の「移動」は後付けのものかもしれません。

室生寺の建立についてもいろんな説があるようで、
ちょっと調べてみたいと思ってます♪
〜ヤマタノオロチの原型は、インド神話(マハーバーラタの一節アタルヴァヴェーダ)に登場する怪物のラーフの様に思います〜。ある事件で切断されたラーフの下半身は、彗星になります〜。〜昔は、彗星と流星、隕石は同義だったので、ほとんど鉄である隕石は産鉄を象徴しました〜。
はじめまして、福井県出身のハギオと申します。
九頭竜にまつわる話がこんなに沢山あるとは知りませんでした…

子供の頃、祖母(大正うまれ)から聞かされた話を信じ切っていました(;^ω^)

その話は福井県内に伝わる話とは少し違うところもあるとは思いますが、下記のとおりです。

**九頭竜川には、九つの頭を持つ悪い竜が住んでいるんだよ。大雨がふると、その悪い竜が悪さをして、川をあふれさせ、周りを水浸しにしてしまうんだよ**

このように聞いていました。
2000年代に入り、福井県で大雨による被害がありました。九頭竜川の堤防は決壊し、川の水は街へ流れ込み、福井市内は浸水(一部は床上浸水)しました。
その時、九頭竜が暴れて悪さをした!なんて、心のどこかで思ってしまいました。

ヤマタノオロチとの関係性はわかりません。。。祖母からは、九頭竜がヤマタノオロチとはきいたことがないですね。
>>[98]

八岐大蛇、8つに分かれている、という意味の「や・また」でしょう。
股という意味ではないです。

ですから、頭は8つ。
9ではないです。

>伝承の中でオロチ⇒九頭竜もしくは九頭竜⇒オロチに進化(変化)したとは考えられないでしょうか。

無理があると思います。あくまでも私論ですが。
>>[101]
そうですね。
松下電器創業時に「二股ソケット」というヒット商品がありましたが、これは二つのソケットが付いていたものです。
三つのソケットがあったのではありません。
「二股」とは、二人の異性と同時に交際することを言いますね。
三人の異性ではありません。

さらに、九頭竜の原型は、インド神話におけるナーガラージャ族のヴァースキです。
>>[99] ヨシムラさん の指摘するように、
ヤマタノオロチの原型が、インド神話に登場するアスラ族のラーフならば、
原型からして、九頭竜(ナーガラージャ族)とヤマタノオロチ(アスラ族)は異なります。
>>[102]

書き込みを拝読していて、別の部分に反応し、日本語の意味深さにある意味、感動を覚えている次第です。

まず…
「二股」という文字を見ていたら、リアルに下品な想像をしてしまいました。
「股」が2つなんですね。ある意味、ものすごい熟語であるかと。

二股ソケットですが…
1つのソケットには二つの導線が付いている。プラス用とマイナス用。使用者には見えませんが、内部構造を見れば、やはりそれは「二股」で、股が2つあることになります。「二股ソケット」これもすごい熟語ですね。このようなネーミングはいつの時代の発想なのだろうと、歴史を感じてしまいました。

八岐大蛇の原型?には、反応するだけの知識がありません。
ただ・・・
八岐大蛇が、「伝説上の生きもの」を指すのか、
洪水を比喩して表現したものなのか、諸説あるところなので、何とも言えないです。
しかも、出雲の八岐大蛇は、現在では定着してしまっていますが、あれは古事記からの逆輸入で、風土記には記載がないですから、う〜ん・・・。
もともとの出雲の伝承にはなかったものとも考えられます。
何処から持ってこられたのか。
何故こじつけてしまったのかは、古事記の作者でないと分からないでしょうね。

