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世の中おかし〜んならなおせ〜。コミュの進化論は真かの〜〜?(進化NO)

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長文だべ〜〜。申し訳ね〜〜ども。




オボッチャマン 「博士、もういい加減止めにしましょう。」

孔ピー 「ん?名もなき研究員君か。何か問題でも生じたかね。」

オボッチャマン 「お気を悪くするかもしれませんが、今日こそははっきりと真実を認めていただきたいのです。」

孔ピー 「何事であるか?えらくかしこまっておるが。私は実験観察で忙しいのであるからの〜、後にしてほしいの〜。」

オボッチャマン 「いいえ。今聞いてください。あなたの研究は全くの無駄です。」

孔ピー 「なんじゃと!それは聞き捨てならんの〜〜。わしの研究の、一体どこが無駄だと申すのじゃ?失礼な!」

オボッチャマン「1から10まで。どこをとっても全〜〜部無駄です。」

孔ピー 「なにお!けしからん!世紀の大発見が今この瞬間にも訪れようとしておる時にっ!前言を撤回しなさい!」

オボッチャマン「いいえ。あなたのやろうとしていることは、全く見込みのないことです。研究費の無駄です。」

孔ピー 「な・な・な・なにお〜〜!新たな生命体の誕生の瞬間、無から有への転換の瞬間を捉えることの、何が無駄なんじゃ〜〜!」

オボッチャマン「い〜〜っくら待ってもそんな瞬間訪れたりしませんよ。現実から目を背けないで下さい。」

孔ピー 「ぶ・ぶ・無礼な〜〜!わしの理論は間違ってはおらんのじゃ〜〜!生命誕生に必要なものは、全てこの試験管ふくろ の中にそろえておるっ!あとは奇跡を待つだけじゃろがっ!」

オボッチャマン「いいえ。理論は間違っています。い〜〜っくら奇跡を待っても、無から有は生じませんって。」

孔ピー 「そんなことはな〜〜い!必要なものは全部揃っておるんじゃ〜〜!後は確率の問題じゃ〜〜!」

オボッチャマン「いいえ。そもそもの確率が0 であるわけですから、奇跡もなんも起こりませんて。」

孔ピー 「それでは聞くがっ!このように、わしもキサマも現実に存在しておるではないかっ!これこそ、紛れもない生命の証拠だろがっ!」

オボッチャマン「生命は確かに存在します。しかし、偶然からは誕生しません。そればかりか、進化すらしませんて。ニワトリひよこ の卵からペンギンペンギン は生まれませんし、魚魚 に足が生えるなんて〜こともありえません。」

孔ピー 「なにお!きさまはダーウィンの進化論を否定するつもりかっ!さてはキリスト教会イベント の回し者だなっ!」

オボッチャマン「いいえ。私はキリスト信者でもイスラムでも世紀末宗教でもありませんて。ただ、ダーウィンの進化論は完全な間違いだというだけのことです。」

孔ピー 「んなわけないっ!進化論にはこれまでいくつもの証拠が発見されておるわっ!」

オボッチャマン「そのどれもがただのこじつけです。」

孔ピー 「なにおっ!数々の歴史的発見をこじつけと申すかっ!このエセ科学者がっ!」

オボッチャマン「エセ科学者は残念ながらあなたのほうです。一体、どのような歴史的発見が進化論を証明していると言うのです?どれもこれもマユツバじゃ〜ないですか。」

孔ピー 「なんじゃと〜!そこまで言うのなら答えてみよっ!ガラパゴス諸島のイグアナはどうじゃ。陸イグアナと海イグアナが交配して、新種が誕生したではないかっ!」

オボッチャマン「あれは、エサの海草が減少したための緊急生活です。海草が復活すれば海に帰って、もとの海イグアナに戻ります。つまり、あれは新種じゃなくて雑種ということです。ちなみに、ダーウィンが進化論を考察するきっかけになったというガラパゴス・フィンチのくちばしの長さですが、あれも気候条件によって小さくなったり大きくなったりするものの、気候が戻れば元に戻ったそうです。
これらの事象は進化論が述べるような、偶発的な進化を証明するものではなく、全く必然的な現象です。」

孔ピー 「なんじゃと〜〜!だったら、これまで発掘されておる類人猿の化石はなんと説明するっ?」

オボッチャマン「だいたいにして、進化論の証明という場合に、化石しか証拠がないという点が、非常に苦し〜〜っつ〜か、やぶれかぶれっつ〜か。あんなもん、いかようにもこじつけができます。これまでインチキがバレてしまったものもいっぱいありますし。↓
http://www3.kmu.ac.jp/legalmed/DNA/piltdown.html
それに、シーラカンスが〔生きている化石〕とかって騒がれていますけど、本当に進化するのであれば、今頃海岸沿いで日向ぼっこしてるのが2〜3匹現れてもおかしくないはずじゃありません?カモノハシだって、次第にくちばしが消えて白い歯がキラッぴかぴか(新しい)とかってなるべきでしょ?現実はそうじゃないですよね。 シーラカンスは太古の昔からシーラカンスのままだし、この先未来永劫シーラカンスのままでしょう。」

孔ピー 「むむむっ!それでは、うちで飼っておるチンパンジーのShuキチ君スッパマン はどうなんじゃ〜!今では百もの言語を理解しとるではないか。あれは、立派な進化の証明と言えるだろ〜が。」

オボッチャマン「は〜がく〜(落胆した顔) 。いかに、チンパンジーのShuキチ君スッパマン が優秀でも、人間と結婚して子供を作ることはできません。チンパンジースッパマン は永遠にチンパンジースッパマン のままです。それに、人間が愛情をこめて育てれば、イヌ犬 だって猫猫 だってそれなりに言葉を覚えますよ。こないだ見た「どうぶつ奇想天外」では、猫猫 が「オカエリ〜〜」とかしゃべってましたし。」

孔ピー 「うっ。。。。冷や汗」

オボッチャマン「つまり、こういうことです。↓

生命活動に必要なものを全てそろえた試験管ふくろ に新たな生命が誕生したという観察例はこれまで一度もない。
ニワトリひよこ の卵からペンギンペンギン が生まれたという観察例はこれまで一度もない。
魚魚 に足が生えたという観察例はこれまで一度もない。
チンパンジースッパマン が人間と接するうちに、次第に毛が薄くなり手が短くなったという観察例はこれまで一度もない。
・・・・・・
============================================
したがって、全ての生物はこれまで不変のまま進化せずに生存してきたと考えられる。
よって、
「生物は不変のものではなく、長期間かけて次第に変化してきた」という考え方を基調とする進化論は明らかに間違いである。

『このような〔一個一個の出来事を証拠として、もっと一般的な規則を導き出すような推論〕のことを、枚挙的帰納法と言い、18世紀ごろにはこれぞまさに科学の方法と考えられていたものである』と、〔疑似科学と科学の哲学〜伊勢田哲司著〕に書いてあります。」

孔ピー 「しかし、帰納的推論の背後には、〔斉一性原理〕が暗黙の前提として隠されているではないか。〔斉一性原理〕とは、『これまで観察したものと、まだ観察されていないものは似ている』という原理だと、〔疑似科学と科学の哲学〜伊勢田哲司著〕には書いてある。つまり、進化論が未だ立証されていないのは、(可能性はあるものの)人類がまだその証拠を獲得する機会を得ていないだけであるという、可能性も考えられるということだわい。」

オボッチャマン「しかし、ダーウィンが『種の起源』を書いてから、もうすでに1世紀半(150年)も経過してますよ。その期間、というより、人類がモノゴコロ付いてから誰一人として、魚魚 が歩き出した足 ところも、猫猫 がライオン獅子座 になったところも見ていないわけです。」


孔ピー 「うるさ〜〜い!も・も・も・もしかしたら、進化は、人間が見ている前では、恥ずかしがって起こらないだけかもしれん!」

オボッチャマン「バカ言わないで下さい。もしも、あらゆる生物が日々進化を遂げているとするならば、人間だってたまには『俺昨日の晩から進化しちまってよ〜〜、尻尾がちょろっと生え出したんだわ。かっこ悪〜〜。』みたいなことがあってもおかしくないはずです。」

孔ピー 「人間は特別なんじゃ〜!」

オボッチャマン「は?進化論のそのような特例がありましたか?それじゃ、中間形態の証拠が化石でしか残ってないのはどういうわけです?大昔には一時的に進化が大流行した時期があったとでも言うんですか?」

孔ピー 「。。。。そうかもしれん。」

オボッチャマン「ふ。むふっ 後退的プログラムですね。」

孔ピー「後退的プログラム?なんじゃそれ。」

オボッチャマン「〔疑似科学と科学の哲学〜伊勢田哲司著〕にはこうあります。↓
『リサーチプログラムのよしあしは防御体の変更が新規な予言につながるかどうかで決まる。防御体の変更がどんどん新しい予言につながり、それを成功させていくプログラムを前進的プログラム、新しい予言につながらない後付の変更に終始するプログラムを後退的プログラムという』
〔人間は特別〕とか〔大昔には、一時的に進化が大流行した〕とかいうのは、全く根拠のない、あなたの希望的観測にすぎません。そういうのを後退的プログラムと言うわけです。」

孔ピー 「む〜〜。。。。冷や汗 」

オボッチャマン「〔疑似科学と科学の哲学〜伊勢田哲司著〕には続けてこう書かれています。↓
『一方が前進的、他方が後退的ならば、前進的プログラムを選択せよ、というのがリサーチプログラム理論の選択基準である。この基準に従わない営みは疑似科学ということになる。』
いいですか。全く新しい発見もない、太古の地層の発掘作業からしか証拠の提示ができない進化論は、疑似科学といわれても仕方がないということです。」

孔ピー 「し・し・し・失敬な〜〜!進化論が疑似科学じゃと〜〜!きさまは一般常識を否定するのか〜〜!」

オボッチャマン「現在、一般常識といわれる営みの中にも、疑似科学は結構存在します。各国政府とマスメディアがまことしやかに宣伝する地球温暖化人為説などはその典型例でしょう。たとえば、縄文時代の青森県にはイノシシが生息していたことは、古代人が作った出土品から明らかですが、現在、イノシシの生息北限は、青森県よりも南の岩手県です。これは縄文時代が現在よりも温暖だったということです。地球の歴史の上で考えればほんの瞬き程度、つい最近の過去でしかない縄文時代が今より温暖であったわけです。この縄文時代の温暖化にはCO2の影響があったのか?答えはNOです。というか、現在の温暖化でさえ、CO2の影響ではない可能性も十分考えられます。なぜならば、地球は周期的に温暖だったり寒冷だったりする時代が繰り返されていたという可能性があるわけですから。このような、『現在の温暖化が地球気候において特別珍しいこととはいえない』事例は、いくらでもあります。グリーンランドでは農耕ができたそうですし。
つまり、『人類の石油資源乱用によって地球気温は前例のないほど上昇した』という話は全くの作り話です。」

孔ピー 「なにお!キサマは世界各国の科学者による研究報告を作り話だと申すのかっ!不届き者めが!」

オボッチャマン「『物事を鵜呑みにしない、というクリティカルシンキングの立場からいえば、科学者(を自称する人)が言ったことだからといって鵜呑みにしていいというものではない。〜〔科学的事実〕を尊重する理由が何であれ、その理由を満たしていないような研究の結果まで〔科学的事実〕として受け入れる必要はない』
〔哲学思考トレーニング〜伊勢田哲司著〕よりの引用です。」

