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暁闇の鎮花祭コミュの暁闇の鎮花祭17

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こうじん
第十五章;寇神の舞姫

「闇に還りなさい」
凛とした少女の声が、辺りに響く。
それは、不思議な光景だった。
もしも、この開発からとり残されたような雑木の生い茂る都会の一角に、しかも深夜、たとえ酔狂ででも通りかかる人間がいて、この光景を目撃していたら、一体何というだろうか・・。

少女の手に、まるで導かれるようにして、紅蓮の焔が瞬く間に少女に対峙していた影を捉え、次の瞬間には跡形も無くその存在を消し去る。

日々はこの繰り返し。そしてそれが監視者、美夕の使命。
『美夕、今日のところはこれで引き上げましょう。』
辺りの闇から割り出でるようにして、黒衣に白い仮面を纏った長身の男が美夕の傍らに並んだ。
「・・そうね。」
仮面の神魔の名は、ラヴァ。美夕の僕たる西洋神魔である。
美夕の明らかに気乗りしない返事に、ラヴァは暫し沈黙した。ここで畳み掛けて説得をする必要が無いことを、ラヴァは知っていたからである。
「あの神魔・・。あれ以来、姿が見えないままよね。」
『はい。』
「ねえ、ラヴァ。古代日本神魔って一体何者なの?」
『・・・分かりません。資料が全く残されていないのです。』
「なぜ?」
「どうしても、その存在があったという事実さえも知られたくない理由があるからよ。」
突然、聞き覚えの無い第三者の声が二人の間に割って入ってきた。
「誰!?」
美夕の誰何の声と同時に、ラヴァの爪が煌めく。
ラヴァの爪に切り裂かれた幾枚かの葉が、サラリサラリと季節外れの落ち葉となって散っていった。
その、季節外れの木の葉の乱舞の向こうに声の主の姿が、露になる。
それは、高校の制服を纏った少女だった。

少女は、襲い掛かるかに見えたラヴァの爪にも、その場を微動だにしなかった。それを、美夕は恐怖ゆえに、そしてラヴァは、自らの実力への自信ゆえに、と見た。自然、美夕の態度には余裕が生まれる。

「こんな時間に、こんな場所で、しかも女の子が一人。一体何をしているの?」
美夕の言葉に、少女が軽やかに笑い、そして答えた。
「待ち合わせよ。」
「誰と?」
美夕がさらに畳み掛けて質問する。
「あなた達と。」
少女が、まるで悪戯を楽しむ子供のように無邪気に微笑んだ。同時に、一陣の風が、美夕と眼前の少女の間を駆け抜ける。
「私の名前は相原須香。これっきりになると思うけど、よろしくね。監視者さん。」
須香の口調はどこまでも軽く、そして楽しそうでさえあった。そこには気負いのようなものはまるで無い
「私が監視者であることを知っている――。そう貴女、はぐれ神魔ね。」
『美夕、下がってください。』
ラヴァが美夕を後ろに下がらせようと、美夕の肩に手を掛けた。嫌な予感が晴れることなく、むしろ深くラヴァに纏わりつく。
「そっちの彼も、淋しくないように一緒に封印してあげるから。
私が、そうであったように――。」
須香の言葉の意味を問い返す間もなく、美夕とラヴァに向かって凄まじい暴風が、正面から吹きつけた。
『美夕っ!!』
肩に置かれていたラヴァの手に力が篭り、美夕の体を抱きかかえる。
その次の瞬間、ラヴァの体がその周囲に張り巡らせた結界ごと、勢いよく後方に吹き飛ばされた。

しかしそのままの勢いで、背後の木の幹に体を叩きつけられるギリギリのところで、ラヴァは何とか踏み止まった。そんなラヴァの様子に、須香が面白そうに唇の端を持ち上げる。

次に須香は軽く目を閉じると、低く、耳慣れない言葉を口ずさみ始めた。
須香の面から、笑みはまだ消えない。

ラヴァは慌てて結界をより強力なものに変えた。背筋を、嫌な予感が戦慄となって走る。
『美夕。』
先ほどの攻撃の衝撃のためか、美夕は気絶していた。完全に先ほどの攻撃を防いでいたつもりでいたラヴァは血の気が下がる思いで、強く美夕の体を抱きしめた。
脈も呼吸も正常。
知らず、ラヴァからは安堵の溜息が洩れる。
 
しかし、この僅かな時間に須香の術は完成をみてしまった。
須香は無邪気な笑みをその面に湛えたまま、無言で胸の前で組んでいた両手をラヴァに向けて突き出した。途端、須香の両手の間から無数の風の刃が、ラヴァを目掛け一斉に襲いかかってきた。

