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おも詩ろ荘コミュのガチンコ道場・二号館(合評室) 

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 当コミュのひとつの眼目に成長しつつある「ガチンコ道場」ですが、たいへんうれしいことに入居者の方がだんだんと増えつつあり、それと同時に「批評してほしいのだけど、前の方の合評がまだ終わってないみたいだし・・・」とか「道場に出す作品仕上げたのだけど、他の方に先を越されてしまった、次まで待たなくてはならないなあ…」というような状況が起こりつつあるのかもしれません。

 (以下、特に初めてご投稿される方は最後までお読みいただくようお願いいたします)

 ですのでこの度管理人判断におきまして「ガチンコ道場・二号館」を設置することといたしました。
 ルールは「ガチンコ道場」と全く同じです。ですが基本的にこちらは、
 「ガチンコ道場で他の方の作品が晒されて日が浅く『どうもまだ合評中』みたいだぞ、でもワタシの作品も皆さんから早く批評してもらいたいぞ」という方に
どんどん活用していただければと思います。
 (ですので、活用できるばあいは「ガチンコ道場」を優先的にご使用くださいませ。
「ガチンコ道場」=http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=35951513&comm_id=3726869)

 ◎ガチンコ道場二号館の基本的なお約束

 ?投稿者はお覚悟のほどを。
  忌憚のない批評、感想を読んだ方に述べていただきたく思っています。創作に携わるものとして凹むこともあるかもしれませんが、その点お覚悟の上ご投稿くださいませ。

 ?批評者は相手を尊重の上に。
  このようなコミュニティでの合評や講評というものは、本来相手の顔を見て行うべきものだと管理人は考えています。文章上の意見交換はどうしても字面の印象が残ってしまいがちです。
 いかに辛らつな意見を述べる場合であっても、投稿者の人格否定をするような文章はおやめください。
 
 ?投稿者はのんびりと。
 まだまだ入居者の方は少ないです。投稿してもすぐに感想、批評が得られないかもしれません。気長にお待ちください。
 
 ?投稿者は新作を。
 感想、批評についての返信は特にいらないと思いますが、それを受けて推敲された新作を当コミュ「おも詩ろ荘作品集<おおかみさんの部屋>に発表いただければ、嬉しく思います。。(個人のお部屋持たれている方は、そちらに掲載いただいてももちろんけっこうです)

 ?「ガチンコ道場」で作品が合評中の方は当二号館への作品提出はお控えくださいませ。(二重投稿は禁、ということです)

 ※返信に当たって留意しておいていただきたい事項もございます。それにつきましては「ガチンコ道場」のトップ文をお読みいただくようお願いいたします。

 
 ガチンコ道場二号館、本館と全く同様、投稿側、批評感想側ともに「押忍」の精神でよろしくお願いいたします(笑)

 以上管理人からでした、押忍!

コメント(113)


>yardbirdsさん

ぼくは初見では、yardbirdsさん、ちょっと変わったのかな、と思ったんですよ、実は。

それはこれまでに読んできたyardbirdsさんの作品にしては平明な印象をうけたからです。たとえば、第一連の「空と風の〜」などという定まらない詩句を置くようなところとか。前行は「レースの悲しみ」とか「洋梨の手ざわり」といった含みをもちながらも、具体的な事物に即して言葉を置いているのに(そしてyardbirdsさんの作品はそこに特徴があると思います)、それを散らしてぼかすような表現をもってきているから、どこかで読み手に合わせたのかなと思ったくらいです。


最終連の件については、これまたyardbirdsさんの作品にしては珍しく(と言っていいのかわかりませんが)、謎々の答えを披露してしまった気がしたんです。
yardbirdsさんの詩の魅力は謎めいてけっして易しくはないにせよ、言葉の関係に誘われて飛翔させてくれるところにもあると思っています。それを感じながら言葉を味わうのも読みの悦びなんだけど、落下地点を見せられたように感じたんですね。その意味での先のコメントと受け取っていただければと思います。

この詩のなかで最も好きな箇所は「ぬるい」という語の際立ちと、ビーナス像に即した比喩です。



>ルウ さん

 読み手にあわせた、といえばまあそうかもしれませんね。実はいま暖めている新しいものがあって、これは相当に難解な作品になるだろうと感じています。いつも思うことは、なるべく多くの人に伝わるものを書きたいということと、そのために自分の表現したいものを妥協したくないということとのジレンマです。それについてとくによい知恵もなく、この作品や「それからひかりの」という以前書いた作品のようなものを書くことで、自分の作品に読み手が入ってきてくれやすくならないかなあなどと考えています。

