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イエスの遺産☆キリスト教再生コミュの談話室 〜 憩 〜

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みなさん、自己紹介トピでオハナシされているようで・・・

雑談スペースが無いのに気がつきました。

惑星らしくない名前ですが、思いっきり昭和臭〜くしてみました(笑)

寂れた商店街の、いちばん端っこにある・・・ソファのスプリングを直にお尻に感じる喫茶店を想像してください。

こういう店の壁には、宗教画はありません・・・たいがいモネかルノワール。
それも買ってきた複製画などではなく、何年も前の近所の酒屋のカレンダーの上半分が正体です。

それでも、激しくうるさいコーヒーミルから・・・いい香りが漂います。

コメント(248)

さかばさん☆
ぃや〜食感は確かにマシュマロみたいではあるんですけど・・・
元々、関西では「ハンペン」と「チクワブ」はおでんダネのラインナップには無かったんですよ。
これはつい最近までそうです。
それで、多分、コンビニにハンペンが加わっても(まだ季節が早いということもあり)他のタネに比して売れ行きは良くないと思われます。
そうなると、当然、長いこと出汁の中に居るわけですから、次第に「あの真っ白なモチ肌に色が付く」ことになり、色はやがて濃く、茶褐色までに発展する・・・と、もうハンペンじゃなくなると、私なんかは思うわけです。
他のタネなら、少し煮すぎてもOKなものもありますが、ハンペンはいけません。
あまり濃く色が付く前に(煮詰まる前に)食べてもらいたい。
(関東のおでんは出汁が濃いので「色付き」は避けられませんが、全体に薄っすらと・・・というのが良いと思います)
読み直しましたが、味がいまいちなんですね。

そういえば、関西の実家(我が家も関西ですが異文化圏)では、
はんぺんそのものもあまり食べませんでした。

「あんぺい」とか「しんじょう」とか呼ぶものを入れていましたね。
Wikipediaで検索して、思い出しました。
そうか・・・京都だとモチモチの「しんじょう」ですかね。
「あんぺい」も名前が違うだけの同じものですが、魚のすり身だけでつくる生麩みたいな感じですよね。
「ハンペン」は山芋ですり身をつなぐので、ふわふわな食感なんですね。
ふわふわなだけに、あんまり食べ応えはないです。
その点では、生麩と同じグルテン仲間の「ちくわぶ」の方がドシッとしてオナカを満たします。
関西では不評みたいですが・・・
「PLUTO」6巻、読みました。
なんの、多少のネタバレは予告編のようなもの・・・

次の7巻では、原作時代に大好きだったエプシロンが死ぬでしょう。


≪人間の罪の苦しみを、何故、ロボットに背負わせなければならないのか。
 人間の罪の苦しみを、誰が、ロボットに背負わせたのか。
 もし、本当にそんな世界が来るのなら、
 ロボット達の<赦し>の為に身代わりとなって死ぬのは誰なのか。≫

・・・という、どんぐりさんの感想ですが、この作品の世界観は現在の我々と同じです。
時代設定も、おそらく原作どおり。
つまり、我々のいるこの時代に、現実より少しだけ進歩したいくつかの科学分野と、それによって生み出されてくる状況とが加えられているだけです。
手塚先生が描かれた時は、この時代は近未来でしたが、今は日常です。

そして、少しだけ現実より進歩したロボット工学は彼我の境をも曖昧にし始めています。
人に危害を加えぬように設定されたはずの人工知能は、自らを進化させたのか。
消したはずの記憶回路が蘇えり、感情を持ち、憎しみを持ち始めました。

しかし、ここまで書いてフト気になりました。

ゲジヒトの蘇えり始めた(消し切れなかった?)記憶回路。
ゲジヒトの<ロボットの勘>
ヘレナの<感情>
アブラーの憎しみ。
そして、プルートゥの悲しみ・・・

これらは電子頭脳が、自ら進化したのか・・・それとも共通した<何か>が存在するのか。

<天馬型>は、<人に成る>のか・・・
ずいぶん間があいてしまいました。

でもホッタラカシにはしていません。
一応、毎日、覗いてはいますので・・・

桜の葉も紅葉して、真っ赤っかです。
冬になりました。

仕事の休憩中、滑走路に寝転んで、蒼い夜空を見上げると、いつもは汚れた大気に覆われた空にも星々が少し数を増して瞬いています。
色さえ感じるような煌く近い星。
小さな弱々しい光の遠い星。
もっともっと、ずぅ〜〜っと遠い、光さえ届かぬ無数の星。

いえ、光が届かぬことは無いのでしょう。
星が生まれたときに輝いたその光は、長い長い時を旅して地球の滑走路の上のオイラの眼に向かっているはずです。
ただ、あまりに遠いので、まだ到着しないのです。
そしてやがて、その誕生の光がやっと届いた時にはもう、その星は死んでいるかも知れません。

遠い星にはやっぱり誰かが暮らしているでしょうか?
ケンカしたり仲良くしたり、しているでしょうか?
やっぱりそこにも戦争はあるんでしょうか?