孔ピー 「く〜〜〜〜!ちっ(怒った顔)だったら、キサマは、地球上にこれだけ多くの種が生息している理由はなぜだと考える?述べてみよ〜〜!」

オボッチャマン「わかりません。」

孔ピー 「わからないだと!なんと非科学的な!」

オボッチャマン「いいえ。わからないのは非科学的ではありません。判らないのにわかっているかのようなふりをすることこそが非科学です。よって、進化論は非科学、率直に言って疑似科学と断定してもいいでしょう。」

孔ピー 「くそ〜〜!ちっ(怒った顔)しかしながら、地球上には、下等な生物から高等に進化した生物までが、現に存在しているではないかっ!これをなんと説明する!」

オボッチャマン「ある生物を下等とか高等とか比較するのは、人間の尺度にすぎません。単純な構造の生物は単純なまま、複雑な生物は複雑なまま、この地球に生まれた時点から変わらず生息していたと考えるのが妥当でしょう。ちなみに、現在では、アメリカ人の1割程度しか、進化論を信じていないそうです。↓
http://www.dcsociety.org/id/ningen_genri/002.html

孔ピー 「なんじゃ!渡辺久義の〔インテリジェント・デザイン理論〕ではないかっ!吐き気がするわっ!これを真面目に取り扱えというのかっ!」

オボッチャマン「なぜ、吐き気がするのですか?現在、『生物は不変のものではなく、長期間かけて次第に変化してきた』という進化論は後退的プログラムとして否定されつつあります。そこに、『生物が誕生した理由は定かではないものの、誕生した時点から全く同じ形態のまま生存し続けている』という新たな考察が提起されているわけです。これは、進化論による理論の後退性を、〔新たな考察〕を持って修正することにより、前進性のあるものに転じようとする試みだといえます。あなたがた進化論信者の方々は、こういった〔新たな考察〕を科学的にではなく、〔吐き気がする〕等といった感情的な部分で否定なさろうとします。これはとても公正な態度とはいえませんね。」

孔ピー 「うるさい!その理屈をそのまま追求していけば、最後には『地球を創造し、生物を一個一個造られた神様が存在する』といった中世の宗教観に逆戻りするじゃろ〜〜がっ!わしに宗教を信じろと申すかっ!」

オボッチャマン「いいえ。肝心なのは、どちらが「真」で、どちらが「疑」であるかということです。「真」すなわち前進性のある考察を追求した結果、中世の宗教観と共通する認識に達したからといって、それは否定する理由にはなりません。
進化論は、人類に対し、一旦宗教と切り離して科学を考える機会を与えたという点において、非常に有意義な試みであったのかもしれません。しかし、結局は宗教と科学を完全に切り離すことはできなかった。その事実を謙虚に受け入れるべきです。感情的な誹謗中傷はあなた自身を貶めるだけです。」

孔ピー 「なにお!プロトコルの違いがはっきりしたわっ!もうキサマとは話を続ける価値がない。消えうせろ!」

オボッチャマン「 本当はあなた自身も気づいているのでしょ?そんな試験管ふくろ を観察し続けても、新たな生命など誕生しないってことを。」

孔ピー 「うるさい!あっちへ行け〜〜!」

オボッチャマン「最後に一言だけ言わせてください。あなたの研究成果が1から10まで無駄というのは、言い過ぎでした。一つだけ有意義な研究があります。」

孔ピー 「なにをいまさらっ!」

オボッチャマン「それは、チンパンジーのShuキチ君スッパマン です。Shuキチ君スッパマンは人間との接触が無ければ、字を覚えることも、計算することもせずに、日がな一日木によじ登り、食べ物を探し、いかにもチンパンジーらし〜〜生活をしていたことでしょう。」

孔ピー 「それがど〜した。芸を仕込めばサルでも覚えるわっ!」

オボッチャマン「ただのチンパンジーにすぎないShuキチ君スッパマンが、なぜ、字や計算を覚えたのでしょうか。それは、人間の愛情を感じ、それに答えようとしたからではないでしょうか。」

孔ピー 「。。。。。」

オボッチャマン「Shuキチ君スッパマンは人間が喜ぶ姿を見て、もっと喜んでほしいと思い、だからこそ字を覚え、難しい計算を覚えたのではないでしょうか。」

孔ピー 「な・な・な・何を言いたいんじゃ!キサマは。」

オボッチャマン「これは、Shuキチ君スッパマンに限ったことではありません。お百姓さんが『うんめ〜米になれよ〜』と丹精こめて作り上げたお米おにぎり は、うんめ〜くなりますし、『きれいに咲けよ〜〜』といって毎日鑑賞してあげると花チューリップ はきれいに咲きます。いつかは食べられる運命の牛牡牛座 さんだってかわいがればかわいがるほどおいしい肉になるといいます。木芽 もそうですし、人間だって愛情をこめて育てれば優しい子ピースケ に育ちます。
つまりこういうことです。↓

愛情を持って教えれば、チンパンジーのShuキチ君スッパマンは字を覚える。
愛情を持って育てれば、お米おにぎり はうんめ〜くなる。
愛情を持って鑑賞すれば、花チューリップ はきれいに咲く。
愛情を持ってかわいがれば、いつかは食べられる運命の牛牡牛座 さんでもおいしい肉になる。
愛情を持って育てれば、優しい子ピースケ に育つ。
・・・・・・・
============================================
したがって、
地球上のあらゆるものは、人間の愛情に答えようという意志を持つ。


さて。

この結論を水たらーっ(汗) という物質に当てはめれば、



星(3つ) 星(3つ)星(3つ) 愛情を持って呼びかければ、水たらーっ(汗) はきれいな結晶ぴかぴか(新しい) になる。星(3つ) 星(3つ)星(3つ)







今日のお話はこれまでとします。

コメント(86)

ぴかぴか(新しい)名もなき詩人からの返信?-12

>僕は非常に利己的な人間です。

利己的な遺伝知っつ〜ことけ?

>現政府が気に入らないのはキンシャチの利益を脅かすからなのです。社会正義とか善悪判断とか、そんな立派なことではありません。

するって〜と、おらだが最初に出会った、原子力コミュでの活動も利己的な思惑でやったっていうのけ?
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=11920187&comm_id=829045
それから、昔、キンシャチさんにもらったメッセージにはこ〜書いてあるべ〜。↓
『人権のなんたるかを知らず、気分で非難している人は醜いですね。 』

人権を主張する人が利己的な思惑のみで言っているとは、おらには思えんども、それが事実なら、おらのキンシャチさんに対する評価はまるっきり変わってくるな〜〜。


>疑似科学も同じです。他者に思考停止を強いるトンデモは気に入りません。

いや。現実に思考停止してるのは、なんの証明もなく「生命は無から生じた」とか「クジラはカバから生まれた」を正しいことにしましょ〜っつ〜態度でね?


>水やIDや911陰謀論は、反証可能性も客観性もないドグマなのです。

ありゃ。911陰謀論もデマだと?あれほど、アメリカ政府の言い分がめちゃくちゃなのに?おらが知っとるつもりのキンシャチさんなら、真っ先に「アメリカ政府の陰謀だ〜!」って言いそうなもんだども。
もしかして、キンシャチさん、ある時点で人が変わった?


>名もなき詩人さまは騙されるのがお好きですか? 無知なままで満足ですか?

騙されるのは嫌いだし、そのために知識は吸収したいと思っとるべ〜。だからこその「進化論は人を騙しとる」って言っとるんだども。


>僕は科学疑似科学とは無関係の仕事をしています。そして僕にとって非常に残念なことですが、大学で生物を学んだことはありません。

っつ〜ことは、全く利害関係なしに進化論を擁護しとるっつ〜わけね?
「私は騙されない」とか言いながら、騙されてることに気づかない人って結構いると思わね?
ダーウィン自身も、自分の仮説の証拠が、あてにしてたよ〜には化石から出てこなかったことで、「こりゃ〜ちょっと問題だな〜」とは思っとったみたいだの〜〜。↓

『ダーウィン説ではほんの一、二種類の中間型があれば足りるのではなく、無数の中間型を必要とする。また、化石の記録からも、この無数の連結環がかつて生存したことを思わせる証拠は発見できなかった。「種の起源」で彼はこう書いた。
〔地質学的研究は、現生および絶滅した属に多数の種を加え、いくつかの生物群間の隔たりを研究しなかった場合よりもせばめたのであるが、種間のへだたりを中間系の変種で結ぶことにより狭めることに対しては何ほどの貢献もしなかった。研究の成果が思わしくなかったことが、私の見解に対する多くの反論をまき起こした最大の原因であることは明白である。〕(68p)
反進化論〜ダーウィンの自然観はまちがっている マイケル・デントン著より』
31 キンシャチさんへ
>家畜化は人間の手による進化の加速と言えます。

ダーウィン自身が、家畜を進化の証拠とはみなしてね〜みたいだど〜〜。↓
『ダーウィンが知り尽くしてることで、「種の起源」第2章の終わりでやや自信なげに結んでいることだが、もう一つ問題があった。それは、交配実験と動物の家畜化において、多くの種はかなりの程度変えられるが、い一定の限界があって、そこより先は変えられないことであった。これは何世紀にもわたってよく知られた事実で、ダーウィンの説の全ての抵触するように思われた。ある種から新しい種を生じるとする彼の特別論をおびやかすだけでなく、小進化の考えを大進化へ外挿する正当性を疑わせるものであった。(80p)
反進化論〜ダーウィンの自然観はまちがっている マイケル・デントン著より』
種と種の間の中間種といわれてる生き物も、よくよく調べれば、ど〜も中間種になってね〜んだと。つまりよ〜、中間種っつ〜のは、白と黒の間だったら、理論的には灰色の構造してねばおかし〜んだども、現生種はどれを見ても、パンダかシマウマ型(白黒模様)になってて、ダーウィンの提唱する「ゆ〜っくり時間をかけた変化」を裏付けるもんはね〜みて〜だど〜〜。↓

『今日知られている数百万種の生物のうち、わずかひとにぎりの生物だけが、何らかの点で中間型と考えることができるという事実は、自然界の存在様式が類型学のモデルに完全に一致することのなによりの証拠である。
肺魚は昔から知られている例の一つである。肺魚には鰭(ひれ)、鰓(えら)、どんな魚にもあるらせん弁をもつ腸が見られるが、一方で、肺をもち、両生類に似た心臓と幼生期がある。もう一つの典型的な中間型の例は、卵生哺乳類のカモノハシ(単孔類)である。卵を産むのは爬虫類に似ているが、毛、乳腺、三個の耳小骨は、まさに哺乳類である。
もちろん、もし肺魚や単孔類のいろいろな形態学的、生理学的特徴が、魚類と両生類の中間型、爬虫類と哺乳類の中間型であったなら、彼らが真の中間型であることがいっそう明瞭になる。しかし、肺魚の場合、鰓や腸のらせん弁のような魚の特徴は、普通の魚に見られる条件を100%満たしている。一方その心臓と、はいから心臓へ血流がもどってくるしくみについて見ると、ほとんど陸生脊椎動物の特徴をもっている。言い換えると、肺魚は魚類と両生類の両方の特徴を持っている点でまごつかせるが、個々の形質を取上げてみると、決して魚類と両生類の移行型ではない。
単孔類についても同様である。例えば生殖系と卵の構造を見るかぎり、完全に爬虫類だが、中耳の構造、毛が生えていることなどから判断すれば、完全な哺乳類である。中間形質は少しも見とめられず、そこに見られるのは、爬虫類系か哺乳類系かにはっきり分かれる形質の混合である。したがって、単孔類は類型学上の不思議には違いないとしても、その形質のどれ一つにも、哺乳類分類形質が漸進的進化の産物であることを示唆するものはない。(139p)』
長い間相同が進化論の証拠として言われてきたども、よくよく調べてみっとそ〜でもね〜みて〜だな〜。
参考:相同↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E5%90%8C%E6%80%A7_(%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%AD%A6)

