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ハルカなる物語のお部屋コミュの「Panthera leo leoの記憶」

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遠いどこかで声が聞こえる。
仲間を呼ぶ咆哮、敵への威嚇、終わりを告げる悲叫。
その声を聞いたことはない。けれど、その声を私は知っている。
その声は、私の血に刻まれた古の記憶

見たことのない風景が見える
どこまでも広がる空、周囲を囲む森、走り、駆ける一匹の獣。
その姿を見たことはない。けれど、その姿を私は知っている。
その姿は、私の血が欲する失った郷愁

「Djbel、ねぇ、見た?」
「Taza、うん、見た。」
「私の方は啼いてた」
「私の方は走り回ってた」
「何に対して吠えてたんだろう?」
「走ってたのはどこだったのかしら?」
双子は鏡を見ているように同じタイミングで顔を見合せながら首をひねる。
双子が知るのは動物園の檻の中。家族がいて、飼育員がいて、お客さんがいる空間だけ。
仲間は近くにいるから呼ぶ必要なく、敵はいないから威嚇する必要なく、今日と同じ明日がやってくる。
そんな二匹には夢の中で見る姿は自分たちの知る世界とは違いすぎて、ワクワクしていた。

二匹がこんな夢を見るようになったのはいつの頃からはわからない。
最初はぼんやりだった映像が日に日に鮮明になり、今ではまるで現実のように感じ取れるまでになっていった。
二匹ともこんな夢を見るのは自分だけだと思っていたので相手も見ていると知った時はちょっぴりシッポが垂れたのはお互いに内緒。

それからはお互いにその日に見た夢を話し合うことに夢中になった。
夢の中にいる仲間は自分たちの知らない世界を生きていて、見るすべて、感じるすべてが新鮮に思えたからだ。
どこまでも続く森の中を走り回り、見つけた獲物を狙い、その命を食らう。夢の中の仲間の瞳は常に前だけを見ていた。その瞳が映す世界の鮮やかな命こそが自分たちの求めるものだと理解していたから。

「Djbel、私、夢のことを誰かに聞いてみようと思うの」
「Taza、誰って、たとえば?」
「ママかな?それともおばさん?」
「詳しそうなのはおばあちゃんじゃないかな?」
「そっか!じゃあ聞きにいこう!」
「ダメだよ。そんなのつまんない。それに、ママもおばあちゃんもこんな夢を見てるなんて話してないじゃない。きっと、私たちだけが見てるんだよ」
「じゃあ、どうするの?」
「秘密にするの。大人には内緒な私たちだけの秘密」
「それ楽しそう!」
「でしょ。毎日、いろんな夢の話をし合うの。大人には内緒で」

それからも二匹は毎日、その夜に見た夢をお互いに話しあった。
二匹の夢に現れる仲間はいつも違っていた。
ある時は雄々しい大人のオスが別の若い雄と戦い、ある時は初めて子供を産むメスを周りのメスたちが舐めつつ出産を助けていたり、ある時は生まれた子供が鷹に狙われ何もできないまま連れ去られてしまったり、ある時は年老いたメスが静かに息を引き取ったり。

二匹は毎日、夢についての話をしていた。自分たちなら夢の中でどうするか、その夢の先がどうなったから笑いながら、怖がりながら、楽しみながら、悲しみながら、夢を語る日々は続いた

けれど数カ月もすると飽きてしまい、そのうち、あまり話をしなくなった。
胸を締め付けるような懐かしさも、啼きたくなるような恋しさもいつのころからか慣れてしまい、気づけば当たり前になっていた。

ふと、Tazaがあることに気付いた
「ねぇ、Djbel、最近、あの夢見る?」
聞かれたDjbelは不思議そうに首をひねった
「え?そりゃ…あれ?見て…ない」
“見ていない”というより“覚えていない”というのが正しい感想だった。あれだけ毎日見ていた夢なのに、気づけばずっと見ていない

二匹はお互いの顔を見合わせ母親の元へと駆け付けた。
母親は他のメスたちと一緒にのんびりと日向ぼっこをしている。そこへ二匹は飛びかかるように割って入った。

「ママ、ママ!」
「まぁ、どうしたの?」
「あのね、あのね!」
・・・・・・
二匹の話を聞いた母親と大人たちはたがいに目を合わせて、嬉しそうにほほ笑んだ

「そう。あなたたちもあの夢をみていたのね」
「私、さすがにもう、見ないのかと思ってたわ」
「どういうこと?」
まるで夢を見ることが当たり前であるかのような反応に二匹はさらに首をひねった。
「あの夢はね、私たちの本当にいるべき場所。本来の生きざま。本能が求める記憶」
「どういうこと?」
「私たちは元々、森の中に生きていた。今のように人間から餌をもらうのではなく、この爪と牙で獲物を狩る生活をしてきた。けれど、次第に住処を追われいつしかこうやって人の中で生きるようになった。私も、おばあちゃんも動物園で産まれ、この檻の中で死んでいく。けれど、そうなるずっと前の姿を私たちは忘れることができない。それが、夢となりあらわれていると考えてるの。私たちも、おばあちゃんも、同じ夢を見ているのよ」
「あんなに懐かしいと思ったのは…」
「あんなに夢中になったのは…」
「でも、夢は夢。いつしか夢は見なくなってくるの。あなたたちがその話をしないから私たち、もしかするともう、誰も夢は見ないのかと思ってたのよ。」
「あの夢のような生活に戻ることはできないの?」
「それは・・・無理ね。けれど、私たちが夢を見る限り、記憶は受け継がれる。いつか…あなたたちの子供が同じように夢を見たら、この話をしてあげて。そう、私たちの“歴史”を」
二匹はしっかりとうなづき、母親へとすり寄った。


その夜、二匹は久しぶりに夢を見た。
森の王者の最後の記憶を…

多くの狩人に追われ、銃口を向けられ、いくつもの銃弾を浴び、絶命の雄叫びをあげ、命を失う様。
瞳から光が切れ、呼吸が止まり、血が川のようにあふれだす。

朝とともに生まれ
昼間は森を走り
夜に命を落とす

いつからか始まり、続いていた“野生”が終わりを告げる

朝の産声も
昼の咆哮も
夜の哀叫も

もう、聞こえてくることはない

いつか…いつか、夢さえ見なくなるころ、彼らの歴史は終わるのだろう。
夢を見よう。
その夢が夢となるまで、血がすべてを忘れ去るまで…

二匹は同時に一筋の涙を流し、また、深い眠りへと入って行った

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