もうひとつ。
八岐大蛇の話は、ギリシア神話のペルセウス・アンドロメダ・メドゥ−サの話と酷似しています。
ギリシア文明よりもインダス文明の方が古いはずですが、
では、インダス文明の頃に既にこの話の原型があって、それがギリシアと日本にそれぞれ独自に伝搬して行って、非常によく似た伝説・神話がたまたま出来上がったと考えるのがいいのか。
インダス文明に関して、または・・・インドの神話や宗教の発生時期についてほとんど知識のない私には、これ以上の話ができません。

ただ、インダス文明の遺産であるインダス文字が現在まだ解読されていないところですので、この時代の文化の様子を知りえることはなかなか難しいでしょうね。
>>[103]

ギリシャ神話で九頭竜といえばヒュドラーでしょう。
うみへひ座の元になったという、へーラクレースのヒュドラー退治。
なお、九頭竜をヤマトタケルが退治したという伝説もありますが、ヤマトタケルの冒険潭には、ヘーラクレースの冒険潭の影響が見られるという学者もおられましたな。
>>[105]

>へーラクレースのヒュドラー退治。

ああ、なるほど。

ヒュドラーの頭は9つでしたっけ?
数を覚えていませんでした。。。

>ヤマトタケルの冒険潭には、ヘーラクレースの冒険潭の影響が見られる・・・
はい。
日本神話とギリシア神話は、本当によく似ていますよね。
何故、どういう経路で「影響を受けた」と、その学者は言っていたか、覚えておられますか?  

私はどのように神話が影響したのか、どういう”経路”が考えられるか、
そこが一番興味があります。

それとも自然発生的に、神話とはこのように話がそれぞれ独自に成長していくもので、みんな同じように進歩していくから、「影響しあっていなくても」そういう話になっていくものなのか。

松本清張が「砂の器」の中で展開していた論のように、東北と出雲の方言が(影響しあっているわけではないのに)同じようにズウズウ弁に発展した・・・。
これと同じことが神話にも起こっているのか。

ずっと疑問に思ってきたことです。
どなたか、こういうことに詳しい方がおいででしたら、是非ご教授ください。
>>[106]

こんにちは。
ヘラクレスが第2の試練で倒したヒュドラーは9つの頭を持った大蛇ですね。


アイヌ神話=ユーカラにも非常によく似た神話があります。 湖?泉?だったか?に棲む大熊の話ですけど、大蛇が大熊に代わっただけで、中身は素戔嗚尊のヤマタノオロチ退治とほぼ同じです。原型は同じ説話のように思えます。
アイヌ神話と日本神話の接点となると、縄文時代まで遡ることも考えられますね。
私達が「むかしむかし、あるところに‥‥」と昔話をするように、古事記の完成時にも「むかしむかし、あるところにヤマタノオロチという大蛇がおってな‥‥」と、昔話として語られていたのではないかと思います。素戔嗚尊や神代の話にそれらを挿入していったのではないでしょうか?。 私はそのように想像しています。
うちのそばの神奈川県藤沢市江の島の付け根の鎌倉市腰越に竜口明神社という神社があって、現在は他地に移転していますが、ここに五頭龍伝説というのがあります。

「村民に悪さをする五頭龍というのがいて困っていたが、欽明天皇の時代(6世紀)に、江の島に弁財天が降臨して、諌められて改心した」とされています。
これは、たとえば自分が五頭龍の立場になって見れば、話は変わってきます。つまり「五頭龍」にシンボライズされた、あるいは異端の宗教心を持った人々の土地に、別の集団が来て、同じ蛇繋がりの弁才天信仰を持ちこみ、習合させて本来の信仰を無力化して住民を懐柔して行った、と見ることができます。
あきらかに、これは征服説話です。
五頭(ごず)は牛頭(ごず・スサノヲ)を想定させるものでしょう。

九頭龍についても、国栖(くず)につなげようとしているのか、あるいはあまりに暴れまわる氾濫川であるため、八より多い九にしているのか、あるいは中国の聖数九に掛けているのか定かではありません。
しかし五頭龍も九頭龍も、背景に八岐大蛇があることは間違いないでしょう。