そういうことも、すべては宇宙の片隅で起こっていて、ついに何も知ることすらなくオイラは死に果てます。
地球のことも彼らは何も知らずに滅びるでしょう。

エルサレムの神殿で打ち殺された牛や羊や鳩や雀のことを知らない、犬や猫やカラスや鳩が寄ってきます。
この時期はカモメもやってきて、頭上を旋回して「パンを投げろ」と言ってます。
「おいおい、オイラは何でも殺して食べちゃう人間の仲間なんだぞ?」
「そんなに信用していて、いいのかい?」

イエスが生まれて死んだことも、オイラがここでこうしていることも、なんだか田舎の町の横丁のウラに置かれたゴミ箱の下の、小さな小さな蟻の巣の中での出来事のようです。

夜空を見上げると、いつもオイラはこんなです。



さて、予告です。
今、自分の日記のためにクリスマスの物語を書いています。
な〜に、クリスチャンの皆さんには珍しくも無い何度も何度も聞かされ、読まされた、あの物語です。
しかも一般の人にも解りやすいように簡単にしています。
なので、勉強熱心で敬虔なクリスチャンの方々が読まれても、面白くもなんともないと思います。
で・・・クリスマスは誕生物語ですが、その流れで「十字架の贖い」について、ちょっくら考え、また調べていましたので、このテーマで近々トピックを上げます。
また、レスの付かない鼻つまみモノのトピックになるかも知れませんが、まぁ・・ちょっとづつやります。
クリスマスの真ん中です。

昨夜の荘厳ミサや深夜のミサに行かれた方や、早朝ミサの真っ最中の方や、これからゆっくり・・という方や、私のようにただ飲んで食べていた人や・・・
それぞれのクリスマスを過ごされていることと思います。

私は何処へも出かけず、本を読んで過ごしました。
いつの間にか寝てしまいましたが・・・
まもなく今年も終わりです。

いろいろとお世話になりましたが、メゲずに来年もよろしくお願いします。
 新年 あけまして おめでとうございます

     今年もまたひとつよろしくお願いいたします



                             管理
あけましておめでとうございます。
みなさま、ぼちぼちと、よろしくお願いします。
なんと、今日はジャンヌ・ダルクのお誕生日だそうで・・・

ウチのミニコンポの液晶が教えてくれました。

だからなんだと言うわけでも無いけれど・・・私の洗礼名の4分の1はジャンヌに戴いていましたので。
申し訳ないのですが・・・

急に近くの県立病院に入院することになりました。

病名は「急性胆のう炎」ということです。
最初は待機手術というハナシだったのですが、3日間の絶食のあとの検査で、数値が跳ね上がっておりまして、緊急入院、緊急手術ということになりバタバタと、心電図やらCTやら超音波エコーやらレントゲンやら・・・アッチ行ったりコッチ行ったり、一日中病院の中をウロウロしたあげく、入院準備も出来ぬままお泊りとなりました。

今はニャンコの世話と準備のため、2時間の外出許可で帰ってきましたので、連絡しておきます。

今後はしばらく(2〜3週間)のあいだ、携帯管理がメインになると思います。
ニャンコの世話のため、2日に一度は帰宅するつもりですので、その時にはわずかな時間ですが、PCから覗かせてもらいます。

入院の間、この機になかなかすすまぬ読書に励もうかと思っています。

それでは・・・
そうですか、大変ですね。
あまり無理せずに、おからだを大切にしてください。
ポォさん、おだいじに。
お年寄りなら結構やばい病気ですが、
まあ、大丈夫でしょう。
ありがとうございます。
なんとか、時間を費やせばよくなると思います。
気力は充分、アタマもしっかりしていますから大丈夫です。
ただ、絶食一週間となり、腹が減ってヨタヨタしてはいますが、断食だと思って気楽にやってます。