 おもしろいのは、そのように「わかりやすく」ということを念頭において作品を作っても、ちっとも「書きやすい」わけではないことで、また、自分のすべてをぶつけるようにして書く作品に劣らず、このような作品の個々のフレーズに対する愛着もあり、「おれって、けっこう詩が好きだなあ」などと変な感懐をいだいています。

「茨木?」


 このしずかな 朝の林にあなたの行方を プールで溺れたきらめく鶸の ほそい脚からしたたる滴が かがやく草叢に砕ける花から ひろげられた左手で喩えられたひとつひとつの細部を 片脚をなくした虫たちのひかりにむかって そしてさまざまの音楽にあなたの行方を

 あなたの 朝の水辺にひろがるやわらかな街と そのひろい街路の挨拶のために うつろう季節の ゆるやかな風の階段に囲まれたなかに それから まっしろに濁った砂のうえの夢のなかに また肩と指にむかって緩やかにのびる背中をささえる 透きとおった植物から流れでた あなたの

 刷り上がったばかりのきれいな空席と なめらかな布で磨かれたちいさなレンズから 触れることのできるほどに硬い色のみずうみの中に 微笑みの外出にふさわしいほどにやわらかに それはアメフラシのほそい触手に似た けれど 雨のふる街路にそっとかさなるように たとえば 静かなそのしずくが 

 この明るい ちいさなテーブルにあなたの行方を 浜辺に倒れた水色の椅子から溶けでた または しずかな藪のなかに忘れられた肉体の けれど あの燃える転轍機とその下で揺らされたオレンジの花から 抱きあげられた青い光のあいだに投げ込まれた さまざまの木々のために あなたの行方を


***********************************************************************

忌憚ない批評をいただければ幸いです。
> yardbirdさん

静かな作品ですね。ベルリン・天使の詩を思い出しました。声なき声という印象が強くて、まあ、ここでの語り手は天使ではないんでしょうけど(笑)ともかくこちらの痛覚まで触手をのばしてくるような言葉の動きを感じます。揺れというか震えというか微妙な振動がゆっくり伝わってくる感じですね。

とりあえずここまで。


> 佳貴さん

音立てないで絡まってくる、ってとこ、よくわかる。

行わけじゃないと流れで読みくだしちゃうことがあるんだけど、この詩はこの形式がふさわしいと思う。流れを止めちゃうとこがあって、そこが効いてるんじゃないかな。

一連は特に「溺れた」とか「砕ける」とか「なくした」とか暗鬱なイメージの言葉が置かれているんだけど、面白いのはイメージの連結とか像の構成を、切断と接続で壊しながら、創ってすすんでるとこなのね。

表面上は0⇔1の連続した往復運動のように見えて、水面下で全くべつのものが創られてる感じがする。触手にさわるというかこっちの言語感覚が侵食を受けてるみたいな。
>ルウさんそして佳貴さん

とにかく感謝感謝です。

 この作品を書いている間、果たしてこれが伝わるだろうか、という不安をずっと抱き続けていました。作品の眼目として、飛躍と断絶の一種の不安定なリズム、イメージの重層的な働き、など私にとっていくつかの新しい試みをしたのですが、うまくいっている気はまったくせず、独りよがりのものになっているのではないかという恐れをずっと抱いていました。お二人のコメントを拝読し、少なくともある程度まではちゃんと伝わっているということを知って、本当に勇気づけられる思いです。

 佳貴さんの第四連は不要ではないかというご指摘は、佳貴さんもお書きになっているようにわたしの中では、どうしても第四連が必要なので、第四連が違和感のない形で入ってくるように、というご指摘ととらせて頂くしかないのですが、「流れの糸が切れてしまう」というご指摘は、確かにそのとおりなのかもしれません。何らかの工夫が必要です。

 ルウさんのお書きになっている「イメージの連結とか像の構成を、切断と接続で壊しながら」というコメントは、まさにわたしの意図を言い当てているもので、本当にうれしい気持ちでした。

 正直、ボロカスに言われることを予想してUPしたので、おふたりに部分的にせよ肯定的な評価をいただいて、繰り返しになりますがほんとうに感謝です。




>佳貴さん

 今まで批評を頂けていないかたがたには、ほんとうに気楽に何でも書いていただければ、と思うんですよ。いろいろな反響があるのは、毀誉どちらにしてもうれしいものですし、それを励みにしてまた新たなものを書いてゆける気がするので

 あと、短いものを書くのは年来の希望で、切れ味のよい表現が数行で完結するようなものを書ければと思うのですが、なかなか、、、、

yardbirdさん:縦書き明朝体に変換し、勝手に印刷して読ませていただきました。すると化学変化が起きました。
 詳しく書きたいのですが、今日も今日とて酔っております。近日中、脳味噌がパッキリしておりますときに感想述べさせていただきます。
>けいきょう さん

 楽しみにしています。こちらも負けず劣らずの酔ーッパラいー!


