ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

「駄文倶楽部。胡蝶庵。」コミュの桂風堂・継

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
惨い、という表現が果たして適切なのか。
ズラ言うところの三文文士である私には判断しかねた。
「こん、な。どうすりゃこうやって死ねるっていうんですか?」
「ま、それが分かれば苦労はしないし、それを解明するのが俺等の仕事、ってな」
飄々とコウさんは言うが、その実内心では大いに苛立っているのだろう。
コツコツと小刻みに響く靴音が、それを如実に語っている。
椎沢新人というのが被害者の名前らしい。
その椎沢くんの身体が、腰を起点に強引に捩じ切られている。
内出血で紫に染まったその身体は、瞬間に凄まじい圧力が掛ったことを表している。
惨い、とは当然人の悪意が向けられた結果が生み出す形容詞だ。
故に私には、この人ではあり得ない所業をどう表現すべきか見当も付かなかった。
「……なあ、ズラ」
「ズラじゃない、桂だ」
「何か、分かるか?」
「貴様は何も分からないのか?」
ふふん、と鼻を鳴らして笑う桂。
しかしその通りなので言い返せない。
「ああ、恥ずかしながらさっぱりだ。人間業じゃない。せいぜいそれしか分らんよ」
「ふん、だから貴様は三流なんだ、山本。被害者に共通点があるのは明白だろう」
「共通点、と言われてもな。実際に被害者を見たのはこれが初めてなんだぜ?」
それは桂も同じはずなのだが、しかし桂が断言するからにはそうなのだろうと思い、改めて椎沢くんの身体を検分する。
まだ若い、少年と言って間違いない幼い顔立ちが苦悶の形相を浮かべたまま硬直している。
普通なら正視に耐えない光景だが、私と桂にしてみれば最早日常の風景も同然だった。
捩じ切られた部分を除けば、最も目立つのはその銀色の髪、だろうか。
どうやら大人しい性格ではなかったらしい事だけは、辛うじて窺えた。
矯めつ眇めつして見ていた僕の姿から正答は出ないと判断したのだろう。
「年齢、だよ。見たところミカゲと同年齢だ。つまり前件の被害者と同年齢、という意味だ」
そう言えばミカゲくんの同級生が被害に遭っていたか。
しかし、と私は言い返した。
「それだけでは牽強付会が過ぎないか、桂?いくらなんでもそんな、」
「ふん、そんな理屈遊びは人間相手にやれよ、山本。こんな頭の悪い殺し方、どうせ単純な脳味噌しか持っちゃない。人間じゃ無いさ」
逆恨みなんぞ、こいつもいい迷惑だったろうに。
桂のその言葉を、私は一瞬聞き逃しそうになった。
「ズラ?今なんて言った?」
「ズラじゃない、桂だ。コウさん。前の被害者、補導歴があるだろ?その関係者でも調べるんだな」
そう言って懐から取り出したキセルを咥える桂は退屈で死にそうだとでも云わんばかりの口調で続けた。
「その中に莫迦な犯人が居るだろうさ」