さて八岐大蛇でありますが、

ギリシャ神話に類似のモノがあると言うことですが、どうも明治政府によって、欧米からの技術習得の中で、その精神的故郷のギリシャ神話を学ばせたことが、なにかと原型をギリシャに求めると言う姿勢として、いまだ存在するように見えます。これはおおきな間違いだと思っています。
ギリシャは典型的なアーリアン、同じアーリアンのイラン人を前20世紀のバビロニア人にして「破壊者集団」と言わしめられた民族と、日本民族の神話との関連は問うものはない、といいたいところです。
もしギリシャ神話との類似があるとしたら、それは、すべてを簒奪されたフェニキア(カナアン)神話の混入があると思われます。
フェニキア(現シリア海岸部、レバノン)の神話、宗教心は分からないことが多かった。というのは高度な商業、工業地域でありながら、文書を一つも残さなかった、とされていたからです。しかし1929年に北部の宗教都市ウガリットで発見された大量の粘土板の発見、解読により、全貌が明らかになってきた。それは世界初のアルファベットであったことと、これがギリシャ文字となり、ラテン文字となり、現在の我々の知るアルファベットとなっている。
この発見により、周辺のイスラエルの聖書の難解とされた「詩篇」や「黙示文書」の理解に一役買うことになる。聖書にはカナアンの文学的修辞が多く採用されていると言う事がわかったことです。
さてさて、長々とすみません。
速い話が、このウガリット文書の中に、八岐大蛇伝承とそっくりなものがあります。「海の支配者」または「海流の支配者」と呼ばれる、七頭の龍の話です。
これはロタンといわれます。「ロ」のようにR音は我々日本人は苦手です。江戸後期、頻繁に極東に現れたロシア人たちを、我々は、オロシャと呼びました。巻き舌のR音は「オ」を頭につけると発音しやすいし、その様にも聞こえただろう。
ロタン➝オロタン➝(タンは容易にチャンに変化しやすい)➝おろち
http://ohmononush.exblog.jp/13120543/
>>[111]

突然ですが…
Lotanって、ティアマトの産んだものの一つと同じ名前の存在でしたっけ? 
>>[111]

ご指摘ありがとうございます。文中でR音としたことが曖昧でしたね。厳密にはラ行音とすべきでした。
そもそも4000年も前の伝承がそっくりそのまま伝承されているとは限りません。発音についてももし我が国にそういう伝承がされた時、厳密にR音かL音かの区別はなされていないでしょう。江戸末期から明治に来た外国人たちの記録はラ行音はRで表記されている例が多いので、その様に聞こえたのでしょう。ヘボン式ローマ字もラ行音をR表記します。しかし英語で言うところのR音は舌を口の中で浮かせたように発音しますが、肝心の我々はそういう意識を全く持たずに発音しています。
日本人のラ行音は個人差が多きいとみえて、江戸っ子のようなべランメ―調は明らかに巻き舌ですが、舌を震わして「とぅる、る、る、る」と回転させるR音ができる人とできない人の差があります。これは訓練によるものではなく、生まれつきのようです。
日本語の中の「走る」の「る」はR音に近いし、「かまくら」の「ら」はL音に近いように、単語によるばらつきがある言語で、R音とL音の区別がされていないように見えます。
もとより、語頭にラ行音が来ることを嫌う言語ですから、ラ行音は容易に変化しやすいでしょう。
私が何より言いたいのは、たまたま言葉の発音が似ているから、同じ語源だと断定している訳ではなく、そこの神話と、それから発展するしきたり、物の考え方など周辺の共通点が多く存在することを証明できるという前提に立っているから言う事です。

こんばんは。

ウガリットやバビロニアの神話は、不勉強のためによく分かりません。
ですが、日本神話には東南アジア・インドネシア民話との近似が見られることから、それらの借用・引用を経て伝わって来たように思います。