>みりんさん

 酔っ払っていてまともなレスが書けません。また明日あらためてレスさせていただきます。

ひとつだけ。

 「諸先輩方」なんてお考えにならないで。けいきょうさんは酔っ払いだし、しましんさんはインポ(知らないけどたぶん)だし、このわたしはヨイヨイ、遠慮なんかいりませんよ。

「そして、もう『奥様』と呼ぶのもなし、もう『ジャンさん』と呼ぶのもなし、わたし達、共和政治になって『おまえ』とよびあうことにしましょう。」
(レ・ミゼラブル)
なーんちゃって。

>佳貴さん

声がたくさんあるのは幸せだよね。反応とか答えとか。詩にはたったひとつの解釈をすることを強制しないって一面もあるって思う。
にしてもマジックとか言わないでけれ〜。


>いるかさん

「言葉は言葉以上でもいかでもない」けど、詩は言葉の日常性を超えられるものなんじゃないかなあ。

詩は言葉の日常性に対する暴力というか破壊っていう考えかたもあってさ、当たり前の文章だと読めちゃう日本語の文法構成とか規範とかを壊しちゃう仕方もあるんだよね。その破れ目に快感を得たりもできると思うんだよね。あ、言葉ってこんなふうにも読めちゃうんだ、みたいな。

どこで切り取って、どう接続させていくかっていうのは行わけ詩でも大事なとこで、ここに飛躍があったり、転調を置いたりするわけでしょ。この作品だけが特別なわけじゃないと思うんだよね。

それにこの詩の試みのひとつが読めちゃったようなのは、ここでの技法が現代詩の伝統のなかに組み込まれてきてるから。つまり新しいものではないからこそだよ。



 では酔っぱらう前に…(笑)

 正直、前作を読んだときは「うわ、こりゃもうワタシの脳味噌ではついていけない」と思ったのは事実なのです。
 で、今回「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ…」と思って考えたのが縦書き明朝体印刷にして読むことでした。これが奏功しました。静謐な痛みみたいなものが伝わってきました。これはひとりの読み手としても嬉しいことでした。
 
 て言いますかね、今回はっきり、yardbirdさんの詩、mixiのこの書体と横書き表記で絶対損をしていることが分かった。作品がどう、内容がどうって以前の問題が足ひっぱってるのは、たぶんご本人もお気付きで、忸怩たるものがおありでしょう。

 そういう意味では奇しくもルウさんがいるかさんへのレスとして「新しいものではない」と書かれていますが、わたしもそのように思います。作品の立ち方としてはきっと伝統的、乱暴な言葉でいえばどこか旧い時代性の中にいる、そのような背景で読まれてこその作品、そう言えるのかもしれません。
 そしてこれはyardbirdさんの作品だけに感じるものではなく、わたしが今読み返している現代詩の60年代、70年代に活躍した詩人の作品を読んでも感じることなのです。新鮮さ、ということで言えば、もっと時代を遡ったものの方にそれを感じられたりするような気がします。

 確かにyardbirdさんの作品は難解でとっつきにくい印象がある。でもきっかけさえあれば詩作品として鑑賞ができる。言葉変えれば「これは詩か詩ではないのか?」という命題は背負っていないのだと思う。それは強みでもあり、はたまた弱みなのかもしれない。でも、書き手は強さだと信じて書いていけばいいんだと思う。
 そのようなことを思いました。


 結論・詩はやっぱり縦書き!可能ならば明朝体!ここ重要!テストに出ます!で、満艦飾パイロット版、一応の締め切り迎えましたが、現在どのようなレイアウトにするか検討段階ですので、まだまだお時間ありますので、どうぞ皆様遠慮なくご許可くださいませ!
>いるかさん

 作品の解釈はさまざまで、またさまざまでよいという前提で書きますが、わたしの場合言葉の一義的な意味は通ってゆかないにしても、それぞれの語の持つ色彩、音(音韻的なものと意味のもつ音色とでもいったものの両方)、文化的背景、意味のネガティブまたはポジティブな方向性、または運動といったものが織りなす音楽をつくりあげることが自分の詩作の方法なのかもしれません。(正直このような自己分析をすることはあまりないのですが。)