桂鳳凰の異質について私が知ったのはかれこれ6、7年ほど前になる。
桂は死人の“無念”を見ることが出来るのだと言う。
曰く、
「人間には元々ちゃんとした魂のカタチ、ってのがあるんだよ。そしてそれを維持するには生きている事が大前提だ。一度死んでしまうと、魂は正常ではいられなくなる。分かるか、欠けるんだよ山本。俺にはその魂の欠落が見えるんだよ」
無いものが見えるというのは些か矛盾している気がしなくもないが、要するにどうすれば欠落するのかを逆算することで殺され方や犯人が分かるらしい。
「出来れば貴様にくれてやりたいよ。全く面倒な代物だよ、これは」
そんな言葉で締め括られたあれは、思えば桂が私にした中で最もまともな説明だったような気がする。
私としてはその異質のお陰で桂と親友になれたのだから感謝している。
本人には言わないけれど。
「お早うござ……何やってるんだ?」
いつも音も無く現れる菅野さんの、機先を今日こそ制してやろうと桂風堂の扉を開け開口一番に放った挨拶は意外な光景で中断させられた。
「何をやってるか、だと?愚問過ぎるぞ山本」
桂が店番をしていた。
「ここは僕の店だ、僕が店番をするのは当然だろう?それを言うに事欠いて何をやっているとは、なんだ、お前実は五流文士だったのか?」
「こんな時間に客も無いだろう?」
こんな時間で無くとも、とは言わないでおく。
「ん、珍しいな。ズラ一人なのか?」
「ズラじゃない、桂だ。菅野さんとミカゲなら有給取って夢の国へ行楽だ」
「へえ。君も行けばよかったじゃないか?」
「お前が来ると思ったから僕は店番だ。それにあんな地名を詐称してるような場所、興味も無い」
口の悪さはいつもだが、朝早い時間にしてはいたく機嫌が良さそうだ。
話をするなら今の内だろうと、私は早々に話題を切り換える。
「昨日コウさんから連絡があった。この前の事件のことで」
「犯人の小娘が死んでた、って話か?」
「……やっぱり、そこまで見えてた訳か」
「人間業じゃない、って貴様も言ってたろうが」
奇しくもあれは的を射ていた、ということか。
「最初の被害者に、暴行の前科があったらしい。その被害に遭った女の子、心神喪失状態で見つかったんだけど」
「捩じ切られた死体が横に転がっていたんだろう」
私が言い淀んだことを、桂は事も無げに口にした。
「でも、桂。死んでたっていうのはどういうことだ?」
「そのままだ。そいつはとっくに心が壊れてる。人間としてもう手遅れなんだよ。それじゃ死んでるのと変わらない」
事実、その子は今は死んだように動かないらしい。
それはコウさんも言っていたことだった。
「とっくに見境が無くなってたんだろうな。最初の被害者以外、全く接点の無い奴ばっかりだったよ」
やりきれねえよなあ、とコウさんは溜息交じりにそう言った。
それは今回の事件の事ではなく、そもそもの暴行事件の事を言っていたのかも知れない。
「結局は警察が怠慢なんだよ。あの変態も身に染みただろう」
「身も蓋も無いな」
「お前もだ、山本。あの変態の遣いっ走りなんぞ、碌な事にならんだろうが。毎度毎度ホイホイ引き受けやがって。お陰で僕まで面倒に巻き込まれるんだぞ」
「分かった分かった。なるべく自重するよ」
コウさんへの悪態は放っておくといつまでも止まらないので軽く相槌を打って流すに留める。
「ああ、でも桂。そのコウさんから今回の礼にメシを奢るって言われてるんだ。それは、どうする?」
「…………」
「三陽亭のフライ定食に煮込みハンバーグを付けるとかなんとか、」
「行くぞ山本。ほら何を愚図愚図してるんださっさと立って店仕舞いの手伝いをしろ」
いつもの怠惰な動きが嘘のようにすっくと立ち上がる桂に、思わず苦笑が漏れる。
「ん?何を笑ってるんだ山本気持ち悪い奴だな」
「いや。相変わらずズラは食い物に弱いなと思ってね」
私が言うと桂は僅かに顔を赤くし、無言で私に蹴りを入れる。
そして言うのだ。


「ズラじゃない、桂だ」

コメント(1)

庵主である胡蝶がこの「胡蝶庵」に初めて載せた物語がこの「桂風堂」でした。

惜しくも未完のままとなったこの物語を、どうにか一つの形として完成させたい。

感傷かも知れませんが、そんな思いに駆られてこの「桂風堂・継」を書きました。

前項の「桂風堂・改」はかつて庵主が書いたものを校正したもので、多少の改編はありますがその本質は何一つ変えていないつもりです。

これが受け入れられるのか分りません。

それでも自分は、ここにこの文章を載せたいと思います。

「桂風堂・継」、如何でしたでしょうか。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

「駄文倶楽部。胡蝶庵。」 更新情報

「駄文倶楽部。胡蝶庵。」のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング