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イエスの遺産☆キリスト教再生コミュの洗礼者ヨハネのグループとエッセネ派

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ユダヤ教の各派閥も、それぞれに違った信仰形態を持っていましたし、決して統一されたものではないですよね。
三大教派とか、四大教派とかって呼び方がありますから、それ以外にも小さなグループがあったんでしょう。
エッセネ派とヨハネやイエスの繋がりは、よく取りざたされますけど、まだよく判っていません。
共通するものがいくつかあることはありますが・・・

ヨハネの洗礼は、ユダヤ教で日常的に行われていた「禊ぎの沐浴」に由来しますが、ユダヤ教では「穢れ」を取り去るために何度も繰り返し行うものです。
でも、ヨハネのそれは一度だけです。
そして「洗礼によって悔い改める」のではなく、悔い改めたあとに洗礼(禊ぎ)を行うことで、罪を浄化し神の国に入る準備をするということのようです。
つまり、ここでは「神の国はすぐに来る」という終末思想がベースになっています。
そのヨハネから洗礼を受けたイエスは、動機として「罪意識」があったはずですが、もちろん福音書では触れません。
それどころか、そういう事実さえ隠したいのが本音でしょうけれど、ヨハネから洗礼を受け、彼のグループで活動していた時期があったことを知っている者もいるので、イエスとヨハネの立場を逆転させる「物語」を紡ぎ出しました。

マルコの冒頭・・・
〜預言者イザヤに、「見よ、我、わが使者を汝の前に遣わす。この者が汝の道を整えるであろう。荒野に呼ばわる者の声。主の道を備え、その道筋をまっすぐにせよ、と」と書いてあるように、(マルコ1章2〜3)

これは神がキリストなるイエスに向かって語っているという体裁で書かれています。
「汝」はイエスのことですから、「わが使者」であるヨハネは、イエスの歩くべき道筋を整える役目に過ぎないのだと決め付け、ビシッと言ってのけるわけです。
イザヤ書の引用とマルコは言うが、いったいイザヤの何処にこれがあるのか・・・わかりますか?

さらに、これは、ボクもなぜだか判らないのですが、ヨハネが処刑された物語にサロメ(福音書では単にヘロディアの娘)を登場させます。
まったく意味がわかりません。
ヨセフスによれば、ヨハネの逮捕と処刑は、明らかにヘロデ・アンティパスの政治的判断によるもので、拘禁の場所(マカイロス要塞)も加えて納得の行くものです。
マルコとマタイで、記述の内容に違いはあるけれど、共にヘロディアとサロメを絡ませていることや、場所をティベリア宮殿に移していることへの、決定的な整合性はまだ得ていません。

コメント(6)

マルコ1章2節〜3節は、以下のように複合引用(これを引用といえるかどうかワカラナイが・・・)です。

2節−見よ、わたしは使をあなたの前につかわし、あなたを道で守らせ、わたしが備えた所に導かせるであろう。(出エジプト23:20)
  見よ、わたしはわが使者をつかわす。彼はわたしの前に道を備える。またあなたがたが求める所の主は、たちまちその宮に来る。見よ、あなたがたの喜ぶ契約の使者が来ると、万軍の主が言われる。(マラキ3:1)
3節−呼ばわる者の声がする、「荒野に主の道を備え、さばくに、われわれの神のために、大路をまっすぐにせよ。(イザヤ40:3)

まぁ、でもそれはあまり問題ではない。
というか、別の問題。
ここでは、この複合引用を用いて、ヨハネとイエスの立場を入れ替えた・・・ということ。
そうしなければ具合が悪かった。
ヨハネは「正しい人で民衆に人気があった(ヨセフス)」し、預言者と目されてもいた。
イエスがヨルダン川でヨハネのグループと行動を共にしていたことがあったのを民衆は知っていた(ヨハネ3章22〜30)し、新興勢力としては、先輩で人数も多かったであろうヨハネグループに対抗し、「イエス派」に求心力を持たせるためには、そうしたことが必要だったのかも知れない。

もっとも、ユダヤ教からは、共にミーニームと呼ばれますけどね。
これは、正統なユダヤ教の伝統から外れた「異端」という意味です。
イエスや洗礼者ヨハネが、あるいは初期イエス派の連中が、エッセネ派と何らかの関わりを持っていたというのは、随分前から云われている事なので、今さら目新しくもないが、そうかといって、云われていること以上には何も判っていないのも事実で、まだまだ研究しがいのある部分でもあるし、なんといっても史的イエスの探求においては、核心に類する個所の一つでもある。

クムランに起居するエッセネの一派が、あるいはエッセネ派そのものが、イエスという若者の思想的な変遷の中核に関わっていることは、まずまちがいない。

まず、陥りやすい間違い、というか思い込みを捨てなければならない。
そのひとつは、福音書の記述からイエスという若者の思想を限定してしまうこと。
いうまでもなく福音書はイエスを知らない他人が又聞き資料に基づいて、しかも自らの、あるいは自らの帰属する集団の思惑を絡めて書き上げたものであり、実在したイエスという若者の言動を必ずしも伝えてはいない。
もうひとつは・・・きっとイエスはこういう人だったに違いない、とか、このような人だった<はずだ>とか、もっと云えば我々は知らず知らずに、イエスは最初から最後までひとつの思想で貫かれた人のような思い込みを持っていないだろうか?
彼もまた、成長するのであり、経験から学び、考え方も変遷する。
もっとも、教会が<公生活>と呼ぶイエスの活動時期においては、ある程度固まった方向性があったのであろうけれど、エッセネ派との関わりの時期、ヨハネのグループにいた時期などは、おそらくは<公生活>の最初期よりもほんの少し前だったのかも知れない・・・と考えることも出来る。

荒野の試練物語は神話化されている。
40日というのは<試練・艱難>を現す数字で、実際に40日も断食したら、死ぬ。
この物語がクムランのエッセネ派と絡めて語られることが多いが、果たしてそれは、エッセネ派への入会の問答なのか、あるいは脱会の論争なのか。
というのも、入会時にはかなり厳しいテスト期間のようなものがあったからであるが、雰囲気的にはどうも、後者、離脱の時のことのようだ。
ともあれ、イエスはエッセネ派を抜け、洗礼者ヨハネのグループとも袂を分かって別の方向に歩みだした。

洗礼者ヨハネのグループから離れてイエスのもとに来た者もいただろうが、むしろイエスの死後の方がそれは顕著だったかも知れない。
特にユダヤ戦争で神殿が落ち、サドカイ派とエッセネ派が事実上消滅し、ファリサイ派の天下となってからは、洗礼者ヨハネの信奉者たちの中から「イエス派」に鞍替えするものもいたし、エッセネ派からの流入者も多かった。
新約にエッセネ派との共通思想が多く見られるのもそのためだろう。
しかし、エッセネ派については判らないことも多い。
死海文書の発見で、ずいぶんとその実態に迫ったとも云えるのだが、クムランの宗団が、そのままエッセネであるかどうかは未だ決定的な材料がない。
現在のところ、エッセネ派のあるグループか、もしくはエッセネ派そのものであろうと考えられているが、違う意見がないわけでもない。

新約に集められた文書にエッセネ派が一切登場しないというのも、大きな謎だ。
福音書などが書かれた時期を考えれば、ファリサイ派が多く登場するのは解かるとしても、サドカイと並ぶ大きな教派であるエッセネの名が全くスルーされているのは、どうにも解せない。

70年の神殿崩壊とともに、サドカイもエッセネも事実上分解消滅してしまった。
多くはファリサイ派に合流、吸収されたとする見方が強い。

史実のイエスを考える上で、このエッセネ派は最も大きく重要なキーワードであると考えている。

以下、ヨセフスによって伝えられるエッセネ派についての記述を中心に考えてみる。
***** 引 用 1 *****
ユダヤ人の間には三つの哲学がある。
第一の派の者はパリサイびと、第二の派の者はサドカイびと、第三の派の者はエッセネびとと呼ばれる。
最後にあげたこの派は、もっとも高い聖性のために訓練することで評判を取っている。
エッセネびとはユダヤ民族の者で、他の派の者たち以上に互いに愛し合っている。
彼らは快楽を悪として退け、自制することと情欲に溺れないことを徳と見なしている。
彼らの間では結婚は蔑視すべき事柄であるが、彼らは他人の子を、まだ素直で教えやすいうちに引き取り、親族の者と見なして自分たちの慣習で彼らを型にはめる。
彼らは結婚やそれによる後継者づくりを非難しないが、女たちの奔放な性からわが身を守ろうとする。
それというのも、女というものは決してひとりの男に操をささげるものではないと彼らは信じているからである。
 エッセネびとは富を蔑視する。
彼らの間での財産の共有制は驚くべきものである。
他よりも多くのものを所有する者を彼らの間に見いだすことはできない。
というのも、この宗団に入るのを志願する者たちは、自分たちの所有物を宗団のために全員のものにする規定があり、その結果、彼らの間ではどこにも貧困ゆえの屈辱はなく、また傑出した富者もなく、各人の所有物は一緒にされてひとつとなり、すべてが兄弟たちの共有財産となる。
  (中 略)
 エッセネびとは(ある特定の)ひとつの町に住んでいるのではない。
どの町にも大ぜいの者がやって来て住んでいる。
この派の者たちは他所からやって来ても、彼らの所にあるすべてのものを自分たちの所有物のようにして使うことができる。
彼らは一度も会ったことのない者たちのもとへ、親しい者のように出入りする。
そのため、旅をするときには、何ひとつ携えることをしない。
夜盗に備えて武器を携行するだけである。
どの町にも、見知らぬ仲間の者たちのために、衣類や食事の面倒をみるこの宗団の世話人が特別に任命されている。

***** フラウィウス・ヨセフス「ユダヤ戦記」より、著作権法第32条による引用 *****

まず、基本的なエッセネ派の考え方と生活について引用した。
これを見ても、クムランの隠遁集団とエッセネ派が、必ずしもイコールではないことが解かる。
クムラン共同体はエッセネ派のひとつのグループと考えるべきかも知れない。
エッセネという名は、「医師」を意味する古代シリア語に由来している。
彼らはその名が示すように、人々の肉体・魂・精神を治療することが、自分たちの存在の目的であると考えていた。
***** 引 用 2 *****
 エッセネびとは他のことでも監督する者たちの命令なしには何もしないが、彼らの間では、二つのことだけは自分たちの裁量でできる。
人を助けることと憐れみを施すことである。
懇願されれば、助けに値する者たちを助ける。
乏しい者たちに食べ物を施すことは自発の事柄だった。
親族の者たちに贈り物をするには執事たちの許可が必要だった。

 エッセネびとは怒りの控えめな表明者、憤怒の抑制者、忠誠の標榜者、平和の仕え人である。
その発する言葉はどれも誓いよりも強力である。
彼らは誓いをすることを避け、それを偽証よりも悪いものだと見なしている。
彼らによれば、神を引き合いに出さねば信じてもらえぬ者はすでにして滅びに定められている。
彼らは古い文書に異常な関心を示し、とくに精神と肉体に裨益する文書を選んで読んだりする。
そこから彼らは病の癒しに向かい、薬草の根や薬石の成分を調べたりする。

***** フラウィウス・ヨセフス「ユダヤ戦記」より、著作権法第32条による引用 *****

細かい部分を除けば、「エッセネびと」というところを「クリスチアノイ」と変えても、さほど違和感の無い報告であることに気付かれると思う。
このところ、口蹄疫やら普天間やらで、いろいろ脳みそが占領されていて、なかなか二千年前のことまで思いをめぐらす余裕がなかったが・・・もう少しだけ『ユダヤ戦記』から引用して最後にしたい。

***** 引 用 3 *****
 エッセネびとは長命で、大半の者は100歳以上まで生きる。
思うにこれは、単純で規律のある生活のおかげであろう。
彼らは危険を蔑視し、高貴な精神で苦痛に打ち勝つ。
名誉ある死なら、不死にまさると考えている。
ローマ兵たちとの戦争は、彼らの精神をあらゆる面で徹底的に試みた。
彼らはそのとき、体を引き伸ばされ、へし折られ、火に焼かれ、打ち砕かれ、あらゆる拷問にかけられた。
ローマ兵たちが彼らに律法制定者の名を冒涜させ、禁じられた食べ物を口にさせようとしたからである。
彼らはそのどちらの要求にも屈しなかったし、拷問を加える者たちに追従を口にしたり、涙を流したりすることは一度としてなかった。
逆に、苦痛の中に笑みを浮かべ、拷問を加える者たちに皮肉のひとつでも飛ばし、再び命を受けるかのように、嬉々としてそれを解き放った。
 というのもエッセネびとの間では、肉体は朽ち、それを構成する物質はこの世界にとどまらないが、霊魂は不死でこの世界にとどまるという教えが定着しているからである。
霊魂はもっとも希薄な大気から流出すると、自然の呪縛によって、牢獄のような肉体の中に引きずり込まれるが、いったん肉体の束縛から解き放たれると、長い隷属から自由にされたかのように、それはそのとき歓喜し、地上からはるか高い所に連れて行かれる。
 (中 略)
 エッセネびとたちの宗団はこれ以外にもある。
生活様式や、習慣、規則などでは、このエッセネびとたちと同じであるが、結婚に関しては別の見解をもっている。
彼らは結婚しない者たちは生命の大切な部分、すなわち生命の継承を断ち切るばかりか、もしすべての者が同じ考えをもてば、民族は早晩滅びてしまうと考える。
彼らは女たちを三年間試み、三つの潔めの期間を経て子を産む能力のあることを証明したら、彼女たちを妻とする。
彼らは妊娠中の女と性的な交わりをもたない。
結婚が快楽のためではなく、子をつくる必要からのものであることを示そうとしている。
女たちは、体を洗うときには、衣を身にまとう。
男たちが腰布を身につけるのと同じである。

***** フラウィウス・ヨセフス「ユダヤ戦記」より、著作権法第32条による引用 *****

霊魂の不滅に関しては、それがギリシア人の思想(ストア学派)と同じものであることを、ヨセフスは告げている。
これは、どちらもキリスト教発生以前であるが、キリスト教の死生観にも影響をあたえている。

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