古代朝鮮語は、三国成立以前の古い言語を知ることは出来ませんが、三国史記・遺事の書かれた時代の言語は読み取れますね。
オロチは、
広辞苑には『オ・ロ・チ』⇒『峰・接尾語・霊力または蛇』とあります。

もし、『オル・チ』であれば、これを古代朝鮮語にすると、
『オル・チ』⇒『泉・男(主)』
になります。

泉や川・湖など属性は水になりますから、私は『オル・チ』が一番近いんではないか?と思います。
>>[117]

こんばんは。
レスポンスありがとうございます。
発想を広く持たれていらっしゃるようで、大切なことであり、とても素敵ですね。


ヤマタノオロチ、九頭龍共に水に関わることは間違いないでしょう。幾つかの九頭龍伝承を検索してみましたが、密教・修験道の布教及び改宗の話のように感じました。先住の土地神の荒魂を鎮めて、その上に密教・修験道を置いていっている?ような感じでしょうか?。 全てが適合するわけではありませんから、確かとは言い切れませんけど。

何か面白いものが見つかりましたら、またお邪魔致します。
何でもそうですが、一つのことを考察するのに、周辺の記述に注視しないとならないでしょうね。
まず「オロチ伝説」がこれは民話であるか神話であるかという問題があります。
九頭龍伝説、五頭龍伝説は民話として流布されていますが、これらにしても各々事情が違うようです。政治的意味合いを含んで意図的に流布されていることも考えられます。
いずれにしてもテキストとしてあるのは、『記・紀』の「八岐大蛇」ではないでしょうか。
この『記・紀』記述が民話から採用されている物であるか、あるいは体系的な神話の中の一部分であるかという事です。
それがしは後者であると考えています。
アカデミズムの学者を含めて、日本神話は世界各地からの神話の寄せ集め的解釈がされているようです。こういうものが神話と呼べるのでしょうか。
ですから日本神話は死んでいると言われます。我々の神話はデパートか、博物館なのでしょうか。
否、それがしは日本神話が現在に生きていると思っています。一貫して体系的な神話です。ただし、かなりの政治的意図による後世の加筆、曲折がされていると考えられます。そのターゲットは、かなり現実的問題で、具体的に言うと旧来の勢力、旧来の信仰の封印にあると見ています。ポイントは大化の改新にあると思えます。
さて「八岐大蛇」を検証する時に重要な関わりを見せるのはスサノヲです。スサノヲが分かれば、古代史のすべてがわかると言われていても、なかなか実態がつかめていない神です。
そもそも高天原での乱暴狼藉を働くスサノヲと出雲に下っての民話的、英雄的変身は何を意味するかという事に説明がなされていません。
前者は政治的都合によってスサノヲをオトシメル必要があったと思われます。後者はすでにこういう神話が民衆の間に広まっていた事実があったと思えます。
さて、その「八岐大蛇」伝説ですが、それは後者で語られている事です。
その後者の部分は他のたとえばイザナミの黄泉国下り、アマテラスの岩谷隠れなどと共通する、同じ神話体系の一部とみなすことができます。これについての説明は、紙面、時間の都合、時期が来ましたらお話ししたく思っています。
すでに結論を先に言ってしまって、(おろち←ロタン)
経緯をお話していませんでしたが、上記を踏まえた考察が必要であると思います。
それがしが特に思うのは、後世的解釈が、「一般常識」としてまかり通っていることがことのほか多いという気がかりがあります。

