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ミトコンドリア『思想哲学』伴立コミュの日本人の源流を探して データー

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第4部 邪馬台国から大和朝廷へ 

08-1.ミトコンドリアDNAから見た日本人の祖先

http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn4/004_08_1.mitochondria_karamita_sosennhtml.html

ネットから探しました。

こちらもご覧ください
http://www.nig.ac.jp/museum_080501/evolution/D/index-dna.html

コメント(2)

ミトコンドリアDNA
http://www.nig.ac.jp/museum_080501/evolution/D/dna-02.html

DNAは核の染色体以外にも存在する。細胞質にあるミトコンドリアというエネルギー産生や呼吸代謝の役目をもつ特殊な小器官の中にも小さなDNAが存在し、これをミトコンドリアDNAと呼んでいる。ミトコンドリアの機能のかなりの部分は、核DNAの遺伝情報に司られているが、このミトコンドリアDNAにも、二個のリボソームRNA(rRNA=タンパク質生産工場であるリボソームを形作るRNA)と、二二個の転移RNA(tRNA=タンパク質の材料であるアミノ酸を運ぶRNA)、そしてわずか一三個のタンパク質を作る情報となる遺伝子がある(図1)。・・・・・


まずひとつ言えることは、
日本人ルーツ=縄文人と渡来人の関係 について解りますね。

従来言われた「縄文人が渡来人に支配され、南北に追いやられていた」わけではない ということが導かれます。
この辺りならば、
いろいろな方が知恵袋の過去ログ"日本人のルーツとは"に回答されてますので、
失礼ながら、自分の勉強材料として引用させて貰い、話を続けます。

注目していただきたいのは、現代の日本人全体の42〜56%に存在する Y遺伝子 D系統(これが縄文系といわれます)です。

この D の系統の遺伝子は、
アジア人種よりも地中海沿岸や中東に広く分布する E系統 の仲間で、
Y遺伝子の中でも非常に古い系統であることをことわっておきます。
但し、同じ D系統 であっても、
チベットや東南アジアが D1 と D3系統 であるのに対して、
日本人の D系統 は ほぼ100%が D2系統 のようなのです。
もちろん同じ D系統 ですから近縁であることは間違いありませんが、D2系統 は現在の世界の中で、日本人にしか存在しない固有の(おそらく古い)系統だというのです。
さらに大きな意味な持つのが、日本の近隣諸国には Y染色体 D系統 が存在しないこと。
そして現代の日本人にも、相当に高い頻度で残っていることです。

なぜそれが大きい意味かというと、
たとえば?という民族が?という民族に支配されていたとします。
すると、?族の言語は、?族の言語になってしまうか、相当に強い影響を受けた言語に変化してしまうはずです。
同時に同様に、
後世の?族の子孫の遺伝子は、
母系のミトコンドリア遺伝子には大きな変化は見られないのに対し、
父系の Y遺伝子 は 圧倒的に?族の系統が多くなってしまいます。

その様なことから、
Y染色体 の遺伝子は、その民族の 過去の支配者の歴史 を証明すると言えるかも知れません。

したがって考えられることは、
渡来人が、かつての縄文人を圧倒したのではなく、
縄文人が、少数入ってきた、技術や文化を伴った渡来人の遺伝子を緩やかに吸収し、
それによって、その特殊な縄文人の遺伝子は現代人にも多く残されたと考えられます。

次に、
その縄文人の遺伝子はどこから来たのか?
それが、現代も残る中近東辺りとしか考えられないということでしょうか。
また縄文期の遺伝子構成は
(C3系統):氷河期にやってきた、モンゴルに多い北方民族系
(D2系統):縄文文化の担い手であり、日本にしかいない集団
(C1系統):縄文文化とは別に、貝文文化を築いインド起源の日本にしかいない集団
(N系統):北欧・シベリア系の集団
(Q系統):アメリカ先住民系の集団

以上のような
様々なヒト集団が、大きな戦争をせず!共存していたらしいのです。

そこへ、縄文末期から弥生時代にかけて、
大陸の人々・・・東アジアに多い O系統 という集団が混じります。
O系統 といっても、
・台湾系の(O1系統)
・稲作を始めた長江文明の末裔(O2)
・漢民族系の(O3)
が存在しますが、
圧倒多数は、漢民族の中華文明に敗れた 長江文明の O2系統 です。

ここで、ごく少数分もあわせて、現代日本人の遺伝子分類をすると、
C1、C3、D2、D1、N、NO祖型、O1、O2a、O2b、O3、Q ということになるそうです。

つぎに、
D2 という、この特殊な遺伝子が日本に入った流れですが、

まず最初に日本で暮らしたのは、後期旧石器時代シベリアの狩猟民の C3系統で、
この人たちはバイカル湖周辺からアムール川〜サハリンを経て北海道からさらに南下、北部九州に達します。彼らは細石刃石器を使い、ナウマンゾウを狩っていました。
[この時代から世界最古の研磨された石器(刃部磨製石斧)が見つかってます]

一万数千年前には、大陸から D2系統 が入って来ます。[この D2 が縄文人の中核だと言われてます:前述]

これと同時期に、起源がインドの C1系 が南方から入って来ます。彼らは貝文土器を用い、縄文人とは異なる文化を南九州に築きます。[所謂 熊襲 だと思います]

従って、
D の系統の中でも D2 の(黄色人・古モンゴロイド)は、
黒人から白人が分化した時期にも近い、極めて古層の配列形態の遺伝子保有者で、
それが日本にだけ到達・保存されたという、極東の島国日本という地理的条件と、稀有な相互民族構成により、
日本に奇跡的"時・空間の吹きだまり"を作った という日本・日本人観が導かれるものと想われますね。
中堀 豊 著「Y染色体からみた日本人」

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1336488378

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