硬質な物同士が触れあうときに発される耳障りな音が、立て続けに辺りに響く。
ラヴァの結界が尽く須香の術を弾き返したのだ。しかし敵の術も去るもの、一度襲い掛かり、防がれた風の刃たちは、しかし在らぬ方に弾かれたかと思うと、器用に各自が空中で方向転換をして再び襲い掛かってきた。
風の刃の数が多いことと、その個々の動きが極めて個性的且つ不規則なため、動きが読みきれない。自分ひとりならば、多少の怪我を覚悟で飛び出していけたのかもしれないが、現在ラヴァの腕の中には美夕がいる。
己一人の身ならばいざ知らず、この少女を傷つけるわけにはいかなかった。
それゆえさしものラヴァも、反撃のチャンスが全く掴めないまま、完全に相手ペースの一方的な消耗戦が暫く展開された。

「もうそろそろ、終わりにしてもいいかしら。
彼との約束の時間が迫ってるの。」
ごめんなさいね――。
チラリと腕時計に目を走らせて時間を確認すると、須香は軽く肩を竦め、まるで仲の良い友人に詫び言を言うような軽い口調でそう告げた。

その須香の言葉にまるで応えるかのように、それまで辺りを自由気儘に乱舞していた風の刃が、今度は一箇所に集まり始める。
そして瞬く間に、高密度のため蒼く色づいてみえる風の塊が誕生した。
「彼ね、とても時間に煩いの。」
風の塊が、まるで拳のようにラヴァの結界に激しく叩きつける。
「くっ・・。」
押し寄せる風の塊と、それを阻む壁との鬩ぎ合いが始まった。それが暫く続くかと思われたその時、結界が甲高い悲鳴を上げる。――亀裂が入りかけているのだ。
「あなた、何者・・。」
いよいよ予断を許さなくなってきた事態に、表情を険しくさせたラヴァの耳に、腕の中の少女の声が聞こえた。
「美夕・・。」
「もう大丈夫。ラヴァ」
促され、ラヴァは少女を地面に立たせる。緊迫した状況は依然何も変わってはいない。しかし、なぜだろうか――。
美夕が目を覚ました、ただそれだけのことが、ラヴァをそれまでとはまるで違った、いうなればひどく落ち着かせる。

須香は目をそれまで当てていたラヴァから、その腕の中から凛然と立ち上がった少女・・美夕へと移した。
須香と美夕の目が正面から交差する――。
美夕は一瞬どきっとした。
須香の目は今まで幾度と無く夢を与えてきた少女たちと同じ目をしていたから・・。そしてそれは一見華やいだ雰囲気を纏っているこの須香には、とても似つかわしくないもののように思えたから。

しかし、もしかしたら須香にはこの瞳が一番似つかわしいのかもしれない。
すぐさま美夕は考え直し始めていた。
まるでそんな美夕の内心の考えを肯定するかのように、須香が口を開いた。
風が凪いだ海のように、静かな口調で・・。
「出雲の風姫――。誰かがそう、私にあだ名を付けてくれたわ。いつのまにか、みんなが私のことを、名前ではなくて、このあだ名で呼ぶようになった。
でも、もうこの名前を呼んでくれる人は誰もいない。」
いなくなるのよ。
須香は囁くような小さな声で、そう言い足した――。
「貴方が人間だったら、夢を上げられたのに――。」
美夕の言葉に、須香がはっと我に返る。そして浮かぶ罰が悪そうな表情。それは如実に言うはずのないことを言ってしまった、言い過ぎた、ことを物語っていた。

しかし漏れ出した心の本音は容易には止まらない――。だから、須香はもう少しだけ自分の事を話しすぎることにした。
こんな愚痴めいた話を、本当はずっと誰かに聞いて欲しかったのだ。
「貴女は、幸せね。」
だって、彼がいてくれるから・・。
唇だけが動き、しかしその声は届かない。声に出して言ってのか、それとも唇だけで呟いただけなのか・・。何れにせよ、本来聞こえないはずのその声なき言葉を、しかし美夕はその唇の動きを読むことで聞き取っていた。


「時間が来ちゃった――。大変、遅刻だわ。」
急いで――。
須香の言葉を受け、風の塊は一気にその大きさを増し、さらにその鮮やかな蒼さも増す。
そしてその威力を増した風の塊がラヴァの結界にぶち当たってきた次の瞬間、
ピシッ・・。
先程のものよりも少し大きな甲高い悲鳴が、結界の表面から上がった。
「ラヴァッ!!」
美夕の声にラヴァは無言のまま、しかし幾らか硬質ながらも穏やかな微笑を美夕に向ける。その優しい気遣いに、思わず美夕の息が詰まった。
状況は八方塞のまま、最後の一撃となるであろう攻勢が掛けられる。
「今度は、あなたが闇へと還る番ね。」
神託を下す巫女の如き厳かな口調で未来を断じる須香の声が、荒れ狂う風の音をも圧して辺りに韻々と響いた。