「おろち」は暴れ川のシンボライズされたものなのか、なぜ「おおヘビ」といわないのか、なぜ出雲を舞台にしているか、なぜスサノヲが登場するのか、
こういう検証が必要でしょうね。
最初に戻ると、これらの神社にお祀りされている九頭竜王大神(多頭竜王)は、法華経の中に出てくる天竜八部衆・八大龍王の和修吉(婆素鶏)ですね。
この和修吉(婆素鶏)は、遡ると、古代インド神話のヴァースキが、法華経に取り入れられたものです。
無料ウイークなので、ヒストリーチャンネルの「古代の宇宙人」シリーズというトンデモ番組を眺めていましたら、海外の古代の蛇形神(竜神)にも、多頭のものがけっこうあるんですね。
ヨーロッパ・中東に広く伝播しているズメイ(ズメウ、竜・竜神)伝承の中でも、特に興味深いのは、スラヴ神話の中のスヴァローグ伝説(スヴァローグも半神半人の竜神)。
英雄神スヴァローグが多頭の悪竜ズメイを退治するくだりなんて、まるでスサノヲのヤマタノオロチ退治か、ヘーラクレースのヒュドラー退治です。
しかもこのズメイは鍛冶神でもあり、剣を手に入れるという話もあるようです。
ぼーっと検索。
ズメウを多頭竜とするのはルーマニアのようです。
その数は三つ以上で、いろいろ。
これも言語の系統で、元は古代インドなのかなあ?
ズが中国で頭と訳されたのか?
これを九つにしたのは、日本に来てからなのかな?
なんだかめでたい数字だったから、とかいう説明をする人もいるようです。
>>[119]

こんにちは。
ロタンの神話、読ませて頂きました。 神々の名前をみて、ラ行から始まる神がいないことに気付きました。大変、勉強になりました。ありがとうございます。


私は、記紀に書かれている神々は全て実在したと思っています。欠史といわれている天皇も勿論、実在の天皇と思っています。
記紀は、神武天皇を初代と置いています。この神武天皇より以前のことを神代とする必要があったのだと考えます。
ですから、天地創造から人皇までの間に属性の見合った神話を挿入したのだと考えています。これは日本神話の完成に必要だったからと考えます。
>>[123]

ありがとうございます。そういっていただいて、本当に嬉しいです。
それがし「一般的」からすると、トンでも系ですので、御理解いただければありがたいことです。
身上をお話しすると、もう20年以上まえから『旧約聖書』と『記・紀』との比較を行っています。共通点が非常に多い。たまたま偶然の一致以上の俄然性があると思っています。ところが大きな壁は、一神教、偶像崇拝禁止に対して我が国の多神教との矛盾である。これを解決したのがウガリット文書との出会いでした。

>私は、記紀に書かれている神々は全て実在したと思っています。欠史といわれている天皇も勿論、実在の天皇と思っています。

それがし、そこのところは、実在したのは継体天皇から、という意見です。ただし神武については、実在する地名から、日向を出発地とした集団の移動はあったのではないかと考えています。
『記・紀』の帝紀と旧辞 は『旧約』の預言者、王とよく対応する。ところが神話部分は隣接するカナアン神話に非常に近いのです。
預言者たちによって、常に論争が仕掛けられた対象である「偶像礼拝、多神教」は、日本神話に近く、論争を仕掛ける預言者達の系譜は我が国の天皇系譜と対応していると言う矛盾です。この辺が何らかの事情によって、改竄、変更がされているのではないかと見ることができるのです。

本トピから遊離して行くようなので、別トピで語ることができれば良いですね。
>>[123]

>私は、記紀に書かれている神々は全て実在したと思っています。欠史といわれている天皇も勿論、実在の天皇と思っています。

私は、
その他の書物・・・風土記などの地方誌にその伝承の痕跡が全くのないものは、大いに「アヤシイ」と思いますよ。
>>[124]

こんばんは。
神話というのは、その国独自のものですよね。
仮に、中国から来た者達が先住の縄文倭人を征服して王となり、神と崇められたとしても、「中国からの渡来人が神様なんだよ」としてしまっては神話になりません。 神様がこの世界を作り、この国を選んで作り、神々を、火を、海を‥‥ 作り、私達日本人をお守りして下さっているとあるものと思います。