『嚢胚期以後も、相同器官ができる胚域は脊椎動物の綱によって異なる。ドゥ・ビアが指摘しているが、脊椎動物の消化器官のように明らかに相同な器官が胚のどの部域から形成されるかは綱によって異なる。消化器官は、サメ類では原腸の背側壁からでき、ヤツメウナギでは腹側壁から、カエル類では背側と腹側の壁から、鳥類と爬虫類では胚葉下部、胞胚葉からできる。間違いなく相同と考えられている別の器官が脊椎動物の前肢であるが、どの体節からできるかについては動物によってやはり異なる。イモリでは前肢は第二、三、四、五体節から発生し、トカゲは第六、七、八、九体節、人は第13,14、15、16、17体節から発生する。厳密にいえば、前肢は決して相同ではないといっても過言ではない。体節のどこから神経頭蓋ができるかについても脊椎動物の種類による変異が大きい。』
いちおう、全体に対して詳細な反論を用意はしているのですが、それを投稿することに意味があるのか正直自信がありませんので、ごくごく肝要な部分にのみ反論をします。貴兄のおっしゃる「機械的世界観」を、当方の言う「科学(思考)」と酷似した概念として受け取りますのでそのつもりでお読みください。もしも違うようならば、その都度ご指摘ください。

>>38
>キンシャチさんや伊勢ちゃんといった懐疑主義者と称する人方は、いつのころからか、生気論や目的論を科学から退けてしまったども、21世紀の科学はこれらと真剣に向き合うことが要求されるべな〜。

目的論が、客観性を重要とする科学から排されるのは当然のことでしょう。また、生物体内のメカニズムが詳細に分かれば生気論も無用となります。

>そして、そのもっとも水際にあると言えるのが、この進化論だべな〜。
>つまりおらが言いたいのは、「生物の発生を機械的世界観で説明することができる」が正しいか正しくね〜かがこの議論の焦点だっつ〜ことだべ〜。

生物の発生は、充分に科学の範囲です。
自己複製子が一個体でもあれば、それこそあっという間に増えます。一時間に一回分裂するとして、40時間で1000億以上にまで増えるのです。地質学的に長大な時間の中で何度失敗しても、たった一度の成功で充分だと、僕は思います。

>もしも、キンシャチさんが「生物の発生だけは議論するのは勘弁してくださいよ。だって、やっぱし、これを機械的世界観で説明するのは、正直言って不可能ですから。ははは。」みたいなことを意図してこのコメントをしたんなら、その時点で、「機械的世界観で説明できないものが存在する」っつ〜ことになるわけでよ〜、そ〜すりゃ〜、懐疑主義者の人方の根本的な信念が瓦解するっつ〜ことになるわけ。
>そ〜すっと、おらの当議論における目的はほぼ達成することになるべ〜。

現在の科学で分からないモノゴトは多く存在します。科学に興味を持っている方で「世界が機械的世界観ですべて説明できる」と考えて根本的信念としている方は、おそらくいないでしょう。瓦解するも何も、そんな信念は始めからないのですよ。科学の根底を覆そうとしても、この方面からでは無理です。
↓参考に、一つ挙げておきましょう。
「科学の限界」
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/6832/kgh_sb2.html

>>生物の発生を扱うのはむしろ化学に近いので、念のため。
>科学っつ〜ことは、すなわち、昔の錬金術みたぐ、「生命を化学反応で作っちゃいましょ〜〜」っつ〜ふ〜に、科学者と称する人方は考えてるっつ〜ことかの〜〜。ま〜、その手の人方は、博士みたぐ、試験管の観察一生やってれば?がんばれ〜〜。もしかしたらノーベル賞獲れっかもよ〜〜。

生物の発生は化学つまりバケ学に近いのです。前回は正確を期すために進化生物学と書きましたが、進化論でかまいません。生物の発生が天文学ではないように、進化論でもない、とご理解ください。


可能ならば、進化論の掲示板への移動を提案いたします。お互いに連投の応酬で読みにく、きちんと読んでいる方はほとんどいないと推察します。もう一度論点を整理して、移動いたしましょう。当方よりも進化論に詳しい方が大勢いるので、貴兄のためにもなります。
http://6609.teacup.com/natrom/bbs
52 キンシャチさんへ
>いちおう、全体に対して詳細な反論を用意はしているのですが、それを投稿することに意味があるのか正直自信がありませんので、ごくごく肝要な部分にのみ反論をします。

意味に疑問を感じてるんなら、無理して続けなくてもいいど〜〜。
っつ〜か、正直言って、今回の返信にゃ〜、おらが知っとったはずの迫力あるキンシャチ像が全く反映されてね〜んだよな〜。なんかこ〜、誰かに義理立てして、しぶしぶ議論を伸ばしてるみたいなよ〜〜。
第一、この議論の発端だって、伊勢ちゃんの援護射撃が真の目的だべ?
して、今回のこのタイミングでの迫力も内容も薄い返信。[水は答えを知っている]コミュに蔓延る懐疑主義者どもにお願いされたのけ?こんただ感じで。↓
「ニコチャン大王 いや〜、こっちばっかに集中されっと、なかなか面倒なんすよ〜〜。申し訳ないすけど、援護射撃で名もなき詩人の集中力を削いでくださいよ〜〜。お願いしま〜〜す。」

だいたい、キンシャチさんほどの知性の持ち主ならよ〜〜、従来の進化論がどれほどばかげてて、修正が必要なもんだっつ〜ことぐらい、十分承知してて然るべきだとおらは感じとるんよ〜〜。
どっちかっつ〜と、不利は承知で損な役回りを担い続けてるっつ〜か。
ショッカーシルバーサーファー に息子でも誘拐されたんでね?
今回の返信は、はっきし言って全く進化論の正当性を立証しよ〜っつ〜意志にかけてるよな〜〜。どっちかっつ〜と、「科学とはこ〜だ。こ〜あるべきだ!」みたいだ、信念だけで辛うじて書いたみたいだよ〜〜。
『目的論が、客観性を重要とする科学から排されるのは当然のことでしょう。』っつ〜発言のすぐあとに、
『科学に興味を持っている方で「世界が機械的世界観ですべて説明できる」と考えて根本的信念としている方は、おそらくいないでしょう。』なんつ〜、まるっきし正反対の発言してたりしてよ〜〜。
伊勢ちゃんの「科学と疑似科学の哲学」じゃ〜、『生気の神秘的な力も必要とせずに生命現象の全体が説明できる見通しが立った』とまで明言されとるんだよな〜。
第一、ダーウィンの進化論自体が、「生命現象の全体を機械的世界観ですべて説明しよう」っつ〜試みじゃん。現在、その試みはすっかり失敗してるって言ってもいい状況であるにもかかわらず、進化論者はそれを認めよ〜としないだけ。はっきし、後退的プログラム。
2〜3年前におったよな〜?も〜誰が見てもこの人死んでるっつ〜のがわかるよ〜な、死臭漂う死体を前にして、「今、蘇生に向けて治癒が始まっています」とかって、死んでるのを絶対認めない教祖。進化論はこれと同じだべ〜〜。

山羊座 「化学っつ〜ことは、すなわち、昔の錬金術みたぐ、「生命を化学反応で作っちゃいましょ〜〜」っつ〜ふ〜に、科学者と称する人方は考えてるっつ〜ことかの〜〜。」
っつ〜発言だって、どっちかっていや〜、皮肉のつもりで言ったんだよな〜。

『地球の初期の大気は、科学者がいう「還元的」、すなわち水素の豊富な環境ではなくて、たぶん火山によって放出されたガスから成っていた。今日この点について、地球化学者たちはほとんど意見が一致している。しかし、ではこれらの火山のガスを、ミラー=ユーリーの実験装置の中に入れたらどうなるのか? 実験はうまくいかない――すなわち、いかなる生命の「組み立てブロック」も生じないのである。』
http://www.dcsociety.org/id/ningen_genri/044.html

進化論がかたくなに言い続けてる、「最初の生命は原子のスープから生じた」っつ〜言説は、いまや完全否定の状況なわけ。
それなのに、そんただ反論に一切耳を傾けずに、「生命は化学実験室で作るもの」っつ〜認識を頑固に持ち続けてるんなら、どっかの坊主に、

ピースケ「おじちゃん、裸の王様だね〜〜。」

てなこと言われたって、返す言葉もね〜よな〜〜。


ま〜、とにかく、キンシャチさんが議論を続ける気がうせたんなら、無理して続ける気はね〜し、わざわざ他所の掲示板に移動して、議論を継続する気もないべ〜〜。
ただし、これまでの議事録は何らかの形で有効利用させてもらうども。
名も無き詩人さま。
懸念しているのは、当方の文章が貴兄に通じるか、であって、進化論の正当性とは関係のないものです。この点について、言葉が足らずに誤解を与えたのならば謝罪いたします。また、陰謀論を展開なさるのは勝手ですが、当方と水コミュの方々には交流はありません。そしてここの議論は伊勢田さんの援護射撃ではありません。伊勢田さんに付きまとうのは止めるよう、はっきりと申し上げたはずです。貴兄は拒否しましたが。

貴兄においては、私信の無断公開という下劣な行為を今後はなさらないよう、強く言っておきます。

以下本文。

>『目的論が、客観性を重要とする科学から排されるのは当然のことでしょう。』っつ〜発言のすぐあとに、
>『科学に興味を持っている方で「世界が機械的世界観ですべて説明できる」と考えて根本的信念としている方は、おそらくいないでしょう。』なんつ〜、まるっきし正反対の発言してたりしてよ〜〜。

僕の文章のどこがまるっきり正反対なのでしょうか?
「目的論が、客観性を重要とする科学から排されるのは当然のこと」と
「科学に興味を持っている方で「世界が機械的世界観ですべて説明できる」と考えて根本的信念としている方は、おそらくいない」
が矛盾しているのですか? 詳しい説明を求めます。

>ダーウィンの進化論自体が、「生命現象の全体を機械的世界観ですべて説明しよう」っつ〜試み

繰り返しになりますが、進化論では生命の発生を扱いません。進化論は生物の進化が対象です。また、ダーウィンは自然の観察から進化論を発想したのであり、機械的世界観云々が立脚点ではないこともご理解ください。

>進化論がかたくなに言い続けてる、「最初の生命は原子のスープから生じた」っつ〜言説は、いまや完全否定の状況なわけ。

ドーキンスは、「盲目の時計職人」P245で、ケアンズ=スミスの「「無機鉱物」説」と云うものを紹介していますが、ご存知でしょうか? 要するに元々の自己複製子は粘土や泥の中の無機物の結晶で、それがある時に有機物であるDNAに乗っ取られた、と云う説です。別に「かたくなに原子のスープから生命が生まれた」と言っているわけではありません。無知もたいがいにしてください。