 ある意味おっしゃるように「無意味に流れていって」しまうのですが、内容が空疎であるために、前述の音楽がより響きをますようなこともあるのではないか、などと思っています。

 作品を提示した以上その作品がすべてですし、このようなひとつ間違えば自作の擁護とも取られかねないことを書くのがはたしてよいことなのか、とも思いますが、わたしが作品を書く際に考えていることの一端です。あまりご参考にはならないかもしれませんが。

>みりんさん

 ご批評うれしく拝読しました。もちろんおっしゃるように「流れ」を感じていただけるようにさまざまに心を砕いた作品です。

 少し言葉たらずだったかもしれません。 基本に「流れ」があり、ただその流れが、平坦にながれてゆくのではなくさまざまな紆余曲折を含み、あるときには流れを見失うように感じることもあるようにできないか、と思って書きました。うまくいっているかどうか、自分ではよくわかりませんが。

 うれしく感じたのは、「身体的」ということばを使っていただいたことで、これはけいきょうさんへのレスでもういちどふれる予定ですが、頭よりは体で感じていただける作品を、というのが私の一貫した志向で、それがわずかなりとも成功しているかもしれないことはとてもうれしいことでした。

ありがとうございました。

 
>いるかさん

 書き漏らしました。すいません。たとえどんなに否定的なご批評であっても作品に対してのレスポンスを頂くことは、私にとってたいへんうれしいことです。

ありがとうございました。
>けいきょうさん


 ごめんなさい、レスを書き上げるまえにビールの時間になってしまいました。明日まで待ってくださいね。プシュ!

>けいきょうさん

 「わたしの脳味噌では、、、」などとかいておられますが、そんなことはまったっくないと思います。それに、みりんさんへのレスでも書きましたが、私としてはむしろ、脳よりはカラダで感じてほしいというのが希望で、もちろん読み手の読み方に干渉するわけにはいかないわけですが、少なくとも書き手のわたしは「カラダ」で書いているつもりなのです。

 詩だけに限らず前衛表現全般に対して、(わたしの作品は前衛などというご大層な言葉を冠するほどのものでないのは承知ですが、自分としては新しいものを盛り込んでゆこうと努めてはいます。)多くの人のなかに大きな誤解があるのではないかと思います。いわゆるダダ、シュールなどに限らず、新しい表現は全般的に見て、むしろ非常に身体的なものだとわたしには感じられます。それは何らかの「理論」にもとずいて構築されるものというよりは、理知とか、人間の外側にあるさまざまなものよりもより深いところ、原始的といってもよいようなところから生まれ、また受け手の、おなじように原始的なところに訴えるものだとわたしには思われるのです。少なくとも実作者にとっての実感はそのようなものであるような気がしてなりません。

 で、けいきょうさんとルウさんが新しいものではないと書いておられるのは、いささか不服。なんとか新しいものを盛り込んでいるつもりなんですがねー。でも古いものからもさまざまなものを取り込んでいるし、しかたがないのかなーとも思います。なにせ私にとって最高の詩人は、、、まあこれは言わぬが花かしら。

 書体に関することはまさにご明察、縦書き明朝体で読むと、わたしの駄作も3割がたよく見えます。でもまあ、これもしかたのないことですね。

丁寧なご批評ありがとうございました。
>いるかさん

、「詩の中に説明できないものが含まれているのかと思います。」と書いておられますが、わたしのアイコン代わりに使っている絵(?)の作者M.デュシャンなどは「作家は自分の表現しているものについて決してわからないのだから」とまで書いています。詩に限らず、何らかの表現が言葉で説明できるものだけでできているようなものはやはりあまり魅力のあるものではないのではないでしょうか。(これは自作を離れた一般論として。)

ありがとうございました。
>よしたかさん

「最終連はちょっとドラマ感じる流れに変えたほうが」

 そうなんですよねー、「あの燃える転轍機とその下で揺らされたオレンジの花から」というフレーズは、ドラマとまではいえなくても最終部に力強いものを示して終息しようとしたんですが、あまり効果が上がってないなーとわれながら思います。

 ここ二三日は、次の作品どんなのにしようかなーなどと考えてぼんやり暮らす、作品と作品の間にあいた青空のような日々でした。

 題名だけは決まっています。「茨木?」今回の続編です。またよろしくお願いしますね!