ヤマタノオロチが外来の大蛇だったとしても、退治するのは日本の神様でなければなりません。
ロタンが暴れて困っていたら、ヘラクレスがやってきて退治してくれました‥‥ではいけませんよね。
出雲国風土記には、高志の八口成敗の話がありますが、これは大穴持命ののものです。 風土記は簡潔に書かれているので、オロチかどうかははっきりしませんが、なんだか大穴持命の手柄を日本神話では素戔嗚尊が横取りしてしまったようにも感じます。
ですが、神話では素戔嗚尊がヤマタノオロチを退治したでよろしいと思います。 このようなお話によって、日本神話が素晴らしいものになっていると思うんです。

アイヌには、泉に棲む大熊の神話があります。ヤマタノオロチ退治と近似しているので、出自が一緒では!?と考えて、『オル・チ』⇒泉の男もしくは泉の主ではないかと考えました。
ですが、nobさんが言われるように、あまり固持しないで古代史を楽しもうと思います。

どうぞ御教授ください。
よろしくお願いします。
>>[125]

こんばんは。
コメントありがとうございます。

トピックの主旨と違ってしまいますので、見合ったトピックを捜して、発言しようと思います。そちらでお付き合い頂ければ、と思います。よろしくお願いします。
>>[126]

こんばんは。
そもそも神話とは何かというところを考えてみないといけないと思います。
これは信仰でもなく、自身にたいする御利益を求めるところでもないでしょう。現在神社にお参りに行くと、売られているお札は「家内安全」「商売繁盛」などでしょうか。これは後世になって本来の目的が薄れたために、神社の経営方針によって、現世御利益的に変換されているに他ならないでしょう。

一つの例として、世界で一番早くに文明が発生したとされるメソポタミアの神話をみてみますと、
紀元前4000年紀にどこからかシュメール人が入植する。チグリス・ユーフラティスの河口部分です。このような低湿地帯はおそらく先住のセム人にとっては人の住める場所とは考えていなかったでしょう。
遅れて入植したハンデから、一見価値のない場所での生計を余儀なくされる。しかし、彼らの不屈の努力で、これを価値あるものに変換して行った。そこには有り余る太陽と水があり、これを人間の力で、灌漑という方法によって栽培農業を可能にさせたことです。これが世界最初の文明の発生とされる。そのためには大掛かりな土木工事を伴うし、指導者の存在が欠かせない。
栽培農業により、多くの人口を養うことが可能になる。都市が発生する。
しかしここで大きな問題が発生するのです。それは毎年春になると、チグリス・ユーフラティス川の上流のアルメニア高原に降り積もった雪が、雪解け水となって下流部の水位を上昇させるのです。ある年は堤防が決壊し、灌漑設備が台無しになる。皮肉なことに、人の力で自然をコントロールしようとしたことによって、大自然のまえでは人間の非力を思い知ることとなる。
ここに神の概念が生まれるのです。毎年決まった時に水位が増す恐怖感、決壊するのか、かろうじて免れるのか、という不安の中で、祭りが執り行われた。バビロニアの前2000年紀の粘土板書簡により、この式次第は知られている。
まず式場に水がまかれる。これは洪水を先に演じて、混沌をやり過ごしてしまおうとする模倣魔術といってもよい。十日間行われて、一番のクライマックスは、祭司によって、王の頬が平手打ちされる。これは王の心に邪心があると、農耕が打撃を受けると言う概念があり、王が平手打ちにされると言うことは、王に邪心があるかないかを問うものである。こういうところが、ギリシャ、イラン、ローマ、後の欧州の王たちと大きな違いがあることに留意すべきだ。
シュメールで生まれ、忠実にセム人に引き継がれた神話は、アニミズムが基本にある。非常に謙虚だといえることです。神をも負けて冥界に拘留されてしまう。
ここで生まれた神話は体系化されている。基本は豊穣のための祭りに凝縮されている。これがメソポタミアの春祭りであリ、予祝の祭りであり、収穫祭ではない。シュメールから、アッカドやバビロニアへさらに北部アッシリアへ、シリア海岸部、カナアン、イスラエルにも同様なモチーフが入り込んだ。
ひるがえって我が神話を見ると、同じモチーフによくお目にかかるのである。
シュメールで生まれた神話は、特殊な立地が産んだものといえる。わが国でも同じ様な神話が場所を変えて同時に発生したのなら、同じような立地条件を必要とするだろう。
それが存在するであろうか。
日本神話は、豊穣を祝う神話である。しかしいまや農業人口が減って、神社も豊穣ばかり言っていられないので、あの手この手で御利益を追加している様である。
カナアン神話の「七頭の蛇」ロタンの原型は、シュメールの毎年決まって春に氾濫する大河川「服ろわぬ水」である。これがカナアンに伝わりアレンジされている。宗教都市ウガリットなどの北部カナアンには大河川が存在せず、むしろここで脅威となるのは、真夏の砂漠からの熱風「シロッコ」である。死と不毛の大地と化す。モト神の出現である。農耕神バールは冥界に拘留された。秋になり、雷雲とともにバールが復活する。これは農耕の開始を意味する。この時に降る雨はしとしと降ることを願うのであるが、最初の雨が豪雨であると、強い日差しで固くなった海岸平野部の丘陵地帯の斜面を怒涛の勢いで海に流れ込む。海からの波と斜面を転げ落ちた水がぶつかり合うと平野部の農耕地は水浸しとなった、という事です。これが「海の支配者」又は「海流の支配者」ロタンの出現です。
『書紀』記述の八岐大蛇の「毎年決まった時期に現れる」は農耕に関わる危惧であり、決まった時期に氾濫するメソポタミアやカナアンの「服ろわぬ水」の概念が混入していると考えています。