福島工業高等専門学校の先生が、「「無機鉱物」説」の提唱者、ケアンズ=スミスの本を、学生に薦めています。まずは以下をごらんください。
http://www.fukushima-nct.ac.jp/welfare/lib/bib/bib9704s.pdf

また、これは少し古い方の説の補強ですが、アシモフの「発見・また発見!」(ハヤカワ文庫)には、10億年もの長きにわたり、生命発生のチャンスがあった、とあります。材料は化学物質(アンモニア、メタン、水素、水蒸気)の海、エネルギーはさんさんと降り注ぐ紫外線。そして、前回計算したように、自己複製子は瞬く間に増えるのです。

>「生命は化学実験室で作るもの」っつ〜認識を頑固に持ち続けてる

誰が頑固で無知かはもう論証済みですが、もう一点。
科学は細分化しすぎて、よそからは分かりにくくなっているかもしれません。ですから、進化論は生命全般の解明、とかの誤解をする方が居ることも仕方が無いことでしょう。でも、進化論は生物の進化、と云う限られた研究範囲を言うのです。

生物を扱うのは天文学者ではなく生物学者です。動物を研究するのは植物学者ではありません。それぞれの研究は、それぞれの専門の学者さんがいて、それぞれの学問を確立しているのです。それと同じ意味で、生命の発生(起源)は、進化論ではなく化学に近いのです。
>>36
名も無き詩人さま。
無知蒙昧な人間の文章を呈示して、なんのつもりなのですか。このようなバカに関わってはいけません。IDの連中は文章が無駄に長く、論点も定まっておらず、読者の貴重な時間を無駄にします。まあ一つの思考実験としてつぶしておきましょう。原文をわざわざ読みに行く価値もないので、物好きな人以外はパスしてくれて結構です。


不適者生存―教科書に生き残ったニセモノ―
ジョナサン・ウエルズ
http://www.dcsociety.org/id/publication/060304.html


・いい加減な教科書があることと、進化論は全く関係ありません。教育と学問をごっちゃにする、支離滅裂な思考です。
・個体発生は系統発生を、繰り返しません。
・生物の起源は進化論の範囲ではありません。
・カンブリア爆発の前に、既に生物の進化は進んでいました。
「カンブリア紀の進化は特殊ではなく、それ以降の進化のしくみと共通する部分がある」「カンブリア爆発の謎」宇佐見義之(技術評論社)P46より。


>自然のメカニズムを明確に示してからでなければ、デザインされたからこそ「相同」になっているとする考え方を、科学的に排除することはできないということである。

オッカムのカミソリと、反証可能性に対する違反。要は胡乱な発言です。まともな思考が出来る人間が相手にする必要は、全くありません。


>オオシモフリエダシャク

面白いことを聞きました。感謝します。


>フィンチのくちばし

これは淘汰圧の実例です。以前に挙げた河田雅圭さんのサイトから、引用しましょう。

===引用開始

http://meme.biology.tohoku.ac.jp/INTROEVOL/finch.html
1977 年に、ガラパゴス諸島は、干ばつにみまわれる。そのために、ハマビシやサボテンの大きくて固い実が増え、小さくて柔らかい種子が減少してしまった。その結果、くちばしの高い個体が低い個体よりも多く生き残った(図 5 )。そして、生き残ったくちばしの高さの高い個体が繁殖し、その結果、干ばつの後にうまれた子供のくちばしも高くなった。平均で約 1mm くちばしが高くなったことになる(図 4 )。くちばしの高さの違いが個体の生存率の差を作り出し、その結果、集団の中でくちばしの高い個体が広がるという自然選択による適応的な進化が生じたといえる。

(略)
さらに数年後 1992 から 1993 年には、ガラパゴス諸島、赤道付近の海水温度が上昇するというエルニーニョという現象の影響を受け、大雨、高温という気候の変化を受ける。それにより、 1993 年から 1994 年には、サボテンやハマビシといった植物の種子はへり、小さくて柔らかい種子が多くを占めるようになった。さらには、体の小さくて、先の尖ったくちばしをもった個体が、くちばしの大きな個体より高い生存率と繁殖率を示し、集団中にくちばしの小さい個体が増加し、進化した。

===引用ここまで

以上の引用文をどう読んでも、進化の実例でしかありません。もしも干ばつが続けば、フィンチのくちばしは高いままでしょう。その高いくちばしがスタンダードになり、環境に適応するのです。


>ピルトダウン人

有名なねつ造事件ですね。
日本では縄文時代の遺物に関する「神の手」事件がありましたが、このことをして縄文時代が無かった、とはなりません。古代人類の化石を疑うのならば、疑う側が全ての化石のねつ造を立証するべきでしょう。
ぴかぴか(新しい) 名もなき詩人からの返信?−1

54 キンシャチさんへ
>懸念しているのは、当方の文章が貴兄に通じるか、であって、進化論の正当性とは関係のないものです。

十分通じてると思うよ。ただ、おめはんが提示した資料を、あらがおめはんの期待通りに解釈しないっつ〜だけで。


>この点について、言葉が足らずに誤解を与えたのならば謝罪いたします。

いやいや。謝るには及ばね〜〜べ。ただ、この議論は、おめはんのリクエストで始まったんだからよ〜、そこんとこ忘れずに。


>また、陰謀論を展開なさるのは勝手ですが、当方と水コミュの方々には交流はありません。

いや、別に。おらは『相手の脚をすくおうとせめぎ』あったり『ロジックで』戦ってやろ〜とか、こんただ魂胆は一切ないべ〜〜。
ただよ〜、「利己的な遺伝子」を自認するキンシャチさんが、どのような理由でおらとの議論を望んでいるのか、動機がいまいち推測できなくてよ〜〜。
なぜならよ〜、キンシャチさんが自分で言っとる『僕は非常に利己的な人間です。現政府が気に入らないのはキンシャチの利益を脅かすからなのです。社会正義とか善悪判断とか、そんな立派なことではありません。』が事実だとしたら、なんらかの利益が生じる理由が存在してもおかしくね〜んでね?って思ったわけよ〜〜。
おらとしては、そんただ話信じたくはね〜ども。


>そしてここの議論は伊勢田さんの援護射撃ではありません。伊勢田さんに付きまとうのは止めるよう、はっきりと申し上げたはずです。貴兄は拒否しましたが。

だから、なして?「利己的な人間」が事実なら、別に気にしなくていいじゃん?伊勢ちゃんがおらとの議論に窮して困っていよ〜と。それがなんら、キンシャチさんの生活に支障をもたらすもんじゃね〜べ?
何の理由があって、「伊勢田さんに付きまとうのは止めろ」とかって、おらに指図するわけ?
ぴかぴか(新しい) 名もなき詩人からの返信?−2

>貴兄においては、私信の無断公開という下劣な行為を今後はなさらないよう、強く言っておきます。

別に悪気があったわけじゃね〜ども、気に障ったんなら勘弁ね〜〜。
おらが持っとるキンシャチ像と、自分で言っとる「利己的な人間」っつ〜やつが、ど〜しても符合しねくてよ〜〜。
っつ〜か、おらん中ではまだよ〜〜、キンシャチさんを信じたいっつ〜気持ちがあるのよ〜〜。ホントよ。
最初に会ったのが、原子力推進の輩の自己宣伝コミュだったよな〜〜。↓
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=11920187&comm_id=829045
ミクシー初めて、まだ右も左もわからんおらは、無謀にも(っつ〜か、徒労でしかないっつ〜言い方がふさわしいかもな〜)、あんただイエスマンしかおらんコミュで悪戦苦闘しとったよな〜。
そん時だわ。キンシャチさんと出会ったのは。おらと一緒に戦ってくれる人がおって、おらはすんげぐうれしかったべ〜〜。
だから、マイミクにしてもらったし、おめはんのコミュにも入ったし。それに答えておめはんも、おらを副管理人にしてくれたんだと思っとったんだども、それらも全て営利目的が裏にあったっていうのけ?
ここまでのことをよ〜、おめはんの言葉通りに並べていくと、非常に悲しい結論がもたらされるんだよな〜。↓

仮定:キンシャチ氏は非常に利己的な人間である

キンシャチ氏は利己的な理由から名もなき詩人とマイミクになった
キンシャチ氏は利己的な理由から名もなき詩人とともに原子力推進者と議論をした
キンシャチ氏は利己的な理由から名もなき詩人をコミュの副管理人にした
キンシャチ氏は利己的な理由から懐疑主義者を応援し鍼治療やID理論を否定している
キンシャチ氏は利己的な理由から名もなき詩人に伊勢田氏との議論を中止するよう要請した
キンシャチ氏は利己的な理由から名もなき詩人との議論を要望した
------------------------------------------------------------------------

結論:キンシャチ氏は名もなき詩人と接触することによって何らかの利益を得ることができる

した場合、キンシャチが得る利益っつ〜のは、おらが対決する人方から、いくばくかの謝礼をいただいてんのかな〜〜?ぐらいしか思いつかね〜わけ。
ど〜なの?これを認めるのけ?
繰り返すども、おらはキンシャチがそんな人だとは思ってね〜し、思いたくもね〜べ。
ぴかぴか(新しい) 名もなき詩人からの返信?−3

>僕の文章のどこがまるっきり正反対なのでしょうか?
「目的論が、客観性を重要とする科学から排されるのは当然のこと」と
「科学に興味を持っている方で「世界が機械的世界観ですべて説明できる」と考えて根本的信念としている方は、おそらくいない」
が矛盾しているのですか? 詳しい説明を求めます。

こいつはよ〜、伊勢ちゃんの「科学と疑似科学の哲学」に書いてあるべ〜〜。それについてのコメントがこっちさあるべ〜〜。(コメント89の後半)↓
http://mixi.jp/view_bbs.pl?page=5&comm_id=2055789&id=31045045

伊勢ちゃん(一応哲学の教授なんだよな?)が言うには、機械的世界観とは「生気論・目的論的な説明の否定」なんだと。
この「機械的世界観=生気論・目的論的な説明の否定」を、おめはんの主張に当てはめると、

「科学に興味を持っている方で「世界を生気論・目的論を否定したままで説明できる」と考えて根本的信念としている方は、おそらくいない」

っつ〜ことになるわけ。
これは、もう一つの主張「目的論が、客観性を重要とする科学から排されるのは当然のこと」と完全に正反対だべ〜。

それとも、おめはん的には、「機械的世界観」でもなく、かつ「生気論・目的論」でもない科学哲学的世界観っつ〜もんが存在すると思っとるのけ?
ぴかぴか(新しい) 名もなき詩人からの返信?−4

>繰り返しになりますが、進化論では生命の発生を扱いません。進化論は生物の進化が対象です。

繰り返しになるども、「生命の発生」は進化論の一部だって。↓
『中世以前の進化思想
「生存のための努力」を記述した。Ibn Miskawayhは蒸気から水、鉱物、植物、動物、そして類人猿から人へと進む生命の発展の歴史を書いた。』
『ラマルクの進化論
ジャン=バティスト・ラマルクは、最初は生物が進化するという考えを認めていなかったが、無脊椎動物の分類の研究を進めるうち、19世紀になって、生物は物質から自然発生によって生じると考え、著書『動物哲学』で進化の考えを発表した。』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96

