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暁闇の鎮花祭コミュの暁闇の鎮花祭7

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第六章;来訪者


深々と、いつ果てるともなく雪が降り積もる。文字通り、雪と氷だけのこの静寂の世界に、この日はどこか、ぴんとはった緊張感が漂っていた。


銀色の雪原の中にぽつねんと立つ広大な屋敷、それは日本神魔界第三層支配、冷羽の屋敷である。そこに突然、一人の来訪者が現れたことがその原因だった。

今この時、屋敷の奥まった部屋には二人の人影が認められた。しかし向かい合って座っているこの二人の間に言葉はなく、微かな物音さえも立たない。緊張感さえ内包した沈黙が、二人の間を、時とともにすり抜けていく。



「雪に桜の花弁が混じっているというのは、またなんとも美しいものね。冷羽殿。」
突然に、それまで一言も発することなく黙然と、舞い散る雪にまなざしを注いでいた四層支配、華祥が口を開いた。来訪者とは、この華祥のことだった。


この日、華祥は何の前触れもなく、ふらりと三層にやって来た。
監視者とはいえ、否監視者は尚のこと、自らの支配階層を離れることは、余程の大事でもない限り、不文律ではあるが禁じられている。とは言え、個人的に懇意にしているもの同士なら、或いは偶には往来もあるかもしれない。しかし冷羽と華祥の両者間には、実は交流どころか軽い認識程度しかない。
そのため、この心意の推し量れない来訪者に冷羽は困惑した。だが来客は曲がりなりにも自分の上司。冷羽はすぐに気を取り直すと、この唐突な来訪者を屋敷奥の客間へと通した。

型通りの挨拶もそこそこに、冷羽が用意した茶に対して礼を言って以降、華祥はぴたりと口を閉じてしまった。突然の来訪の釈明もしないままに――。
しかし華祥はそんなことさえも気がつかない様子で、まるで何かを待つように、じっと、砂時計の砂のように天上から飽かず舞い降りてくる雪を、見詰めていた。



そんな華祥が突然口を開いたことに驚く間もなく、その内容に冷羽は愕然とした。
「桜の花?一体――。」
慌てて視線を向ければ、そこには確かに雪と共に舞う桜の花弁があった。
舞うはずなど決して無い、桜が。しかし確かに――。
そもそも、この三層に桜の木など、無い。
否、それ以前に、深い雪と溶けない氷、吹き付ける寒風は、如何なる命も許さない。溶けない雪から生まれた冷羽のみが、この中で生きられる唯一の命である。
しかし現実に、桜の花弁はこの間も舞っている。
冷羽は幻か、と疑った。

戸惑う冷羽をよそに、思う存分、雪と桜の異色の共演を堪能した後に、華祥はおもむろに口を開いた。
「冷羽殿の趣向――というわけでは、その様子では無いようね。しかしこれなるはまことに桜。不思議なこともあるもの。」
華祥の手が、舞う桜の花弁を一片、まるで招き寄せるかのような動作と共に手のひらの上に載せる。冷羽は一度口を開きかけ、しかし何の言葉を発することもなく再び口を閉じた。
華祥の態度が、一瞬、まるでこの異常事態を楽しんでいるように冷羽には思えた。



相手の考えていることがまるで見えてこない。むしろ、実は何も考えていません、と言われても納得してしまいそうである。
しかし相手はまがりなりにも四層支配。
きっと何か考えがあってのことだろう、と冷羽は気持ちを静めた。
「冷羽殿に、この桜に心当たりは?」
華祥の唐突な質問にも、しかし冷羽は淡々と答えた。気持ちは静まり、いつものペースが戻っていたからである。
「いえ、妾には全く。かく仰せられる華祥様には、心当たりがおありなのですか?」
「さあ。」
些か投げやりな口調で華祥は、自分が振っておいた問題の解答を放り捨てた。
その口調の中に苛立ちが込められていたように、冷羽は感じ驚くと同時に訝しがった。
しかし美夕や爛火ならばいざ知らず、華祥が相手では詰問することも出来ない。
予兆めいた桜の花弁を前に、冷羽はじっと心を静める。

突然に、ふと、華祥の表情が真剣なものに変わった。心なしか辺りの空気の質も、変わった気がする。
冷羽はそっと華祥を伺い見た。
「鎮花祭・・。」
そして、そう華祥が声なき声で綴った言葉を、冷羽は唇の動きから読み取った。





閑話休題;暁闇の鎮花祭


日本神魔界第五層の入り口へとつながるのは、頂上が雲霞に霞んで見えないほどの長い長い石段である。そしてその石段の両側に立ち並ぶ背の高い木々は、悠久の時間を感じさせる。


生い茂る木々の間を縫うようにして設えられた石段を登る人影が、二つあった。
華祥と、その華祥の守護神魔、玄紅である。
二人は、疲れたのか。言葉も無く黙々と石段を登ってゆく。


一体この二人がこの石段を登り始めて、どれだけの時間が経ったのであろうか。
ようやく、石段の先に重厚な四足門が見えてきた。

玄紅が、口を開いた。
『華祥様、五層の門についたようです。』
「・・昊渕様も、こんなことになるくらいなら、これも修行の一環、とか言わずに、もう少し通いやすい道にして下さればよかったのに・・。」
『この程度のことで飽きられているようでは、修行が足りていないとお怒りになられますよ。』
玄紅の嫌味に、華祥は沈黙した。

別に華祥は疲れているわけではなかった。ただ、石段を登り続けるという単調な作業と、代わり映えのしない周囲の景色にとうに飽きただけである。
しかし、玄紅と昊渕に言わせれば、あっさりと物事に飽きるのは我慢が足りない証拠であり、それはとりもなおさず修行が足りない、ということになってしまう。
四層支配になろうとも、年をとっても、養父兼師匠と年上の幼馴染からみれば、華祥は幼い頃の女児のままであるらしかった。
それが実は、かなり悔しい・・。

しかし、昊渕の、嫌味でもいいから、声を聞きたいと思うのは、果たして修行の足りないせいであろうか・・。
玄紅に尋ねてみたい反面、聞くのが怖くて、未だに聞いてはいない。


『私は、何時も通りここに居ます。用事がすみましたら、ここにお戻りください。』
「玄紅、たまには一緒に――。」
『一身上の約束です。私は中に入れません。』
さらに畳み掛けて説得しようとした華祥に、しかし玄紅は目を閉じることで何も聞く気は無い、と意思表示を示した。
華祥は小さく諦めの溜息を漏らすと、一人五層の内へと足を踏み入れた。

華祥の後姿を見送る玄紅の肩の上に、ハラリと一片、桜の白い花弁が舞い降りた。



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