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暁闇の鎮花祭コミュの暁闇の鎮花祭 19

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第十六章;暗想の朧月夜


四層の庭園。それは、五層の庭園を完全に模倣した庭園であった。
しかし、四層の庭園には、五層の庭園とたった一つだけ、違うものがある。
それは、桜の木。
四層の庭園にはいつの頃からか、自然に生えた桜の木があった。

五層の庭園に桜の木だけが、無い理由。
それは、五層支配;昊渕が桜を殊の外嫌ったため。

その五層の庭園を完全に模したはずの四層の庭園に、桜が一本だけ生えている理由。
四層支配;華祥がその桜を殊の外愛したため。


中庭を横目に見ながら、玄紅は廊下を歩いていた。しかし、その足取りは些か重い。
玄紅のことをよく知るものでなければ、恐らくは分かりえないであろうその微妙な変化も、しかし今向かっている先にいる華祥には、極自然に分かってしまう。華祥とは、共に過ごした時間がそれほどに長いのだ。
それを思うとこの時ばかりは、玄紅の足はさらに重くなった。


「華祥様――。」
一層の監視者をスセリ姫が強襲した事件を報告しようとした玄紅を、話しを聞く前にしかし華祥は断った。少し一人で考えたいことがあるから、と。
微かに逡巡したのち、玄紅は華祥の意志に従った。実は玄紅自身も、今少し一人で考えたかったからである。

しかし事が事だけに、いつまでも、というわけにはいかない。そして玄紅は重い足取りで再び、華祥の元へと向かっていた。


「華祥様。」
部屋の前で呼びかけてみるが、返事がない。寝ているのか、と刹那思い、一瞬躊躇った末に玄紅は思い切って障子戸を開いた。
茫洋とした良い日差しが、一斉に華祥の私室を明るく照らす。
その光の中を玄紅は華祥の姿を求めて目を細めた。そして無言のまますぐに障子を閉める。
障子が閉まった瞬間、玄紅は先ほどとは打って変わって早い足運びで、廊下を滑るように駆けてゆく。ふと、廊下の中ほどで、玄紅は立ち止まった。そして、庭に靴も履かずに飛び降り、床下を覗いてみる。
俗に寝殿造り、と言われる建築様式で出来ている屋敷は、床下がゆうに人が立てるくらいに高い。
過去、玄紅の目を盗んで屋敷を抜け出すために、華祥が私室の床のどこかに、床下に降りるための穴を開けたことがあった。
いくら探してもその場所を見つけることが出来ず、仕方なく、その穴を塞ぐことは断念したものの、以来華祥は事あるごとにその床下の穴を使っては、屋敷を抜け出している。
玄紅がまず床下をみたのは、そういう経験に基づいて、であった。
しかし、今日は床下に彼の人の姿を見つけることは出来なかった。玄紅は、重い溜息を付くと、再び、今度は立ちはだかるように高い位置にある廊下へと、飛び乗った。
廊下に足をつける前に、汚れた足袋を脱ぐという神業は、掃除も担当している身としては、しかし当然至極の処置である。



玄紅が華祥捜索に乗り出したとき、華祥はこの件の桜の木の枝上にいた。この桜の枝上からは華祥の住まいする館の瓦屋根が、その遥か後方に連なる青い山並みを背景にして、まるで描かれた一幅の絵画のような趣で収まっている。華祥は、その光景がなぜか無性に好きだった。
だからこそ、つい玄紅の小言を貰うと分かっていても、いそいそと屋敷を抜け出してはこの木によじ登り・・。
「華祥様・・。」
噂をすれば、なんとやら。タイミングよく木の真下から聞こえてきた、聞き覚えのありすぎる声に、華祥は心持、首を竦めた。
「一人で考えたいことがある、との仰せでしたが。こんな所で木登りをなさっているところを拝見しますに、気分転換も一緒にお済みの様子。この様子であれば、早速すぐにでも、お役目に関わる話を聞いていただけますね。」
玄紅の嫌味が、何とも耳に痛い。
華祥は言い返す言葉も無く、しかしささやかながらにも反抗の意思を示すべく、取り合えずそっぽを向いてみる。その華祥のささやかな反抗に玄紅は、とりあえず、本日何度目かになる溜息で応酬した。