昔っからよ〜、「地球上に生命はどのようにして誕生したのか?」と「地球上の生き物の多様性はどのような理由からか?」っつ〜2つの疑問はよ〜、同じまな板で議論されてきたんだべ〜。
それが、現在に至って、「孔ピー 大学で学部が違いますから違う議論です」なんつ〜敷居をこさえたって、それがここの議論に何の関係があんのけ?
トップのお題をもういっぺん見てみれ〜。「生命が無から生じたという学説はおかしい」っつ〜主張そのものでね?いまさら、これを議論からはずしましょ〜ったってできね〜相談だな〜〜。


>また、ダーウィンは自然の観察から進化論を発想したのであり、機械的世界観云々が立脚点ではないこともご理解ください。

んだ。たしかに、ダーウィンは牧師さんちに生まれた敬虔なキリスト教徒で、神様の存在を否定しとったわけではないみたいだの〜〜。
したども、現在の進化論支持者の代表とも言えるドーキンスは、完全に生気論も目的論もなしに進化を説明できるっつってるわけだべ?↓
『ドーキンスによれば、自然選択の累積的な力は生物の世界の機能的で非ランダムな複雑さを説明することが可能である。自然は自動的で、無知性的で、「盲目の」時計職人の役割を果たしていると述べている。』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B9

まるでこんただ感じ。

孔ピー 「やった〜!!やったぞ名もなき研究員君!とうとうその時が来た!」

オボッチャマン 「博士。一体何が起こったというのですか?」

孔ピー 「見たまえ!名もなき研究員君!7620398527238回にして始めて・・・。はじめて・・・うっくたらーっ(汗)。 」

オボッチャマン 「涙ぐんでないで説明してください。一体何が起こったというのです?。」

孔ピー 「初めてじゃ〜〜泣き顔 。時計の部品を全て袋ふくろ に入れて振り回したら・・・やっと、歯車が一個かみ合ったんじゃ〜〜!神様ありがと〜〜。奇跡じゃ〜〜!」

オボッチャマン「ほんとですか。それはよかった。これまでの努力が報われましたね、博士!」

孔ピー 「よ〜〜し!この調子で次の段階へGO〜〜じゃ!ダッシュ(走り出す様) それっ!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。歯車がはずれたクピポ 。」

ぴかぴか(新しい) 名もなき詩人からの返信?−5

>>進化論がかたくなに言い続けてる、「最初の生命は原始のスープから生じた」っつ〜言説は、いまや完全否定の状況なわけ。
>ドーキンスは、「盲目の時計職人」P245で、ケアンズ=スミスの「「無機鉱物」説」と云うものを紹介していますが、ご存知でしょうか? 要するに元々の自己複製子は粘土や泥の中の無機物の結晶で、それがある時に有機物であるDNAに乗っ取られた、と云う説です。別に「かたくなに原子のスープから生命が生まれた」と言っているわけではありません。無知もたいがいにしてください。

うんにゃ〜。そいつも、「オボッチャマン 原始スープ説が事実無根だね」って否定されたのを、何とか繕うために考案された一説だべ?
おらが紹介した資料は、有機物だ〜DNAだ〜っつ〜理屈以前に、地球は生命が存続できる状態ではなかったっつ〜ことだべ〜〜。
再掲。↓
『地球の初期の大気は、科学者がいう「還元的」、すなわち水素の豊富な環境ではなくて、たぶん火山によって放出されたガスから成っていた。今日この点について、地球化学者たちはほとんど意見が一致している。しかし、ではこれらの火山のガスを、ミラー=ユーリーの実験装置の中に入れたらどうなるのか? 実験はうまくいかない――すなわち、いかなる生命の「組み立てブロック」も生じないのである。』
http://www.dcsociety.org/id/ningen_genri/044.html
ぴかぴか(新しい) 名もなき詩人からの返信?−6

>福島工業高等専門学校の先生が、「「無機鉱物」説」の提唱者、ケアンズ=スミスの本を、学生に薦めています。まずは以下をごらんください。
>また、これは少し古い方の説の補強ですが、アシモフの「発見・また発見!」(ハヤカワ文庫)には、10億年もの長きにわたり、生命発生のチャンスがあった、とあります。

無機物と複製能力のある生命との間にゃ〜こんくれ〜の差があるんだとよ〜〜。↓
『アメリカの生化学者ハロルド・モロビッツは、環境中にあるアミノ酸、糖などの有機化合物からできる細胞が完全に自己複製能力を持つために、何を最小限必要としたかについて推論した。このような細胞はまず細胞膜をもっていなければならず、細胞膜は、現在見られる全ての細胞の場合と同様に、古典的な脂質二重層であったろう。細胞膜の脂質の合成のためには最少限5種類のタンパク質を要する。エネルギーも必要で、単純なエネルギー代謝のために必要なタンパク質は8種類ほどである。DNAをつくるヌクレオチドの合成とDNA合成には、最小限10種類のタンパク質が必要であったと考える。このような細胞には、タンパク質合成装置も当然必要である。このタンパク質合成がリボソーム系でおこなわれたとすれば、最小限8種類のタンパク質を必要としたであろう。(中略)
モロビッツによると、「現代生化学が許容する最小の仮説的細胞がこれである。しかし、この細胞には制御機能もビタミン代謝能力もなく、極端に限られた中間代謝しかできないから、細胞に要求される最低のレベルに達していないといってよい。こうした細胞は環境の変化の影響をとても受けやすかったろう。」
反進化論〜ダーウィンの自然観はまちがっている マイケル・デントン著』


>材料は化学物質(アンモニア、メタン、水素、水蒸気)の海、エネルギーはさんさんと降り注ぐ紫外線。

その手の化学物質が、生命を形作る有機化合物に昇格するまでにも、すんげ〜差があるべな〜〜。

>前回計算したように、自己複製子は瞬く間に増えるのです。

そりゃ〜、「ゴールモータースポーツ !私は自己複製子に進化しました〜!」っつ〜ところまでたどり着きゃ〜、瞬く間に増えるかもしれんべ〜。
したども、それにゃ〜、部品を袋に入れて振り回して時計を作り上げるよか数段困難な格差があるっつ〜わけ。



>「生命は化学実験室で作るもの」っつ〜認識を頑固に持ち続けてる
誰が頑固で無知かはもう論証済みですが、もう一点。

いや〜、「誰が頑固で無知か」は、ここまで注目してくれた人の冷静な判断にゆだねられるもんだべ〜〜。
っつ〜か、キンシャチさんよ〜。これまで何を論証してきたっつ〜のけ〜?イヌから進化したクジラの話も中途半端だし、宇宙人が存在しないっつ〜証明もまだないし。
以下は、「名もなき詩人からの返信?−4」の繰り返しになるから省略。

図の説明。左―教科書に長年載せられている脊椎動物の胚のニセ絵
       右―実際の脊椎動物の胚の絵

55 キンシャチさんへ
>無知蒙昧な人間の文章を呈示して、なんのつもりなのですか。このようなバカに関わってはいけません。

は〜がく〜(落胆した顔) 。よく言うよな〜〜。はっきし言って、ジョナサン・ウエルズが投げかけた教科書での進化論のインチキに対して、何にも答えてね〜じゃん。
『このようなバカに関わってはいけません』だって?そ〜言うおめはん、なにもん?まるで、中世にガリレオの地動説に対して、「このような背信者に関わってはいけません」っつってる輩と同じ態度じゃん。

>IDの連中は文章が無駄に長く、論点も定まっておらず、読者の貴重な時間を無駄にします。

どこが長いって?進化論のほ〜がよっぽど、矛盾を取り繕〜と躍起になってオッカムのオンパレードじゃん。「ニコチャン大王クジラとカバの先祖の化石を探すんじゃ〜〜!」っつ〜アホな作業のほ〜がよっぽど時間の無駄だべ〜〜。


>まあ一つの思考実験としてつぶしておきましょう。原文をわざわざ読みに行く価値もないので、物好きな人以外はパスしてくれて結構です。

っつ〜か、全然つぶしてね〜じゃん。つぶしてね〜し、つぶそ〜っつ〜意思があっても根拠がね〜からただの言いがかりになっとるだけだったり。
『わざわざ読みに行く価値もない』じゃなくて、
「お願い読まないで〜〜涙 。僕ちゃんにはこれを否定しきる能力がないんです〜〜!」って言いたいんでね?ほんとは。

たとえば、なしてこれは一切無視してんの?↓
『私が使っていた教科書は、脊椎動物の胚の絵――魚、ニワトリ、ヒト等――を目立つ形で載せていた。そしてそこには、互いに似ていることが共通の先祖からきたことの証拠だと書かれていた。実際これらの絵はとてもよく似ていた。しかし私は少し前から胚の研究をしていて、顕微鏡でそれらを観察していた。だから私には、これらの絵がはっきりと間違っていることが分かった。
私は他の教科書をもあらためて調べてみた。それらはすべて同じ絵を載せており、すべて明らかに間違っていた。そこにある胚の絵が偽造されているだけでなく、胚が互いに全く違って見えるもっと初期の段階が省かれていた。』
http://www.dcsociety.org/id/publication/060304.html

↑この記述を一切無視して、自分以外の読者にも時間の無駄だから読むなと言って、挙句の果てにゃ〜、『このようなバカに関わってはいけません』だ?無知蒙昧はどっちよ?
言ってみりゃ〜、これと同じ態度じゃん。↓

『生化学者のマイケル・ビーヒー(Michael Behe)が昨年「ニューヨーク・タイムズ」で、進化の胚の「証拠」はニセモノだと指摘したとき、ハーヴァードのダーウィニスト、スティーヴン・ジェイ・グールドは、自分はこのことを何十年も前から知っていたが(先に述べたように)、それを指摘するビーヒーは「クリエーショニスト」だといって非難した。』


今回のコメントは、今までで最低だな〜〜。
キンシャチさんよ〜。すんげ〜〜見損なってたみたいだの〜〜。言いたかね〜ども。
ど〜よ?こんただ愚かで頑迷でエコヒイキなコメント残す気分はよ〜〜?

今だに言える?

「私は懐疑主義者です。騙されるのが大嫌いです。」ってよ〜。

騙されとることわかってるんだべ?上のグールドみたいによ〜。

そんでもって、人を騙しとることも、よ〜く判ってる。

恥ずかしくね?