「監視者を害するというならば、見過ごすことは出来ません。風姫。」
しかし須香の宣告した未来は訪れなかった。
突然、何かが風の塊を引き裂く。
すると次の瞬間には、あれほどまでに猛威を振るっていた風の塊はその威力を失い、或いは他愛もない小さな竜巻となって、或いは突風となって瞬く間に辺りに飛び散って行ってしまった。
須香はそんな眼前の光景をただじっと、何をするでもなく見つめていた。
だが須香が決して自らの術を破られて茫然自失になっている、というわけではない。その証拠に、須香の口許には楽しそうな微笑が深く刻まれていた。
「あら、懐かしい――。それから、私をその名前で呼んでくれてありがとう。ところで貴方は随分色々と変わったようだけど、名前も変わったの?」
「いいえ。身は四層支配華祥様に従う、玄紅。」
玄紅と名乗った若者は、少なくとも表面上は須香の言葉に動じることも無く、さらりと自らの名を名乗った。その名乗りを受けて須香が、突然華やかな笑い声を上げる。
「自己紹介が中途半端よ、玄紅。最も貴方にその名を名乗る資格はないけれど・・。
そう、『古代日本神魔』を。」
「古代日本神魔?」
それまで成り行き上、聞き手に廻っていた美夕は聞き覚えのある単語に思わず声を上げ、『四層支配の守護神魔』を名乗った玄紅の顔を睨んだ。
「どういうこと――。」
「本当にあなたは何も知らないのね、監視者さん。」
溜息と共に吐き出された感情の抑揚ないその声に、美夕は思わず須香の顔を凝視していた。先程ぽつりと洩らされたその声音は、確かに須香が発したものであろうが、およそ眼前の須香の若々しい外見とはまるで似つかわしくない、夢を断たれた老婆のような声だったから。
「――、どういう意味?」
この場に居るもので外見年齢と実年齢が一致しているもの、また外見から実年齢を想像できるものなど誰もいない。しかしほんの刹那とはいえ、先程須香が漏らした彼女の声音は、須香が経てきた膨大な時の長さをその場にいる全員に改めて思い知らせた。
「あなたは何も知らなさ過ぎる。――華祥と同じ。」
『華祥』の名が出た瞬間、須香の瞳に言い知れぬ激しい感情が垣間見えたのを、美夕は見逃さなかった。
「その華祥って人も私は知らないし、関係ない。」
「そう。それなら私から、一つだけ教えてあげる。華祥は四層支配。そして、あの巌永姫の娘よ。最も、華祥は貴方と同様何も知らないんだけどね。」
須香がうっすらと哂った。今まで見せたどの笑みとも違う、見るものをぞっとさせるような笑みを。
「古代日本神魔は、今度こそ終わる。私は古代日本神魔ではないし、華祥は、知らないんじゃ折角の血脈も意味がないから。そして玄紅、貴方が『古代日本神魔』を名乗ることは、永劫私達が許さない――。」 
「『私達』?」
「これ以上、貴方と話をするつもりはないわ。また会いましょう。監視者さん」
「待ちなさいっ!!」
追い縋りかけた美夕に、正面から突風が吹きつける。その風に、思わず顔を庇って手を翳した短い間に、須香はまるでその突風に攫われたかのように、消えていた。
後に残されたのは美夕とラヴァ、そして玄紅・・。
「貴方は置いていかれたちゃったみたいね、古代日本神魔さん。」
美夕の揶揄に、玄紅は不快気に眉を寄せた。そして何かをいいかけて、しかし考えていた事とは別の事を口にするに止めた。
「一層に、自らの支配階層に戻れ。」
「貴方に命令させるいわれはないわ。それに敵と知り合いの四層の守護神魔なんて、私は信用していないんだから。」
直後、一瞬だけ玄紅の紅の瞳が蒼い色に変わった――。
しかしその変化も一瞬の間だけ。その微細で短い変化に、美夕は気が付けなかった。
「信用など、誰からもされるつもりはない。私には最も縁遠いものだ。」
くるり、と玄紅はあっさりと美夕に背を向けた。一瞬、美夕のほうが対処に戸惑う。あそこまで挑発すれば何かしらのリアクションがあるだろうと構えて待っていたのに、しかし相手はあっさりと背中を見せてしまった。

「待ちなさいっ!」
その背中に追い縋るように掛けられた美夕の声は、聞こえていたはずなのにしかし玄紅は振り返らない。
その漆黒の装束が風を孕み、一瞬ふわりと大きく膨らんだかと思うと、その次の瞬間、その姿は何一つ痕跡を止めることなく虚空に溶け消えた。
「何よ、あいつ――。でも、また古代日本神魔――。」
ポツリと呟かれた美夕の言葉を、ただラヴァ一人がその傍らで聞いていた。
『美夕、そろそろ戻りましょう。』
「そうね、でもあの巌永姫の娘、あの時は名前聞きそびれちゃったけど、華祥って言うんだ。そして、監視者だったんだ――。」
「華祥は四層支配」
「華祥は知ってるのかな――。自分のお母さんがはぐれ神魔だって――。」
『美夕・・。』
ラヴァは、しかし直前で口を閉じた。代わりに、そっと俯く少女を己の漆黒のマントで包む。
その泣き顔を隠すように、せめてこの少女だけは優しい夢を見られるように。
『もう戻りましょう・・。』
「うん。」

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