両者ともに何も言わないまま、沈黙だけが当たりに落ちた、のは束の間。依然、顔を背けたままの華祥が口を開いた。
「玄紅、私に小言を言いに来たの?」
「私に小言をいわせることをなさった華祥様が、何をおっしゃる、と申し上げたいところではありますが、ここで押し問答していても始まらない。
とにかく、屋敷にお戻りください。」
「うー・・。」
何か、玄紅曰く余計な一言を言いかけた華祥に、玄紅の半眼が突き刺さる。本日の玄紅は相当にご立腹の様子。いつもなら、こんなにせっついたりしないのに・・。
華祥は言えなかった言葉を、玄紅への精一杯のあてつけの溜息と共に吐き出し、桜の幹に手を掛けた。




「実は先日人界にて、古代日本神魔が一人スセリ姫が一層の監視者を強襲しました。幸い私がその場に居合わせたため、一層の監視者を逃がしました。」
玄紅は報告を終えると、そっと華祥の一挙一動を窺う。華祥は玄紅の報告に対して少なくとも表面上は、何の変化も見せなかった。
予想していた混乱や追及がなかったことに対して、玄紅が安堵とも失望ともつかぬ、両者が渾然一体となった溜息を付こうとした瞬間、華祥の思いもよらぬ言葉に、思わず息が止まった。
「古代日本神魔って、一体何?」
奇妙な間が二人の間に落ちた。
「――玄紅、もしかして怒った?」
その奇妙な沈黙を怒りと採ったのか。華祥が言いにくそうに尋ねた。藪をつついたはいいが、蛇が出ないか、と後になって案じているものらしい。
しかし玄紅は、いつもならば、華祥の予想通り、歴史の勉強を怠っているからだ、と説教をするところだが、この件に関しては、華祥を叱ることが出来なかった。
否、正確には、何も言うことが出来なかった。

過去を失くしているのではないか、という予感は、実は前からあった。しかしそれに対して玄紅は、否、当時はまだ健在であった昊渕もなんら対応をとらなかった。
その方が幸せであることを、例え自己欺瞞と罵られようとも、誰よりも知っていたからである。

しかし今、時の彼方に捨て去ったはずの過去が、華祥の、そして玄紅の腕を掴んだ。
「いえ。古代日本神魔とは、・・この国に先住していた神々の系譜のことです。」
誤魔化せない、と思いながらも、どこまで誤魔化せるか、と量っている自分がいる。玄紅は、胸中でそんな自分を冷笑した。

そんな玄紅の内心の拘泥をまるで知らず、華祥は一人でしきりに納得している様子であった。



ザラリッ
微かに、華祥は手に異質な感触を覚えた。
受け取ったものを撫でていた時、その物には本来無いはずの手触りを感じ取ったときの、あの、驚きとも恐怖ともつかない感情が、刹那の間に、華祥の全身に駆け巡る。
「古代日本神魔――。」
玄紅が微かに緊張するのが気配から分かった。しかし聞こうと思っても、肝心の言葉が出てこない。
聞いてはならない。
内なる声が華祥に迫る。

「スセリ姫って、一体何者なの?」
話の矛先を少しだけ逸らして、華祥は内なる声の追求から身を交わしながら、さらに知りたいと思っている自分の心をも満足させようと精一杯試みてみた。
「スセリ姫は古代日本神魔の長、大国主の正妻です。封印された、とは聞いていましたが、どうやらその封印を脱した様子。」
「スセリ姫・・。」
そっと、その名を呟いてみる。
玄紅は、それ以上何も口にしない。
そして華祥もまた、そんな玄紅を見詰めたまま、口を開かない。
二人の間に、いつの間にか黄昏を過ぎた宵闇が、沈黙と共に垂れ込めた。





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