みさにゃんこさんは、頭蓋骨にアナ・・・ですか。
そっちの方がずいぶん大変です。
ですが、最近の医学はスゴイもんです。
大丈夫です。
私も今、わき腹に穴が開いていますが、何と言うこともありません。
もっともココに指を挿し入れるのは・・・無理だと思いますけど。
私の方は、21日に摘出手術と決まりましたので、当日と次の日はお休みするかも知れません。
体調次第ですが。
あした‥‥抜糸して午後には退院できると思います。

おかげさまで順調に回復しています。

また、頑張ります。
帰ってきました。

胆のうは肝臓にベッタリと癒着していましたが、センセが頑張って腹腔鏡だけで、5時間かけて引っぺがしてくれましたので、あっというまに回復してきています。
ボチボチと無理せず頑張ります。
退院おめでとうございます。お大事に!
みさにゃんこさんの手術は、どうなったかなぁ。

今頃は無事おわって、療養中だろうか・・・
みさにゃんこさん、お元気そうでなにより。

無理なさらずに。

お大事に。
みさにゃんこさん☆

よかった・・・生きてた^^

無事、退院されたようで、なによりです。
私の場合と違って、まだまだ静養が必要と思います。
充分、休めて回復だけを考えてください。
1月に入院した時の、オイラの使った医療費の通知が来た。

★とまと調剤薬局         調剤    5,000円
★県立A病院(外科)       入院  871,530円
★医療法人○○会Nクリニック 通院   32,210円
★県立A病院(外科)       通院      700円

     計                   909,440円



実際にオイラが払ったのは、この「十分の一以下」である。(上記には含まれていない食費も含めて)

ハッキリ言って、家賃と食費を足した額より、入院費の方がウンと安い。


さて、たしかに安いのだけど、これを更に「タダ」にできないもんだろうか?
いくら安くても、それが払えない人だっている。
天は善人の上にも、悪人の上にも、陽の光をそそぎ、恵みの雨を降らせるのなら・・・万民に分け隔てなく医療も施せばいい。

医療施設や、そこで働く人や、設備はどう賄うのか・・・それはまた、アトから考えるとして、とりあえずタダにすることを先に決める。

だって、生活保護で医療費免除の人より、行政が定めた最低賃金で朝から晩まで働いて、やっとなんとか生きのびてる人の方が医療に遠い・・・というのは、オカシイでしょ。
いま世界史の本を読んでいるのですが、ミラノ勅令後、アタナシウス派とアリウス派が対立したのですね。

アタナシウス派は現在のカトリックとのことですが、ならばアリウス派はその後どうなったのでしょうか?(「ゲルマン民族に広まった」とありますが、現在も存在するのですか?)
>だって、生活保護で医療費免除の人より、行政が定めた最低賃金で朝から晩まで働いて、やっとなんとか生きのびてる人の方が医療に遠い・・・というのは、オカシイでしょ。

断然おかしい!!
納得できない。
うちに来る生活保護の人はほとんど血色もよく
心身ともに元気そうな人が圧倒的に多い。
なぜ働けないのか全くわからない。

ちなみに生活保護担当の人にこっそり聞いてみた。

実は(特に関西や北九州の)生活保護費は治安対策なのだそうだ。
そういう人たちを日干しにすると基本犯罪に走るので
それを予防するための費用なのだとか、

えーー、それっておかしくないですか??

世の中の不条理のひとつです。
さすらいさん☆
アタナシウス派の政治勢力確立と共に、以降、三百年ほどの間にほぼ歴史上からは消滅した・・・と思われます。

まだ、どこかで形を変えて生き残っているかもしれませんが。
現代ならば、異端と云われ蔑まれたとしても、迫害されたり殺されたりすることはありませんけどね。
ゴリ松さん☆
人の世というのは・・・そもそも不条理なのです。
人の働きとは不条理に条理で挑むことなのでしょう。
>人の働きとは不条理に条理で挑むことなのでしょう。

私は論理や理性は重要と思いますがすべてだとも思いません。

誠意をもって、まじめに努力し、大勢の異なる人と一緒に何かをなせば、
ある一定の環境条件が満たされた場合には共感によって人間は結びつき
そして、幸福になれると信じています。
> ポォ★さん

なるほどです。レス、ありがとうございました〜。
ゴリ松さん☆
条理を理性と解釈されましたか?
ボクは少しちがうニュアンスでとらえてます。
辞書をひくと、道理、物事の筋道や本質・・・などと書かれていますが、まぁ、人間が物事の理について「本来はこうあるべきである」・・・と考えたということです。
で、そうではないこと、そこからハズれていることを「不条理」というわけですが・・・
本来も何も・・・人の世は不条理だらけです。
そこで、理性や感性をもって条理に適うように働きかける。
宗教もそういうもののひとつなんでしょうが・・・ね。