おらがキンシャチさんだったらハズカシ〜〜べ。

恥ずかしくて悩むべ〜。


「うぃ〜〜とっくり(おちょこ付き) 。おらのレベルってこんくれ〜か〜。ミクシーで顔向けできんべ〜〜泣き顔 。」




最後に。
このコメント見た時点で、はっきし、キンシャチさんと議論するのは無駄かもな〜?って思ったべ〜〜。

言い残したことはある?それを読んで、今後をど〜すっか決めるべ〜〜。
貴兄にかかると論点がしっちゃかめっちゃかに拡散してしまい、当方は困惑しきりです。

>>56>>57
当方の行動原理を追求することに何の意味があるのか理解出来ません。キンシャチキンシャチと連呼されて気持ち悪い。
人格攻撃と、妄想を垂れ流すのはおやめください。

>>58
>「科学に興味を持っている方で「世界を生気論・目的論を否定したままで説明できる」と考えて根本的信念としている方は、おそらくいない」
>っつ〜ことになるわけ。

わかりませんか? 科学では扱えない問題もある、と云うだけのことです。科学にも限界はあるのです。

===

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/6832/kgh_sb2.html
問題の種類によっては、もっと簡単な自然現象でも、科学が取り上げ得ない問題がある。これは科学が無力であるからではなく、科学が取り上げるには、場ちがいの問題なのである。自然科学というものは、自然のすべてを知っている、あるいは知るべき学問ではない。自然現象の中から、科学が取り扱い得る面だけを抜き出して、その面に当てはまるべき学問である。そういうことを知っておれば、いわゆる科学万能的な考え方に陥る心配はない。科学の内容をよく知らない人の方が、かえって科学の力を過大評価する傾向があるが、それは科学の限界がよくわかっていないからである。

===

>>59
>それが、現在に至って、「大学で学部が違いますから違う議論です」なんつ〜敷居をこさえたって、それがここの議論に何の関係があんのけ?
>トップのお題をもういっぺん見てみれ〜。「生命が無から生じたという学説はおかしい」っつ〜主張そのものでね?

これは単に貴兄が無知なだけです。生物の起源は進化論ではありません。進化論は生物の進化を扱うものです。以下は再三誘っている進化論掲示板の過去ログより。なお、生物の起源を問うのならば化学進化の勉強をなさるとよろしい。「生物が無から生じたのがおかしい」と思うのならば、貴兄が証拠を提示して「無から生じたわけではない」ことを立証しなさい。

===

http://members.jcom.home.ne.jp/natrom/board030604.html
Re.それでは  投稿者:トトロ 投稿日: 2003年06月04日13時21分

(略)

GOAさんが先に書かれていますが、進化論は生物の変化に関する学説です。従って生物以外の全てのものを扱いません。進化を逆にたどっていったら、いつかは無生物(非生物)の祖先(といえるもの)に行き着くのではないかという考えは自然なものであると私は思いますが、その地点で進化論は成立しません。

(略)

進化論は生物の進化を扱うための学問ですから、それに応じた道具を持っています。しかし、化学進化は、化学変化に関する学問ですから、進化論の対生物向きの道具はほとんど役に立ちません。逆に化学進化で有効な理論や道具は進化論ではやはり役にたたないでしょう。

===

http://members.jcom.home.ne.jp/natrom/board051207.html
パラドックスさんへ  投稿者:カクレクマノミ 投稿日: 2005年12月06日 0時52分

(略)

生命起源が進化生物学と密接に関係していることは確かです(だから進化生物学の本に登場する)。しかし直接研究対象になるかどうかは論じてもしかたないでしょう。
タンパク質の性質は有機化学の対象ですか?それとも生化学の対象ですか?議論するほうが馬鹿げています。

しかし「進化論か?」の問いには明確に答えることができます。進化論とは生物集団の変化と適応についての理論です。起源についての理論ではありません。
これはもう慣習的な言葉の意味です。論理的にどうこうではなく、「進化論」という言葉はそういう意味で普通使われるんです。進化論と生命起源が密接に関係していることは疑うべくもありませんが、言葉の意味として「進化論」に生命起源は含まれません。

もちろん、「そんな意味はおかしい。今から言葉の定義を変えるべきだ。」という主張は可能です。それに対する反論としては、「今の意味での進化論者であり、かつ起源だけは創造(あるいは、起源について特定の考えを持たない)」という人(実際にいる:「種の起原」でのダーウィンなど)をどう位置づけることになるのか、ということが言えます。

===
>>60
>うんにゃ〜。そいつも、「原始スープ説が事実無根だね」って否定されたのを、何とか繕うために考案された一説だべ?
>おらが紹介した資料は、有機物だ〜DNAだ〜っつ〜理屈以前に、地球は生命が存続できる状態ではなかったっつ〜ことだべ〜〜。

「盲目の時計職人」6章を精読のこと。


>>61

>イヌから進化したクジラの話も中途半端だし、

イヌから進化したと妄言を吐いているのは貴兄くらいのものです。分子生物学の発展により、外観の類似と系統樹に占める位置が必ずしも一致しないことが、常識になっています。たとえば、サボテンとユーフォルビアもそっくりですが全く異なる植物です。想像図から発展させた妄想をいつまでもまき散らすのはやめなさい。

>宇宙人が存在しないっつ〜証明もまだないし。

それは「悪魔の証明」と呼ばれる詭弁です。「ない」ことを立証するのは困難ですが(この場合、全宇宙を探索する必要がある)、「いる(あるいは「いた」)」ことを立証するのは比較的用意です。地球起源ではない生物の痕跡や、電波を傍受出来れば良いのですから。

そして何度も繰り返しますが、オッカムのカミソリ。生物の起源や進化に対して、宇宙人の関与があった、とする合理的根拠が無ければ、宇宙人仮説を取り入れる意味がないのです。まずはどうあっても貴兄が、宇宙人仮説を立証、あるいはせめて、検討に値する合理的根拠の提示をする必要があります。



>>62
当方のmsg55が分かりにくかったようです。補足して説明します。

いい加減な教科書があることと、進化論は全く関係ありません。教育と学問をごっちゃにする、支離滅裂な思考です。

個体発生が系統発生を繰り返さないことは科学の常識です。今更そんなことを言って、鬼の首を取ったようにはしゃいでいるよなので、ジョナサン・ウエルズはバカと侮蔑されるのです。

カンブリア爆発の前に、既に生物の進化は進んでいました。 以下の本では、カンブリア紀以前のエディアカラ紀の研究が進んだ結果、すでに多くの生き物が繁栄していたことが分かったとあります。また、「カンブリア紀の進化は特殊ではなく、それ以降の進化のしくみと共通する部分がある」(「カンブリア爆発の謎」宇佐見義之(技術評論社)P46より)とあるようにカンブリア紀だけが特別な時期ではなかったのです。



これで、ぎろんはおしまい。
63 キンシャチさんへ
>これで、ぎろんはおしまい。

んだな〜。おらもそのほ〜がいいよ〜に思うべ〜〜。別に、おめはんが憎くてやり込めてやりて〜〜とか思っとるわけでもね〜し。
だから、今回のコメントに対しちゃ〜、回答は一切しね〜べ〜。また、「なにお〜!言い返してやる〜!」みたいな気持ちを起こさないよ〜にな〜。
ただし、一言だけ。
おめはんは、最後の最後まで、おらが足元を引っ張るゲームとして、心理的な人格攻撃したとか思っとるみたいだども、おらとしては心底疑問に思ったことを聞いただけだべ〜〜。
おめはんの主張を事実と受け止めた場合、利己的な遺伝子であるキンシャチ氏は何らかの意図があって、おらに議論を申し出たっつ〜解釈は、当全の帰結であって、「その理由が何か?」という疑問は、これまた当然沸き起こってくるもんなのよ〜〜。
ただ、今となっちゃ〜、しつこく詮索し続けたところで、なんの得にもなんね〜べ〜。
だからよ〜、おらとしては、「利己的な遺伝子を自認するキンシャチ氏ではあるが、本人の発言とは裏腹に、意外と血も涙もある人間であって、名もなき詩人に議論を挑んだのも、実は利害を超えた感情的な理由からである。可能性として考えられるのは、名もなき詩人にケチョンケチョンに論破されている伊勢田氏に対する同情という線が最も濃厚である。」っつ〜推測で納得することにしたべ〜〜。

ま〜よ〜、マイミク同士であ〜だこ〜だ言い合うよりも、もっと他にやるべきことがあるべ?お互いに。立ち向かわなきゃなんね〜もんはもっと他にいる。
お互いの健闘を称えあって、明日から、心機一転がんばるべ〜〜!
僕も「進化論」には賛成しかねます。

原典は読んでませんが。(反省点です。)

地球上にこれだけ多くの種が生息している理由はなぜか?

「分からない」というのが現時点での答えだということに

賛成です。

科学者にも分からないことは分からないと答えて欲しいです。

「進化論」にあぐらをかいて、それ以降この大いなる疑問に

挑戦する人は出ていないのでしょうか?

ご存知でしたら、教えてください。
えぞももんがさんには、ドーキンスの著作を読むことをお勧めします。

「盲目の時計職人」「進化の存在証明」(両方とも早川書房)

あるいは、長谷川真理子の「進化とは何だろうか」(岩波ジュニア新書)でもいいです。良質の入門書です。進化論に対してノーを言う前に、最低限これくらいの知識は必要でしょう。

進化はおそらく事実です。
67 キンシャチさんへ
>進化はおそらく事実です。

私も今では少しだけ考えを変えました。
サルという土台を経過して人間が誕生したのは事実かもしれない。
しかし、それが漸進的に、少しずつ背骨が伸び〜〜、少しずつ毛が薄くなり〜〜、少しずつ脳みそが大きくなり〜〜とか言う学説は信じません。証拠が全くないからです。

いまだに、ドーキンスとか信じてんの?
僕はドーキンスの科学啓蒙書を信頼しています。
名もなき詩人で地球さまは、「盲目の時計職人」「進化の存在証明」のどちらかでもお読みになりましたか?
そんたに言うんなら、一回読んでみるべ〜〜。
対話はそれからですね。(するならだけど)
もちろん、読後の感想は述べるつもり。したども、それに反論するかしないかは、キンシャチさん次第かの〜〜。
盲目の時計職人〜リチャード・ドーキンス
日記にも書きましたが、こちらにも掲載します。


ダーウィン進化論は、大進化(漸進的進化)を除けば、生命進化をある程度矛盾なく説明できていると思う。
特に、発掘された化石から考察される進化系統と遺伝子距離に相関が見られることは、評価に値すると考える。(研究者による詐称がないとしての話しだが)
たとえば、化石の年代考証を根拠とした霊長類(サル)の起源は、原猿類5600年前〜3400年前、類人猿2300万年〜500万年前、旧人類200万年となっており、現人類の遺伝子との緊密なものほど、発生が後期になっている。
このことは、類人猿の起源には原猿類の繁栄という土台が必要とされ、同じように人類の起源には類人猿の繁栄が土台として必要だったという可能性を示唆させる。
つまり、「進化がどのようにして起きたか」は別として、「進化系列は存在する」という点は、肯定的に捉えても良いように感じている。
もう1つ、小進化に関しても異論の余地は少ないと思う。小進化とは、ある生物種が年月と共に身体あるいは知能などの能力を変化させていくことで、有名なものに、ウマ科の化石が時代を経るにつれて大型化しているというものがある。私たち人類も、1000〜2000年前に比べれば、体型はかなり変化しており、小進化の証明に一助しているように思える。

しかし、ダーウィン主義の大進化(漸進的進化)に関しては、そのまま認めるにはあまりに問題が多い。リチャード・ドーキンスは、そんな漸進的進化を「物理的な知見」で全て説明できると主張する。
著書では、人間の目を例にあげ、目という機能の全くない生物から、1%の目を持つ生物、2%の目を持つ生物・・・・というふうに、目という機能を少しずつ高度化させ、その都度十分生存に適応し、子孫を残すことが可能であった、つまり中間形態が種として成功を収めていたと主張する。しかし、それを証明するものは何一つない。
このことは、現在、1%の目を持つ生物、2%の目を持つ生物といったものが、一切地球上で確認されておらず、化石としても存在していないことから、矛盾は明らかである。
著書の文中で、中間形態が確認されないことの説明らしきものは、以下の文章のみである。↓