長々と失礼しました。最後までお読みいただき光栄です。これにて撤収いたします。
>>[128]


こんにちは。
「トンデモ論」なんて、とんでもありません。川の氾濫による水田の被害、そして治水の事業は、正統なヤマタノオロチ退治のお話と思います。たいへんに深く広く研究なさっていらっしゃるんですね。感服致します。



おそらく渡来して来た人々によって、日本は統治国家となったのでしょう。ですが、征服・支配の中にあっても、日本の精神文化はしっかりと織り込まれているのだと思っています。

縄文時代から列島に住まわれているアイヌの人々は、ヒグマやキツネ、花、海川の魚、それに雷や火事、病気などなど良いものにも災害にもみな魂を宿していると考えているそうです。天上の神様の国から舞い降りてきて、姿かたちを変えて地上に住んでいると。
イオマンテ(神、つまりヒグマを行かせる祭り)は、クマの姿で神の国からやって来た食料の神で、再訪を願い、魂を神の国へ送り返す儀式なのだそうです。
身の回りの物全てに魂が宿っているということです。自然信仰、八百万神に繋がりますね。

単一民族とはとても言えませんが、縄文時代の倭人は、このような精神文化を共通して持っていたのでしょうね。縄文時代が1万年も続いた要因と思います。日本に土着し根付いていたと思います。

渡来して来た王が君臨しても、変わらなかったことが良いところと思うんです。大穴持命の八口成敗、いや更に前からオロチ説話があったかもしれません。また、神話を持って日本へ渡来して来た人々の話かもしれません。 それらを消すことなく、素戔嗚尊の話として日本神話にちゃんと書かれていることが素晴らしいと思うんです。
征服・支配によって、先住のものを壊し捨てて新たなものを置けば、絶対神や一神教となるのでしょうが、そうはしていないところが日本の神話、そして精神文化にあるのだと思っています。

九頭龍伝承
密教・修験道の布教及び改宗に最も関係が深いと考えます。
多くの伝承は、法力・験力によって悪さをする九頭龍を改心させています。
ここでも、新たにその上に寺社が創建されていますが、先住の九頭龍を祀る社はちゃんと残されています。
私はそれがとても好きです。


一応、これで当トピックから退室しようと思います。
皆さまのお話、大変勉強になりました。ありがとうございました。

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