「茨木?」

 このしずかな 日ざしの中にかたい灰が残るために ちいさな水たまりに映った航跡とその和解のために 食卓のうえにのせられたやわらかな心のかざりと そのかなえられた約束のうえに かがやく地下道のなかにうまれた 蟻たちのひらかれた廃坑の繁栄が あるいは裂かれたシャツのしたにある 十月の湾に沿ってきらめく蝉たちのぬけ殻が または雨のふる川岸の倉庫のうえに 燃えあがるマニラ麻とクレーンの記憶を そしてかなしい夢と編み上げられたちいさな乗り物が 絵の具のように融けだすあたたかな花壇にこぼれて 
 もし あの灼けただれた地すべりのあとに何かが残るなら うしなわれた突堤と このあかるい四月の林をむすぶやさしいとりなしを さかれた繭と 死んだ孔雀のひろげた沸きたつ溶鉱炉のなかに くだかれた肩をもとめて震えるふぞろいな鶸たちに しずかな やさしいとりなしを 






*************************************************************************
いつも通りに忌憚のないご批評を。また、どんなご意見でもお気軽に。
yardbirdさん「茨木」

全くの見当違いかも知れないが、この詩は311の大震災後の世界を地底の視線から捉えたものだと思う。スケッチの断片が連ねられるので声が見えにくいのだが、最終の「しずかな やさしいとりなしを」に繋がる。沁みるねぇ。
もう少し断片を絞り込んだ方が良いのかも。
題名の意味がよく解りません。のり子?是非種明かしを。

失礼しました。 
>しましんさん

 じつにご明察で、3/11の震災のことを強く意識して書いたものです。あの大災害の後、わたしにとっては、人間たちだけでなくさまざまな生き物をおそったあの地震そして津波、ひいては「自然」というものをどのように考えるのか、というようなことがありました。昨年秋に、被災した東北の山々の紅葉をテレビでみてかんじたことは、「この美しい紅葉とあの灰色ににごった大津波とは、同根のものなのだ。」ということです。自然になんらの「意思」がなく、われわれの心にしみいる美しい自然のありさまと、すべてを押し流したあの醜い津波とは自然の等価な二つの現れ、つまりまったく同じものでしかないのではないか、ということ。それをどのように考えたらよいのか、ということが、作品を書く上で考えてきたことのひとつです。
 ただ、それはそれとして、どうも作品はうまくいっていない。誰か助けてください!

追伸:なぜ「茨木」なのか、それは私自身にも全く説明しがたいことです。(もちろん茨木のり子とは関係ありません)アメリカの画家フランク・ステラのある連作のそれぞれにはアメリカのある小都市の地名がつけられています。それぞれの作品と、そのつけられた地名とは全く関係がないようにかんじられます。この題名は、その発想を盗んだものです。

ご批評ありがとうございました。
「茨木?」


 そしてやわらかな茎のなかほどにある そのささえる小さな花びらになぞらえた もし小鹿の脚にからまるひそかな響きのような あて先のないしろい手紙と しずかな雨の朝とのあわいに差しのべる しかもわすれられた春の襞とからみあう その匂いのあふれる それほどにやさしい口許に そして

いつもどおりお気軽に、どんなご感想でもいただければと。
>いるかさん

 ご批評ありがとうございます。やはりいろいろな方のご意見を聞くのはほんとうに勉強になります。肉感的というのは意識してはいなかったのですが、ご指摘を受けてみると全くそのとおりですね。考えてみれば当たり前の話で、じつは下敷きにした作品がありまして、こんなものです。

 そよや こ柳によな さがり藤の花やな さき匂えけれ えりな むつたはぶれや うち靡きよな 青柳のや や いとぞめでたきや なにな そよな
                        (梁塵秘抄一巻から)

 私、古典についてまったく無知なのですが、藤の花と柳がからみあうありさまをつうじて、男女のことを暗喩しているものだそうです。そういうものから発想を得ているので、肉感的なものが知らず知らずに入ってきたのでしょうね。

ご批評ありがとうございました。
> ほかけ さん

 題名については、なぜ「茨木」なのか、正直なはなし自分でも本当にはわかっていないのかもしれません。直接には同名の歌舞伎の演目から借用したもので、これは侍と戦って腕を切りおとされた鬼が自分の腕をとりかえしにくるという話ですが、その内容が作品と関係があるというわけでもありません。以前ここでご批評いただいた「茨木」「茨木1」「茨木?」などの連作がありまして、その全体が、あらゆる生き物と無生物を含んだ全世界であるようにしたい、その全体の題名を、それらと非常におおきな距離感を感じさせる、ある凜質をもったものにしたい、という意図でつけた題名です。(うまくいっているかどうか、自分でもまったく自信がありませんが。また、こう書いただけでは語りきれないなにかが自分の意図の中に含まれているようにもかんじます。それがなんであるか、結局自分でもわかっていないような気もします。)

ご批評ありがとうございました。

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