『ペン 382p
本拠地で実際何が起きたのか、その歴史を考えてみるといい。そこには先祖であるトガリネズミがいた。彼らは幸福に暮らし、せっせと繁殖していた。特に変化が生じる理由は何もなかった。確かに、山の向こう側では彼らのいとこたちがめまぐるしく進化していたが、その化石はみんな山の向こう側にあるので、今発掘している本拠地でそれが見つかることはない。さて、突然(といっても、地質学的な基準での突然だが)いとこたちが新種となって戻ってきて、本拠地の種と競争し、おそらくそれと置き換わる。』

果たして、この一文で、「現在、地球上には、ダーウィン主義が示唆する中間形態(植物と動物の間、無脊椎と脊椎動物の間、魚と両生類の間、etc.etc・・・・)は一切生存が確認されておらず、化石でさえも見つかってはいない」ことを矛盾なく説明しているといえるだろうか。
(続く)
(続き)
矛盾は他にもある。ドーキンスは著書で、チーターとガゼルの競争関係を例に、「進化がなぜ複雑化の方向に向うのか」を説明している。(7章)
しかし、「進化が複雑に向うことがなぜ可能なのか」という点に関しては一切説明していない。
一般に、物質やエネルギーは複雑から単純へ移行する傾向にあるが、進化は単純から複雑へと自然法則に逆行した形で移行する。
ドーキンスは、これらのことを「幸運」と「偶然」で説明することに、全く疑問を感じていないようだ。
というよりは、進化のような生命に係わる考察においては、「神の計らい」を持ち出すくらいならば、「幸運」のほうがましであるとでも思っているようにすら感じられる。↓

『ペン われわれがどのように存在するにいたったかについての仮説では、ある一定量の幸運を想定することが許されているかのようである。この一定量は、宇宙にある好適な惑星の数を上限としている。一定量の幸運が与えられれば、われわれ自身の存在を説明する途上で、数の限られた必需品としてそれを消費することができる。』

「数の限られた必需品」というには、彼の説にはあまりに幸運の出番が多すぎるように感じる。
(続く)
(続き)
伊勢田哲司著「科学と疑似科学の哲学」には、リサーチプログラムという思考行程が紹介されている。↓
『二つの競合するプログラムがあり,一方が前進的,他方が後退的ならば,前進的プログラムを選択せよ,というのがラカトシュの理論選択の基準である。この基準に従わない営みは疑似科学ということになる。』

「漸進的進化説」はその証拠を一切提出できておらず、後退的プログラムとして判断するべきだと、私は考える。
しかし、この世界は神が造ったとする「創造論」を拒絶する科学者達は、「漸進的進化説」が後退的であるということを、なんとしても認めたがらないのだ。
ドーキンスの著書から感じるられのは、弁護士という経歴を彷彿させる饒舌で強引な主張と、漸進的進化は事実だという強い信念である。↓

『ペン エゼキエルは四方の風に願って、干からびた骨に生命の息吹を吹き込んでもらった。われわれの地球がそうだったように、もしついには生命を宿す機会を秘めているものとすれば、原始の地球のような死の惑星が備えているべき生命の要素とはいったい何だろうか?それは息吹でもなければ、風でもなく、いかなる錬金丹でも霊液でもない。もちろん何かの物質でもなくて、ある特性、つまり自己複製という特性なのである。』

饒舌と強引は、この書を、深い確信に裏打ちされた、批判の余地のない優れたもののように見せかけてはいるが、それは過大評価である。
おそらく、ドーキンスを支持し、第一級の科学者であるかのように仕立て上げているのは、彼が「漸進的進化支持の最後の砦」だと、古典的科学者達から暗黙に期待されているからだろう。
彼の強弁は、彼の主張に「真」がないことの裏返しである。「真」がないから大きな声で覆い隠そうとするのである。それは、古典科学者達がニューエイジサイエンスに代表される革新的な研究学説を覆い隠すために常套的におこなってきた手段である。

ドーキンスは言う。「創造論」その他の一切の説は「漸進的進化説」のライバルにはなりえないのだと。果たしてそれは正しい見解なのだろうか。
私はそのように考えない。「その他の一切の説」の中には、ドーキンスが考慮しない、あるいは「説」として認めたくない別種の科学知見が見過ごされているように感じる。
「創造論」を認めたくないならば、「漸進的進化説」を信じろ、というのは、ドーキンスが読者に強要するロジックだ。このロジックで彼は、ここに考察されない説を封殺しようとしているだけなのだ。
(続く)
(続き)
私は、ここに、ドーキンスが認知しない新たな科学知見を提供する。これには、進化論が現在陥っている後退的思考を前進へと導く大きなヒントがあると考える。↓

『サイエンスZERO「ヒトの電界を利用せよ 人体通信最前線」
人の体の表面に薄くまとわりつくように広がる「電界」。その性質が徐々に明らかになってきた。 』
http://www.nhk.or.jp/zero/contents/dsp301enc.html

人体は、皮膚表面を境界とする物質のみで構成されているのではなく、ある種のエネルギーが取り巻いている。実質的な生命と環境の境界は、「電界」なのだ。
人体は、目視や触感で確認できる物体である以前に、生命エネルギー体という側面を持つということではないだろうか。
むしろ、「生命エネルギー体という側面」こそが、「命そのもの」なのだと言うことはできないだろうか。
ドーキンスは、複雑さという点では、生命の無機質な機械も同列にあると主張する。↓

『ペン われわれ自身の体についてはどうだろう?われわれ一人一人は、飛行機と同じように1つの機械であり、ただそれよりいっそう複雑なだけである。』

このに彼の間違いがある。生命誕生のためにエゼキエルが願ったものは、まぎれもない「生命の息吹」なのだ。これを、彼は気づかない。というよりは、あえて無視しているのだろう。
ここには、古典物理がその間違いを十分承知していながらも、決して改めようとしない理由がある。その理由とは、「機械論的世界観」である。
この「機械論的世界観」は、20世紀初頭に発見された「量子論」により、実は完全に否定されているものである。
そのような時代錯誤な世界観がなぜ今だに科学者達を支配し続けるのか?
それは、「機械論的世界観」こそが西洋科学思想そのものだからである。
「機械論的世界観」を失った科学は、今やその真実性を冷徹に、隅々に渡って検証されなおす運命にある。ニュートンやアインシュタインといった、科学界の巨人達の理論も、「量子論」によって再検証を余儀なくされている。
中世に、コペルニクスの地動説がキリスト教を破壊したように、科学は今「量子論」によって破壊されようとしているのだ。
(続く)
(続き)
1984年11月に筑波大学で開催された日仏協力筑波国際シンポジウム「科学・技術と精神世界」では、「気(生体エネルギー)」を科学として認めるべきか否かという議論が積極的におこなわれていた。↓

『気の合戦 筑波シンポジウムレポート レオン・メルカデ
激論あってこその成功
およそシンポジウムという以上は、なにかひとつそこに大論争が起こってフィーバーを掻きたて、情熱のありったけを燃え立たせることなくして成功したとは言いがたいものである。そのよう意味での大論争が筑波シンポジウムにはあった。“気の合戦”がそれである。
この戦いは、第一日目午後のセッションで、心理学者の湯浅泰雄博士が心身相関について発表した一点をめぐって、驚きをともなって爆発した。伝統的中国医学の鍼灸術、とくに鍼を刺す(鍼点(ツボ)〉に触れて博士はこう言ったのである。ツボとは「経路と呼ばれる目に見えない管の組織があって、それが」皮膚表面に浮かびでたものであり、「その経絡中に(気)と呼ばれる一種の生体エネルギーが流れている」と。
気とは、身体エネルギーにあらず心的ネルギ一にあらず、心身一如の言わば三次元的領域に存在するなにものかであると、かくしてわれわれは学んだのだった。〈経路〉とは目に見えないものであるからして解剖学的にこれを観察することは不可能ではあるが、それが間違いなく存在するという証拠は、中国医学、わけても鍼灸術が実際に作用することから明らかなとおりである。かつまた、と湯浅博士はつづけた、日本で(Ki)と呼ぼうと中国で(Chi)と呼ばうと、あるいはインドで(プラーナ)と呼ぼうと、東洋医学のすべてはまさにかかってこの一点にあるのだ、と。』

ここから読み取れる事実は、今から約25年前には、「気(生体エネルギー)」が科学である、あるいは、少なくとも科学の俎上に位置するという認識を、科学者達が共有していたということである。
ところが、現在はどうなのだろう?

『「経脈」や「気」にあたるものは解剖学的にはどこにも発見されておらず,正統医学の観点からは全く理解できない(つまり,中国医学は正統医学と両立しない存在論に基づいているということができる)。
伊勢田哲司著「科学と疑似科学の哲学」より』
『鍼治療は中国の伝統的な医療技術で、気(ch'i あるいは qi)を調節して陰陽の力のバランスをとるというものである。「気」は、すべての物体にあまねく存在する“エネルギー”とされていて、経絡とよばれる14種の道筋を通って体内を流れていると信じられている。(中略)
しかしいずれの方法であれ、過去20年にわたっておこなわれた科学的研究では、いかなる傷病に対しても針治療の効果は認められなかった。』
http://www.genpaku.org/skepticj/acupunc.html

今や、「気(生体エネルギー)」に対する認識は、当時より後退してしまった感がある。それに関する学究は「ニセ科学キャンペーン」に見られるように、いずれも疑似科学として排斥の憂き目にあっている状況である。
それは、古典的西洋科学の必死の抵抗である。しかし、同時にはなはだ有害であり、文明の進歩を阻む悪である。
(続く)
(続き)
話を進化論に戻そう。
「気(生体エネルギー)」研究は、頑迷なエセ科学者達の妨害を受けながらも、着実に存在を証明している。
その研究の一環として、キルリアン写真というものがある。↓
http://www.google.co.jp/images?hl=ja&rlz=1G1GGLQ_JAJP318&q=%E3%82%AD%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3%E5%86%99%E7%9C%9F&lr=&um=1&ie=UTF-8&source=univ&ei=j9vgS-8IgaDqA8iJve8E&sa=X&oi=image_result_group&ct=title&resnum=1&ved=0CBMQsAQwAA
これも、執拗な疑似科学批判にさらされている研究だが、将来正当な学究として、価値を認められるものだと、私は考える。
その中に、木の葉の一部を切り取ったものの映像があるが、生体エネルギーは切り取られた葉の部分を補って、切り取られる以前の形を留めて写っている。
これは何を意味するのか。
事故などで手や足を失った人が、失ったはずの体の部分にかゆみを感じるという話があるが、キルリアン写真によってその理由を説明できるのではないだろうか。
つまり、物質としての人体の一部を失ったとしても、生体エネルーギーとしてその部位は失っていないということである。
つまり、生命を形作る「設計図」は、物質である人体に存在しているのではなく、生命エネルギーの中にあるということではないか。
ドーキンスは「設計図」は遺伝子の中にあると言った。しかし、新たな科学はそれを否定する。「新たな科学」は、遺伝子をただの「積み木の1ピース」にしか過ぎないといっているのだ。
私はこのように考える。