しかし、本来、この世はどういうものなのか・・・その姿に辿りついた者も、わりあい多くいるようです。
ボクにも、最近、うすうす見えてきました。
教条的信仰は害悪でしょうが、
相対主義に走り、すべてを否定することもまた潔くない、と私は思います。
なぜなら人間のおおよその形は共通ですから。

不条理の中で毎日毎日不毛の選択を強いられるわけですが、
希望を信じて、つまり当座の答えを出し続けることもまた重要だと思います。
我々は、とりあえず生き続けることによってのみ、可能性を担保されるわけですから。

私は環境と人間のかかわりをかなりダイナミックなものと考えています。
ポォさんはいかがですか?

ゴリ松さん☆

≪私は環境と人間のかかわりをかなりダイナミックなものと考えています。≫

いや、それはその通りでしょう。

人間は所詮、大概の場合、当座の答えしか得られないものです。
その連なりで歴史は出来上がっているわけだし。

その当座の答えも、その連なりも無視して・・・
「キミは気付いてないけど、ホントはこうなんだよ、いずれその時が来ればわかるよ」
・・・なんていう、スットコドッコイは蹴飛ばしておけってな話です。
>「キミは気付いてないけど、ホントはこうなんだよ、いずれその時が来ればわかるよ」

そうでしょうか?

私は神話や聖書は結構深いと思います。

仮に聖書を取ってみても、
聖書以前の時間と聖書後の時間なら、以前の時間の方がはるかに長い。
たしかに聖書後にはいろいろな科学の発達で社会は変化したけど、
人間の人間そのものに対する理解の深さは宗教的完成の時代より
むしろ劣っているようにさえ思えます。

ただ、根本的に違うのは
イエスや釈迦はその世界の何千年の歴史の結果としての奇跡かもしれないけど、
今の我々の環境はかの時代より相当に一般的になっています。

それについても、イエスは理解していたと思うのですが、
いかが思われますか?
ゴリ松さん☆

まず、書き方がオカシイです。

>「キミは気付いてないけど、ホントはこうなんだよ、いずれその時が来ればわかるよ」

そうでしょうか?

↑ こういうふうに引用されますと、≪そうでしょうか?≫というのは、「かぎカッコ」の中の文言に対しての疑問符のように見えます。
しかし、その後の文章ではむしろ肯定的ですよね?


で・・・

≪それについても、イエスは理解していたと思うのですが≫

それについても・・・と云われましても、何についてなのか明確に示されていませんので、ナントモ答えようが無いのです。
また、イエスが<ナニカ>について理解していたかどうか・・・それはどういうふうな理解であったのか・・・
それを知るためには、先に、どれがイエスの発言で、どれがイエスの行動であったのかを抽出する必要があります。

ある部分について・・・それがもし、誰かの思惑に沿って、イエスというキャラクターを動かしてみせただけのものなら、その動かした人間の思想と背景を考えるのがスジというものでしょうから。
ポォさん。

文字や論理や表現の整合性や矛盾はごめんなさい、
あまり得意じゃないので。
すみません。

というわけで、


「キミは気付いてないけど、ホントはこうなんだよ、いずれその時が来ればわかるよ」

の

「気付いていない」 あるいは 「わかる」 という内容について

あなたは自分で「わかった」と思われているのか、
あるいは、
「わかる」ようなモノなど、最初からないのだ、
とお考えなのか、
あるいは、また別のことをお考えなのか、
ということがお聞きしたかったのです。
ゴリ松さん☆
遅くなって申し訳ない。

「キミは気付いてないけど、ホントはこうなんだよ、いずれその時が来ればわかるよ」
・・・という文言は、ボクの発言ではなく、一部のキリスト教徒の発言の要約であることを、ちゃんと受け取られている上でのご質問という前提で、答えます。

≪あなたは自分で「わかった」と思われているのか、
あるいは、
「わかる」ようなモノなど、最初からないのだ、
とお考えなのか、
あるいは、また別のことをお考えなのか≫

★ひとつは・・・「なにもワカラナイ・・・ということが判った」・・・ということであり、

 もうひとつは・・・この世のすべては、とどのつまり・・・何も無い・・・というところに行き着きました。

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