この考えを、「生命エネルギー進化説」とでも言おうか。
この説では、進化跳躍も簡単に説明できる。
ある生命種が「泳いで魚を獲ること」を希求する。すると、いつの世代からか足が鰭に変わり、新たな種が誕生する。→クジラの誕生。
生命エネルギーの漸進的進化が、物質的漸進と同レベルだとは限らないのだ。
科学は「心」を否定してはいけない。それは科学的計量は不可能である。だからといって、その存在を否定するものは、人類の誰一人としていないだろう。
「心」は存在し、「感情」も存在する。
人は夢を見、願い、願いはいつか実現する。
手短かに行きます。

>>73
>大進化

以下の引用を参照のこと。可能ならばリンク先を精読するよう、お願いいたします。

===

http://akisince2006.blog.shinobi.jp/Entry/3/
すなわち、大進化と小進化といった区分は過去のものであり、進化の機構に関する様々な知見が得られている現段階では、両者を区分することに学術的意義を見いだすことはできないと言えるだろう。

http://akisince2006.blog.shinobi.jp/Entry/5/
種以上の進化、いわゆる大進化に関する分子進化的研究も盛んになされている。この研究状況をみれば、進化否定論者がしばしば引き合いに出す「大進化に関する証拠がない」といった意見は、単にその発言者が知らないだけであることがわかる。

===

>目

たとえばプラナリアは人間に比べると、非常に単純な目しか持ちません。あるいは、犬や豚も、色盲です。人間の目に比べて、数割引きの能力しか持たない生物は身近にもたくさんいます。

つまり、貴兄の「1%の目を持つ生物、2%の目を持つ生物といったものが、一切地球上で確認されておらず、化石としても存在していない」と云う主張は絶望的に間違っています。


>>74
>進化が複雑に向うことがなぜ可能なのか

エントロピーを理解していない方が、鬼の首を取ったように声高に主張する、非常にポピュラーな誤解です。エントロピーは孤立系において、平均すると増大します。が、外部とのエネルギーの出入りがある地球、あるいは生物個体は、孤立系ではありません。これについてはNATROMさまが分かりやすく解説しているので、リンクを貼っておきます。
http://members.jcom.home.ne.jp/natrom/entropy.html

>>75から>>78
貴兄がいかなる思想信条を持とうと当方は関知いたしませんので、あしからず。陰謀論でもなんでも、ご自由に開陳なさって下さい。


最後に、進化論の掲示板のリンクも貼っておきます。ここには僕よりも詳しい方が大勢いらっしゃるので、より詳細な回答が得られるかと思います。
http://6609.teacup.com/natrom/bbs
79 キンシャチさんへ

相変わらず、こちらの求める情報とは無関係の、全くちぐはぐな答えが返ってきましたね。
またまた、このちぐはぐが延々と繰返されると思うと、憂鬱でなりませんので、今回のみ丁寧にお答えして、その後は様子を見守りたいと思います。


>http://akisince2006.blog.shinobi.jp/Entry/3/
すなわち、大進化と小進化といった区分は過去のものであり、進化の機構に関する様々な知見が得られている現段階では、両者を区分することに学術的意義を見いだすことはできないと言えるだろう。

どこかの研究者がそのような判断をしたからと言って、「大進化と小進化」という区別は理解しやすいものですし、「小進化」の証拠は見つけられるにもかかわらず、「大進化」の証拠は今だに提出されていないと考えます。



>http://akisince2006.blog.shinobi.jp/Entry/5/
種以上の進化、いわゆる大進化に関する分子進化的研究も盛んになされている。この研究状況をみれば、進化否定論者がしばしば引き合いに出す「大進化に関する証拠がない」といった意見は、単にその発言者が知らないだけであることがわかる。

ここで例示されている「ヴィクトリア湖のシクリッド」は、大進化の証拠とはいえません。
私が考える証拠というのは、シクリッドが、例えばカエルとかトカゲなどとといった、全く違う種へとの中間形態へ移行している姿です。
色や形が違っていても、シクリッドはシクリッドに変わりがなく、あるシクリッドから他のシクリッドへと漸進的な進化を遂げた証拠となる中間形態は存在しません。研究者はただ、閉鎖的な環境の中で何種類かのシクリッドを見つけたというだけに過ぎないのです。
それをただただ、大声を上げて、「大進化の証拠だ!」と吹聴しているだけです。
(続く)
(続き)
>たとえばプラナリアは人間に比べると、非常に単純な目しか持ちません。あるいは、犬や豚も、色盲です。人間の目に比べて、数割引きの能力しか持たない生物は身近にもたくさんいます。

その手の主張は、もううんざりするほど聞かされていますので、それに反論するのは時間の無駄だと感じます。
ただ言えるのは、いくら大声を上げて「目は、単純な生物から人間までにさまざまな過程を経て、高度化してきた」と言ったからといって、それが漸進的に能力を獲得してきたという証拠は一切ないということです。
私は、それよりもいっそう筋が通るという理由で、「生命エネルギー進化説」を紹介したわけです。これは、私独自の説かもしれませんし、もしかしたら、どこかの研究者が既に提唱しているかもしれません。
コメント76でテレビ番組の紹介をしたのは、「人体を取り巻く電界」、つまり、これまでのダーウィン主義者が決して考慮してこなかった要素、それも科学的に認められた要素を、進化研究にも取り入れるべきではないか、ということを述べたかったからです。
頑迷で蒙昧な古典科学者たちは、東洋医学ではポピュラーな、「ツボ」とか「経絡」と言ったものを一切認めてきませんでした。
しかし、この「人体を取り巻く電界」はその存在を強力に示唆するものです。そしておそらく、この電界研究が進めば、キルリアン写真の科学性も近々単純に棄却などできない状況になるものと考えます。なぜ、このような科学的な新たな知見を進化論の分野では取り入れないのか?というのが、私の問題提起です。
リサーチプログラムを紹介したのも、ドーキンスの理論よりも、私の理論のほうがうまく説明できているのならば、うまく説明できている理論を採用すべきだという、規範に立ち返っていただきたいという理由からです。



>つまり、貴兄の「1%の目を持つ生物、2%の目を持つ生物といったものが、一切地球上で確認されておらず、化石としても存在していない」と云う主張は絶望的に間違っています。

たとえ、0.5%の目を持つ生物が存在し、10%の目を持つ生物が存在したからといって、「1%の目を持つ生物、2%の目を持つ生物」が存在したという証拠にはなりません。
ドーキンスは、それが存在し種として繁栄していたことを固く信じていると、著書では述べています。そしてそこには「幸運」が働いていたのだと。
これは信仰です。非科学的であるという点では、創造論者と同じです。
証拠も提出できないのに間違いだと言うあなたこそ、絶望的な信者です。
(続く)
(続き)
>エントロピーを理解していない方が、鬼の首を取ったように声高に主張する、非常にポピュラーな誤解です。エントロピーは孤立系において、平均すると増大します。が、外部とのエネルギーの出入りがある地球、あるいは生物個体は、孤立系ではありません。これについてはNATROMさまが分かりやすく解説しているので、リンクを貼っておきます。 http://members.jcom.home.ne.jp/natrom/entropy.html

読んでみましたが、これもほとんどへ理屈ですね。ダーウィン主義信者しか頷けない理屈ばかりです。
ここでは、「ダーウィン主義でないものは創造論主義だ」的な言い回しが、あちこちに見られますが、全く不当な気目付けです。
私は、創造論者ではありませんが、「生気エネルギー」の考察を進化に応用することによって、「創造論者の言い分も一理ある」という状況になることはあるだろうと考えます。しかしながら、そこに「人類の英知を超えた存在」を介入させる必要は感じていません。
ダーウィン主義(漸進的進化説)はもう既に棄却されるべき運命の学説です。ただ、それにすがっていたいがために、それを批判するものは全て創造論者であるかのような気め付けをしているのです。
少しだけ、紹介のページに言及しておきましょう。

『ペン 「孤立系」でなければ、エントロピーの減少はありえます。例えば、個体発生。単純な受精卵から複雑な個体が発生します。進化、すなわち系統発生が熱力学第二法則に反するのなら、同様の理屈で個体発生も熱力学第二法則に反すると言えるでしょう。創造主は個体が発生するときにもその力を発揮されるのでしょうか。 』

↑生命の発生・成長が熱力学第二法則に反しているから、進化が反していてもおかしくない、という理屈ですね。
言うまでもなく、これは「生命が熱力学第二法則に反することを可能にしているのは何か?」という問いへの答えを放棄しています。
自らが放棄した謎をもって、他者を批判するなど、笑い種でしかありません。

『ペン 生物以外では雪の結晶。写真や現物で六角形の秩序だったパターンを、誰しも見たことはあるでしょう。雪の結晶は熱力学第二法則に違反しているのでしょうか。』

雪の結晶ができる過程には、水滴が熱エネルギーを奪われる、つまり、環境が極低温な状況で起こることです。寒い場所へ行けば、熱を奪われ、水は氷になる。これは全く当たり前で、エントロピーの減少が日常で起こっているという主張の証明にはなりません。

『ペン単に冷蔵庫でもいいです。電源を抜いたとたんに熱力学第二法則に従いますが、電源が入っている限り、温度差を作り出します。』

冷蔵庫は、閉鎖された環境を作り、そこだけ熱力学第二法則に反する状況を作り出すための機械です。
機械を取り巻く広範な環境を考えれば、熱力学第二法則に全く反していません。電源を入れつづければ、必ずいつか故障して、熱力学第二法則に応じた方向にエネルギーが移行します。

というか、こんな低レベルの主張でしか、ダーウィン主義を擁護できないとは、はなはだお気の毒です。
(続く)
(続き)
>貴兄がいかなる思想信条を持とうと当方は関知いたしませんので、あしからず。陰謀論でもなんでも、ご自由に開陳なさって下さい。

あなたは信じないでしょうが、私の思想信条は、現代の最新科学の知見に則って構築されていると思っています。
「現代の最新科学の知見」は、「感情の存在」を認め、「祈りの効果」を肯定するものだと考えます。そのことは、決して創造論と同列ではありません。
量子論では、観測者の意思が観測結果を左右します。それは、その観測環境だけの特別の出来事などではないのです。むしろ、必然です。
つまり、世界には、人類の意思に答える許容範囲が存在するということです。
今や、「祈りは非科学だ」という人々のほうが、むしろ非科学だと考えます。


>最後に、進化論の掲示板のリンクも貼っておきます。ここには僕よりも詳しい方が大勢いらっしゃるので、より詳細な回答が得られるかと思います。
http://6609.teacup.com/natrom/bbs

おそらくその掲示板では、以前私を「プロトコルが云々」で追い出したコミュニティと、似たような議論が交わされているように推測します。
私にとって、それらの方々の議論は、掛け算を知らずに足し算だけで計算をしているようなものです。
「100を100回足す?そんなの100×100ですぐ出てくるじゃない?」といった歯がゆさを感じるのは目に見えていますので、申し訳ありませんが、読む気になりません。
ひとつ確認します。

名もなき詩人で地球さまは、「盲目の時計職人」を精読して、ドーキンスの意見に同意する、しないは別にしても、内容を理解なさっているのですよね。

可能ならば Yes/No でお答えください。
84 キンシャチさんへ
>名もなき詩人で地球さまは、「盲目の時計職人」を精読して、ドーキンスの意見に同意する、しないは別にしても、内容を理解なさっているのですよね。

ドーキンスがどういった意図を持って、読者に対してどのような論へ導こうとしているか?という点ならば、もちろん、そのつもりです。理解していないと思うのなら、その点を指摘願います。

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